4-8-11.我が祖国に栄光を。愛しき人に花束を。
戦火の渦中、騎士団長と罪人は対立にいた。ジルは歯を食いしばる。
まさに天災。爆弾一つで奥義を相殺されるとは予想だにしなかっただろう。
「まだ武器を隠し持っていたか……あのバカ共、無事に避難できているだろうな」
片腕だけでとはいえ、そう容易には破られない魔術。だが、道具ひとつでそれが砕かれた以上、魔国の技術は本物だと認めざるを得ないだろう。
最初と比べれば、バンの目には疲労が見えていた。だからこそジルは、剣を強く握った。ここを滅ぼすことが奴の目的ではないからこそ、逃げだす手も考えられる。
「そうだね、避難するのも悪くはない。おじさんは罪人だから、逃げるのが普通だろうに」
「そんなこと決してさせるか!」
「まぁまぁ落ち着きなさい。嫌でもおじさんは逃げないぜ。本当の大事な目標がここにあるからね」
「目標だと?」
山積みになった、チリチリと焼けている巨大な瓦礫。突如粉砕し、中から両手剣を杖代わりにつくジェイクが出てくる。同時、その傍にある要塞の残骸が爆発を起こし、中からルミアがせき込みながら出てきた。
「やってくれるぜ爆弾魔がよォ。キチ猫のがしょぼく見えるぐれぇだ」
「あたしだってエリちゃん先生の規制がなけりゃあんぐらいのもん作れるし!」
「……頑丈な奴等だよ全く」と驚きあきれる。
「おじさんもそこは同意するね」
バンを見かけ、ルミアはビシッと指をさす。
「これで勝ったと思うんじゃないわよおっさん! こっからがあたしの本気だから!」
「負け惜しみにしかきこえねーぞ。つってもま、まだ勝負はついてねェのは確かだがな」
ふたりを一瞥し、罪人はその場にいる全員に問いかけるように、口を開いた。
「なぜ、オルクの罪人をアコードに送り付けているか知っているか?」
何を急に。この状況を見ればわかりきったことであった。だが、それを罪人は否定した。
「あるものを探している。世界中の国々が喉から手が出るほどほしがっているものをな」
何も大結界や駐屯所が所持しているオルク帝國のちっぽけな兵器ではない。世界が求めるものが、アコードにあるのだと罪人は述べた。
「回りくどいこと言いやがって」とジェイクは嫌気がさしたような顔でつぶやく。
「もうわかっているだろう。魔族が敗戦後の46年間、何をしてきて、なんで今更にもなってアコードに楯突いているのか」
ザッと、一歩前進し、地に足を踏みつける。幾度か感じた、罪人の殺意、闘士。個人ではなく、ひとりの国の民として向ける"眼"。周囲に燃える炎は彼の怒りのようだ。
「"革命"の準備さ。これ以上アコードの時代にはさせねぇってな」
手に持っていたパッケージを前方へ軽く、下投げする。そのままそれを撃ち飛ばすかのように、鳴らす指を向け、狙いを定めた。
先ほどは上空だったから被害はさほど大きくなかった。しかしここで爆発すれば、小さな町くらいの範囲に含むものすべて塵へと還るだろう。。
「さっきのやつかッ!」
「"迦具土命"」
パチン、と指を鳴らす。
だが、パッケージが爆発することなく、ガッ、と地面に落ちるだけだった。
「ん……?」
違和感。
刹那、両腕を顔の前で咄嗟に交差し防護魔法を展開したとき。
これまでとは比べ物にならないほどの威力。突如として現れたメルストの一蹴は、罪人を要塞の壁まで押し飛ばす。鋼鉄の建造物がひしゃげ、傾いた。
「なるほどね……君か」
メルストに与えたことをそっくりそのまま返されたことに、一種の屈辱を覚える。エネルギーを流しきれず骨身にひびが入るほどのダメージを受けたにもかかわらず、罪人は微かに笑みをむけた。だが、その目は一切笑っていない。
「クソ童貞! テメェ今までどこいってたんだよ!」
「ちょっとな」とだけ返したメルストは世界を創造する。
("窒息消火"!)
