4-9-4.すれ違う想いは複雑に絡み合って
※若干の下ネタ注意
北区、リーアの洋裁店にて。今度は誰も連れず、一人で交渉することを試みた。
「私の下でお仕事……ですか?」
雑貨店を経営するミノの妹であるリーアは、ルミアの親しい友人にしてこの町一番の美少女ということで有名だ。故にストーカーの被害もかつて受けており、その件を含め十字団にはお世話になっていた。
お客さんがいなくなり、静かになった店中は様々な洋服が並べられており、なんとも華やかだ。どれもリーアがデザインしたのだろう。店の裏には様々な生地が置かれており、その一部にはメルストが開発した繊維や不織布がある。
「そう。しばらくの間だけリーアのお店でなにかできることはないかなって」
「いえいえそんな! ただでさえ皆様お忙しいのに、私なんかのところで働かなくても」
さらさらとした金の髪を揺らし、首を横に振る。アンダーバストタイプコルセットをつけているがゆえに強調している母性のふくらみもそれに乗じて揺れる。
「ここ最近、その本業の方が中々依頼が来なくてさ、もう自分から仕事探してるって感じだね。だから心配はしなくていいよ。あ、でも人件費とかあるか」
「いえ! そこはちゃんとお支払いしますので! で、でも本当にいいのですか?」
謙遜しているが、その本心はどうなのか。しかし、手ごたえは感じていたメルストは、あえて一歩引いてみた。
「俺は全然いいけど、やっぱり邪魔になるかな。時折俺や十字団専用の服のデザインも相談してもらってるけど、素人だし、足引っ張ってしまいかねないからな」
「そんなことは全然! ただ、その……」
恥じらいを示したような、紅潮。右手薬指にはめられた指輪を左手でさする。透き通る声がか細くなり、メルストは改めてリーアに視線をやる。
「――さんなら」
「うん?」
「メルストさんなら、ここで一緒に働いてくれたら、嬉しいなぁって」
ついぽろりとこぼれたような呟き。一瞬なんていったか聞き取るのに苦難を強いられたが、肯定の意味として受け取ったメルストは表情が明るくなった。
「えっ、ほんとに?」
途端、リーアの顔が燃えるようにボッと赤くなった。
「あっ、いや今の違うんです! その、メルストさんってルミアちゃんやフェミルちゃんと仲がいいから話題が合うし、爽やかで人当たりが良くてかっこいいからお客さんも絶対たくさん来てくれるだろうし、スタイルも良くてすごくタイプだから服のモデルになってくれたらいいなって思うし、お兄ちゃんみたいに接しやすくてやさしいし、私なんかの話を聞いてくれるし、困った時も親身になって助けてくれるし、袖から見える腕の筋肉とか首の筋とかたくましいし、笑うとこっちもにやけちゃうし一緒にいるだけで気持ちがぽかぽかするし、心地が良くなるっていうか、いないと切なくなるっていうか――」
(必死にごまかしてるつもりがただのべた褒めになってる)
歯がゆい思いで、頬のゆるみを我慢するのに精いっぱいだった。どう返せばいいか考える隙も与えず、リーアは続けて言い放つ。
「とっ、とにかくあくまで私はメルストさんのことはビジネス的に評価した上で! ここで働いてくれたらいいなって!」
「あ、ありがとう。私情のかたまりだったけどね」と苦笑。それで我に返るように、自分が何を言ってしまったのか、後悔の念に襲われたようだ。
「あ゛ー! もうわたし自分で墓穴掘ってばっかりぃ!」
裁断中の布に顔を埋めてしまう。その拍子で裁断具もカランと落ちた。恥ずかしがってこうなってしまうのを以前から見慣れていた彼は、年頃の女の子らしいという一言で片づけていた。妹や後輩を見るような気持ちで彼は接する。
「まぁ気持ちは十分に伝わったよ」
「へっ!?」
「そう言ってくれて嬉しかったし、俺もやるからにはリーアの期待に全力で応えていきたいから。あっはは、ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったけど、なんというかまぁ、こちらこそよろしくってことで」
「――ッ!?」
そう照れくさそうに笑みを向けた。それがトドメだったのだろう、手に持った布で口元を隠しながらどきまぎした言葉しか返せなくなっている。
