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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
125/214

4-7-6.共闘


「"展開(エクス)"・"ミセルの壁"」

 エリシアを中心に波紋のように空間を伝い、広がっていく幾重もの青い透過結界。何重もの防壁を張っている状態だが、この結界はあえて強度を低くしている。


「第8層、破壊されました」


 7,6,5……と次々と防護魔法が破壊されたと集中するエリシアより伝えられる。


「2層……1層……今です!」


 地面を蹴ったメルストは真正面へ白光の拳を振るう。黒い怪物の胸部を――捉えた。同時、メルストの顔面に強い衝撃が襲う。


 だがランナッドの上半身が消し飛ぶことは確実だった。爆ぜ、晴れ上がった景色。転がる黒い脚部。吹き飛び、岩に激突するメルスト。彼の視界は暗転し、平衡感覚が痛覚に押しつぶされている。


「――ッ」

 心配する気持ちを押し殺し、エリシアはランナッドの捕獲を急いだ。しかし、展開する魔法をすり抜けるようにランナッドの前では魔法陣が魔素へと分解・溶解していく。そして下半身しかない彼の肉体はすぐに再生し、屈強な怪物の肉体へと戻った。


「なぁなぁこれすっげぇよ! もう頭も体もぶっ飛んだってのに、この通り完全に治ってんだぜ!? 再生能力が吸血鬼並みだよおい! 強すぎっしょ!」


 黒い頭部の一部が溶け、ランナッドの頭部から肩部までがあらわになる。これまで蓄積したダメージや損傷の痕はどこにもない。彼はおもちゃを与えられた子供のように、はしゃいでいた。しかしその視線は落ち着きがない。変な引き笑いも目立つようになる。


「けどすっげぇ腹減るんだよ。栄養失調すぎて死にそうなんだよ。早いとこおまえら食わないと死んじまう」


 起き上がったメルストは、すぐにエリシアの元へ駆けつけようとした、しかし挙動を停止しているランナッドに、嫌な予感がしていたのか、様子をうかがっている。


「あーいや、あれ食えばいっかぁ」


 ぎょろり、と眼球をエルダードラゴンに向けた――途端。

 再びその身をパラビオスで(まと)い、糸を噴出するように、左腕を老竜の心臓部へと伸ばした。

 それをメルストの一撃によってふさがれる。跡形もなくなり、肘から先がない部位を顔面に近づけては肩を落とす。


「なーんで邪魔するかなぁ? こっちおなか空いてるんですけど」


 二度目の時空転移で体が今にも倒れそうだ。瓦礫の上なので足元がおぼつかない。苦い味が込みあがってくる。しかし踏み堪えて、メルストは吐き出そうな絶望感と苦痛を呑み込み、笑みを浮かべた。


「過食は健康に良くねぇぞ。いい歳なんだから空腹くらい我慢してろよ」

「……」


 少しの沈黙。無言で放たれる黒い腕の数々は金属のように硬化している。だが、すべてメルストの創成した金属剣によって弾かれ、速度を緩められたそれを分解能力によって消される。


「いやホントに邪魔なんだけど。てかさ、あんたらあれを討伐するために来たんだよね。そもそも竜って人類の脅威の対象だし、本来は滅亡させるべき存在なんだけどね。へー護っちゃうんだ」


「研究する人間にあるまじき偏見だな。人に善悪があるように、(ドラゴン)にも善と悪の心が存在する。この竜はこの土地を守り続けてきたんだよ。それを人の都合で排除の対象にされたんだ。俺もそう気づいたのは今さっきだけど、今この場で、どっちが倒すべき存在かを考えれば、すぐに答えは出たよ」


