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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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4-8-5.錬金術師の新開発

 駐屯所の外は相変わらず吹雪で景色が塗りつぶされていた。かろうじて見える煉瓦製の建造物も真っ白な雪に覆われてしまっている。風も強く、どこかの金属がきしむような音が聞こえてくる。


 軍用の防寒着であれ、魔物の毛皮が素材では十分な断熱性はない。改善の余地があると思いつつ、メルストはルミアとともにキシュナーの後ろを離れないようについていく。その後ろには護衛だろうか、防寒着を羽織った若い騎士のモックがいた。大鎌のような弓と矢が詰まれた鉄の筒が背に担がれているが、魔武具の一種だろう。


「これまでは一定の技術がありゃ、あとは魔術だけでどうにかなっていたが、これからはそうもいかないとジル団長も言っててよ。魔法が使えないやつらのための魔道具があれ、量産はまだ開発中だからな。まぁ魔国があんなバケモノや無人の飛行兵器を造っちまったから焦るのもわかる」


「だから重火器類の開発も著しい傾向にあるんですね」

「そうなるな。ここにいると、そういう真新しい話は嫌でも耳に入ってくる」

「どうでもいいけど、まだ着かないのー? もう骨ごと凍りそうなんですけど」

 文句を垂れるルミアだが、爆薬の研究に関する資料のためならと、引き返すつもりはなさそうだ。


「調合室で爆発だけはやめてくれよ」とメルスト。その声に冗談の色は一切なかった。

「爆発事故といやぁ、4年くらい前にも別の駐屯地で起きてたっけか」


 思いついたようにキシュナーが言う。未遂でもあるのかとぞっとしたのか、あるいは凍える風によるものなのか、メルストの顔は青ざめていた。


「爆薬庫丸々木端微塵になったからよ、はっきりした原因は分からずじまいだが、管理が徹底していなかったとか、温暖期だったからとか言ってたぜ」

 原因が抽象的だ。それだとまた再発するだろうと思いに至ったメルストは尋ねる。


「ちなみにその一件以来、爆薬は変わりましたか?」

「種類も増えたし改良も重ねてあるが、爆薬そのものは大して変わってなかったはずだ」

「それも少し視てみてもいいですか」

「おう、構わねぇぜ」と言う声はメルストの耳には素通りしていった。彼の視線の先には、白い景色の中にひとつ、眩い光が捉えられていたからだろう。

 それは建物の明かりの類ではない。"組成鑑定・波長解析"を目で通じ、感じ取れた情報値(スペクトル)は、経験則からひとつの答えへと導く。


「あそこ燃えてないか?」

「ホントだね、ありゃあまずいね」と隣にいたルミアは軽く返す。面白いものを見つけたといわんばかりに、その目は輝いていたが。

 その場所は列車が通る線路。列車事故で漏れ出た燃料が時間差で引火でもしたのか。斜め左前方にくぎ付けになったままの二人に、後ろのモックも、その先を見る。


「あー君たちは知らないのか。あれはな――」

「まぁまぁここは爆薬専門家のわたくしに任せなさいな」

 騎士(モック)の話を聞き逃した、否、聴いても止まらないルミアは火が昇っている元へと軽い足取りで駆ける。雪が積もっているとは思えない速さだ。


「おい、ちょっと待てルミア!」

「おいおい、なにをする気だあの嬢ちゃん」

「全然わかりませんけど絶対この現状を悪気なく悪化させる気なのは確かです!」

 彼らの声が届いたのか、火元の前で踵を返した。


「ふっ、案ずるな者共よ。火事が起きればその火種ごと爆発させれば万事解決なのだ!」

「火に油注ぐどろこじゃねぇ爆弾発言が聞こえたぞ今!」

 ガチャコン、と爆撃銃を二丁組み立て、燃え上がる線路に向けて銃口を向ける。


「はいリセットォォォ!!」

「建物ごと更地にする気だこいつ! 誰か止めてぇ!」


 間一髪、モックが背に担いでいた弓矢を駆使し、ルミアの暴行を止めた。服と地面を矢で縫い付けられた彼女は滑稽な体勢で前身を雪で埋めている。

 そこへと歩を運ぶ3人。キシュナーはメルストに呆れた声を向ける。


「こんなことを聞くのもなんだが、おまえら本当にあの十字団か?」

「お言葉ですけど、十字団はなにもそんな名前通りの人格者が集う場所ではないんですよね。これが十字団なんです」

「まぁ、腕は確かのようだがな」と呟き、目の前の炎に目を向ける。

「つーか、あれは別に火事でも何でもねぇよ。融雪装置だ。列車周りの雪を発火石で溶かすんだ」

「そ、そうだったんですね。あんなに燃え続けるものなんだ……」


「あぁ、うちにあるのはちと特殊でな。魔術合成された"パイロナイト"っつーもんで、周囲の魔力を吸収して炎属性の魔法に変換するんだと。逆に粉末状に小さくすれば、炎を呑みこむほど熱を吸収する」

