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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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4-9-2.はじめてのおしごと

※一部キャラ崩壊を感じさせる描写があるかと思いますのでご注意ください。

「あの、なんで俺までやる羽目に?」

 ギルドに行った結果、忘れていたことを思い出す。

 アーシャ十字団団員は原則、どこにも所属してはならない。もちろん、ギルドにもだ。

 異世界に転生した彼が冒険者になれていないのも、このためだった。軍事機関や学術機関の提携等、協力の関係を築くために片足を入れるようなことはあっても、正式な加入は認められていない。その理由はメルスト自身、はっきりとわかっていないが。


 それでもなんとか仕事を探した結果――メイド服よろしくエプロンドレス姿のルミアを目にやる。いつもつけているゴーグルはなく、代わりにカチューシャが留められている。

「だってあたしぃ~、こーいうお仕事はじめてだからぁ、緊張しちゃってぇ」

 二階更衣室。古臭い木製の棚を閉じたメルストも動きやすい従業員の服にエプロンを羽織っている。ギャルを彷彿とさせる口調と動作でルミアは答えるが、メルストの中ではウザいという一言だけしか刻まれていない。


「緊張とは無縁のお前が言うか。接客とか一番向いてるだろ」

「愚問だねメル君、機械作りがあたしの最たる天職よ。えヤダぁ、そんなことも知らないで十字団やってきたのかい?」

 チッチッチ、と指を振る。メスガキよろしくなんとも殴りたくなるような顔つきだ。


「それはその通りだけどそういうツッコみをしてほしかったわけじゃなくてだな」

 ノックの後、ガチャリとドアが開く。くぐるようにそのがっしりとした巨体を入れてきたのは、最寄りの酒場の店長こと亜人族獣人種のバルクだ。


「おう、似合ってんじゃねぇかおまえら」

「へっへーん、かわいいでしょー」

「そういやおまえも一応女の子なんだなって思い出したぜ」

「えーひどくなーい?」

 ある意味では、ルミアの扱いに一番手慣れている。大きく笑ったバルクは幹のような太い腕を組んだ。


「しっかし、まさかおめぇらが店の手伝いだとは驚いたな」

「いや、いろいろありまして……」

「まぁなんでもいい。人手があるだけまだ助かる」


 そう言い、ニッと笑った。情報屋としても活動しているが、そこは詮索されなくてよかったと、メルストは胸をなでおろした。途端、「返済できる保証はねぇけどな」という何気ない店長の一言に豆鉄砲をくらった鳩のような顔をした。


「やり方とかはセレナとエレナ(ウチのむすめら)が教えてくれるみてぇだから、しっかりいうこと聞くんだぞ」

「あいあいさー!」と元気良く返すルミア。大丈夫か? となんとなく不安に思うのはメルストだけではないはずだ。


 一階に降り、カウンター前に集まる。昼時とはいえ、そこそこ客は数人いるようだ。

 メイド服を着た他の従業員が接待している中、要領を掴んだ、否、その場の雰囲気でルミアは既に働き始めている。ジェイクとフェミルは厨房にいるのか、と考えたその一方で、メルストはセレナとエレナの下へとカウンター前へ向かった。


「め、メルストさん! 私になんなりとお申し付けください! えっと、その! なんでもやりますので!」

 狐耳ともふもふした尻尾をぴょこぴょこ揺らし、同時に体もぴょんぴょんとはねているのは双子の妹のセレナ。最初はおどおどしており言動も自信なさげだったが、ここに長くいるからと言うのもあるのだろう、気が付けばそこそこ気を許し合う関係にまではなっていた。

 隠しきれていない喜びに、双子の姉のエレナはため息を吐く。こちらは妹とは反対にひどくツンツンしている。


「違うわよセレナ、こいつは私たちと同じ立ち位置だから、先輩として教えるのよ。さぁメルスト、足を舐めてもらおうかしら」

 ひざ丈程度のスカートをまくり、前に生脚を出す。そういう趣味など一切ない彼が何とも言えない顔になったのは言うまでもない。


「さっそく"教える"の解釈が間違っているような気がしましたが、今の発言につながりがあったのか教えてくれませんか先輩」

「私にとってメルストとはそういう関係でありたいから」

 危ない思考の持ち主のようだ。


「セレナ先輩、この主従関係築きたがるお姉さまに何か言ってやってください」

「わ、私はお姉ちゃんとは逆で、えっと、メルストさんを、ご、ご奉仕したい……だなんて」

「俺に言うんじゃねぇよ。というか何言ってんの君」

 もじもじしながら大胆なこという。

 この娘もかぁ、と親は彼女らの性癖を知っているのかと心配し始めたとき、横から肩をぶつけるようにルミアが密着する。


「そういやエリちゃん先生は?」

「王国の仕事が急きょ入ったってさ」

「マジ? せんせーのメイド服拝みたかったんだけどなぁ」

(いや大賢者にやらせるわけにはいかないだろ。でも見たかったなぁ)

