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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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4-6-8.未来を拓く鍵

 なんだかそわそわする。

 そうメルストが思うのも無理はなく、自分が今いる場所は身に馴染んだ十字団拠点内の書斎ではなかった。その数百倍の規模はあるであろう巨大な空間。町中の建造物のように並ぶ無数の壁。そこには本がひしめいていた。


 王都の中央に君臨する王城の頭脳――エリシアの実家の図書室といえばそれまでだが、王立図書館にも引けを取らない叡智(えいち)の財産が、そこに詰まっていた。今にも壁から飛び出てきそうだ。


 天井には神話を象る壁画が。その近くの落ち着いた色合いのステンドグラスから光が差しているが、魔法で疑似的に外光を再現しているだけだ。ここは地下に位置している。壁や宙に等間隔で並ぶ浮いた燭台

が、ほのかに無音の図書室全体を照らす。


 暖炉前のような温もりが感じられる光に包まれる中、ダブルベッドほどの広さを持った机の上に、山のように資料の束や書籍が積まれている。そのふもとに、メルストはいた。文献の読解に集中してはいるものの、空気や明かりが異なることから、慣れない感じがしていた。


 その後ろには、大きな議論用の黒板が壁に、浮遊式の小さな黒板が二枚あり、それぞれ石灰筆(せっかいひつ)で細かく図式が描かれている。反応速度論や化学平衡論を基にした数パターンの化学式(スキーム)。圧力に対するアンモニアモル分率の計算。そこから求められる課題点のリスト。落書きされたプラント工程図。

 それは、卑素から安気(アモン)への合成条件を達成するためのもの。頭の中に浮かんだそれを忘れないように書き込まれている。


 今はそれを背に、書類をぱらぱらとめくりながらメルストは深いため息をつく。

「……やっぱりこの方法じゃあ厳しいよな」


 ハーバー(Haber)()ボッシュ(Bosch)(process)

 メルストの前世の世界で工業化されていた、力づくで行われる空中窒素固定法。

 あるふたりの偉大な科学者らが開発したそれは、70億もいた人類の食糧の一部を賄っていると知られている。アンモニアの大量生産を目指すメルストにとっては、第一候補として挙げられるほどの有名かつ代表的な石油化学工業技術であるが、これを良しと思わなかった。


「必要なエネルギーが大きすぎる」


 摂氏400~600度。気圧100~200 atm――。

 安価かつ長寿命な鉄系触媒の一種"四酸化三鉄"を用いても尚、そのような超臨界流体状態下でないと窒素ガスと水素ガスからアンモニアを合成することができない。また、それだけの高温高圧に耐えられる反応器を作らないといけない。せいぜい15 cmほどの高強度鋼の壁、かつ脱炭素を防ぐための軟鉄が必要だ。

 前世の世界ならば、長い歴史に比べ安価でマイルドな方法として当たり前のように行われている。だが、ここは異世界だ。それを作るだけの人手も資材も設備もない。


(物質創成使えばどれだけ楽か……って考えちゃだめだよな。でも高温高圧ならルミアの工業技術に頼るのも……いやあの小規模だからこそあんなめちゃくちゃな施設ができているわけだし、そもそもあいつが軍事兵器以外に興味もつ事の方が難しいだろうし)


 ううんと唸り、目を強く瞑る。強張った目にじわりと熱が広がった。

(少なくとも今のアコードの文明水準だと継続的な製造は難しいんだよな。規模も生産量も大きいほど、使うエネルギーも原料も多くなるし。魔術なら何とかなるかもしれないけど)


 アコード王国の人口は約1億4千万。世界有数の超大国だ。仮に前世で通用した手法を用いても年に100兆 kJもの消費電力が必要となる。しかし、それを賄えるほどの技術力をこの国、それどころかこの異世界ではもっていないだろう。時を待てば技術がメルストの考えに追いつくだろうが、それでは間に合わない。


