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2-1-2.機工師ルミアの夢

「さて、続きましては錬金工房でーす!」

 二階のドアを開けば、本棚のように壁に張り付けられた硝子の戸棚や、前世でもよく見かけたガラス器具が卓上に所狭しと並んでいた。懐かしくも妙な薬品臭さが漂う。


(まぁ、電子顕微鏡(SEM)X線回析装置(XRD)はさすがにないよな)

 あれだけのマシンが存在して、なおかつ魔法が存在しているなら、と思っていたメルストだったが、やっぱりか、と期待は外れる。


 やけに大きなフラスコやそれに繋がれた冷却器、蒸留器(ランビキ)などの錬金術らしい装置に目が行く。並ぶ試験管や薬品、分銅で量る天秤に加熱用のアルコールランプ。古典的な器材が揃っている一方、ここも蒸気機関らしきレトロな装置が、広い部屋の隅やテーブルの傍に設置されていた。


「すげぇ……マジモンで錬金術の部屋じゃん。でもあんまり使われてなさそうだな」


 使っていると思われるスペースは整頓され、新品並みに綺麗にされている。そこを除き、部屋の隅には埃や虫の干からびた死骸が溜まり、挙げ句に天井や床と机の脚の間には蜘蛛の巣らしきものが張られている。器具も洗われてないものがちらほら見かけ、ガラスのくすみが目立つ。一部の空っぽの薬品瓶には砂っぽい汚れで覆われていた。掃除や手入れの暇はないのだろうか。


「先生忙しいし不器用だからね。あたしみたいに全スペースを使いこなすことはできないんだにゃ」

「ふーん……なぁ、あの大きな釜は何に使うんだ?」


 錬金術や黒魔術といえば大きな釜、という認識をしていたメルストは、あえてその重々しい存在に対し機工師に尋ねた。素材は見かけだけではセラミックか金属か判別がつかない。分厚く、縄締めや刻印で刻まれたような神秘的な模様に光沢ある顔料(ピグメント)で上塗りされている。中は洗浄されているようだが、どこかアルコールと硫黄が混じったような香りを感じなくもない。


「あぁ錬成炉と錬成釜ね。あたしもあんましわかんないけど、ああいう大釜でいろいろ素材を添加して加熱しながら攪拌するのを"ポーカス法"っていうらしいよ。清濁併せ吞む偉大なる豚って意味なんだって」

 エリちゃん先生が言ってた、とルミアは一階にいたときよりかは熱の入っていないテンションで説明した。メルストも「へぇ」とだけ言っては、


「いかにも錬金術って感じだな」

「メインメソッドだしね」と生返事で返しては、壁際についている装置のチェックをしていた。


(あれだと酸化や含水は免れられないだろうな。あんな開放系だと不純物や副生成物も数十種じゃ済まされなさそうだし……いや、そこを魔法パワーでカバーするのか?)

 そう悶々と考えつつ、視線を次に移す。メルストはなんとなく戸棚の中に詰め込まれていた薬品瓶の手書きラベルを眺めていると、ルミアに声をかけられた。


「メル君の能力って、物質とか作れるんでしょ?」

「あぁ、そうらしいね」

 すると、ずいっと目の前まで顔を使づけてくる。不慣れな女性に対しソーシャルディスタンスが堅固な彼は思わず身を引いて離れてしまう。

「鉄とか創れる? アルミとかなんでもいいし」

「やってみる。ちょっと離れてて」


 まずは鉄を創成してみる。原子核と電子雲の構造、金属結合と格子等々をイメージし、分子の形・物質の形での鉄とは何かを思い浮かべる。パチン、と一筋のプラズマが空を走ったとき、ヴヴヴヴ、と熱くなった右腕から蒸気が生じ、赤く熱し始める。毛穴から滲み、全体的に染まるように金属色の被膜が腕と手を覆った。


