4-9-6.返済完了は突然に
第九話完結。気持ちを楽に、たのしく書かせていただきました。
そして誕生日を迎えました。おめでとう俺。
結局のところ修繕はメルストが行い、謝った後、ギルドを後にする。それ相応に返済金は稼げたが、それでもまだまだ2割も返済できていない状況だ。
「足りねぇな」
「でも二日三日でこんなに手に入ったのよさ! まだいい方じゃない?」
「ここから固定費が抜き出されるんだよ」
「メル……おなか、すいた」とフェミル。かなり我慢しているのだろう、か細い声だ。スカルヘッド越しでも訴える眼差しが強く感じられる。
「ほら」
「なるほど」
納得した二人に、フェミルはスカルヘッドをつけたまま首を傾げた。
「てかこんな単発バイトよろしく副業をしたって効果は薄いんだよ。もっとこう、プログラミングとかアフィリエイトとか、自分でビジネス繰り広げられるようにしないと」
「藪からスティックに何言ってるんだいメル君。意識の高さがライジングサンしてるぜ」
「それこそ何言ってんだおまえって返したくなるね」
そう駄弁っていると、対面から見知った顔――ジェイクとばったり出会う。メディの治験から逃げてきたようだが、気になったのはそれだけではない。とても治験でつけられたとは思えない数々の生傷と、袋いっぱいにしたなにかを肩に担いでいる。ジャラ、という音が聞こえ、中身が何なのか、すぐに察しがついた。
「ジェイク、何その大量のお金……あとその怪我」
「700万。第一区のダンジョンとカジノで稼いできた。あとは盗賊団のアジトや闇市の成金貴族野郎からぶんどった分もあったな。賞金首とかみつかればもっと手っ取り早く済ませられたけどな」
メルスト等の目の前に袋の一つを粗雑に置く。もうひとつの袋を担ぎ直しては、
「ちゃんと俺様の分は返したぜ。あとの400万はテメェらで何とかしろ。この100万は俺様が稼いだから自由に使わせてもらう。それで文句ねぇだろ」
高笑いし、その場を去る。きっとまた、賭博場や色町に費やすのだろう。置いてかれたように、ただその背中を見届ける。カラスのような鳴き声がひとつ、どこから遠くで聞こえてきた。
「あいつが一番自立してるよな」
「なにかと金と女の為なら努力惜しまないよね、アレ」
「手段も択ばないけどな」
「意外と……義理、固い」
「ちゃっかり10倍分働いてるし」
「俺ちょっと挫けそうになったわ」
「仕方ないよメル君、これが陰と陽の差だにゃ」
「悲しいこと仰らないでくれます?」
「意外と……世渡り、うまい……?」
「世に逆らってるの間違いでは」
ずーん、と建物の壁に腕を当て落ち込む。同情か、ぽんぽん、と無言でフェミルに背中を叩かれていたとき。
「あ、エリちゃん先生に団長じゃん」という声に反応し、通路の先を見た。
「皆様今日もお疲れさまです」
「話は聞いたぞ。随分苦労しているじゃないか」
町人とそう変わりないロダンのラフな恰好。しかしとても初老とは思えぬ筋骨隆々の屈強な肉体がより一層強調されている。対してエリシアはカフタンワンピース調の民族的な紺の服を着ていた。私服なのだろう。
「そうなんですけど、まぁジェイク以外はうまくいってない……というか俺の不手際なんですけどね」
「はっはっは! そう肩を落とすことではなかろう、正式な形で頑張っていることは誇りだと思うがな。それで、君たちに伝えたいことがあってだな」
何事だろうかと耳を傾ける。ロダンはいかにもうれしそうな笑みを浮かべた。
「先ほどラザード王と話をつけてな、来月の予算の申請が通ったんだ。もう副業を探さなくていいぞ」
それは喜びよりも空気の静寂が先に来た。「え?」というこぼれた戸惑いを聞き逃したロダンは話を続ける。