 さぞかし似合うことだろう、とエリシアのフレンチメイド姿を妄想し、顔が熱くなる。なおさら肩を落としたとき、冒険者らしい男らがルミアを呼ぶ。


「いやぁ斬新だぜ。あの爆弾魔がメイドだなんて天地がひっくり返ってもないとは思ってたがな」

「思ったより様になってんじゃねぇか」

「おまえもかわいいとこあったんだな」

 これにはルミアも調子に乗った。ぴょんぴょんと彼らの方へと寄っていった。

「でっしょー! でもかわいいからってヘンなこと考えちゃダメだからね」


「「「いやそれはねぇ」」」

「なんでさ!」

 満場一致で否定した。裏切られたルミアに、続けて理由を述べていく。


「命だけは大事にしなきゃな」

「見た目は完璧でも中身がな」

「あくまでお世辞なんだよな」

「おめぇらだから独り身なんだぞオラァン!」

 スカートの中から武器を取り出す。案の定、危機は察知していたのだろう、「やっべ」と言いつつも逃げる準備は整っていたようだ。


 冒険者らを追いかけまわしている様子に、

「あーあー言わんこっちゃない」

 と当然の流れに苦笑して見届ける。店長に通告しておくか、と思ったとき。袖が引っ張られた感覚を抱いた。


「メル。これ……どうかな」

 いつもより気恥ずかしそうな声に思わず振り返ると、言葉の通り釘付けになった。フリルが付いた白いエプロンにヴィクトリアン調のメイド服を着たフェミル。その緑髪は一つに結っており、より瀟洒な印象を抱かせる。絢爛な花のように揺れるスカートと髪に、メルストは言葉を失った。

 しかしそれ以上に、心配という二文字が頭をよぎった。ここに暮らして時間が経ったとはいえ、彼女は男に対して強い恐怖を抱いているはずだ。それに、ドがつくほどの人見知りである。


「いや、そのー、フェミルはいいよ。服はすごく似合ってるけど、無理はしなくていいからさ」

 似合ってる、という言葉に黄金色の目の光をすこし強くしたかと思いきや、すぐに暗くなる。睨んだように見えなくもない。


「奴隷のこと、言ってるなら……むしろ気遣わないで。私だけ、別なのは嫌」

「あ、ああ、ごめん。でも圧倒的に男多いし、というか接客とか大丈夫なのか?」

「私はハイエルフの一族として……崇高なる騎士として、こんな程度で屈しないから」

「なんだろう、すごくフラグに聞こえる」


 メルストの前を通り過ぎ、くるっと振り返る。長い裾のスカートと背中まで続くエメラルド色に帯びた髪がふわりと浮き、蜜のような香りを漂わせた。

「私を信じて、ご主人様。私だって、やるときはやるよ」

 柔い瞳と、表情。予想だにしなかった言葉に気を取られていると、いつの間にかフェミルの背中は小さくなっており、男性客の方へと足を運んでいた。勇ましさを感じさせるほど、その歩みはしゃなりと、しかし堂々としている。それをただ、見届けた。


「『ご主人様』って……あいつ冗談言えたんだな」

 心臓が跳ね上がったメルストは、そう言って自分を落ち着かせた。だが、お冷をお盆に乗せて運ぶフェミルを見守って数秒後、それも叶わず、別の感情で心臓が跳ね上がるような思いをする。


「しょ、しょの、えっと、ごちゅ……もん、は、わわ、にゃに、あっ、なにに、に……はっはい、ナニにしるんでしゅねかしこみゃりましゃたっ」

「申ぉぉぉし訳ありませんお客様ぁ! 少々お待ちくださいね!」


 お冷が倒れかけるほどの風圧を生じさせては、パニックになってるフェミルの元へ駆け、腕をつかみ、その体を浮かせるほどの速度で裏方へと退避する。

「フェミル、ちょっと、今の何。おまえの中で何があったの」


 見たことのない一面にメルストも戸惑いを隠せない。

 表情が薄いなりに青ざめており、瞳の奥がぐるぐると渦巻いているように見えなくもない。戦闘で滅多にみせないはずの冷や汗もたらたらとかいている。若干過呼吸だが、それも最早虫の息に等しい。