「ふーん。こんな真剣な戦闘の中、悠長にありがたいお説教をどうも。ま、今の詭弁で動揺する方がどうかしてるか」


 呆れたような息を吐き、


「わかったよ。じゃあまずは――」


 ドドドッ、と地面から突き出た黒い触腕が牙を向く。しかしそれはメルストではなく、エリシアの方へと向かった。

 あの速度では人間は反応できない。


「――テメッ!」


 時空転移。局所的な空間を切り取ったかのように、エリシアの眼前にメルストの黒い背中が覆う。黒い触腕を彼の右肩が受け止めている。吠えるように息を排出し、痛みを緩和させる。


「ぐ……ぁ……ッ」

「ッ!? メルストさ――」

「いや空気読めよ。大賢者様がなんか唱えてたんだから、止めないとめんどうなことになりそうってのに」


 シラケた表情でランナッドが吐き捨てる。その化物の肉体でも肩透かしを食らった様だと目に見える。


「まぁいいや。おまえの必死さに免じて、人質で留めとくよ」


 メルストを持ち上げ、弾き飛ばす。距離が離れた瞬間、エリシアの周囲には黒い繊維で編まれたドーム状の壁が構築されていた。

 エリシアの手から蒼炎を放つ。物理的にも、魔法的にも通用する魔法を前にしても、目の前の暗闇はびくともしない。


「解除できない……!?」

「皮肉なもんだねー、自分の魔法を利用されちゃうなんて。しかもエネルギー出力的にもこっちが勝ってるみたいだし、俺もしかして六大賢者より強かったり?」


 肩を小刻みに揺らし、頭部の裂けめが吊り上がる。


(しまった――)


 メルストが起き上がった瞬間、腕部に、腹部に、胸部に、そして大腿部に触手が突き刺さる。


「ぃぐぎッ、ごの……!」

「どぉーする? 大賢者様の命かかってるならもうなにもできないよね。諦めて命乞いしなよ」


 最早、目の前にいる相手は人間ではない。得られた力で人はこうも狂うのか。岩壁に打ち付けられたメルストは物質分解で触手を昇華させ、解放するも、次々と待ち針のように四肢を、胴を、首を打ち付けられる。


「んーやっぱり君はなんか違うね。中々死なないのはそうなんだけど、君っておもしろい体の造りしてるんだね。その熱すぎるエネルギーさ、どうやって創ってるの?」


 あちこちから鮮血が飛び散り、黒い触手が赤に染まっていく。抵抗しようにも対処できない速度を前に、手も足も出ない。


「ま、それも調べればわかるか。もしかしたら"帝國の探し物"かもしれないし」

(……? いまのどういう――)

「となれば俺の株も爆上がりよな! ぜったい釈放確定っしょ」


 手足を突き刺し、高く持ち上げる。身動きの取れなくなったメルストはさながらクモの巣に捕まった蝶のようだ。


「でも、ちょいと味見しちゃおっかなぁ」


 そう言い、壊れた皿のように甲高く笑った。


「いただきまぁす」

 グパァ、と頭部が大きく裂ける。分泌するように湧き、固化した無数の白い牙が出迎える。そこにメルストが放り込まれようとしたときだ。


 ランナッドの全身が火の玉のように燃え、メルストと触手を置いて山の稜線の先へと吹き飛ばされた――数秒後、点となったそれは眩い光とともに訪れた噴火のような爆発が、山頂の土地を轟かせる。音と突風ともいえる衝撃波がメルストの身を屈めさせる。

 息を整える間もなく、振り返った先には、


「あいつ……!」


 悠々と立ち上がったエルダードラゴンが口元から煙を漂わせていた。

 ランナッドの制御が一瞬解けたのだろう、パラビオスは液状と化し、竜の吐いた火炎弾――爆破した場所へと本能的に向かっていった。メルストの体に刺さっていた触手や、エリシアを閉じ込めていた黒壁も、熱源(エサ)の方へと吸い寄せられていく。


