4-8-7.バン・イートン ―芸術は神をも殺す―
吹雪と火の粉が降り続く中、男はのんきな様子でメルスト等に話しかけた。しかし、周囲の業火をみれば、敵意は明確。ジルは怒号をグレースーツの男に向けた。
「誰だ貴様は!」
ジルの怒号は鋭く、言われていないメルストでもびくりと委縮するほど。だが男はその意をくみ取ることはなく、訊かれたことを答えようともしない。
「ん? もしかして顔まで知られてないときたか。はーまいったな、これでもお国じゃあ知る人ぞ知る有名人だったんだけどなぁ。これじゃあまるでお山の大将じゃないか」
顎に指を当て、無精ひげをじょり、となぞる。
「こう見えて軍の兵器製造業務やってて、あるグループの研究課長も担当してたんだぜ? おじさん悲しくなっちゃったよ」
ハッとしたのはメルストだけではなかった。事前に与えられた情報より、一致している人物がひとり、該当している。
(まさかこいつが……)
「貴様、バン・イートンか」
「自己紹介の手間が省けてよかった」
ふっと笑うような表情に反し、全員が警戒の目を向けた。
アコード王国全域を外部から守る"アコーディアの大結界"。その内機関である5つの柱の内3つを破壊した張本人。その上、多数の兵力を削った危険人物だ。
内心どよめくメルストの一方、ルミアは挑発的な態度を見せる。
「ふぅん、あんたがね。どんだけお偉いさんか知らないけど、"檻国"じゃその肩書も意味ないでしょ。外に知れ渡らないんだからさ」
腕を組んで、けしかける。相手の程度を見ているのだろうか。
「けど、高い椅子にふんぞり返っていた腹と頭がデカいだけの中年オヤジじゃなさそうなのは確かみたいね。メル君、手加減せずにパパッと工事完了しようぜ」
怒りという感情でも焼き切れているのか、バンは眉一つ動かすことない。しかし、なるほどと言わんばかりの表情でルミアを舐めるように見ていた。
「……なにじろじろ見てんのよさ」
「おじさんが若かった頃は、女性というものはもうちっとおしとやかなイメージだったんだがな、時代も変わったなぁと」
「え、なに突然。引くわ」
「あらら。娘と近い歳の娘に言われちゃったよ。おじさん傷ついちゃうなぁ」
肩を落とし、わかりやすく落ち込む罪人。どこからみても隙だらけに見えるが、周囲の緊張の糸は切れないままだ。
「油断させようって算段なら通じないよ。やるならさっさとかかってくるんだね」
「そういうつもりじゃないんだがな。最近の子は真面目だ。なんというかまぁ、熱意がある。良いことだよ」
さて、と息をつく。再び顎を指でなぞった。
「君は見たところ"機工師"か。ここからでも嗅ぎなれた火薬の臭いがするし、爆弾もってるでしょ。それもた~くさん。自作?」
瞬間、ドカンとバンが爆発する。仕掛けたのはルミアだ。
「あんたに答える義理はないさね、このセクハラじじい」
服の中にしまっていた爆撃銃は向けたまま。不意打ちとはいえ、これで仕留められるほど容易ではないことは全員がわかりきっている。だが、これでも敵意どころか気配すら感じない。まるでその場にいないかのような。
「参ったなぁ、いまの発言はセクハラだったかぁ。ちょっと世間話をしただけじゃあないか」
「っ!?」
その場を振り返る。兵器の前にバンは変わらない様子で立っており、怪我どころか焦げ跡一つついていない。
(あの不意打ちを見切ったのか?)
「避けただと?」というキシュナー。スン、と嗅いだバンは感心の声を漏らす。
「質は悪くない。いい爆薬を扱っている。どこの製造社から発注している? それともこれも自作かい」
再び砲撃。今度は顔面を捉える――が、目前にして白い手袋をはめた手で受け止められた。その榴弾は不発に終わり、赤く染まっては焦げ臭い煙を発し熱分解していく。
その間、業火の奥から騎士の隊が援護せんと駆けつけてくる。いたぞ! という声が遠く響いてくるのが聞こえた。
「さっき言った通り、おじさんも爆薬や爆発魔法の専門を扱っていてさ。そういうことは多少知ってるつもりだから、そういうの見せつけられると」
――ドゥン! と。
バンが向けた瞳の先――メルスト等の背後。駆けつけた騎士全員が爆発に見舞われ、爆炎の壁が寒空へと昇っていく。
「なっ――!?」
「こっちも魅せたくなっちゃうんだよ。大人気なくね」
散りゆく鎧の破片と血。強風に吹かれる木の葉のように吹き飛び、焼け倒れ、雪に埋もれる兵士の数々。断末魔を上げることも許してくれなかった。
「団長、今のは……?」
「地雷魔法だ。しかし何の詠唱も魔晄もなかった。魔道具を使った挙動すらも。いったいどうやって仕掛けた」
部下の犠牲に歯をかみしめる。しかしバンはそこに人がいようがいまいが、あまり関心がない様子だ。それよりも、気持ちを高揚させることがあったからだ。
「こんな若い娘が爆発の魅力を理解しているだけでも感激だ。一晩とは言わん、今この時だけでも撃り合おうじゃないか」
「お生憎さま。そういうのは彼で間に合ってますから」
「それ俺のことか?」とメルスト。
「そうか、そりゃあ残念だ」
そう言い、兵器の残骸にぽんと手を置く。
「ともあれ、こんなガラクタでなにをする気か知ったこっちゃねぇが、軍に雇われてる身としても、ひとりの技術者としても見過ごすわけにはいかねぇのよ。まぁここに来たのは別の理由だが」
