4-8-3.第一区騎士団長"煉獄のジル"
第一区の駐屯所――いわば、第一区騎士団の軍事基地である。
凍てつく風は容赦ない。吹き荒れる重い雪は視界を奪う。それに動じることなく、一頭の拝借した翔騎竜に乗ってきたふたり。目的地が辛うじて見えてきたときに、メルストはその駐屯所の広大さに目を丸くした。
訓練場の広さはもちろんだが、倉庫や工場、農場らしき施設もあれば商店街、住宅街と思わせる軒連なる民家が密集している。運送施設もあるようで、緑を縫うように列車の線路が地平線へと続いていた。ただ一点、それらを城壁が囲い、複数の攻城が塔として周囲を警戒していることが、駐屯地を思わせた。
まるでひとつの町だ、とメルストはつぶやく。極寒の空に常駐するいくつもの飛空艇に装備されている火竜砲を目にしてはひやひやする。しかし事前に話は通じているのか、敵意を向けてくることはなかった。
依頼書に記載されていた合流地点――騎竜停留所に翔騎竜がゆっくり降り立つ。乗っていた二人を迎え入れたのは、耐寒鎧をまとった数名の騎士4名と、紅蓮を帯びる鎧ないし外套を装った特別目立つ比較的小柄な騎士。唯一その赤鎧の騎士だけが素顔を露わにしており、赤髪を一つ結いにした20代後半の女性とみえる。しかし、女性とは思えぬ軍人独自の気の強さがオーラとして漂い、周囲の雪が彼女を恐れ避けているかのようだ。
衝撃吸収性の土と砂礫で敷き詰められた地も雪で埋まれば意味を為さないだろう。未だに吹雪で降り積もる白銀の大地を歩み、メルストに白手袋から外した白い手を差し伸べる。
「第一区騎士団団長のジル・ポーラーだ。アーシャ十字団のメルスト・ヘルメス氏とルミア・ハードック氏だな。寒い中、来てくれて助かった」
握手と軽いあいさつを交わす。
眉目秀麗な女性だとメルストは心の中で評した。それを読み取ったかのようにルミアは不機嫌そうに「美人だからって騎士団長なの忘れちゃだめだよ。一騎当千級の実力を持っているんだから」と後ろで囁いてから、つま先でメルストの踵を軽く蹴る。「わかってるよ」と小声で返した。
「近いとはいえ、こんな寒空の中の飛行は大変だったろう」
「いえ、そんなことは。それにしても、まさか騎士団長自らがご挨拶されるとは」とメルスト。それには鼻で笑った。
「何を言う。ここ近年、君らの活躍がなければアコード王国の被害件数は甚大なものとなっていたんだ。それに十字団はロダン軍王や蒼炎の大賢者様がおられる組織。例え新兵が来たとしても無下な対応を取るのは違うだろう」
「いえいえ、そんなとんでもありません」
感心ともいえる称賛の声に謙遜するメルスト。そんな社交辞令を快くなさそうにみたルミアは本題にはいる。
「それで、爆破事故っていうのは何さ」
「こっちだ」
防寒性の赤い外套を翻し、騎士団長は積雪に足跡をつける。そこを辿るように、ふたりはついていった。
「各地区の駐屯地やギルドはネイティス国より導入した機関列車や飛空艇を使って物資を運んだり、移動したりすることは知っているな」
食糧問題の件より、その点に関しては多少学んである。魔法技術よりも機械工業や錬金工業といった科学技術に秀でた国はいくつかあるようで、アコードと友好関係にあるネイティス国も、そのひとつだ。
ただ、その列車が動く仕組みはメルストの知る原理とは異なってはいたが。
「ええ、まぁ。それと今回の爆破事故と関係が?」
「詳しいことは見てからの方がいいだろう。ここを曲がれば、車庫につく」
輸送所と隣接している、煉瓦製の列車の車庫――というよりは大型のガレージに近い。鉄扉をくぐり、薄暗く冷え冷えとした空間に入る。
入口の壁際に設置されたカンテラ内の石を備え付けのハンマーでカン! とひとりの騎士が叩いて響かせると、石が発光する。また、そこから繋ぐコードが伝導して壁や天井の各地に設置された発光石も黄色く光を帯び始める。
照らされるガレージ内部。そこには無残な黒い鉄の塊――汽車の残骸が転がっていた。
「あーりゃりゃー! こりゃド派手にやっちゃいましたねー」
どことなく嬉しそうなルミアは、いまにも列車に飛びつきそうだ。
頑丈な金属が紙のように破け、ひしゃげている。煙室ドア――に見える先頭部と運転室があったであろう連結部付近の損傷の仕方が異なる。正面はなにかにぶつかったようなそれだ。
「列車の事故か……爆発事故というのも、積載物が爆発物だったのですか?」
「話が早くて助かるよ。ただそれらの爆発はあくまで二次災害だ。原因は列車の火災で、それに引火して」
「ドカーンってわけね」
両手を大きく広げ、静かな空間に明るさがこだまする。なるほどな、とメルストは顎に指をそえる。
(そこまで原因が推察できているなら、なんで十字団を呼んだんだ?)
