4-7-8.死して尚、意志は語り継ぐ
エルダードラゴン討伐のクエストは失敗に終わった。しかし、新たな事実とその解決に、第七区総合ギルドは十字団に深い感謝とそれに相当する多額な報酬を与えた。
だが、ふたりは報酬金を受け取らなかった。第七区全域が、繰り返される地震の被害に遭っていたからだ。幸い死者は出ていないが、けが人は多く、街の損壊も少なくない。怪我人の療養と街の修繕作業をギルドとともに手伝った。
エリシアの回復魔法を受けたエルダードラゴンも、今頃は山頂の一帯を整地して巣の作り直しをしているだろう。街の上空を遮り、ジハンド山脈へと飛竜の群れが飛んでいくのを見たメルストは、ようやく安堵の目を向けられるようになった。
彼はこれからも、ジハンド山脈を守る守護神として、竜の楽園を見守るだろう。第七区の民もそれを認識したところで、メルスト等はその場を後にした。
「――以上が、ご報告となります」
「うむ。今回もご苦労であった」
アコード王国王都区。王城の謁見の間にて大賢者から報告を受けたラザード国王は、老いた肺を膨らます。
「何にしろ、危険なところ無事に帰ってきてくれて何よりだ」
その目は王としてではなく、ひとりの父親としてエリシアを出迎えた。気を張った彼女も、一瞬だけ表情を緩めた。
「しかし……今回もやはり派遣罪人か。奴等のすることはたちが悪いものだ」
「とうとう例の設計生物と彼らが接触したようですね。あれを制御されるとなりますと、こちらの状況も良くは続かないでしょう」
傍に立つ近侍のカーターも、その細身と狐顔に合った細縁の眼鏡に手を当て、鋭い眼をエリシアに向け直す。
「ともあれ、解決できたからよかったではないか。エリシア王女はもちろん、メルスト君の実力にはいつも驚かされてばかりだ。彼がいなかったらこの国は一気に混乱を招いていただろうな」
エリシアの隣に立つ、重装銀鎧を身につけた十字団団長――ロダン軍王――は冗談めいた声で腰に手を当てる。鬼も逃げ出しそうな強面に反して、相変わらずの楽観的な調子を見せ、気の良さを醸し出している。だが、ラザードは良く思わなかった。
「そうならないようにするのがお前の務めだろう、ロダン」
「はっはっは! これ以上やったら過労死するわい! 仕事はしっかりとこなしておるから勘弁願うぞ国王殿」
「まったく、貴様というやつは……」
「そんな顔をするでない。ほれ、最新の情報。これがほしかったんだろ」
巻物を懐から取り出したロダンはそれをちらつかせてから、床に置いては広げる。魔法回路が描かれた複雑な模様が光り、空間に地図が立体的に浮かび上がった。王国の学術機関で普及されている投影機能を兼ね備えた情報端末の一種だ。
「この赤い印は……?」エリシアが問う。
「パラビオスの発生源――いわば墜落地点だ。この青い印は派遣罪人の発見場所とその動向を示している」
王国全土の地図に点在するそれぞれのポイントは、一部偏りがあるも、全体的に配置されているようにも見えなくもない。中央に位置する王都区は一点もないことから、周囲の区域から攻めているように見えなくもない。
パラビオスに至っては、計算されたように第一~第九区に一点、墜落地点が記されていた。派遣罪人は現時点で8人、確認されている。いずれも捕まえてはいるが、ランナッドやマイラと同様、遠隔爆破魔法によって魔国から始末されている状況だ。
その点が動き始め、軌道を残す。そして到達した炎が接触場所だろう。
「国民の拉致と洗脳、中枢機関役員の暗殺、製造所の襲撃に自然地域の破壊による資源供給の途絶……罪人の犯行動機は様々だが、いずれもこの国の差支えとなる柱を壊そうとしていることは明らかだ」
「全員前科持ちとなると、あっちの戦力を節約しつつ、犯罪者を追い出すことも叶っているというわけだ」とラザードは眉間に皺を寄せる。
「ただ、軍の武器や装備を全員携えていないからな、魔国の戦力も余裕がないかもしれん」
「あるいは、技術を奪われないためかもしれませんが」とエリシア。「不安要素は、これが時間稼ぎになっていないかという点かと。現に罪人の活動に気を取られている間に、パラビオスが侵食していましたので」
エリシアは立体地図上の赤い点と軌道を指す。
確かにパラビオスは強敵だ。手を下さずとも、勝手に増殖し、国の均衡を崩すには有効だろう。だが、それだけではないはずだ。現に、本能のままに動くパラビオスを制御する試みを行っていた以上、何かしらの目的があって利用していたのだろう。
「それこそ、奴等の真の目的につながる手段だろう。しかし目的は一つだけではない。この資料を見てくれないか」