(てか、ここ魔法の世界だから、無理にあんな不安定な反応をもっていく必要はないだろうしな。いや、だからこそ超臨界状態に持ち出しやすいかもしれないけど)

 しかし、そんな素材や魔法生物を見つけることの方が面倒だ。そう判断したメルストはその案の優先度を最後尾に回した。

 そもそも、メルストの無限エネルギーを創造する能力をもってすれば造作もないエネルギー値だが、この世界においてもそのエネルギー量は膨大であることに変わりはない。今の時代の人々の手でどうにかしなければならない考えは、捨てきれない。


(高電圧放電法や石灰窒素法からなんかヒントとかは……いやこれらの上位互換がアンモニア直接合成(ハーバー・ボッシュ)法なんだもんなぁ)

「はぁ……触媒検討するかぁ?」


 歴史上、2500種類の金属触媒の検討・評価の末、開発された鉄系触媒。それだけの苦労をしなければならないかと思うと、チート能力を持つメルストでも一般人的な感覚の方が勝り、肩を落とす。ぶらりと振った足が机に当たり、分厚い本の上に積まれた書類が小さな雪崩を起こす。床にまでそれが落ちたのを見届け、さらに椅子に深く座り込んだ。


(あ、多孔性物質……ゼオライト膜使えば効率的に、いやあれ高温高圧に弱かったな。てかそもそもHB法(あれ)の収率ってそんな高くなかったよな? 30%程度だったような……いや最近は改善とかされてきたんだっけ。酸化カルシウム(酸カル)ベースのルテニウム触媒だったら50気圧300度まで抑えられるし、しかも生成量が従来の二倍以上になったらしいし。でもルテニウムってクソ高いんだよ。異世界(ここ)じゃどうだかわからんけど、今のところ見たことないな……そこらにもあるニッケルやコバルト……だと窒素を吸着しないから、ジルコニウムやチタンあたりとかで代用できないかな。貴金属使うのは避けたい)


 肩の荷を重くしたのはそれだけではない。プロセス化には高圧圧縮機の存在が不可欠だ。混合器や高圧・低圧リサイクルのための圧力分離機、熱交換器。これらの設計開発もおそらく一からやらなければならないだろう。完全にメルストの専門外だ。プロセス制御も含めルミアに丸投げしようかと頭を抱える。


 さらに、種素(ヒュデン)――いわば水素(ヒドロジェン)をいかに安価に得られるかも課題だ。エリシアやロダンの力を借りれば、経済的な問題は解決されるだろうが、それでも経済性は無視できない。水の電気分解(エレクトロリシス)か、石炭の酸化・水蒸気分解か、ガスやオイルを用いた水蒸気変性法(スチームリホーミング)か……どういった手法で水素を得るか、また分離精製するかを考慮しなければならない。


「問題が山積みだ」

 しかし、メルストの目は明確にひとつだけを見ていた。机の端に置いていたメモ紙の束を手にし、天井に向け掲げては見つめる。

「まずはベストに近いベターな手法でアンモニアを作ることからだな」


   *


 同刻、晴れ渡った空から大地の恵みがアコードの地を、王都をまばゆく照らす。しかし肌を焼き付けるような暑さはなく、包み込まれるようなぬくもりを与えてくれていた。

 石造りの広いバルコニーから一望できる王都はどこまでも続き、そして美しく映す。まるで絵画の中にでも入ったかのようだ。


「なるほどな」


 それを見眺めるアコード王国国王――ラザードの重い一言に、現状を報告した娘のエリシアは隣で返事を待つのみ。しかし言葉は、背後にて紅茶を淹れる近侍のカーターから返ってきた。まるで王の口として話すように。

「アコードの地下に張る"龍脈"。その一部に触れる"大水脈"もまた、龍脈の枝葉であることに変わりはありませんでしたが……いるはずのない魔物が確認されたと」

「仰る通りでございます」と振り返ったエリシアは丁寧に対応する。


「数多の竜の原種だと議論されている"流るる者"……これまた興味深い魔物が現れたものです。既に滅んだと云われ、神話上の存在だと変に崇め奉られておりましたが。実はですね、この魔物の確認が他の区域の水源でも確認されたと地方騎士団より報告を受けています」