「なんでも、そこから放出される魔力はあの"魔力引火"を一定範囲内でなら消せるほどの魔力不活性化の作用をもたらすらしいですよ。まぁ僕らの体には毒らしいので細かく砕くのは禁止らしいですけど」


「へーそんなのもあるんだね。知らなかったや」と顔だけ起こす。

「おまえな……」

「やーん、メル君そんなぷんぷんしないの」


 媚びた声を携えていた剣の鞘でゴツンと叩いては黙らせた。乾いた笑いをしつつ、モックは袖と裾と横腹付近に刺さっていた矢を引き抜いた。同じ技術員でも、騎士としての実力は優れている。


「まぁ何事もなくてよかったよ。で、この線路を越えたあそこが開発施設だ」


   *


 一見すると、同じ煉瓦製の建物でわからなかったが、建物自体は小さい。それもそのはず、施設は地下にあった。牢獄のように古びた石廊下が続き、奥に調合室と思える設備が整っていた。壁一面に並べられた瓶詰めの薬品や資料棚、ガラス器具、釜型の反応炉がいくつも並べてある。


「騎士団もそれなりのものは揃ってるんだね」

「その方が時間も金もかからないんだよ。いろいろできるしな」とキシュナー。

 その部屋は光をほのかに発する白石の壁と床で敷き詰められており、先ほどの廊下よりは明るい。4人ほどの錬金術衣を羽織った壮年の内のひとりが、こちらに気付く。


「キシュナー隊長、彼らが例の十字団ですか?」

「そうだ。こちらがメルスト・ヘルメス氏で」

「あたしがルミアでーっす」

「ここしばらくは一部使わせてもらうかもしれんが、大丈夫か」

「いつもこんな感じで空いているので一言言ってもらえれば問題ありません」


 それを聞いたルミアは飛び跳ねるように喜んだ。

「好きに使っていいってこと!?」

「ただ、黒油(ヘビーブラック)由来のものは貴重だから、使うなら慎重に扱ってくださいね」

「黒油?」とメルストの問いに答えたのはキシュナーだ。

「"生ける大地(ジェス・カーロ)"の老廃物を分留して得たものだ。世間一般にはあまり知られてねーが、技術革新を担う新資源候補としていろいろ用途を開発中なんだとよ。当然、オイルとしての役割もあるが、それ以上の価値があるのは技術者の俺から見ても間違いない。ただ、希少だがな」


 いわゆる石油の類だろう。それがすでに産出されているのであれば、この先の産業が大きく変わる。ただ、それに人類の叡智が今すぐにでもついていけるかは、時の流れが明らかにしてくれることだろう。


「ま、ここでなら好きなように油の研究はできるだろう。事故にだけは気を付けてくれ」



 それからというもの、人手もあったことから互いの作業は順調だった。ひと月はかかるであろう研究や作業内容も3日ほどでほとんど終わらせた。まるで一からわかっているような手際の良さに、技術兵は感心どころか、驚いたという。


 国やエリシアからの連絡はない。きっと今頃、大結界の修復と防衛、派遣罪人とパラビオスの捜索に明け暮れているのだろうと、変わらず降り続ける吹雪を見つめながら、メルストは冷え切った廊下を進む。向かう先はオフィス。その通り道に機関車を製造する大型ガレージが近くにあるので、メルストはそこへとついでに寄った。


「あ、メルくんおつおつー」

「……もうここまで造ったのかよ」


 そこで作業しているルミアのところへ顔を出したが、声をかけるよりも先に後ろの列車を見ては口をあんぐりと開ける。外装はなく、完成という外見ではないにしろ、内燃機関や車輪、骨組みはすっかり形になっている。機械と鉄の巨大さに、圧倒される。