マップ上に追加され、重ねられた、網脈状の模様。
「これは……"世界脈"」
「魔力の源を大地に供給している"龍脈"として機能しているのは存じているだろう」と、地図を横向きにし、地中構造を拡張して再展開する。
「地表かつ墜落から一番近い"世界脈"の節部にパラビオスが侵入している。奴のエネルギーを貪る習性を利用し、アコード中に広がろうとしている」
そこで、エリシアはハッとする。
「今回のパラビオスは制御をして魔法も使えるように設計されていました」
「となれば、大国規模の魔法を仕掛けるかもしれんな。それが滅びの呪文でないことを祈るが」とロダン。少しの間、重い沈黙が淀めく。
「ただ、それとは別の方へ向かっている個体もいますね。墜落した場所から留まっている個体もいますし」
再び差したポイントは5点。繁殖もしているので、推測行動履歴は単純ではないが、確かに龍脈とは異なる方向に移動している個体がいる。
そこは、誰もが良く知る場所だった。第二区の"サダンの巣窟"、第四区の"イシュラータ海底神殿"、第六区の"セベル空域"、第七区の"ジハンド山脈"、そして第八区の"トラント大樹"――。
「――ッ!?」
一同が青ざめるように、電撃が脳裏に走った。
奴らは、魔力をはじめとした強いエネルギーを好む。つまりは、エネルギー探知機だ。
「おいおい、この場所は確か」
「"大結界の柱"の発動地点です」
最高上層部しか知らない、この国を護る超巨大な魔法防壁。これがあるからこそ、他国はもちろん、魔国の進撃を防いでくれている。そのため魔国は大規模な戦力を送り込めない代わり、ベリアルトの襲撃をきっかけに罪人を送り込むことしかできなかっただろう。
だが、ここを特定された以上、狙われるのも時間の問題。柱を破壊されたら最後、魔国との全面衝突は避けられない。
46年の積年の思いを晴らしに。
「急がないといけなさそうだな。我々十字団も防衛に向かうとしよう」
「はい!」と返事をしたエリシアらはその場を後にしようとした時だ。
「――国王様、衛兵軍軍隊長のハインラインの伝言より、少々耳に挟んでいただきたいことが」
いつの間にか席をはずしていたカーターが傍に戻り、ラザードに事の内容を耳打ちする。
「"大結界の柱"を破壊されただと!?」
その一声に、二人は踵を返した。
「っ!? なんですって……!?」
「こりゃあ、ますます急がねばならんな」
さすがのロダンも冷や汗を見せる。その一方で、「その情報は確かだろうな」とラザードは確認を取る。しかし、生まれつき感情を置いていったのか、動じないカーターは冷徹な対応で返した。
「はい。既に第1, 第5地点のスポットを破壊されております」
第二区、第八区だ。先日の不穏な予感は気のせいではなかったと、エリシアは思い返す。
「パラビオス、ですか?」とエリシア。
「いえ、派遣罪人です」
「身元はわかるのか」
「ええ、生意気にも隠す気は無いようで」
胸ポケットから取り出した懐中時計。それを開けると、光を投影した。ロダンの持っているものと同じ、情報端末の一種だろう。しかしそれは書類閲覧用であり、3人に見せることなく、カーターは要点のみを読み上げた。
「バン・イートン。かつて爆薬の研究をし続けていた魔族の錬金術師で、軍の兵器開発部に所属。高反応性物質研究課の課長を務めていましたが、不祥事を起こして終身刑を言い渡されています」
「やはり罪人か。国の厄介者をこちらに押し付ける奴等の政治もなかなかのものだ」とロダンは軽口を言う。
「オルク帝國の先端技術に携わった錬金術師、という肩書だけならまだしも、倫理性の片鱗すら感じさせない犯罪思考、そしてあの"大戦"の生き残りです。厄介者の中でも際立っております」
「あの戦争を生き抜いたか」
いわば、実戦経験のある錬金術師。世界を、そして"六大賢者"らを巻き込み、強大化した魔国と全面戦争をした46年前の出来事をラザードは苦々しく思い出す。
その戦火から逃れたのではなく、立ち向かって生き残った強者だ。これまでの罪人は各々の脅威的な力を持っていても、軍人ではなかった。
「ええ、その実力も健在のようで、6度にわたり騎士団や手練れの冒険者と接触しましたが、殲滅したと報告を受けております」
「そこまで目立った行動を起こしているのに、未だ誰も追い詰められないとは」
「それだけ計略性、いえ、実力があるのでしょう」
「で、ですが柱にたどり着いたとしても、それを解除するのは到底不可能ですよ……!」