「いやぁ知らなかったとはいえ、メルスト君の資金を勝手に使ってしまったからな。借りた以上、利子をつけて返したまでだ」
「それと、いくつか皆様がご活躍できるようなお仕事もいただきましたので」とエリシアがメルストの固まった表情を心配しつつも苦笑交じりに補足する。
「では諸君、我々はこれからも為すべきことに尽力しようぞ」
そう言い放ち、ロダンは用事でもあるのか何処へと向かっていった。取り残されたような感覚に、とうとうメルストは膝を崩した。
「……俺のがんばり、なんだったんだろうな」
なんとも神経質な性格である。
「ほんとにね。ムダどころかあたしらに迷惑かけちゃったもんね」
「うぐ!」
「落とし前、つけてくれまっか?」
新しいおもちゃでも見つけたかのようににたにたと笑みを浮かべては、ルミアはメルストの横に視線を合わせ、いじり続ける。わなわなとしはじめたメルストを見て、すぐさまエリシアはフォローに入った。
「ま、まぁまぁ! 現に赤字になっていたのは私たちの責任ですので、メルストさんが思いつめることはないですから! お仕事続きで中々お会いできなかった町の人たちとも改めて関われましたし、ここ二、三日がんばられた意味は十分にありましたよ!」
「女神……」とこぼし、首を上げる。その様は迷える子羊に導きを示す救世主かのよう。
四つん這いになっているメルストの視線に合わせるかのように、膝をついていたエリシアは付け足す。
「私がいない間に皆様は勿論、メルストさんもどれだけ努力してくださったのか、町の皆様からお聞きしましたよ。本当に、ありがとうございました」
にっこりと微笑む女神に、思わず涙腺が緩みそうになる。
「……泣いていいですか?」
「はい。胸の中でよろしければ、いくらでも」とハグの体勢。慈愛の気持ちで接しているのだろうが、メルストの理性は今にも切れそうだった。
「ふたりともさ、わかってると思うけどまさか公衆の面前で泣きわめいて甘えてもらおうって気じゃないよね?」と一言添えたルミア。その目はじとっとしている。フェミルも同様の目を向けていることだろう。
「あっ、そうですね。それじゃ、続きは後でということでよろしいですか?」と頬を染めた彼女に、つられるように顔を赤くする。
「えっ、あ、あぁはい全然! むしろありがとうございますっていうか」
手を差し伸べられ、起き上がったメルスト。今のやり取りだけでも十分に満足な気持ちだ。拠点に戻ったところでルミアやフェミルの目もある。やっぱり甘えるなんてことはしないでおこうかなと悩んだとき、ふと町の変化に気付く。
連なる民家に伝うロープに吊り下がるランタンのような魔石照明。軒ごとに掲げられた国旗。扉前に置かれた祈る土人形と鉄剣。
(もうすぐ祭でもやるのか?)
すぐにわかることだろう。メルストはその場で聞かず、彼女らの後姿を目に、ついていく。
間もなく陽が沈む。吹く風は冷たくも、背は暖かく。落ちた影はなんだか軽やかに歩いているようにも見えた。
フェミル「町の人、がいってた……おまつりって、なに?」
ルミア「みんなはっちゃけてパーリーナイトして飲んで食ってイチャラブして爆発四散するイベントだにゃ」
メルスト「陽キャ御用達バイアス爆上げカップル製造プロセス。陰キャは死ぬ」
ジェイク「ヤるとこ」
ロダン「夜が明けるまで飲んだくれて、朝は酔いつぶれるところだな」
フェミル「……へぇ」
エリシア「みなさんご偏見を吹き込まないでください!」
次回:ルマーノ収穫祭
アレックスとの決闘については4-1-1.より参照。
ジルとのかかわりについては4-8-3.より参照。
《用語一覧》(随時更新)
後日記載します。