2-1-3.ダグラスの鍛冶場で金属錬成
向かった場所は町の西区にある"ダグラスの鍛冶場"。日用品から武器、鎧と幅広い分野で金属器を製造している鍛冶工房だ。
そこに足を運ぶ道中、並ぶ木組みの民家の窓や石畳の道端に飾られた花には、虫や小動物、小型の竜のような形をした、幻想的に発光する妖精が集まっている。何度通っても、メルストには新鮮な光景だった。
「いやエリちゃん先生来ないのかよって話ね」
そうルミアは後ろ頭に手を組み、清々しい空を見上げる。
「エリシアさんって基本的に忙しいんだな」
「あたしら暇人だから忙しく見えるだけだよ」
「いや相当忙しいと思うぞ。あんな複数も役職もってちゃ時間足りなさすぎるって」
「ま、それは先生の問題さね」
「俺も早いとこ手に職つけないとなぁ。手伝いだけじゃ限界あるだろうし、もっといろいろ調べないと」
「あたしとの共同作業の話も忘れないようにね。あ、着いたよメル君。あれあれ」
ルミアの案内の元、レンガ造の鍛冶場に堂々と入るも、中にいるのは老人ひとり。小柄であるもがっしりとしており、半袖から見える筋肉は線というより太い芯が通っているようだ。休憩中なのか、切り株イスの上に腰を下ろしている。
「親方ー! おっはー!」
溶鉱炉らしき窯の傍――その老人がバンダナを巻いた頭を抱えているところに、メルスト達が訪れる。手をぶんぶんと振るルミアを見るなり、白い無精ひげをじょりじょり指でこすった。
「ああ、ルミアか。いつも手伝いやゴミの回収あんがとよ」
「お互いウィンウィンだからこっちもお礼を言いたいとこさね。そんでダグラスの親方、材料不足だって?」
エリちゃん先生から聞いたよ。そう調子のいいルミアの声に、眉をひそめるダグラスは頷く。
「坑道も朽ちてきたかとは思うが、ここに届けられる物資が最近少ねぇんだ。ちゃんとした鉄すらも足りてねぇんで、ろくなモノも作れねぇ。何とかなんねぇもんか」
(ああ、そういうことね)
協力も何も、金属を生み出せるメルストならうってつけの依頼内容だ。ルミアと目が合い、アイコンタクトを交わしたのち、意を決しては彼から話を持ち出す。
「あの、その資材不足のことでしたら、私にお任せいただけませんでしょうか」
「任せるって、あんた役人かなんかか? いや、そもそも誰だ兄ちゃん」
初対面にして前に出た若者に対し、ギロリと睨む。それに怖気づいて身が引くメルストの間に、ルミアが立つ。
「あたしらのとこに住み始めたメル君! 素材や金属のことならこの人におまかせあれ!」
まるで通販番組でも始めかねん彼女の推しっぷりだが、ダグラスは疑ったままだ。それどころか、不審そうな顔をしている。「こんなガキが?」とでも言いたげだ。
「おまえんとこだと? 大賢者様もそれは認めているのか」
「もちのろんろーん」とルミアは気楽に返す。「ほら、メル君からもなんか言いなって」
良かれと思っていない人に、気前良く挨拶するのは何かと躊躇う。それでも名前ぐらいはと自己紹介したところで、早い内に本題に入る。
原材料である金属含有の鉱石が数種類不足気味であり、炭鉱ギルドに依頼してもかけあってもらえないという。中央区の役所より、別の町とのパイプをつなげる手続きはしているようだが、時間はかかっており採択されるかすらもわからない状況だ。金属製の道具の需要が高まる中、このままでは製造量ががた落ちし、物価の上昇は免れないとダグラスは気怠そうに述べた。
「わかりました。それでは……突然で恐れ入りますが、資材を貯蔵する倉庫はありますか? あるいは空の倉庫が望ましいですが」
「……? ああ、奥に資材置き場があるが」
「一刻、いや、半刻ほどそこを拝借させていただけませんか」
じっと目を見られる。睨まれているようにもメルストは感じ取れた。
「……そこの女機工師みたいに変なことをしなければ、別に構わん」
なにをしたんだこいつ、とルミアを一瞥し、「ありがとうございます」とメルストは返した。