話を止める。向けられた警戒視から完全なる敵意。燃え上がる爆炎の奥に見えた増援と数多の武器兵器。耳を傾ける気すらないと判断したのか、小さく苦笑した。
「おじさんの話には興味ないか」
フッと、バンの背後に突如現れた二人の騎士。短距離転移魔法なのだろうが、各々の手に握る剣がバンの首を狙った。
だが、切り落とすことは叶わない。振り上がった両手は剣を見切り、それぞれ騎士の額をコツンとノックする。途端、ふたりは爆炎に飲まれ、ガレージの奥へと消えた。
「背後は卑怯だねぇ。騎士道に反してるんじゃあないのか」
ボン、と小さな爆音と同時、バンの姿が煙と化す。
「消え――ッ」
「"One-Reaction"」
耳を劈く爆轟。それはガレージ前の広場――騎士が集結していた場所からだった。メルスト等が振り返った時、炎に飲まれ、八方へ吹き飛ぶ数多の騎士と、その中央でタバコに火をつけるバンの佇んでいる姿が目に映っていた。
「おじさんと一戦交えたきゃ、軍艦の一隻二隻は引っ張り出してこい。話はそれからだ」
被害を避けられた騎士らがどよめく。だが、逃げ出すほど彼らは弱者ではない。なにより、王国の中でも上位の強さに位置する騎士団長がこの場にいることが、彼らの戦意を保っていた。
「貴様の望み通りに、今この場で用意してやる!」
バッと右腕を横に広げたジルは、その手の先を赤く発光させる。手のひらに浮かび上がった魔法陣。それをガラスのようにバキっと握りつぶした。
「"召喚"――"王の第一の守護神"」
訓練場の雪原から巨大な鋼の腕が突き出てくる。それだけではない。周囲の駐屯所全域が赤く光る雪原の中へと沈み、入れ替わるように幾多の鋼鉄と石の城壁がせり上がっては、無数の砲門が罪人を狙った。
ついに顔を出した巨人は顔は勿論、全身をルビー色に輝いた鎧で覆われており、鈍重な足を地につけては地鳴りを起こす。背中から抜刀した赤く燃える剣は、この大地を二つに裂きそうなほどの巨大さだ。
「要塞に召喚獣……!?」
「その中でもかなり上位の守護霊だ。騎士団長の特権と言ってもいい」とキシュナー。
「撃て!」
響いた騎士団長の一声は周囲を取り囲む要塞と守護神兵を動かす。全砲口が火を吹き、罪人を裁いた。一切の隙を与えない、砲弾の嵐が一点に集中される。生じる衝撃波は暴風のようにメルスト達を一歩引きさがらせるほどだ。
大樹が育むように昇る爆炎と煙。果たしてそこにバンがいるのか、だが目に見えているように、守護神は巨剣を爆炎の中へと切り裂いた。
「"副熱連鎖反応"」
事実、爆炎の中にバンはいた。騎士団らが望まぬ形のままであったが。
振りかざした巨剣ごと守護神兵を呑みこまんばかりの白い爆発が、爆炎の大樹の中から大きく生じた。
「――ッ、"流焔剣魂歌"!」
発動した魔法を剣に流し、ジルは咄嗟に前方を斬る。斬られた爆発はメルスト等を避け、背後へと爆炎と衝撃波が流動する。
その威力はこの場だけにとどまらない。空を伝播する斬波は拡大していく白い爆発の方向を空へと逸らし、騎士や要塞を護った。吹雪いていた空が霧散し、穏やかな日が顔を見せた。
「時代遅れが否めないが、レトロな火薬も味がある」
「む、無敵なのかあいつは……!?」
思わずメルストも口に出してしまう。
守護神兵の前面を損傷させるほど押しのけ、巨剣を破壊させた爆発。それを通常魔法のように発揮したバンの様子は依然と余裕を醸し出しており、火傷もなければ怪我一つすらなかった。
「騎士団がこの程度なら、世の中が平和になった証拠とでもいうべきか。物質技術も魔法技術も、諸君の水準じゃあ今の帝國には及ばないぜ」
掲げられた腕。それは追撃しようと拳を振り下ろしていた守護神兵に向けられた。パチン、と指を鳴らされた瞬間、守護神兵の腹部と首、四肢が爆炎に混じり爆散し、それぞれが赤く融けた。
「ッ、守護神が!」
「爆撃程度じゃビクともしないはずなのにどうして……ッ」
要塞に避難した騎士らやキシュナーも驚きを隠せない。ジルは一言も発さず、しかし目はバンを離さないまま、剣の柄を強く握っていた。
「ルミア、準備はできてるか」
「いつでもオッケーなのよさ。てか、あれは感激ってより、嫉妬しちゃうレベルの爆発だにゃ。とんだ"芸術家"もいたもんさね」
爆発は芸術と謳うルミアの目からも、残念ながら認めざるを得ない相手のようだ。セッティングされた機械仕掛けのパワードジャケットも、駆動音をルミアの服の下から呻らせる。メルストも、体内から白いプラズマを発し、準備はできている。
それに気づいたのか否か、メルストのいる方角へ罪人は目を向けた。
「"爆術系魔法合成学"……実験場でこんなド派手にやろうもんなら、ラボとともに保証と人権が一気に吹き飛ぶ。いやぁ合法の無法者はいいもんだ。お国のお墨付きでこんなに有意義な実験をいくらでもどこでも構わず試せるんだからな」
体を向け、臆することなく歩み寄ってくる。敵意などない。純粋な好奇心と探求心だけが、彼を動かしていた。
「職場で思いついたが立場上できなかった試験反応がいくつもあるんだ。検証に付き合ってくれないか」
次回「双黒の錬金術師 対 紅爆の錬金術師」