「だ、だいじょうぶ?」
「だだだだだだいじょびです!」
思わずメルストから後ずさる。そのとき、床に落ちていた鋏を踏んでしまい、滑った彼女は後ろにその華奢な身を倒してしまう。
「ひゃっ」
「っ、あぶねぇ!」
咄嗟に手を伸ばし、彼女の背中を守るように回した。しかし、駆けた勢いの余り、メルストも覆いかぶさるように共に倒れてしまう。
作業台の赤い布も引っ張り落ちては二人を包んだ。
「あ……っ」
「だ、大丈夫か」
倒れた痛みなど吹き飛んでしまっていた。鼻先が触れるほど、ふたりの顔がすぐそこにあったのだから。吐息がかかり、瞳が瞳を映し合っている。少し捲れたエプロンスカートからは白いホウズタイツに覆われた細くも肉感的な脚が覗く。
体躯が重なったとはいえ、ブラウスと黒い服の布がこすれるように軽く触れた程度。それがより肌を刺激させ、もどかしくなってしまう。
「ってごめん! 俺――」
思わず少女の可憐さに見とれてしまったことを恨み、起き上がろうとする。
「あ、ダメっ、メルストさん……」
だが、背中を掴まれたような抵抗を感じたかと思うと、再び少女と重なってしまう。
今度は体重を感じるほどの強い密着。屈強とまではいかずとも男らしいがっしりした、硬くもたくましい、抱擁感のある肉感と、華奢だが包み込むような温もりのある柔肌。いたいけな少女の顔には似つかわしくない母性の豊かなふくらみに、より一層、女性らしさを感じさせる。
熱いものが胸の内に広がってくる。それは自分自身も、重なる胸から伝う鼓動からも感じ取れた。
「リーア……?」
「その……わ、わたし……っ」
送られた熱い眼差し。ふわりと包み込むようなライラックの香りに、胸が高鳴るばかり。背中から感じるか弱くも必死な、小さな抵抗は次第に強くなっていき、戸惑う彼はそれに抗うことができない。
そして紅く、潤んだ柔い口唇が重なり合おうとした。
「メルストー! 話は聞いたぞ! 仕事探してんならぜひとも僕の雑貨店で――」
「どわああああああっ!!」
引き合う磁石が突然反発したかのように二人は飛び跳ねては離れては起き上がった。勢い余り、リーアはそのまま背中から棚に激突する。
バン! と扉の音を大きく立てた先は店の正面入り口――ではなく裏口。そこから入ってきたであろうリーアの兄ことミノはいつもの気怠そうな顔とは一変、浮かれた様子だ。だが心臓をバクバクさせ過呼吸気味になっているふたりに、ミノは首を傾げた。
「え、何? なんでそんなにびっくりしたの?」
「おまえはしっかり働け!」
「え゛え゛!?」
「おにいははやく仕事場に戻って!」
「あれ!? なんかリーアがいつになく機嫌が悪い!? しかもなんでそんなに慌てふためいて――ハッ……メルスト、いくらダチのおまえでも妹を困らせるようなことがあったら」
「おにい。職場」
「はいただいまぁ!」
凍てつく空気。愛しき妹の逆鱗に触れかけたのだと察したミノはそそくさと逃げるように去った。
カラン、と正面入口のベルが鳴ったのを最後に、静まり返った、二人きりの空間。
「……あっ、そっ、それで! この一件はオッケーってことでいい?」
先ほどの出来事を忘れようとメルストは本題に戻ろうとした一方で、リーアは思い出し、ボフッと顔を真っ赤にしてはあたふたと両手を前に突き出しながら彼から離れた。もう目を合わせられない。
「……ご、ごめんなさいっ! やっぱり駄目です!!」
「ええ!?」
「メルストさん心臓に悪いので!」
「嘘だろ!?」
「それ以上近づかれると私死にます!」
「早まらないで!?」
追い出されるように、メルストは後にする。
*
その帰り、北区の通りをとぼとぼと歩く。日もそろそろ落ちる一方で、彼の気持ちも沈んでいた。
「……絶対あれ俺が押し倒したみたいな感じになったよな。あれどう見てもセクハラしてたように見えたよなぁ俺。でも途中のアレはつまりそういう――いや結局案件は拒絶されたしなぁ。あぁ……ようやく普通に話せるまでに打ち解けられたのにふりだしかぁ」
「元気出せよメル君。そういうとこだぞ」
「フォローすんのか責めるのかどっちかにしてくれ。てかさもずっといたかのように話しかけるのやめてくれ、軽く心臓に悪い」