「メル、その、あ、ありが、とう……たすかった」

「さっきのカッコいいセリフは何だったんだよ。ベキベキ屈してるじゃん」

「ごめん……やっぱりお客様には勝てなかったよ……」

 そう言い、メルストが渡したコップの水を両手で持ってくぴくぴ飲む。ちらりと先ほどの男性客の様子を見ると、セレナが対応してくれていた。その奥の窓際の席に新たに客が座るのが目に映る。一般の町人のようだ。


「半分予想はできてたから気にはしてないけど、あ、ほら、珍しく女性客。男が苦手なら、あのお客さんに注文訊いてくればいいんじゃないかな」

 そう窓際の女性客を指さす。大人しそうな印象だからきっと大丈夫だろうと信じて、フェミルを勇気づける。


「わかった。もう……お客様には絶対負けない」

「……」

 見届けてから8秒後。


「ぎょ、ぎょぎょっ、あっ、ぎょちゅうもんはにゃにになしゃいま――」

「申ぉぉぉし訳ありませんお客様ぁ! 少々お待ちくださいね!」


 再び腕をつかみに駆けつけ、そして裏方へ。その間、2秒もなかっただろう。

「同性でもダメなのかよ!」

「人格は貫き通すのが……私のモットー」

「その発言は軽く救いようがねぇ! 何バキバキに屈しちゃったところを揺ぎなき信念にすり替えようとしてんだよ!」

 視線を逸らし、彼女はぽりぽりと頬をかく。

「いや『ぽりぽり』じゃないよ! なんで褒められたみたいな顔してんの! 俺の発言をどう捉えたらそんなポジティブに変換できるんだようらやましいわ!」


 落ち込むよりかはまだましだが、これでは埒が明かない。自分にも仕事があるが、このままこのコミュ障ハイエルフを放置するのも問題である。

「はぁ、典型を越えた人見知りなんだな。今までよく生きてこれたなって感心するレベルだよ」

「……ありがとう」

「いや別に褒めて……あぁなんでもないよ、フェミルは十分に頑張って生きてきてる。というか、接客じゃなくて料理の方を手伝った方がもっと上手くいくかもしれないぞ。フェミルの手料理は絶品だから」


 その言葉が嬉しかったのだろう、逸らしてた顔をメルストに向けては少し驚く、ように見えたことだろう。わずかに明るくなった気がした。

「っ、がんばってみる……!」

 とたた、と緑髪を揺らし、厨房へと向かっていった。その足取りは先ほどよりもはるかに軽やかだと目に見えて分かる。


「そうだよ、最初からそう言おうとしてたんだよ……ん?」

 下賤な男女の笑い声。昼間時だというのに盗賊かDQNでも混じったか、と様子を見に行く。だが、彼の予想は外れ、さらに落胆させた。

「おいそこのゲス、なに仕事せずに口説いとるんじゃ」

 どこから連れてきたのか、両手に美女を抱き、長椅子の中央で腰を下ろしてはテーブルに脚をどっかり乗せているジェイク。なにで盛り上がっているのか、酒をつまみにいかにも楽しそうだ。


「ああ、こいつは同僚のメルストっつって、見た目通り男気の片鱗もねぇ童貞だけど、結構すげぇ錬金術師なんだぜ?」

「へーそーなんだ! 頭いいの?」

「小難しいことなら俺より知ってるぞ」

「きゃっはは」

「ねぇねぇ、金とか作れたりするの?」

「……」

「ああこいつに話しかけても意味ねーぞ、陰キャだから」


 再び高笑い。前世の大学時代、飲み会でこんな感じで話のネタにされてみんなに笑われたっけな、と懐かしい気持ちを抱く。だが、込み上がる感情をぐっと堪え、店員として笑顔で振舞った。

「お客様、大変申し訳ないのですが、うちはそういう御店ではありませんのでご退室いただけませんか。御代金はいただきませんので……直ちにお引き取りを」

「えーなんで?」

「別によくなぁい?」

 と当然ながら半ばふざけつつ反論――したときの顔が固まる。メルストの前に組んだ両手からプラズマと発熱による煙を生じさせる。手っ取り早いがなんとも大人気ない対処法だと自覚する一方、何気に彼の背後には今にも電撃魔法を放とうとしているエレナの腕組み姿もあった。