周囲の暴れる戦火が鎮まるように消えていく。なにが起きているのか、それは自身に生じた異常でようやく気付いた。
「……! "燃素生成"」
地に手を着けては唱えた途端。罪人の周囲からオーラが生じ、足元が変色しはじめる。オーラはすぐに爆発的な速度で拡散していった。
遠くで燃える建造物がさらに激しく燃焼する。メルストの目にはその正体が"組成鑑定"で映し出されていた。
(不活性ガスを、大地から分離させた酸素で押しのけてる……? ラボや製造所にひとり欲しい人材だよマジで)
「"燃える素"がなければ爆発は生じないってのを理解しているようだが……それじゃあ俺の発明は破れない」
ボン、と残煙を揺らがせ、その身が消える。
「どこいった……ッ」
「いたにゃ! あんにゃろ高みの見物とはいい度胸なのよさ!」
ルミアが指をさした先、突き出た要塞の骨組みの先端に罪人はいた。日が当たり、風が服と髪を撫でる。
「天候は十の陽、風は北西3の刻。君たちは恵まれている」
「あ? 何わけわかんねーこと言ってんだあいつ」
「まさか……」
さっぱりなジェイクに対し、ジルはいち早く気づく。
だが、身動きが取れない。巨大なGが脚部にかかり、地面に罅を刻み込む。
「"アトラクションプレス"。ちょっとだけ大人しくしてもらうよ。なぁに、すぐ終わる」
辺りの地面や空間にパリパリと稲妻が走る。それを視線が追い、先に視えた空はどこか反射し、屈折しているようにも見えた。
「ルミア!」
メルストが呼び、のしかかる過重力に抵抗して投げたものは弾薬。重くなった腕を振るうように思い切り持ち上げ、受け取ったルミアは、それがメルストが予め錬成して作ったものだと、そして何をするべきかすぐに察した。
「弾の規格が合ってなかったら終わってたのよさ」
「そんときは別の方法考える。普段おまえの手伝いをしていた甲斐があったってことだ」
背腰部に位置した軽機動ジャケットの装填部に弾を詰める。一歩も動けないほどの重力であろうと、その程度なら辛うじてだが動けた。その一方で、ジェイクは無理やり脱しようと踏んばっているが。
肩部から突出した小型の銃口。空へ打ち放った弾丸は紫の煙と花火のような小さな爆発を描いた。
*
風とは違う、唸り。感じていた風も光も、淀み、歪んでいるような違和感。それを確信づけたのは、空に張られた――
「箱型の結界……?」
駐屯所全域をすっぽりと囲んだガラスのような魔力結界。時折空を裂くように走る小さな放電がキシュナーの手に当たる。咄嗟に手を払った彼は憎たらしそうな目を空に向けた。
「おいおい、嫌な予感しかねぇぜ」
「キシュナー隊長! ヘルメス博士から合図が!」
来たか、と駆ける技術兵を見て、安堵する。先ほどの紫の火を見ての報告だろう。右手首に装着した扁平上の魔道具の細い側面を強く摘まみ、大きな声を当てた。
「各地技術兵へ告ぐ! こちら騎士団技術部隊隊長キシュナー。カウントダウンも要らねぇ、すぐに例の弾を全弾発射せよ!」
『了解!』
右手首から複数の騎士の声が振動として伝わったと同時、見据えた先の景色のあちこちから放物線上の紅い光が空へと架ける。やがてそれらは煙となり、空へと霧散していった。
『全弾、発射完了! 弾薬の散布も確認しました!』
ノイズ雑じりのモックの声がキシュナーの手首から再び発する。
「よくやった」と一言告げた技術隊隊長は、流れる風が来た先――爆音が生じた駐屯所の中央へと目を向けた。