エリシアとシーザーを筆頭に、5000人近くの教会魔導士らが7日にわたる連続詠唱によって、大結界が構築されている。複雑極まりない魔法回路を解除することも至難の業であり、エリシア一人だけでも不可能に近い。
それがどうして、と言いたげな彼女に、カーターは淡々と述べる。
「単純なことです。魔法陣ごと一帯すべてを爆撃魔法で吹き飛ばしただけのこと」
あっけない事実に、エリシアはぽかんと口を開けていた。
「そりゃあ確かに"実力"はあるな」とロダンも苦笑い。「うちのルミアが喜びそうな話だ」
「最重要危険人物としてギルドの間で認定し、最優先でいまも捜索されております。大結界を今こうして大胆に破壊している人物がいる以上、野放しにはできないでしょう」
十字団に請け負いさせるか。そう言いたげなカーターに答えるように、ラザードはふたりを見る。
「ロダン、エリシア」
だが、ふたりの目はすでに答えが出ていた。
「聞かずもがな、すぐに手配させる」
「それでは、行って参ります」
エリシアの術衣が燃え始め、やがてロダンもその蒼炎に包まれる。間もなく炎は消え失せた。ルマーノの町に転移したのだろう。
静寂を迎えた謁見の間。ぽつりと、カーターが口を開ける。
「ヘルゼウスを討ってから46年。65代目帝王アルステラの政治になってから、オルク帝國は大きく変わりましたね」
「……それが平和的な動向に傾けばよかったものを。奴等は懲りずに反抗する意志を選んでしまった」
悲哀か、それとも幻滅か。声を落とすラザードは静かに語る。まだうら若い勇者だったあのときは魔王を倒し、戦争に勝つことだけを考えていた。
しかし、ただ倒せばすべてが解決するほど、甘くはなかった。それでも力でねじ伏せて、反抗できなくすればいい。そう考えていた若い自分を懐かしく思い、そして恥じた。同胞のロダン軍王やシーザー法王、そして今は亡き愛人のカミーラがいなければ、今の自分はいなかっただろう。
あの頃は前代国王が政治をしていた。魔王討伐を命じたアジット王。彼が今、生きていたなら今の状況をどう判断するのか。
「それも、急激に大きな"技術力"をつけております。墜落した飛翔体も、設計生物も、それを制御する処理装置も、あのときの魔国には一切なかった技術です」
明らかな革命が起きていると言わんばかりに、淡々と述べる。それは結論がわからない世間話にも受け止められる。しかしラザートの眉間を深くしていることは、その点ではなかった。
「何が言いたい、カーターよ」
「あくまで私の仮説ではございますが、あの技術は亡き魔王ヴェノスの――」
「その名を口にするでない!」
怒号が、謁見の間に響き渡る。苦労人であるも、心優しい王の姿は一瞬だけだが、魔王を討った者ならではの威圧がカーターには感じられた。
琴線に触れたことに、近侍は眉一つ動かすことなく、しかし即座に深く腰を屈めた。
「申し訳ございません。大変失礼を」
「……いや、良い。急に怒鳴って悪かった」と王も我に返る。
ヴェノス・メルクリウス。
魔法が一切使えなかった故に最弱の不名誉を与えられた、魔王ヘルゼウスの実の息子。しかし知能は優に長けており、特に錬金術に明るかったという。貴族や王族といった裕福な家は勉強熱心であることが多いため、そのような例は珍しくはない。
だが、彼は別だった。学問の創造や社会や人類の発展につなげるための錬金術を、世界の破滅に用いた。
16年前――齢48の時だったか。ラザードが彼と対峙したときに見せた得体のしれない"何か"。それはまさに、いま国内で暴れているパラビオスに酷似していた。それでも打ち勝ち、処刑することができたが、あれだけの知能と腕がこの世から途絶えたとは到底思えない。
パラビオスの発生をきっかけに、ラザードは彼との忌々しい記憶を改めて想起していた。
「奴なら、パラビオスの設計は容易いだろう。だが、奴はもう死んだ。せいぜい捲いた"意志"が帝国軍の技術として生み出されたにすぎん」
そう信じたいものだ。カーターの懸念も杞憂だと言わんばかりに、ラザードは心に影を落としている濃い不安を打ち払うべく、玉座から立ち上がった。
「さて、無駄話をしたな。大結界の柱の修復と再起動の令を神殿府に伝えろ」
「御意」と首を垂れる。
「罪人はロダンらに任せたが、相手はあの大結界の柱をたった一人で破壊する男だ。十字団だけでは手に余りそうだが」
応援要請をするべきか。その必要はないとカーターの答えはすぐに返ってくる。
「十字団なら大丈夫でしょう。ただ」
「ただ、なんだ」
まるで問題児を抱えた教師のような顔で、カーターは告げた。
「接触する際の被害は甚大になりかねませんが」
次回、(今度こそ)第7話完結