ぽんと叩かれた肩を見て、辿るように右に並んでいたルミアへと視線を落とす。彼女も町中を駆け回り、交渉はねだっていたようだが、結果は惨敗。人々が手助けを必要としないのはそれだけ豊かにしたからか、それとも彼らの型破りな性格がある事を把握しているからか。
街角を回った時、ちょうど見知った顔とばったり出会う。
「あ、フェミルんだ」
「(ぺこり)」と無言で会釈をする。
「いやなんで外だと他人行儀なんだよ」
「その感じだとフェミルんもうまくいってないみたいだね」
こくり、とうなずく。そのままふたりの背についていくように、帰りの道を歩む。メルストは再び肩を落とした。
「やっぱりどこも間に合ってるかぁ。でも人手足りない仕事だとおまえらまるでポンコツになるからな」
「さらっとひどいこと言うね」
だって本当のことだもん、という言葉は呑みこむ。どうしようか、と何の挙動も示さないフェミルが突然、声を置いた。
「メル……私に、いい考え……ある」
ぱら、と見せたのは古ぼけた地図。アコード王国の第5区の海岸だろうか。座礁岩らしき場所にバツ印が付いている。それで何となくメルストは思い当たることを口にする。
「トレジャーハントか……。そういうのって迷信かとばかり思ってたけど」
それに、このような分かりやすい場所に記されている時点で、もうカラの箱しかないだろう。
震える金髪頭が目に入る。彼女の性癖ワードに引っかかったのか、地図を奪い、それを夕日に向けて広げては腕を伸ばす。そのキラキラした目でふたりに語り掛けた。
「未知の探索とか燃えるんですけど! 洞窟の壁とか壊し放題! 地面掘り放題! それでお宝見つかるなんてあたしにとって最たる天職だよこれ!」
小さい腕を大きく上げ、今すぐにでも行動しそうな彼女に釘を刺すかの如く、メルストは一言を添える。
「さっそく天職を転職してるのですが」
「夢は大秘法! 発掘王にあたしはなる!」
「機工師としての夢はどうした」
「今、君に託された――!」
「勝手に託すな」
ズビシ! と刺された指を手で押さえ、下ろす。
「けどよ、この地図はともかくとしてどうやって見つけんだよ。そもそも遺跡を探すことも大変だってのに」
「……その、あれ」
すぐに言葉が出てこなかったのだろう。言うより見せた方が早いと判断したフェミル。取り出してきたのはL字型の円柱棒2本。短い方をグーの形で握り持ち、長い方を前に向ける。
「これ……ダウジング」
「なるほど。それ、否定派なんだけど、俺」
「……信じてあげて」
「あ、はい」
感情を示さない表情から訴えるような眼差し。それは一種の希望とも見受けられた以上、彼は頷くしかなかった。
カチカチ、と金属棒が振れ、ある方向を差し、金属同士ぶつかり合った。
「……さっそく、反応」
その先はメルストにあった。その背後かと思い、彼はその場から離れるが、ダウジングはぐるりと彼を追った。
「え、俺?」
「メル君、隠さずに吐くんだにゃ」
ジャコン、と爆撃銃を装填するルミア。言葉より武力で解決したい思考であることはメルストも承知であった。
「いや俺そんな宝石とかなにももってないよ」
「メル。とんで」
「おら跳んでみろよ」
「なんで脅されてるの?」
ぴょんぴょんと跳ぶが、金貨同士がおしとやかにぶつかる高い音が聞こえるだけだった。ルミアは盗賊の真似事をして笑う。
「へへ、持ってんじゃねぇか、ウソつきやがって。まだ小銭あるだろ? もっと跳んでみろよ」
「いやこれ普通に所持金だから。まさかこれに反応してるわけじゃないよね」
念のため、金属物をすべて出し、不安ながらルミアに預ける。
「ほらなんにもないでしょ」
そのダウジングが異常なのではないかと疑うメルスト。しかし強い反応示すそれをフェミルはよく見る。金属棒の先端がメルストの腹部より下を示していたことに気付く。
「……少し、下の方、向いてる」
「宝はそこかぁ!」
突進せんばかりにルミアが手を伸ばした先は男の勲章にして命。ミカンのように握りしめもぎ取ろうとした。
「ほでゅおぉぉっ!!?」
鶏の首を絞めつけたような悲鳴が、ルマーノの町中に響き渡った。