何人かのがたいの良い職人らとすれ違い、案内された先、3階建てはある2軒の貯蔵所に着いた。ここに輸送された物資を入れているのだろうが、片方がほぼ空だという。
「おまえはこいつが何をするかわかっておるんだろう、ルミア」と扉の前で立ち止まるダグラス。施錠を開けながらルミアに問う。
「そだねー、まぁ見ればわかるよ」
「あ、あともう一点お願いがありまして」とメルストは話を割く。
「私が倉庫から出るまで、入室は控えてくださいませんか」
真剣な顔でふたりに迫る。何故と訊かれる前に、せっせと倉庫の中に入った。首を傾げ、怪しんだダグラスだが、「まぁ手品みたいなもんさね。それか恥ずかしいだけか」とルミアは屈託のない笑顔で不安を取り除かせる。
「じゃあ待っておる間、おまえに手伝ってほしいことがある」
その一言に、ルミアは露骨に嫌な顔をした。
*
別に覗いても問題はないと本心では思っていた彼だったが、変な力を前に腰を抜かすかもしれないという心配が横切ったのだ。魔法だと割り切れればいいのだが、まだ公に知られるのは早いだろうと、メルストは息をひとつつく。
「さて……どうしよう」
自身の手に宿る、便利な能力。その上、金属には少しだけ詳しい方だと自覚していた。
だが、ある程度ダグラスから説明を聞いて大まか把握したものの、メルストは剣や鎧が主に何でできているのか明確に知らない。せいぜい鋼や鉄、古いので青銅あたりだろうと安直に考えていた。しかし魔法の世界である以上、その魔法的物理化学要素を含んだこの世界独自の鉱物があるかもしれないという懸念はある。120種近くの元素を知ってはいるも、それ以外の摩訶不思議成分となればお手上げだ。理解どころか存在を認識してすらいないのだから。
もしダメだったらそのときまた考えればいい。いまは既存の金属の創成を試みた。
(確かめてみるか)
倉庫の隅っこに置かれた、塊鉱と粉鉱をはじめとした残り少ない資材や錆びた失敗作。それらに触り、目に浮かぶ組成と分子ないし結晶構造、電子密度を視る。ノイズも混じっているが、成分は大方判明した。
なるほど、と呟く。大体は酸化鉄――つまりは鉄鉱石にリンや硫黄などの不純物が多く混入している。
(細かくなんか混じってるけど、より強い鎧や武器を創るなら純度は高い方がいいだろうな。それか合金か)
まぁなるようになるさ、とさっそく、純粋な鉄を右腕から湧きださせる。
「あっ、ちょ、温度調整ムズすぎ……」
沸騰し、蒸発した気体鉄が黒い袖を焦げ臭い灰へと変えた。気を集中させ、徐々に腕から出る気体状態の鉄を液体へと凝縮させる。見ているだけで熱々しい。彼は袖の失った黒いボディシャツを脱ぐ。
「……」
細くとも発達した、筋肉質の身体。しかし、その胸部には大砲の弾でも直撃したかような古傷が残っている。まるで太陽のシンボルの型を焼き印されたような。火傷とも感電傷とも言い難い、生々しさがある。
能力を使うたび、うっすらと赤光に染まり、異様な高熱を帯びるその理由は、未だメルストには分かっていなかった。精々、自分がヒトの形を真似た何かであることぐらいだ。あの黒衣の神がどのような目的でこの遺体だったものに憑依しようとしたのか、知る由もない。
しかし、特にこれといった異常は感じていない。そういうものだと今日も受け入れつつ、両腕の異常な事態を前にまじまじと見つめる。
(これで腕が溶けてないってんだから、この身体はやっぱり神様用に作られたものなんだろうな……。これが本来の正しい使い方かはわからないけど、おかげさまで無事に生きてるし、いまもこうやって誰かの助けになれそうなことができているから、あの神様には感謝してもしきれないな)
せめてまた会った時にお勧めのお酒を紹介できた方が良いかなと、然程関心のないアルコールにも目を向けようと考えた一方で、自分が化学に精通していてよかったと安堵する。前世で得た知見がなければ、エネルギーを生み出す原子炉のような肉体から、物質の制御という万物に活かせる能力へと応用することはできなかったのだから。
