4-9-3.曲者たちのジョブハンティング
思い立ったが吉日。だが、そうとはかぎらないとメルストは思い知る。
ルマーノの町西区、ダグラスの鍛冶場にて。
「ぜってぇお断りだ」
(なんかあったなこりゃ)
鉄と油の匂いが熱気として漂う中、石垣の椅子に腰かける老職人は断固として強く言った。しばらく身を置いて働けないかを交渉したが、メルストの人望がルマーノの町では厚いとはいえ、さすがに厳しい話だっただろう。
「やっぱりダメですか」
「100歩譲って兄ちゃんならいいが、それ以外はダメだ。聖域を荒らす未来しか視えねぇ」
「でしょうね」
ぐうの音も出ないほどの正論。酒場の件を思い出し、頭を痛めた。
横にいた元凶を一瞥する。当の本人は懲りない様子でダグラスに抱き着いた。
「そんなひどいこと言わずにさぁ、いいでしょ? ね? おねがいダグラスの親方ぁ~、な・ん・で・も♡ するからぁん」
「ええいくっつくな気色の悪い!」
嫌がる老人に対しても構わずアプローチが激しい彼女に、一種の尊敬を覚える。
「まぁまぁ親方、そう言わずに。なんでもやるって言ってくれてるんだから」
「そうだぜ、花があっていいと思うぜ俺は」
「ルミアちゃんめちゃくちゃ器用だし、すぐに仕事こなせ――」
「持ち場に戻っとれバカモンが!」
建物の中からひょっこり顔を出す、がたいのいい若い職人らが下心半ばでそうフォローするも、一喝されてはあわただしく引っ込んだ。まったく、と呟き落としては、
「ま、他を当たってくれ。命かけるってんなら入れてやるが、そんな短期でこられても迷惑って話だ」
「そうですよね……。すみません、お忙しいところご迷惑をおかけしました」
そう頭を下げた。真摯な対応に、職人はあきれつつも笑った。
「わかってくれりゃあいいんだよ。俺たちは鍛冶一本だけで誇りをもって生きてんだからよ、あんたらはあんたらにしかできねぇことやればそれでいいだろ。お互い、困った時はよろしくやろう」
今後ともよろしく頼む、と握手を交わしたところで後にする。今日は流れる雲の数は少ない。メルストは次の候補へと向かう。
*
東区、ファーマの農場にて。今度はジェイクを連れて交渉をする。
「んー、そうだなぁ。確かにこの間畑の収穫の手伝いをしてもらったけど」
豊作の畑を前に、相変わらず農夫姿のファーマは汗をぬぐい、帽子を取る。小太りとはいえ、メルストより大柄だ。
「そう! それで、いや、それがいいので!」
まだ我を通せば融通が利きそうな相手。意地でもここは、と思った時だ。
「君たち、どっちが早く採取と加工所へ運搬できるか競争してただろ。あれでいくつか野菜を痛めちゃってね。ちょいとクレームが来たんだ」
「その節は誠に申し訳ありませんでした」
そういえばジェイクとどちらか早くたくさん収穫し、それを届けることができるか賭けをさせられ、性に合わず意地になっていたことがあった。その結果、そのような問題が生じていたとは。
深々と頭を下げ、謝ったメルストの一方、ジェイクは顔を歪めた。
「あ? いいだろそんぐれぇ。文句言ったのどいつだ、ぶっ潰してやる」
「収まった波を津波にしようとしないで頼むから!」
*
南区、駅逓局。フェミルを連れ、郵便屋のユウの元へと話を伺った。
「ん~、確かにフェミルさんなら速達とか向いてるかもね~」
のんびりした雰囲気と話し方をする少女は、ニュースボーイキャップをくいっと上げては彼らを眠気まなこで見る。腰に手を当て、ずいっと近づいて軽装鎧姿の彼女をじろじろみた。半目だが、何かを見極めているのだろう。
(おっ、これは手ごたえありか? それにユウとフェミルは友達だし、なんとかなりそうだ)
「速達、って……?」
離れ、裏口倉庫の傍においてある荷物の山に手を当てる。
「こういう手紙とか荷物を目的の場所までできるだけ早く届けることだよー。あと道に迷わないことも大事だね~」
飛竜や飛翔系魔物を飼いならし、駆使しては遠い地へと荷物を届ける。ユウの場合はルマーノの町の中だけなので、遠征依頼はほとんどないらしいが。
迷う、という言葉に不安になるメルスト。それには思い当たる節があった。
「フェミルって方向音痴じゃなかったっけ。ほら、不帰の森でも迷ってたし」