 それに気づいたメルストはすぐさまエリシアの元へ駆け寄る。


「エリシアさん! 無事!?」

「すみません、足を引っ張ってしま――メルストさん! その傷」

「大丈夫。すぐに再生されるみたいだし、このとおり全然動ける」と明るい表情で両手を広げる。ホッとした彼女は、メルストの後ろに佇むエルダードラゴンへと視線を移す。


「もしかして、私たちを助けてくれた……?」


 その巨躯は生々しい傷を重ね、今にも倒れそうなほどだ。だが、時の流れすらも遅らせるような深い呼吸と、時代を超えて生きる大樹のように立ち構える姿は竜の威厳そのものだ。


 メルスト等に向けた竜眼はまだ、炎を宿していた。だが、そこに敵意はない。この紺色の空を遮るほどの翼を大きく広げ、白銀の竜は天高く吠えた。


("共に戦おう"ってか)

「ありがとう。すげぇ頼もしいよ」


 強い微笑みを向けたとき、ズドン! と重い振動が足から身にへと伝う。


「……へぇ、今度は何。そいつもやる気なの?」


 剽軽な態度を示す黒い巨漢(ランナッド)はエルダードラゴンに指をさす。ギン、と身を刺さんばかりの竜の殺意。それを受けたランナッドはお手上げのジェスチャーをする。


「いやーちょっと待てよ。三対一はいじめだって」

「無数のパラビオスを従えさせておいてよく言うよ」


 だが、その両手を拳へと強く握り、黒腕の筋肉を隆々と膨張させる。


「ま、いじめ返すけどね!」


 振りかざすように両拳を大地にめり込ませる。地面の微細振動もつかの間、メルストたちの周辺に数十の黒竜型触手が発芽するように飛び出てきた。


「――"展開(エクス)"・"神の門(デウス・ゲート)"」


 エリシアの足元を中心に大地に非物理的な"揺らぎ"が生じるとともに、巨大な魔法陣が波紋となって空間を伝える。半径数キロと言ったところだろうか、広がり切ったそれの円周から輪状の蒼光が空へ、そして地中へと動き軌道を描く。

 まるで天球の中にいるかのようだが、輪が通過した空間が切り取られ、蒼い球状の魔法壁が生じていることにメルストは勿論、ランナッドも気付く。


「さっきブツブツ唱えてたやつか。大賢者の真骨頂に触れた感じかな? でもさ、逃げ場をなくしたところで不利になるのはそっちなんじゃないの?」


 巨大な球体の中に隔離されただけなら大した脅威ではなかっただろう。覆うドーム状の魔法壁。そこのある一点から波紋が生じた瞬間、空を割るようなけたたましい音とともに、蒼い雷が黒竜の一頭に直撃した。頭部を欠いた黒竜の首は麻痺したように動きが鈍くなっている。それはランナッド自身が感じ取っていた。


「電撃も魔法耐性もあるはずなんだけどなぁ。何の魔法(マネ)?」

「先ほど貴方が仰いましたように、私の"真骨頂"を――蒼炎の大賢者として授けられた力を50パーセント、解放しました」


 続いて、その雷撃はランナッドの傍に墜落した。1立方メートルの箱がすっぽり入るほどの穴を穿ったにとどまらず、伝導した電撃がランナッドの右脚を麻痺させた。魔法修飾された電撃だ。


「へぇ。おもしろいじゃん」


 黒の鎧の中身。生身のランナッドの目が見開き、歪んだ笑みを剥いた。

 この天球体の内外層すべてがランナッドを狙う魔法陣(砲口)。パラビオスがランナッド一点に集中している今、エリシアは自身の制御可能範囲で仕留める。だが、息が微かに切れている以上、長期戦は望めない。


 それを察したのか否か、メルストも体勢を整えなおした。


 能力複合――"焦熱硬化(キュアリング)"。


 首から下の皮膚を黒い複層膜(スキン)が覆う。両腕に形成される装甲。機械とも、怪物とも言い難い、黒光沢を放つその骨格(デザイン)は、自身を守る盾として、そして敵を穿つ矛として機能するのだろう。その隙間から白い熱光とプラズマが漏れている。


「これで終わらせる」

「やってみろよ、錬金術師(アルケミスト)


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