 淡々と話すカーターから聞いた事実に、エリシアは紅い瞳を丸くした。

「そうなのですか……!?」

 カップを波立てないような、静かな驚き。今度はラザードが答えた。

「左様。そして、その発生原因もわかった」

 はじめて、エリシアの瞳を覗く。


「パラビオスだ」


「……っ」

 ウェルギリウスの砂漠でメルストとルミアが対峙したオルク帝國の設計生物(デザイナージェネリシス)。そのときは人の形をした黒い粘菌の塊であったが、その形質は千差万別。筋肉と思わせる繊維状から液状、金属状などの状態へと自在に変形変質できる上、驚異的な再生能・分裂力・物質分解能を有する、極めて攻撃性の高い生物だということをエリシアは思い出す。

 確か聖騎士団によって沈静化にありつつある話だったはずだ。それがどうして……。


「確認されたのはトラントの大樹だ。パラビオスから分泌された体液から、その魔物が発生していたそうだ」

「だとしたら……パラビオスは水脈に」

「侵食していると考えた方がよいだろう。最も、どの個体がどこから侵入したのかは定かではないが」

「特定も困難を極めております」とカーター。「その上、厄介なことに耐魔法属性も身に着けているとのことで、弱点としていた電気魔法も今ではもう通用しません」

「そんな……」

「徐々に蝕んでいるという状況だ。おそらく作物の障害もそいつらが原因だろう。奴等は万物を飲み込む」


 食糧難よりも先に、パラビオスの侵食が迫ってきている。エリシアは抱え込むように、組んだ手を強く握った。

「わかっておると思うが、こちらから無闇に対抗しても返り討ちに遭う。現に騎士団の被害も少なくはない。特定や調査は我々に任せたまえ。緊急事態故、駆除やその指揮もロダンに頼んでおる。十字団(エリシアら)は、今取り組んでいる問題の解決を優先するんだ。それもまた、これからのアコードを支えるものとなるのだからな」

 エリシアは先の見えぬ日に暮れるように俯く。その視線の先は、王城の地下へと見つめているようでもあった。


   *


 王城の地下。アコードの雄大な大地に囲まれているそこは大事なものを守るのに適している。つまり重要な書類ほど、この閑散とした図書室に保管されている。学術論文の原本ならなおさらだ。


(んー少し前までは微生物の存在もろくに知られてなかったし、そこに目をつけている錬金術師もいるにはいるけど論文が少ないな。やっぱりリジェクトされやすかったのかな)


 雷と土壌の関係性の論文では、電気魔法で土壌が肥えることを実証したと。

 土壌中に潜在する妖精霊(エレミン)の調査に関する論文では、エレミンだと思われていた存在の一部が微生物――矮小型魔法生物(マノファーディ)――だと解明されたと。

 そのマノファーディの一種――おそらく根粒菌(リゾビウム)だろう――の抽出に成功したことを証明した論文では、どんな成分で構築されているかを――。


(EDELL-MAD法という魔法的測定でタンパク質中の位相や電子密度を決定してたみたいだな。この世界でもフーリエ変換みたいな解析技術があるのはびっくりしたけど、まぁさすがに分子モデリング技術はまだないよな……うわ、ノイズ多っ。よくこれで査読通ったな)


 やはりここの文化水準では精度も高くないのだろう。しかし、後々の未来を考えれば、これらが礎になるのだろう。そうメルストは感慨深く思う。


(でもこれ……"特異的な構造配置による静電気的因子が生じていることから"って、分子間相互作用みたいな表現で書かれてるけど、だとしたら電子密度が高すぎないか? これどっちかというと共有か配位結合に見えなくもないし……これだけじゃあわからんな)