職人や産業人と関わるギルドならすぐに解決できそうな話だ。なにか外に言えない裏でもあるのか。そうメルストは一度ジルに視線を送る。
しかし、"何でも屋"とも未だ認識されている以上、大したことのない依頼も来るのは決して珍しくはない。この場であまり深く考えても意味はないだろう。
それに構わず、ルミアが話を続けた。
「ひどい有様だけど、ま、死人が出なくてよかったにゃ」
「列車の火災の原因はまだ調査中ですか?」
「訊かずともわかることだよメル君。爆発でいろいろ壊れてるけど、これ軸焼けみたいだにゃ。型は古いけど、近年開発されたボールベアリングも車輪に採用されてるし。潤滑油は新しいの使ってたの?」
易々と残骸に近づいては車軸部だった部位に目を凝らすルミア。そんなぐしゃぐしゃになったものを見ただけでわかるものなのかとメルストは不思議でならない。それは他の騎士も同じだった。
彼女の質問にはジルが答えた。
「むしろ改良したものだ。従来品よりも潤滑性を高めたようで、燃費も速度も効率化が認められるから購入の承諾を下したが」
「ちなみにどこから?」
「隣国のペトロプラス社だったか」
「当然ながら大きいとこだね。ちなみにこれ告訴しちゃえば莫大な資金をゲットできるにゃ。ついでにそこの会社も倒産さね。知り合いに弁護士がいるから掛け合ってみる?」
(容赦ねぇな。いや、でも当然のことか)
しかし早とちりな気がしてならない。メルストはメーカー側のフォローを入れる。
「でも、そこの会社のオイルが原因だと限らないだろ」
「そうかもしんないね。でもあたしはオイルに問題があると思うにゃ。何のオイルを使っているかもわからないしね」
パッと残骸から離れたルミアは近づいてはメルストの黒い目をそのアメジストの瞳で刺すように見つめる。
「オイルの方はメル君に任せるにゃ。あたしは列車の残骸を分解して原因究明と改良を試みるし。もしかしたら軸受自体に問題があるかもわからないけどー。ま、ないだろーなって勘が言ってる」
「てことでー!」とくるり回ってびしっと騎士団長に指をさしたルミアは堂々と言い放つ。
「新しい列車を作るってやるのよさ! ちまちま原因探して報告するのもつまんないし。専門じゃないけど、まぁ今までのオンボロよりもマシなのは作れるから安心して」
その場の騎士一同がどよめく。ジルも驚きの目を隠せてはいなかった。
「十字団の機工師の腕は凄まじいと噂で耳にしていたが……できるのか?」
「もちのろんろーん! パッと見ここらの設備なら、あたし一人で10日ちょいで完成できるぜい。もちろん、資材の費用はそっち負担で☆」
あざとい笑顔で腰を曲げてはブイサイン。かわいらしくもどことなくうざいと感じたのはメルストだけではないはずだ。
(いつもたった一人で戦車みたいな歩行兵器を7日くらいで造ってるもんな。普通に開発ペースがバケモノすぎるけど)
どこのアニメのメカニック主人公だよ、と思ってやまないメルスト。
腕を組んだジルはいまいち信じきれない様子だが、受け流している以上、前向きに考えてはいるようだ。
「それはありがたい話だが、良いのか? 派遣罪人に対する厳戒態勢の話はそちらにも来ているだろう」
「困った時はお互いさま! こんな事態だからこそ、入念な準備が必要なのはそっちだろうし、目撃されるまではあたしらも待機命令出てるからいつも通りさね。そーれーに!」
スッと。懐に入るようにルミアはジルの傍に寄った。
「これ以外にも話すことはありそうだしね」
その囁きかけるような声とニヒルな笑みは、何かをけしかけているようにも見える。ひやりとしたメルストと騎士団員ら4人。だが、ジルの怒りを買うことはなく、同じように刺すような笑みで彼女は返した。
「察しが鋭いようだな」
「女の勘は鋭いもんよ」と、ジルから離れる。
一触即発の一瞬だったのは確かだったろう。両者共々、血の気が多い。
「言っておくが、爆発事故の一件は当然の依頼として送らせた。魔法とは関与しない、技術的な依頼ならば君らが来ると履んでいたのでな。ただ、そちらの思っている通り、十字団を呼んだ理由は他にもある」
カツン、と金属製のブーツを響かせる。その体と鋭い視線はルミアではなく、呆けているメルストに向けられた。
「私は君に恨みがある。メルスト・ヘルメス」




