4-8-9.煉獄の一閃
「ジェイク!? なんでおまえが」
「あ? なんでテメェらがいんだよ」
戦場に踏み入ったジェイクは顔を歪める。なんとも嫌そうな顔だ。ルミアに至ってはその表情が露骨に表れている。
腕を盾代わりにし、屈んでいたバンは身に積もった塵や破片を払いのける。よろり、とその身をふらつかせた。
「あぁ~いたた、おじさんびっくりしちゃったよ。何かと思えばこの間の青年じゃないか。……死んでなかったようだね」
癖のある垂れた茶髪越しに向ける、赤褐色の淀んだ暗い瞳。
初めて見せた殺意。それは周囲の騎士の鳥肌を立たせ、脚をすくませるのに十分だった。
「マジかよ、今のでもかすり傷かよ」
「直前で防いでたよ。あまりにも速い爆発魔法、あたしでなきゃ見逃しちゃうね」
いつの間にかおぞましい瞳は消えていた。関心はジェイクよりも服の方にいっていた。
「あーあー、せっかくのスーツが台無しだ。今まで気遣ってたのに。こんな立場じゃ好きなものもろくに買えないってのに」
「知ったことか。罪人になったのは自業自得だろーが」
「ひどいなぁ、おじさんだって好きでこんな人生歩んでなんかないんだぜ?」
「バカが。みんながみんな自分の好きなように人生過ごしてねーよ」
わかりやすいため息を一つついた後、ちょうど等間隔で十字団がバンを囲んでいることに気が付く。その場の要塞が倒壊しており、金属片が炭にまみれた土に埋もれている。熱気籠る場所に通る風。町一つ分の要塞と化した駐屯所を貫通した二か所の風穴を一瞥し、改めてジェイクを見た。
他の冒険者あるいは剣士とそう変わらないどころか、むしろ軽装と思える一般的な装備。長身かつ体格も良い方ではあるも、一般と言えば一般の人間。だが、一度完膚なきまでにバラバラにしたにもかかわらず何もなかったかのようにまたこうして現れることにバンは疑念と、興味そして感心を示した。
「いやぁ近頃の若者はガッツがある。その若い力ばかりは侮れないな」
「あいにく、そこのクソ爆弾女のおかげでな」
「いや爆発に慣れるとかないからね? もろに直撃したら大体死ぬからね一発で」とメルスト。
「つーかお前なんで上だけ裸なんだよ。魅せる相手もいねぇんだからやめとけ」
「戦ったからだよ! 本当におまえはいつも一言多――」
「で、あんたがあいつ追ってる理由まだ聞いてないんだけど。女でも盗られた?」
そうルミアが話を遮る。
「は? 馬鹿言うんじゃねぇぞ、こっちはあのキチ猫男バージョンの首をぶん取るっつークソまじめな仕事してんだ、邪魔すんじゃ……いや、テメェらに任せればいいか」
「なわけねーだろ!」
「一回あの加齢臭ありそうなオッサンに殺されかけたのは腹立つが、ここでもう一発やれば報酬に見合った働きをしなくなる。つかマジで火薬か薬品かなんか知らねぇけどクセェから俺はあいつに近づきたくねぇ」
「……加齢臭、か。まさかあのとき香水切れていたか」
バンは袖の匂いを嗅ぎ、ジャケットの内ポケットに手を入れる。
「そう言ってやりなさんなジェイク君。確かに言動超キモいけど顔と体つきはそこそこ上位さねアレ」
「……言動はキモかった、か。そういや娘にも似たこと言われたっけな」
(なんか傷ついてないかあいつ……)
挙動が固まったかと思えば、視線を落とし、苦笑を浮かべている。だがこれ以上触れない。
戦意がないジェイクにメルストはダメもとでけしかけてみる。
「おまえルミアに対して日頃の恨みあるんだろ、まさにストレス発散に適した爆弾魔が目の前にいるのにそれをルミアにあけわたすのか?」
「……それもそうだな」
数秒の思考。おそらくルミアにされたいたずらの数々を思い返しているのだろう。そして納得。
(うっわ、可哀そうに思えてくるほどバカだ)
「じゃあどっちも潰す」
「え?」
剣を抜き、構える先はルミア。「おい、なにしてんだあいつ」「仲間じゃないのか?」という不安の声も聞こえてきた。
(予想真後ろなバカに走っちゃったんだけど!?)