 時折独り言を交えながら、論文にざっと目を通す。転生して一年も経っていないメルストからしてみれば、異世界の学問はまだまだ知らないことが多く、彼の思う常識も、この世界の法則では成り立たないのかもしれない。

 しかし、現時点ではこの世界も魔法やおかしな生物・人種がいることを除けば原理的な部分は大して変わっていないようにも感じられた。それを信じて、論文のおかしい部分にツッコミを入れながら、今度は根粒菌と思われる矮小型魔物に関する文献を調査した。


(元素(エナジー)分析(ディスパーシブ)(エックスレイ)的な魔術測定を用いて解析されているみたいだけど、これ結晶構造でもないと試料に酵素は使えないでしょ。まぁ案の定の結果――ん? でもなんか出てきてるぞ。……金属と同じ位相に出てきてるって書いてあるな。そういや以前に同じ測定法での物質構造解析相関表一覧が記された本にもここらへんの位置にクロム族元素らしいピークが載ってたっけ。で、なになに……。"輝水鉛素(ワッシュブリード)"……モリブデンのことか?)


 そういえば、それらの遷移金属元素に関する論文も見かけた気がする。後で目を通そうと過らせたところで、次の論文へと目を移す。


(へぇ、こっちの論文だと矮小型魔物(バクテリア)からニトロゲナーゼらしい生体触媒の精製と観察が確認できているな。これはここ2,3年のやつか)


 文明が進んでいないかと思っていたが、思いのほか研究は進んでいるようだ。世界は広いと実感する。アコード王国出の論文でないことが残念だが。


(にしてもニトロゲナーゼ(こいつら)は常温常圧……温和な条件下でアンモニアを作っているんだよな)

「なんとか模倣できないかな」


 生体触媒――酵素(エンザイム)は、人の手で構築された条件よりもはるかに安定的な方法で反応を飛躍的に進める。どれだけ文明が進んでも、科学技術が発達しようと自然や生命には到底敵わない。それでも、少しでも近づけるようにと人類は日々奮闘してきた。今回も、その壁に直面しているとメルストは強張った肺を大きく膨らませた。


 ともかく、酵素――ペプチドの多配列だけで窒素ガスという非常に分解しにくい強靭な分子を窒素原子へと切り離し、水素と結びつけることができるのかというとそうではない。分子は電子という雲のようなつかめない存在によって原子同士を吸着・結合させ、その状態を保っている。


(だから、電子の密度を小さくして切り離しやすい状態に持っていくことが重要だ。だとすれば窒素固定酵素(ニトロゲナーゼ)に含まれる"遷移金属"が鍵か)


 酵素の一種であるニトロゲナーゼは、その活性部位に必須の遷移金属として鉄やモリブデン、バナジウムを含む。それらの周囲の反応条件下で窒素ガスからアンモニアに変換していると前世の知識より把握していた(といっても、今思い出したことだが)。


 しかし、どのような反応機構で、かつ金属原子のどこで窒素分子の結合が切れるのか。それ以前に、その状態へと捕捉・保持するため、かつアンモニアへと変換するため、水素イオン(プロトン)還元剤(エレクトロン)が必要とされるが、どうやってそれらが供給されるのか。未だにそれらのメカニズムが明確にわかっていないこともメルストは思い返す。ただ、モリブデンと鉄が介在していることだけは事実だった。


(酵素(ニトロゲナーゼ)に含まれる金属をベースにして触媒を作れないかな。金属触媒なら、"化学吸着"による"接触還元"で"活性水素"を作れるかもしれないし。けどそのままじゃあ意味ないから、ニトロゲナーゼの活性部位を模倣(ミメティクス)した構造を……いや、それ以上の効果を出す構造を設計しないとな。だとすればペプチド合成……はやめとこう。地獄を見そうな気がする。ここは専門外だけど、"金属錯体"の合成が無難だな)