 手の甲で叩くとかなり固い以前に、右腕が動かなくなった。左手で触れると瞳に"Fe"の文字と結合構造が映る。信じがたいことに酸化していない。明らかな純鉄だ。


 手の部分の鉄をなくすことは……と、結合を紐解くイメージをし、金属結合で自由に飛び回る電子をやさしく引きはがす。ボロボロと鉄の被膜は粉末化し、床に落ちた。次にアルミニウムをイメージしたので、熱された液体金属が手のひらから湧水のようにこぼれ出、すぐに凝固する。創成するときは液相か気相の状態で出てくるようだ。


「おおー本物の鉄とアルミだ! 面白い出し方するんだね」

 なんか分泌されて出たみたい、と彼の右腕を触りながらいまいち嬉しくない例え方をしてくれる。

「ねーねー! ほかにできることはある?」

「そうだな……」と壁に這う錆かけたパイプに触れては、

「この金属、酸化できる」

「はた迷惑だね」

「この赤錆、多分取れる」

「最高じゃん!」

 褒め言葉に単純な彼は、いいところを見せようとする。


 パイプの酸化鉄サビを還元し、酸素分子を空気中へ逃がした後、欠けた表面に鉄イオンを散布した。撫でるだけで錆が取れ、完全に修復した様子を見、ルミアのテンションはさらに高くなった。


「こりゃあ、あたしとペア組むしかないね! 最高の機工師と最高すぎる錬金術師のコラボレーションで無敵の発明コンビが結成できる感動の瞬間だよ! なんでも作れるよメル君! ヤバくない!? ふたりでとびっきりおもしろいの作ろ!」

 彼女の勢いに押され、若干退く。すぐに決めれない彼は曖昧な返事しかできなかった。


「ああ、うん、そうだな。いいかもね」

「あれれー、なんかすごく薄い反応だけど……あっ、クレームならなんでも受け付けるよ!」

「えっ、いやそういうわけじゃ――」

「ふふふー、あたしには分かるぜよ。なんか気が進まないワケがあるんでしょ。いいなよ少年、不満はあたしの原動力だ」

 手を後ろに組んでは姿勢を落とし、上目遣いで問いかける。女性の体を最大限使いこなしている彼女にあざとさを感じるが、目をそらして質問の返しを考えることで邪念を払った。


「じゃあ……蒸してるところは正直苦手だから、とか……?」

「ごめんよメル君、そのクレームはどうにもできない」

 壁に手を突き、屈した姿勢。

「ああいや、そこまで何とかしてほしいってわけじゃないから、というかルミアの言ってること否定してるわけじゃないし!」と下手なフォローをする。しかし彼女は聞いていなかったかのように、勝手に話を始めた。

「なんで無理な話かって? あの熱さが大好きだからさ」

「クレームに私情挟むなって」


 一階の機械工房に降り、壁に打ち付けられた大きな黒板が目に入る。

「"短き我が人生、野望を叶えよ"……?」

 どこの武将だよ、と心の中でツッコミを入れる。ルミアの目標だろうか、白い粉末石で大きく書かれていた。「あ、忘れてた」と言いながら、タンクのバルブを閉めに行くルミアに訊いてみる。


「ルミアは発明家になりたいのか? ああいや、もうなってるようなもんか」

 キュッキュッ、とハンドルを回し、なんらかの装置へ送るガスをストップさせてからルミアは答えた。こちらへ来つつ、黒板を見ては質問の意味を理解したようだ。

「んーとね、発明家っていろいろ出てくるけど、女性発明家って言われるとなかなか出てこないじゃん?」


 腕を組み、指を一つ立てては問い返す。

(女性発明家か……前の世界も確かに有名なのは男性ばかりだ。意外と思いつかない)

「でも、いないわけじゃない。故郷じゃ丸鋸とか発煙筒とかは女性が発明しているし、案外いるのよさ。でも、その名前は世界に伝わらない」


 ルミアは作業台に手を置き、小さな工房全体を見るように視線を遠くする。

「それなら、否が応でも広めてやるね。あたしはそれだけの女性発明家になりたいと思ってる。やるからには世界を――頂点を取ってやるさね。面白いものをどんどん作って、世界みんなをあっと言わせたい!」