 相変わらず手が早いと驚きあきれる。ゴーグルと手袋を外したルミアは金髪のポニーテールを結びなおす。


「まだ進んでない方さね。機関車とかあんまり製造経験ないけど、昔おじいちゃんの手伝いをしたことがあったのが救いかな」

「そういやルミアのおじいさんも機工師だっけ」

「うん。あたしとちがって機関車とか飛空艇とか、大きいけどつまらないもの主に造ってるよ」


 窮屈なのだろう、作業着の胸元を開ける。そこから見える肌色に思わず目をそらすも、気にかけないルミアは丸椅子に腰かけ、話を続けた。


「それで、メル君の方はどうだい? 油と爆薬の研究でなにか進展した?」

「まぁ、これからそのことをキシュナーさんに報告をしようと」

「俺がどうしたって?」


 ガレージの奥からキシュナーが歩いてくる。仕事の合間、ちょうど寄ったのだろう。

「キシュナーさん、ちょうどよかったです。研究がまとまったので報告しにいこうと思って。あと、実用試験(デモンストレーション)の許可をいただこうと」


 報告はその場で行われた。手に持っていた資料を渡し、ざっと目を通す。簡単な説明をした後、メルストはポケットから小瓶を取り出し、それもキシュナーに渡した。


「――これが、完成した調合油かい」

調製書(レシピ)はそこに書いてある通りですが、氷点下40度でも融点による粘度を維持しますし、揮発や高熱下での蒸発を抑制する効果も実証されました」

「よくもまぁこんな短期間でできたもんだ。本当にこの報告書通りにやったのか疑っちまうぜ」


 ラボスケールで行う前に、自分の"能力"で試行錯誤したのだろう。その方が早く解決に導けたが、それに関しては資料に書いていない。若干冷や汗をかいたメルストは、

「そこに書いてあることは一人でやったわけではありませんので大丈夫ですよ」

「聞いた話じゃ、車軸に使うオイルに粘度は不要だと、購入先の会社から話を伺ったことはあったが、このくらいの粘性は問題ないのか?」


 キシュナーは瓶の中を傾けたり、揺らしたりして油の粘性を確かめる。


「もちろん粘度の向上が関連する原因として今回の事故は起こりましたが、低すぎるのも問題があります。金属同士の摩耗を防ぐために水ではなく油が使われているのは、粘度によって熱損失や摩耗するためのエネルギーを分散させたり抑制するためでもあると僕は考えています。

 重要視されているのは、摩擦抵抗を減らすことで潤滑油から生じるエネルギーを削減することですね。もちろん融点に近づくことで生じる必要以上の粘度は不要ですが、さらさらとした油でも一定の粘度がないと摩耗すると考えられるかと」


「あたしの故郷でも、エンジン用のオイルは粘度指数を上げる薬剤を添加してるから、大事だねそれは。今更もう驚かないけど、メル君ホントによく知ってるね」

「まぁ、いろいろと勉強してきたから」とその場を濁す。


(他の国じゃ高分子を意図的に作っているんだろうな。エチレン-プロピレン(オレフィン)共重合体(コポリマー)P(ポリメタ)M(クリル酸)A(エステル)なら数万から数十万の分子量を作りやすいし、ポリマーの粘度指数の向上効果や増粘効果があるから、それを採用したけど)


 話を最後まで聞いたキシュナーは、喉奥で唸り、

「まぁ、長期運転してたら潤滑の不良や劣化堆積物(デポジット)による自己着火(ノッキング)が起きやすくなるからな。その要素は重要だろう」


「ただ、当然だといわれそうですが、定期的な検査はしてくださいね。ベアリングやピストン、あとシリンダでも同じ例は見られますが、高いせん断応力や高熱にさらされたら、機械的に油の高分子(しゅせいぶん)主鎖断裂(ぶんかい)低分子化(へんしつ)を起こして粘性が一定値を満たさなくなります。それこそ、デポジットができる原因にもなりますから」


(それでも原則的には粘度指数が120以上と極めて高い高分子化合物(やくざい)を創って、それを少ない量で添加したけど。低粘度だったらベアリングとかの部品の摩耗に繋がるし、なにより蒸発しやすいから油の消費量が大きくなるだろうからな)