「やることはやったぜ。頼むぞ、錬金術師」
*
まるで析出しているフラスコの中のようだと、メルストは連想した。
彼ら等の周囲には白色や黄色の結晶が咲く花のように生み出され、草木のように大小さまざまな成長を始めていた。その場だけではない、奥まで続く要塞の残骸も、裂けた大地の淵にも、かなりの速さで成長している。
足元にもそれが芽吹いたとき、ジェイクの雄叫びが耳に劈く。
重力魔法の領域を力づくで抜け出したようだ。
「この俺様を縛ろうなんざ1000年早いんだよ!」
「さすが、若者はガッツがあってしぶといね」と罪人は興味なさげに評価する。
「"四空掌握"ゥ――」
「ッ待て!」
止めたのはジルだった。いつにない剣幕な表情と声に、ジェイクは勝手を止めた。
「なんだよおい、俺様に指図する気か?」
「魔法を使うな。あいつ以外死ぬことになるぞ」
「あ?」
過重力魔法から解放されたのはジェイクにとどまらない。ジルも同様だった。だが、反撃の意思を行動に移すことはなかった。ジルの一言に、罪人は感心の声を上げる。
「分かってるじゃあないか。ここで君たちのような粗々しい高反応性の魔法を使えば、"魔力引火"が起きかねないからね」
一定以上の魔力を消費すれば、ここら一帯が――駐屯所が吹き飛びかねない、制御不能の魔法の暴走。それは一種の常識として、世の中に知らされている魔法現象のひとつだ。
「なに勝った気でいやがんだ。魔法なんてなくてもテメェの頭くれぇぶった斬れる!」
舌打ちしたジェイクは咄嗟に空へ斬撃を飛ばすが、ある境界を境に弾け散る。それでも余波の斬撃が罪人の立つ場所まで届くが、防護魔法がそれをふさいだ。
「あんなところにいて無防備なはずがないでしょバカ犬!」
「うっせぇキチ猫! じゃあなんか方法あんのかよ!」
「それを今考えてんのよさ!」
「我々にも結界か……小癪な真似を」
為す術が見当たらなくなった時。
罪人は空を仰ぎ、深い息を一つ。そして独り、つぶやいた。
「試験場は整った。ここに旗を掲げよう。王の都まで轟く、オルクの栄光をここに……なんてね」
両の手に稲妻が走る。大気にも微結晶が生まれたとき左手を伸ばし、親指と中指でその結晶を摘まむ。指を鳴らす一歩手前。まさに引き金を引く瞬間だ。
「いろいろお国を恨んじゃいるが、生まれ育った国だからかどうも憎めんものだ。どうせ罪人なら大罪の爪痕でも残してやろう」
結晶が融解を始める。だが、それ以上に結晶が生まれ、大きく成長を始めた。空を裂く稲妻も多くなり、周囲の大地から沸騰するように湯気が生じている。
本能が警鐘する。悪寒が走ったジルは、すぐさま自分を覆う結界を叩き切り、破壊を試みた。ルミアも、ジェイクも同様だ。
だが、メルストだけはバンを見ていた。一瞬の挙動を見逃さないその目は観察ともいえる。まるで、ある瞬間を狙うかのような。
準備は整った。あとは、タイミングのみ。
「"Berzelius-Reaction"――偉大なる錬金術師の叡智に敬意を。我が娘に健やかな安寧を」
バリン! と結界が3つ壊れる音。ルミアとジェイクが食い止めんばかりに駆けたと同時、踏み出した騎士団長。この駐屯所に轟かんばかりに、彼女は猛る。
「今すぐあいつを抑えろ!!」
「――"愛しき妻に赤い薔薇を"」
パチン、と。
指を鳴らした。
あと2,3話で第8話は完結します。
明日の夜、投稿します。