「……あれは、既に、あの罪人の結界……踏み入れてた、から。あと、感覚、狂う魔法、かけられて……あったから。ほんとう、は……気配や、風、においとかで……わかる」
不機嫌になることはなく、そう淡々と返した。
「あ、そうだったんだ。ごめん誤解してた」
「じゃ、おためしにこれを十字団のお宅に届けてみるー? ちょうど送ろうと思ってたんだー」
それは片手でもてる程度の直方体の梱包された箱。せっかくだし、とメルストも思い出したように、
「そうだ、ついでにポストの中に入っている封筒もこっちに持ってきてくれないか? 確か今日、調合油の製造業から書類が届けられるんだった」
「(こくり)」
荷物を受け取り、彼らを見て無言で頷いた瞬間、ボッ、と風を巻き起こしてはその姿を消した。
数秒後、再び風を巻き起こし、フェミルが現れた。ユウの被っていた帽子が吹き飛び、後ろの駅逓局の壁にぺしっとぶつかる。
「さすがの速さだな」
「……届けた。あと、もって、きたよ」
メルストの手に渡ったのは、紙の断片。文章も数文字しか読めず、とても書類とはいえる代物ではなかった。おそらく、先ほどの箱も無事ではないだろう。
「……速すぎるのも問題かもね~」
大したことではないかのようにユウはウンウンと謎に納得していた。
*
北区、メディの診療所にて。
彼女の診療所に行くことは何回もあり、新薬創りの協力を経ているためでもあった。それなりに信頼関係も深めていた……とはいえ、今回の話に乗ってくれるかは別だ。
成人であるにも関わらず女児体型と顔つきをもつメディは、その容姿から到底考えられないような大人の言動を放つ。白い髪から覗かせる蒼い瞳はとてもじゃないが子どもとは思えない。心を見透かされているかのようで、メルストは未だに緊張が取れない。
狭くも白っぽい故に広く感じる診察室に混じる薬の匂いで、少し落ち着きはするが。
「それで私のところに?」
「ええ、まぁダメもとですが」
これまでも断られ続けていた上に、今回連れてきたのはジェイクだ。メルストの右後ろでつまらなさそうに席に座っている時点でもう諦めはついていた。
返事は早かった。
「いいわよ、ここでしばらく働いても」
「本当ですか!?」
意外な返答に飛び上がりそうになる。医療系なら給与もそこそこあるだろう、と勝手に期待していた。
「メディか……こいつ体がガキだしゴハァッ!」
とんでもない地雷を踵落としで踏みつぶそうとしていたジェイクの腹部に、ノールックで裏拳を決める。
「あら、どうしたのかしら彼、腹痛?」
「なんか最近腹の中に猛犬飼ってるみたいなので大丈夫ですよ、お気になさらず」
彼女が怒る姿は想像だにできないが、最も怒らせてはいけないことは本能から察している。自分でもなに言っているんだろうという台詞を思いつくままに吐き出してはごまかした。
「そう」と流したメディは書類をメルストに渡す。
「給与はこのくらいでどうかしら」
月給で100万Cは軽く超えている額に目が飛び出しそうになる。逆になにをするのか不安になるがジェイクなら大丈夫だろうと無責任に彼は喜んだ。
「そんなに!? やったなジェイク!」
「テメェあとで覚えてろ……」
腹部を抑え、地獄の奥に住まう獣のような唸りが聞こえてくるが気にしない。
「で、どういった業務内容を」
「ある新薬の治験に付き合ってくれるだけでいいわ」
「まさにこいつにうってつけじゃないですか! よかったなジェイク」
「よくねぇよただのモルモットじゃねぇか!」
一度経験した故か。彼らしくない焦りっぷりだ。
「安心しろ。最悪死んでもエリシアさんがいる」
「鬼かテメェは!」
「あら、なにも死にはしないわ。ちょっと呼吸困難になって手足動かなくなるくらいだから」
「メディ……テメェろくな死に方しねぇぞ」
青ざめるも恨み満点の睨み。大の大人でも委縮して逃げ出すような鬼の形相だが、その女児は微動だにしない。
「あら、ご忠告をどうも。でも貴方も人のこと言えないから、お互い気をつけましょ」
時折見せる彼女の笑みは、どうも底が知れない。とりあえず決まったな、とメルストはジェイクを置き、次へと向かった。
*
明日、投稿予定。