 そう思うも、あえて口にはしない彼は、ぐっとこらえる。一通り目を通したキシュナーは資料を手に提げる。


「まぁ、言いてぇことはわかったぜ。報告ありがとうよ。デモンストレーションはそこの列車が完成し次第、実施する。これがうまくいけば、団長に報告だな」

 老いているとはいえ軍人ならではの強面が少し緩む。それにメルストは安堵した。


「ちなみになんですが、爆薬のことも少しお話したくて」

「おう、いいぜ」

「爆薬ならあたしも聞きたーい!」

 ぴょんと寄ってきたルミアを一瞥し、服の内側から束ねた書類をまずキシュナーに渡す。調合油ほど成果は出てないのでちゃんとまとまってはいないと一言添えた上で話した。


「原因の解明ってやつか」とキシュナー。

「砲弾の中身を調べてみたのですが、使用している爆薬の主成分はピクリン酸です」

「はぁ」

「名前だけ言われてもねぇ、国によって名称違ったりすること多いし」

 同じ物質でも、国どころか地方によって名称が異なることは珍しくはない。ただ、異世界から来たメルストにとっては、それ以前の問題ではあったが。


「どういう製法なんだ?」

「確か、コールタールからフェノール(フェン)が副生成物として作られて、そこから濃硫酸を2等量加えてゆっくり加熱させながら溶かすとスルホン化するんですよ。それを濃硝酸に少しずつ加えてニトロ化させると、ピクリン酸という黄色い結晶がうまくいけば出来上がります。でも、それ単体じゃたかが知れてる爆発性なので窒化ヨウ素とか別の化合物加えたり、雰囲気条件を大気中とは別にしたりするんですけど、ここではそこまでは考慮されてないみたいなんですよね」


「たぶんグラウバール結晶のことだろうな。で、それが爆発事故と関係が?」

「ニトロ基の電子求引性によって酸性が強くなってるんです。その酸が砲弾の鉄を溶かしてしまうんですよ。それで試験運転の時に爆発事故が起きたんだと思います」

「ニトロキの……デンシ、なんだって?」


 錬金術の専門ならともかく、さすがの技術者でもわかっていない表情に、しまった、と思う。これは飽きさせたら終わりだと察したメルストはすぐさま話す内容をはぐらかす。

「あー、ま、まぁ、その成分は物質として構造を保つのが不安定だから、常に爆発の危険性があるんですよ」

「それなら輝安鉱(スティブナイト)やトリシネートの爆薬はオススメさね。それはメル君的にどーなの?」


「それらは確かに火力はあるしコスパも悪くはないけどやめた方がいい。鉛による汚染が自然に影響を与えかねないし。それよか、トリニトロトルエン……TNTの方が安定性も威力も高い。汎用性は高いと思う」

「それのことがこっちにも書いてあるが、作れるのか?」

「製法は分かります。ただ、量産するにはデータが足りていませんが」

「爆薬の製造ならあたしも滾るにゃ。肥料の簡易製造所造った時は報酬金だけでモチベ保ってたけど」

「でもそのおかげで今回の製造はわりかしやることは減っているな。その卑素(シュケティニウム)製造ができるおかげで、TNTの製造もできるから」

「あ、爆薬作れるって前に言ってたけどこのことだったんだね」


「で、余った爆薬の原材料はどうするんだ?」

 爆薬にもさまざまな種類があるが、その大半はピクリン酸結晶で占めている。これを廃棄するのはコストの無駄にもつながる。

「療養院の方に回します。少しの工夫で火傷薬とかに使えるますから」

「爆薬を薬にだと!? 何を考えているんだ!」


 ついに信じられないと感じたのだろう。思わずキシュナーは声を上げた。そのことを想定していたメルストは、冷静に対処する。

「そのままでは使いません。分離させるんですけど、爆薬に含まれているピクリン酸が……っていっても納得してくれないか」

「とりまあたしらが買い取ればいいか。ギルドかメディにでも聞けば対応してくれそうだし」

「その代わり、同じ量のTNTはこちらで用意します。もちろん、実用性があるか試験をして、キシュナーさんに認めていただければの話ですので」


 驚きあきれる代わりに、深い息をひとつ。腰に手を当てた老兵は、

「こりゃ想像以上だ。なぜおまえたちのような人間が今まで名を馳せなかったのか理解に苦しむわい」

 そう軽く笑っては、目を向ける。そこには先ほどと異なり、光が灯っているようにも見えた。


「ま、よくわかったよ。今回の責任は俺がもっているから、時間と材料と金は気にしなくていい。十分な成果があれば、俺は勿論、ジル団長も採択を認めてくれるだろう」


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