慣れてきた彼は飴細工のように高熱のまま小分けし、融点以下へと調整して石の形へと状態変化させる。この状態で金打ちすれば手間省けるよな、となんとなく思ったが、そこはプロの判断に任せよう。
一個一個、ずしんと重い。既に置いてある鉄鉱石より良質――どころかほぼ転位の無い鉄そのものである。
(……少し不純物加えた方がいいよな。高炉で純度高くすればいいだけだし)
そこらに転がってあった石や鎧の廃材の一部を純鉄に押し付ける。共に融け、混じり合った。
これで善し。この調子で他の疑似鉱石も創ればと小スケールで試作と分析を繰り返す。
(他の金属も出して……炭素鋼とかステンレス鋼ってどんな組み合わせだったか)
頭の中という箱の底から、ひとつひとつ記憶を漁っては取り出す。不思議と、いつも以上にスムーズに頭が回り、思い出しやすくなっていることに気づく。「この身体が自分じゃないからか?」と考えるも、出てきた記憶でそれは簡単に埋められる。
炭素、シリコン、クロム、マンガン……それぞれの金属元素の塊を創成しては、合金を作ってみようと試みる。時間はまだある。それぞれ異なる金属塊をもっては、粘土をこねるように強く押し付けた。プラズマを発し、溶け、練り合う。
「ああもう、なんで?」
しかし、そううまいこと合金が作れるわけではなかった。
(うまく混ざらねぇ。空気だったら簡単に組み合わせられたのに)
彼のイメージしていた格子構造や結晶構造のイメージが大きく間違っていたわけではない。分量比率と、加えるエネルギーの調節が適切ではなかった。能力発動するたび発する高熱で、倉庫はサウナのような部屋と化す。
(あくまで材料だけの話だ。あの人が鍛冶できる範囲で創ることを考えないと)
試行錯誤の末、集中と熱さの限界を感じたメルストは目の前の創造物をみる。
「あっつ……ハァ、こんなもんか。慣れてはきたけど……まだうまく制御できてないな」
*
部屋から出てきたと同時、涼しさ極まりない空気がメルストを包む。熱い身体も、ぼーっとした頭も冷め、ほんの少し生き返る。
「終わりました」
イスに座って談笑していたルミアとダグラスはメルストの声に反応する。ぴょんと立ち上がったルミアはテンション高く迎えた。
「おっつかれーぃ! 長かったねー、2時間以上経ってたよ」
「え、うっそ!?」
「まぁこっちも親方と一緒にやることやって休んでたとこだから、ちょうどよかったけど。てかなんで袖がなくなってんの?」
それだけ集中していたのだろう、「袖は犠牲になったんだよ」とメルストはよくわからない返しをしては、熱気が漏れる倉庫を一瞥する。
「へんなことはしてねぇだろうな?」とダグラス。
「ま、まずは見ていただいてからでないと変なことかどうかは……」
判断しかねます、とメルストは倉庫の中を見せる。
寒々しいと感じるほどなにもなかった空部屋に、低めの天井にまで積まれた石ころサイズの鉄と炭素鋼の山が視界一杯に広がっていた。
それにはダグラスも唖然とした。
「おいこれ……鉄じゃねぇか! ぜんぶ鉄なのかこれ!?」
「中が酸化してない、ほぼ純粋な鉄です。念のため、炭素を1%ほど含めた鋼やご要望していた鉱石も左の山に積み上げました。……こちらでよろしかったでしょうか」
「良いも何も、鉄材があれば何でもいい! はは、武器屋でも開けるんじゃねぇかこれは! はっははは! 久しぶりに腕が鳴る!」
しかめっ面だったダグラスは明るい笑みを浮かべる。夢でも見ているようなその表情に、メルストも嬉しくなってくる。
(ただ流通的に疑われなきゃいいけど)
と一抹の不安を残してだが。
「さっすがメル君! あたしの見込んだ通りだよ!」
ルミアも満面の笑みで腕に抱き着いては屈託なく褒める。「あ、ありがとう」と照れ臭そうに返したときだった。
「兄ちゃん、あんた錬金術師か!」
「錬金術師?」