 金属錯体(コンプレックス)。いわば金属イオンと設計した有機物とを組み込むことで作られるハイブリッド化合物だ。主に二酸化炭素や一酸化炭素といった反応性の乏しい無機小分子を活性化するための反応場として機能させることを目的に作られ、合成から構造解析、機能性評価などの多岐にわたって研究と議論がされている。果たしてこの世界でもそのような学術分野は展開されているのか不明だが、少なくともここの図書室ではそういった文献の数は少ないように思える。


 そういえば、と遷移金属元素に関するタイトルの論文を見かけたことを思い出す。すぐさま席から立ち上がり、置かれている本棚へと急ぎ足で向かった。十数報が一冊にまとめられたそれを取り出してはパラパラと目で追い、情報を選別する。しかしどれも信用性に欠ける業績ばかりだ。まともなのは精製法くらいか。

「……!」

 6冊目を読み終わろうとしたとき、ふと、目に留まる。


「あった……!」

(金属錯体分子の合成!)


 その論文は何十年も前の古いものだった。参考文献(レファレンス)に至っては数百年も前であることに身震いさえ覚える。しかし、長年研究され続けているも、まだ日の光を浴びていない様子だ。それか、別の言い方として世に出回っているだけか。


 内容は、配位させる金属イオン溶液によって溶液の色が鮮明に変わることを報告したもの。今後、顔料に用いられるだろうとちゃんと応用(アプリケーション)も示している。その中に、検討していた遷移金属の評価も記載されていた。合成自体は自分がこれまでやってきたものよりかは簡単そうに見えた。


(あ、他にもあるぞ。これはキレート剤みたいなはたらきを促す錯体か。特定の病の治療薬として効果があるらしいけど、特定の成分を捕捉させて病原体の増殖を抑制するんだろうな……捕捉させる――そうか!)


 詰め込むように論文をもとに戻したメルストは元の場所へと駆け出し、すぐさま石灰筆を握った。

 気が付けば、黒板に触媒設計と反応経路(スキーム)の考えうる可能性を書き出していた。それが前世の知識なのかこの肉体の持っていた知識なのか、それとも両者が合わさってこその知恵かはわからない。

 組み合わされたピースがひとつの絵へと集まり、結びつけられるように編み出される分子設計図(アイデア)。遷移金属という核を配位子として構築される、星形のような構造から箱型、しかしそれは一度だけでは納得せず、書いては消しての繰り返しだ。

 これも違う、これも……、とつぶやきながら。



「メルストさん、もう夜も更けますし、今日のところは――」

 数刻後、時刻に合わせて少し冷えた光が図書室を包む中、エリシアが様子をうかがいに来た。拠点に戻る支度をしている。

 昼下がりの時と変わらない位置に、メルストは(ただず)んでいる。しかし、講義用の大きな二枚黒板、浮遊式の黒板にはびっしりと何かが描かれ、机上の紙の山も、そのときより二回りも大きくなっている気がした。

 黒板に描かれた図式をまじまじと見つめる。


「すごいですね……これすべてメルストさんが?」

「ごめんごめん、すっかり(ふけ)っちゃった」

 と、いたずらした少年のように笑う。

「でも、設計(デザイン)はできた」

 その言葉に、エリシアは驚きと、そして喜びを抑えたような表情を浮かべた。

「っ、本当ですか……!?」

 その期待を肯定するように、強くうなずいた。そして、一枚の紙きれをエリシアに見せる。なにやら細かい文章が書きこまれていたが、まずエリシアの目に入ったのは何かを挟む形をした、鍵のような模様(ストラクチャ)。それにこそ、メルストが編み出した答えが記されていた。


「ようやく、前進だ」


 喜びをかみしめているような、しかし覚悟を決めた声。すれ違うように横切ったとき、胸が締まるような思いをしたエリシアはハッとするように踵を返す。しかし、そこにはいつもの優しくて、気苦労していそうなメルストの姿。これ片づけなきゃと、彼は積まれた文献の山を前に目を遠くしていた。


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