「お引き取りを」

 身に危険をお呼びすほどの威圧でも感じたのだろう、美女二人はか細い声で謝り、ジェイクを振りほどいては外へと逃げるように出ていく。なんとも怯えた顔だった。


「あ? おいちょおまえら待てって……テメェなにすん――いでででで!」

「なに俺をネタに会話盛り上げてんだ。仕事戻るぞ」

 ジェイクの耳を引っ張り、床に引きずらせては裏方へ向かう。その道中。

「おまえも落ち着け」

「ほばす!」

 火器片手に冒険者の客らを追いかけまわしていたルミアの頭頂部にチョップを叩き付ける。床でのびている彼女の脚を持っては裏方へと引きずった。

 二人を解放し、床に落とす。


「前におまえら『変』だからどの役職にも職にもつけないっていってたよな」

 奴隷解放時、ルミアが放った一言。ただの人間ではないからこそ、十字団に属しているのだと。

「あれおまえらが狂人だとか重罪者だとか、そういう訳ありで公な職に就けないのかって思ってたけど、それ以前の理由が分かった気がするよ」

「ちゃうちゃうちゃう、逆だよ逆。仕事できないのが後のことで、訳ありな方がそもそもってな話で……だれが仕事できないマジキチだー!」

「ルミアのことだから早く料理運べよ」

「あ、はい」


 冷たい返しにしゅんとする。しぶしぶと言う通りに従った一方、ジェイクは眼つける。

「仕切るんじゃねぇよ成金童貞。金貸せよ」

「おい俺がそこそこ稼いでると知ったからって急にねだるな。てかこれでも俺の稼ぎの30%は十字団(おまえら)に当ててんだからそこ感謝しとけパリピ野郎」

 完成した料理を置き、ふたりをみたフェミルはぽつりと話す。

「……メルの言う通り、働かないと……ごはん、たべられない。……手、うごかして」

「なにからやればいい」

「おまえほんとフェミルに対してだけは従順すぎねぇか?」


 いろいろトラブルはあったものの、仕事は深夜まで続いた。バルクに仕事を全うさせるためにも、問題児3人を管理できるのはメルストしかいない。騒然たる戦いだったと、後の彼は語る。

 十字団が働いている、という話題もあり多少繁盛はしたが、結局、酒場のアルバイトは一日でクビを告げられた。時給分はいただいたものの、莫大な借金の前では一瞬で消滅するほどの金額だ。


「それは残念でしたね……」とエリシア。国の公務が忙しかったのか、疲れた様子でダイニングテーブルの席に腰かけていた。ハーブティーの香りが鼻腔をくすぐる。

「なんとなく想定はしてたけどね。バルク店長が寛大な方でよかったよ」

 彼女以上に疲れた様子のメルストはテーブルにうなだれていた。その頭の上にシンナが居座る。メルストの髪の毛をついばんでは遊んでいる。


「寛大だったらクビになんてしないにゃ」

「あんだけの損害と迷惑かけて慰謝料請求されなかったどころかちゃんと給与くださった事に対してありがたいと思え」

 キッチンを漁りつつ不満そうなルミアに、力ない声で彼は言う。怒る気力もない。ただただ、ため息が漏れるばかりであった。


「メル君、そんなにため息ついちゃ幸せが蜘蛛の子散らして逃げちゃうよ」

「蜘蛛の子散らすように幸せを爆散させたの誰なんだろうね」


 先が思いやられる、という絶望半ば。しかし、だからこそ諦めたくない気持ちもあった。最も、ここで諦めれば破綻するか国に貸しを作ってしまうのだが。


「こうなりゃ本業の依頼が来るまで意地でも仕事探してやるぞ!」と起き上がる。半ばやけくそだった。

「思ったのですが、本業の告知やそのための情報収集をした方が目的を達成しやすいかと」

「まぁいいんでないの? こっちの方がおもしろそうだし」

 ふたりの小さい会話は耳に届いていなかった。

 陽ざしが窓に差し込む。一日はまだ始まったばかり。そう言わんばかりに彼の背中を押しているかのようだった。

※催促しますと、4-9話は4-8話(第一区駐屯所でバン・イートンと戦って)から2日後の話です。

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