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2-2-1.バルクの酒場とドルマ盗賊団

「酒場に行こうぜぃ!」


 ダグラスの一件から2日後の昼下がり、昨夜から工房に籠りきりだったルミアが勢いよく出てきたかと思えば、そんなことを言い出した。対面でソファに座っていたメルストとエリシアの静かな読書タイムが強制終了され、ふたりして返す言葉が見つからなかった。

「……どした突然」

「ここに住む新メンバーだってのにまだメル君の歓迎会すらしてないんだよ! 寂しいと思わないにゃ?」

「全然」

「だから、今日は先生も予定空いてるってことで! みんなで酒場で乾杯と行こうかなって思って! ね、行こうよー」


 目の前のテーブルに乗っかては顔を近づけてくる。ハーフトップ越しの小さな胸の谷間を寄せ、巧みな体を捩じらせて色気を誘うが、油と鉄臭さで若干のけぞる真顔の彼はいささかシュールだ。

「いや、ここ居心地いいんで。しばらく外に出たくない」

「澱みなき引きこもりと化す五秒前になってるよメル君!」

(まぁ、前世は出不精だったし、インドア派だし、なによりエリシアさんと同じ空間で本読んだりおしゃべりしたいし)


 ソファに座る彼を後ろから抱きしめ、ぐわんぐわんと身体を左右に寄らしてくる。「いこ~よいこ~よ」という声が耳元でゲシュタルト崩壊するほど聴こえていた。

「アイラブマイホォム」

「ホームシックダメ絶対! とにかく行こって! 楽しいから絶対! 絶対楽しいから!」

「同じこと二度いわなくても」

「ねーえー、エリちゃん先生も言ってやってよー。主催者でしょー?」


 向かいに座っているエリシアもあまり乗り気ではない。パタンと本を閉じた先生は苦笑しつつ困惑した様子。

「すいません、私はちょっと……って勝手に主催者にしないでください」

「にゃーに言っちゃってんすか大先生! 新メンバー祝いと情報収集を兼ねて行こうじゃないの!」

 跳び箱の要領でメルストの頭上を飛び越えてエリシアに密着。情報収集という言葉に大賢者は揺らいだのか、少し返答を躊躇う。


「だったら他の人も……」

「残念ながら先生、ここまで気軽に接してくれる友達、あたし以外でろくにいないの自覚してます?」

「先生ぼっちなんだ」

 メルストの呟きが聞こえたのか、「そっ、そんなのじゃないです!」とエリシアは恥じらい始める。

(友達少ないの気にしてたのか……)


 王族ゆえに敬遠されるのだろう、と彼はこれ以上言及しないように配慮した。

「と、とにかく行きません! 賢者はお酒ダメなのです!」

 ついに極論が出る。

「先生が苦手なだけじゃん」と口を尖らす。「まぁいいや。メル君、いこっか! ふたりっきりでパーッと飲もう!」

「お、おいちょっ――」

 反論する間もなく、腕を引っ張られては連れられて行く。エリシアの「あっ」とした顔は何故か羨ましそうにも悔しそうにも見えたが、瞬く間に閉じた玄関の扉がその視線を妨げた。


     *


 ルミアがよく通っている"バルクの酒場"の場所は家から徒歩5分もかからない。雑草の道から石橋を一つ渡り、石畳の道へと切り替わったところにどしんと建てられている。


 他にも業者管理組合ギルド会場が経営している付属の酒場がこの木組みの町の中央にあるが、魔物を狩り、採集することを生業とする冒険者や、腕の立つ職人など、ギルドに所属している人で占めている為、この酒場に集まっている者は皆、ギルド非所属の町人が多い。どちらにしろ、騒ぐことと情報を集めることにはうってつけだ。


 酒臭さと熱気、そして喧騒。前世の飲み屋とは比にならないなと、数多い男客や忙しなくお酒や料理を運ぶメイド達の姿をまじまじと見続ける姿は、工場見学する生徒のようだ。

「やっぱり物々しいな」

「他の酒場よりは安全圏だよ」と空いた席に座るルミアだが、途端に引きつった顔になる。

「あ……あっちゃ~、前言撤回。嫌な奴らが先客にいた」


 指さした先。

 薄汚れた身体に色褪せた皮鎧を纏い、短剣や剣を背や腰に提げている。そして欲が肌どころか頭皮にまで浮き出ていると言わんばかりの悪そうな顔。お手本ともいえる盗賊の集団がウェイウェイ騒ぎながら酒の飲み争いをしている。


「最近名を上げ始めた"ドルマ盗賊団"だよ。そこそこ実力はあるらしいけど、こんな何もない町にまで根を張るなんてねぇ、いやだわぁ」

 ふたりで丸いテーブルを挟み、顔を近づけたルミアはおばちゃんみたいな話し方と仕草で耳打ちする。そうなのかと呟き、視線が合わないように盗賊団を注視する。

(なんだろう、飲み屋でよく見かけるチャラい大学生の集団にしか見えない。若そうな奴らから老け顔……いや、渋い顔つきの男までいるけど、全員歳は近そうだな)


 トレーに大容量に盛りつけた料理をせっせと運ぶ狐耳の小柄なメイドに目が往く。思わず水を吹き出しそうになった。

(獣人!? いや、異世界だからいても変な話じゃな……いや不思議だよなシンプルに。遺伝とか進化系統どうなってんだ)

 ピコピコと動く耳ともふもふしたミルキーゴールド色の尻尾を、急かす足のように忙しなく動かす。メイドの行先は、盗賊団のところだった。


「こ、こちらグレービー付きスノーウルクス肉詰めとランドドラゴン・イン・ブルッテとなります……」

 脅えた子犬のように震えながら肉料理を運んできたメイド狐少女は、荒々しい盗賊たちの汚いテーブルの端に丁寧に置く。そそくさとその場から立ち去ろうとしたときだ。

「お、来た来た。思ったんだけどさぁ、君めっちゃ可愛いよね」

「えっ、いえ、あの、えっと」

「そうそう、お仕事大変だろうし、俺達とお話しようぜ」

「いえ、わ、私は――ひゃっ!?」

 数人の手が、挙動不審なメイドの四肢や身体を舐め回すように触り始める。指を虫みたいに這わせる様子は、誰の目から見ていても虫唾が走ることだろう。


「あいつら好き放題だねぇ。胸くそ悪いわ本当に」

「……止めないのか?」

「本当にヤバくなったらね。あいつらリーデット家っていうご身分高い貴族に雇われてるからちょっと厄介さね。盗賊が盗賊を襲う、貴族の番犬だよ。まったく、バルク店長いないからってデッカい顔しちゃって」

「こういうとき、先生なら階級関係なしで真っ先に止めに行くんだけどね」とまるで他人事。周りを見渡すも、誰もかれもが見て見ぬふり。関わるだけ命が危ないのだろう。彼らの気持ちは十分に分かる。


 ――ズキ、と頭に鋭い痛みが走る。一瞬だけ映し出された複数の景色と沸き立つ不快な感情。同時に訪れる底なしの後悔と罪悪感、そして寂しさ。

 それが、彼の躊躇いともいえる何かを取り外した。

「……ごめん、放っておけない」


 嫌というほど、前世でその非力さを味わってきた。もしあのとき自分に勇気があったら。ちょっとだけでも力があったら。目の前の誰かに手を差し伸べ、救えたかもしれないのに。それができなかった。

 だから、力を与えてくれたこの世界では、そういう「逃げ」はなしにしよう。

 呟いたメルストは立ち上がり、盗賊たちのところへ足を運んだ。


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