 燃えるように煌めく紫の瞳。無垢で真っ直ぐな夢をもっている、輝いたそれだ。工房の熱でしっとりと汗ばんだ肌をさらす、細く白い女の子らしい腕も、ここではひとりの職人の腕として引き締まっているように見える。頼もしい腕だと、彼は感じた。


「……いい目標だな。ルミアならすぐに実現できそうだ」

「へっへへ、有名になってちやほやされたいってなだけなんだけどね。あとねあとね、爆発のすごさを伝えたいの! このロマンスと感動は共感されたいものがあるしね!」

「そうか……うん?」

(爆発といったか今。良いこと言っている中で不穏なワードが聞こえてきたぞ)

 にっしし、と鼻を指でこすりながら笑うルミアの顔に、炭のような黒い油汚れが着くも、その表情は煌めいていた。


「あ、こちらにいらしてたのですね」

 工房の出入り口からエリシアがひょこっと顔を出す。有事を終え、今帰ってきたようだ。


「あ」とメルストとルミアの声が重なる。

「先生おかえりー」

「どうしたんだ?」

「ちょっとした"依頼"が入りまして、せっかくですのでメルストさんにも協力させていただこうかと」

「依頼……?」

 首をかしげる。その言葉を待っていたと言わんばかりに、エリシアは詳しい説明を始める。

 この日こそ、メルストがひとりの錬金術師として活躍する、最初の第一歩となるのであった。

読んでいただきありがとうございます。

情報や描写を中心に加筆したため、二話分にして部分投稿しました。

混乱させてしまうことがありましたら申し訳ありません。

話の本筋は変わりません。そういうものがあるんだと軽い気持ちで読んでくださればと思います。


【補足】※読まなくても本編を読み進めるにあたって問題ありません。

・ポーカス法 

 単系調合法・加熱調合法・古典合成法ともいう。

 大きな錬金釜に"世界樹(ユミル)"(この世界に一本しかない世界最大の大神樹)から抽出できる"エイテール"(加熱することで万溶性を有する)と複数種の母剤を入れ、それらをベースに原料から調製された開始剤・反応剤・緩衝剤・希釈剤・防止剤・相溶剤・停止剤・その他添加剤等を組み合わせては配合・調合し、加熱攪拌することで多種多様の物質の錬成を可能とする(一般的に思い浮かべるファンタジー的な錬金術や某アトリエの調合法のようなイメージ)。加熱温度や攪拌速度、時間、気温や湿度、気圧等の条件に大きく左右される。そのため錬成条件の開発は至難の業であり、大抵は失敗に終わる。

 錬金釜はエイテールの溶媒に耐えられる素材で作られたものしか使えず、一個だけでもかなり高価。その価格は青天井であり、学術機関(アカデミック)で扱うような質が高いものだと豪邸ひとつ買え、使用人も一年間は数人雇える程度の金額になるらしい。しかし壊れにくく償却期間は長いので、代々継がれて使用されることが多い。しかしちゃんと手入れしないと腐食等の劣化が起きることがあり、錬成に支障をきたす。

 生成物は配合レシピにより医薬品や工業用薬剤、建材、武器防具、調味料、火薬等多種多様の製品の原料が多数。そこから抽出・精製する工程を経て、そのまま使用できるものを「第一錬成品」、特定の素材を添加し、圧力や熱などの外部刺激を加えて更なる反応あるいは加工を促す工程を「第二錬成」と業界では言われている。

 ポーカスは偉大なる豚の意味をもつ。偉大なる豚は清濁併せ吞む言い伝えがあり、ポーカス法も同様にどんな物質も溶け込み、混ざり合う性質を有する。いまだに物質同士の溶解性や反応性等に関する複相互作用の決定的な解明が為されていない以上、開発されたレシピのおおよそは経験則や一子相伝に基づくものである。

 尚、他にもウッドワード法やブリギッド法などの錬金術的手法がある。

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