4-8-13.戦の終わり、風はふたたび時を運ぶ
その後、聖騎士団や他の地方騎士団からの救助や支援軍はすぐに来た。
天候までもが変わり、そして見る影もない第一区駐屯所本部を前に、誰もが騒然としただろう。直ちに消火活動と負傷者の手当てを急ぎ、事態は収束した。
それを促したのも、蒼炎の大賢者の支援があったからだろう。その治癒能力は、負傷者の負担を一気に軽減させた。
死傷者は少なくはない。だが、全滅の危機は免れ、被害を抑えたのは事実。十字団の二次災害もあるにはあったが、それでも彼らがいなければ、ここも殲滅していただろう、と騎士団長は語った。手当された彼女の上半身は胸部の包帯と羽織る外套のみ。そこに右腕はなかった。
「何から何まで、大賢者様のおかげで本当に助かりました」
威風堂々という言葉が似合うジルの頭は垂れていた。大賢者の前で柔軟な対応を取るも、大賢者のエリシアは謙遜する。
「いえ、大賢者の務めを果たしたにすぎません。ギルドと連絡を取りましたので、あとの支援はそちらに任せていただいております」
頭を上げる許可を与えられた騎士団長は、あたりの凄惨な景色を見眺めた。担架で運ばれる、無数の怪我人。運ばれる瓦礫。怒号が混ざる指示の数々。騒がしくもさびれた戦地の爪痕は、こうも心を枯らせてしまう。
戦った時の業火に燃ゆる目とは異なり、なんとも静かなそれだった。
「しかし……例の派遣罪人が、まさかここにこられるとは」とエリシア。
「我々も迂闊だった。目的は大結界の柱だと鵜呑みにしていたのが、今回の被害の大きさに繋がっているのもあるでしょう。当然、それで死んだ奴等も」
「ご自分を責め立てないでください。団長様方は最善を尽くしたのですから」
「……勿体なきお言葉です」
そのとき、騒がしい声と足音が近づいてくることに二人は気付く。
「あ、エリちゃん先生だ!」
「んだよ、今になって来るかよ」
騎士と同じように裏で療養してもらってた十字団の3人。メルスト以外、けがの手当てをしてもらっていた。エリシアは体を向け、深くおじぎをする。
「ジェイク、ルミア、メルストさん。今回の一件は本当にありがとうございます」
ふんす、とルミアは腕を組んで威張る。
「当然だにゃ。あたしらを誰だと思ってるさね。というより、業務以上のことをしたんだから、報酬はそれ相応きっちりいただくんだからね!」
「ったくよ、来るのがいつもおせーんだよ馬鹿賢者」
「おまえらな……」
相変わらず容赦のない二人に、メルストはあきれを通り越す。静かに彼らを見守っていたジルが、口を開いた。
「アーシャ十字団」
四人が、彼女の紅い瞳を見る。
「今回は本当に救われた。情けない話だが、我々だけでは奴を抑えることはできなかっただろう。なんと礼を言えばいいか」
「礼なら物で返してよ――」
「その気持ちだけで十分ですから」とルミアの頬をむにぃと引っ張る。気の抜けないやつだ。
「ま、こんな有様じゃ貰えるもんもろくなものはなさそうだがな」とつまらなさそうな目を周囲に向けた。そのときのエリシアの血の気が引いた顔を見ては、
「おまえまで減らず口だよな本当に」
と、メルストは呟いた。あ、そうそう、と彼につねられたままルミアが思い出したように言う。
「爆弾おじさんのこともなんとかなったし、メル君との決闘はどうすんだにゃ?」
「おいバカ蒸し返すな!」
「だっておもしろそうじゃん。実際アレックスとの戦いも観て楽しかったし」
「お、おまえってやつは……!」
引っ張るのをやめ、両手でルミアの柔い頬をつぶす。「ほへほへ」と何か言っている一方で、ジルはため息をつける。
「いや、その話はもういい。ヘルメス殿、あなたの実力は先程の戦いでよく分かった。あの力は世界有数の名だたる戦士、いや、それ以上かもしれない。それだけのパワーを強く感じた」
そのまっすぐさは弟アレックスと通ずるものがあった。だが、メルストは聞き間違いかと言わんばかりに固まってはジルを見た。疑い深い眼差しだった。
「手のひらを返すようで気持ち悪いか? まぁなんであれ、これは本心だ。アレックスに匹敵する、いや、それを超える"力"の片鱗を感じただけでも十分だ」
ザッと、改めてメルストの方へと強い眼差しを向ける。一種の期待と好奇心に駆られたそれだと、彼はすぐに気付いた。
「だが、今度会うときは是非とも手合いを」
「しませんので」
丁重に断ったのち、いくつかの話を交えたのを最後に、別れを告げる。
「それでは、私たちはこれで」
エリシアらの足元に魔法陣が浮かび上がる。そこから蒼炎が彼女らの足元へ手を伸ばす。
「落ち着いたときに遊びに来るといい。今度は歓迎する」
「手合いはしませんからね」と釘を刺すメルスト。
「神のご加護があらんことを」
エリシアの言葉を添え、蒼炎が燃え広がる。最後までジルを見届けた彼らは、青い炎光に照らされつつ、蒼炎の中へと呑まれていった。やがて収縮した蒼炎はサファイアの煌きのような火の粉となり、空へと散る。
ジルの目の前に広がったのは、どこまでも見渡せる草原と、地平線へ続く一本の鉄道だった。
吹き上げる風が、赤髪をなびかせる。寒冷期とは思えない、暖かい風だ。
「あれが、"メルスト・ヘルメス"」
記憶に刻むような、優しい声。
そうつぶやいたとき、後ろから髭面の騎士のあわただしい声が近づいてきていた。
「ジル団長ーっ!」
「なんだ騒々しい」
「緊急集会の通達です! 宛名は聖騎士団長のベックマン公爵からで」
渡されたのは一封の封筒。中身を取り出し、質のいい紙を広げる。
「こんな事態にか」
内容に目を通す。顔をうかがう騎士に構わず、読み終えた書類を押し付ける。
「フン、国家中枢もようやく魔国の動向に焦り始めたか。上層の招集なら応じるしかないが」
踵を返し、半壊した駐屯所へと歩み出す。
「貴様らもこれからに備えておけ。近いうち、"世界"は大きく荒れるぞ」
そう言いながら一瞥しては、前を見る。背後の声に振り返ることもなかった。
(あの青年をみると、おまえのあの言葉を思い出すよ)
「"双黒は終焉を破壊する"、か」
誰にも聞こえない、小さな声。それはかつての同胞が告げた、わけもわからない、どこかの御伽噺の一節。この世界の歴史だといつになく真剣な目で訴えてはいたが、今ではその言葉も、強ち信じられないわけではないと思えるようになった。
(あの戯言が予言だとすれば、どんな形でこの時代と世界をぶち壊すか見物じゃないか。そうだろ、オーランド)
赤髪と紅い外套が靡く。さらう風は戦の残り香を含ませ、果てのない雄大な地へと旅立っていった。
次回、第8話完結 (ようやく)
明日の夜、投稿します。