名の通り、金属を錬成する者。確かに、この光景を見ればそう思うかもしれない。そのときにふと、二階の錬金工房と前世すごしたアカデミックと企業の実験室の景色を思い出した。そして、構成物質を設計し、試行錯誤を重ねることに対する楽しさを先ほど感じていた。
新しい道を進むのも一つ。しかし、自分の気持ちに正直に答えるなら。
("錬金術師"……世界が変わっても、やりたいことは変わらないか)
それを耳にし、なにかしっくりとくるメルストだった。自分の知識や経験を錬金術という学問で活かせるかは不明だが、物質を取り扱う以上、最も適した職なのは間違いないだろう。
「いや、錬金術師でもこんな魔法は……ああいや、なんでもいい。これで商売できる」
自己解決したようでメルストはほっとする。やはり今はおもむろに人に見せる能力ではなかったようだ。
「で、これだけの資材だ。単位当たりの価格はいくらだ」
「へっ?」と頓狂な声をメルストは出す。
「まさかこうなるとは夢にも思わなかったんだ、見積りを考えていなかった。金は今すぐ用意はできねぇが……」
「いーよいーよ」と笑顔で断るルミア。「メル君もこれが初仕事だし、用意した材料も十分に使えて元取れたらあたしの方から用意するさね。もちろん、今までのルートよりかは何割か引いてやんよ」
「そうか。だが今なにもしてやらねぇのは癪だな」とダグラスは腕を組む。
「そうだ、ちょっと待ってろ」と思いついたように、ダグラスは倉庫から出、部屋の奥へと行ってしまう。なんだろう、とルミアと顔を見合わせたところですぐに戻ってきた。鞘にしまわれた、一本の剣を手に持って。
「剣……?」
鍛鉄台の上にそれが重々しく置かれる。
「大した礼じゃねぇが、それやるよ。兄ちゃん、見たところ護身用の武器すら持ってないしな」
ニィッと歯を見せ、顎でくいっと指す。「おおお! やったねメル君!」とルミアがさっそくその剣をもってはいろいろ観察する。
「あ、ありがとうございます!」
「礼を言うのはこっちだ。なんであれ本当に助かったよ」
「で、あたしのお礼は?」とルミアは期待のまなざし。
「前に倉庫の壁ぶっ壊しといてあるわけないだろバカモンが」と途端にしかめっ面に戻る。
「えーそんなぁ! じゃあ今日の手伝いでチャラってことで」
「ダメだ」
「ケチー」と頬を膨らませるルミアを無視し、ダグラスはメルストに明るい目を向ける。
「今度足りなくなったら、また頼んでもいいか?」
「……っ、はい! いつでも構いません」
「そりゃあ心強い。よろしく頼むな。あんがとよ!」
再び、大きな笑い声が鍛冶場に響き渡った。生み出された鉄材の山のてっぺんから、カランコロンと一個の鉄石が床へ転がる。その音は、どこか笑い声のようにも聞こえた。
*
「親方も太っ腹なことするねー。めっさいい剣じゃん」
家へと帰る道中。太陽の光に反射させ、輝く剣をまじまじとルミアは見る。ふるふると唸っていたメルストは両腕を高く上げ、嬉しさを爆発させた。
「よっしゃー! 俺もとうとう剣を持つ時が来たのか……!」
しみじみとし、やっとファンタジー世界みたいなことができると喜びに浸っていた。剣こそ男のロマンだ! と心の中の少年が叫んでいる。
「けどメル君って剣とか使えるの? 感激してるとこ悪いけど」と核心を突く。
「やったことはないけど、いろんな資料(=ネットや小説)見てきたし、それなりには――って重っ! 剣ってこんなに重いの!?」
ルミアから剣をもらった途端、地面に落としそうになる。ずっしりとした重さと、それを軽々持ってたルミアに同時驚いた。
初心な反応を見たルミアは、やれやれと苦笑する。
「ありゃまー、こりゃあ初心者だね。素振りから練習する?」
「え、この剣で?」という質問に「当然」と即答。
「じゃ、帰ったら千本ノック、いってみよー!」
「いや、ちょ、それはマズい」
ルミアの掴まれた手に引かれるまま、メルストはダッシュで家に帰らされるなり、さっそく酷なトレーニングを科されるのであった。翌朝動けなくなっていたのは、当然と言えば当然の話。