「うぉらァ!」
飛ばした斬撃がその場の3人を呑みこもうとする。地面へ飛び込んだルミアとメルスト、そして屈んだバンの背後にある要塞の残骸にバグンと切れ込みが入る。
「マジでルミアごと巻き込みやがったよあのバカ!!」
とっさに避け、体を砂埃にまみれたルミア。ネコの呻り声のような音が聞こえる。堪忍袋の緒が切れたようだ。
「――やったわねこの駄犬! いい加減駄犬らしく去勢してやんよオラァン!」
せっかくの陣形も崩れ、ルミアとジェイクの剣戟が始まってしまった。
「こんなときに仲間割れしてる場合かー!」
そのとき、体が何かに引っ張られるような感覚になる。感覚ではない、実際に体が浮いてバンから引き離された。メルストだけではなく、ルミアとジェイクもだ。
土嚢と魔防壁の先、騎士らのいる安全地帯へ放り出された3人。メルストが起き上がった時、赤い外套が靡いたのが目に映った。
「君たちは下がっていろ。ここまでよくやってくれた」
感謝する。そう言い残し、騎士団長は地を踏みしめた。
「ジル団長、貴女だけでは――」
「ヘルメス博士、あんたは次の戦闘に備えた方がいい」
そう静止したのは数人の騎士だ。もうひとりの若い騎士が砲台から離れないまま話しかける。
「あんたらもとんでもないバケモノだってのはわかったけどよ、俺たちのジル団長も中々の怪物だぜ? 障害を患っているが、それでも元聖騎士団所属の"英雄"だ」
言葉一つ交わすことなく、煉獄のジルは剣を抜くことさえせず、バンに一歩ずつ踏み込んでいく。
剣の間合いに踏み込んだ瞬間。
「ついに第一区騎士団長殿のお相手か。"竜王殺し"じゃなくてよかったよ――」
言葉を途切らせ、違和感を抱く。
罪人の見据える視界で、赤髪の女騎士長は止まっている。剣の間合いに踏み込んだ瞬間のその姿のままで完全に静止している。周囲の空間地雷魔法は展開している。それが展開しなくとも、自分の目は手練れの剣士の腕や銃士の銃弾を見切ることができる。最初の一手を防ぐ自信はあった。
しかし、なにかがおかしい、と感覚だけ先走る。体に走ったもうひとつの感覚が、それを確信へと至った。
振り抜かれた、赤い光を帯びる刀剣。このときから、否、間合いにいれた瞬間、既に決着はついていたのだ。
首元から腰へと斜め一閃、切り口が発火し、眩むほどの爆炎を遂げる。閃光が空を焼き付け、不動の罪人はついに、その足を大地から引きはがされた。
「すげぇ! 吹き飛ばしたぞ!」
「騎士団を率いる伯爵のひとりだ。このくらいやってくれねぇと示しがつかねぇ」
騎士らも彼女の頼もしさに、安堵を示す。
「速すぎて全くわからんかった……」
「さすがのあたしもあれは防げなくなくなくもないね」
ガシャアン! と火の粉舞い、罪人は瓦礫に埋もれる。ジルは紅剣に付着した血を振り払う。風を切る音が心地よく耳に届く。
「己の発言を後悔するんだな」
「おーいたた。やるじゃないか」
瓦礫から起き上がる。自身の深い傷跡とほどばしる痛みは感じているはずだ。だが、一切表情にあたり、苦痛もエネルギーとして受け流しているのかとメルストは思ってしまう。だが、罪人はジルをじろりと見つめた。ダメージを吐き出すように、息を深く吐く。無気力な目は、まるで死人のようで、一層不気味だ。
「ちょっと燃えたよ」
手袋を外し、燃えだす手。空へと伸びた炎から銀色の光沢が顔を出した。
「剣を出したぞ!」と兵の声。
「今まではお遊びだというわけか。舐め腐ったマネを」
「勘違いは困るねぇ。こー見えておじさんは剣術とか得意じゃないんだ。そもそも剣は時代遅れだし、慣れてないのもあるが――」
鋼がぶつかり合う。一瞬にしてジルの間合いへと入り込み、つばぜり合いで顔を近づけた。
「戦時中はよくおたくらの兵を斬り殺したもんだよ」
「……ッ! 貴様ァ!」
振り払い、距離をはがす。だがその合間もすぐに消滅した。
「おおっと、容赦ないね」
鼓膜が針で破けるような、鋭く強い金属音。斬撃の軌道は燃え、両者から生じる熱によって大気がゆがんでいる。
「ふふ、懐かしい感覚だ。筋肉痛が怖いところだが」
ジルの猛攻に押されているも、受け流していることは確かだ。それを見た兵士の何人かは、その事実に未だ信じられないような顔をしている。キシュナーもその一人だった。
「情報じゃ魔王軍所属の錬金術師のはずだろ。ただの学者がなんで渡り合えるんだ……」
突然、ガッと両肩を掴まれる。息を切らし、キシュナーに話しかけたのはメルストだった。
「キシュナーさん! 頼みがあります――」
個人的な取り組みですが、なるべく3000~5000字でおさまるように書いていけたらと思います(その方が更新頻度も上がりそうな気がしないこともないと感じましたので)




