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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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4-5-5.魔女の正体

 あれほど霧が深かった村とは一変し、暗くも晴れ渡った景色が一望できた。軒並ぶ民家が不気味であることに変わりはなかったが、妙な温もりや寒気を伴う湿気はすっかりなくなり、息をしやすかった。


 三日月が映る水たまりを構わず踏み、療院の前に立つ。そのエントランス前にはマイラがカンテラ片手に立っており、メルスト等と目が合うなり晴れたように安堵の表情が浮かび上がった。ぬかるんだ道を踏み出し、こちらに駆け寄ってきた。


「メルスト様! よかった、お部屋にもいらしてなかったからどこにいったのかと」

 心配して、という前にメルストは言葉をさえぎった。メルストとフェミルの表情は真剣なままだ。


「マイラさん、少しお時間よろしいですか」

「……? ええ、構いませんけれど……どうかなされましたか?」

 療院から離れるようにメルストはその場を後にし、村の小さな広場へと向かった。マイラもそれに続き、その後ろをフェミルがついていく。


「魔女の花についてわかりました」

 向かう途中で、メルストはそう告げた。

「と、いいますと……?」


「あれがどういうものか、何のために村人たちに寄生していたか判明したんです。あくまで僕の推察に過ぎないんですけどね」

「それでは、村の人たちは救われるのですね!」

「その前にひとつ、伝えたいことがありますので聞いてくれますか」


 石畳の広場に行きつく。そこは暗い森から最も離れている、村の中心だ。カンテラがなくとも、月明りで十分に互いの顔はみえていた。

「この村に最初から魔女の使い魔なんていなかったんです」

 え? と耳を疑ったような声。当然、反論がマイラの口から出てきた。


「で、ですが、誰もが被害に遭って、あんなひどい怪我をされているんですよ?」

「幻覚作用です」

「えっ……?」

 戸惑う彼女の前に指を3本立てる。


「理由は三つ。まず傷口の血液を調べましたが、ヘム鉄とは別の含水酸化鉄がわずかに付着していました。勝手ながら療院の中に回収されていた剣の残骸も調べたんですけど、その剣の鉄由来の物ですね。付着していた血はよく見る人血だとわかりました」


「そんな……っ、け、けどどうやって、そもそもいつそのようなことをされていたのですか?」

「えっ……、ち、沈降反応重層法やラテックス凝集反応など約6種類の試験を行って検査しました。夜いなくなっていたのもそれをしていたためで」

「……? そうですか」


 メルストは思わず前世の検査法を並べて誤魔化すが、余計混乱させただろう。

(実際に抗ヒトヘモグロビン沈酵素と抗ヒト血清タンパク沈酵素と血痕を見分けられる職人腕があればその血が人血だとわかるんだけど……力技でやったんだよな)

 冷や汗をかきながらそう思い(よぎ)った。実際は組成鑑定の能力を使って遺伝子レベルまで(満身創痍で)見分けた結果、少なくとも動物の血ではないとわかったことだ。そう思いつつ、説明を続けた。


「次に、幻覚を引き起こす可能性が高い、少なくとも人体や健康的な人が摂取するはずのないものが含まれていました。それは大変強い催幻覚作用を引き起こすものでして、よく一部のサボテンに含まれているものと似ています」

「それって……」と知っているようなそぶりを見せる。その通り、と言わんばかりにメルストは麻薬の成分だと告げた。


「ただそれよりも100倍は強いでしょうね。酵素という名の生体を動かす小さな歯車に組み込まれれば、大抵は無害なものに分解されます。しかし、それを食い止めるように妨害するはたらきが、今回の麻薬成分には含まれていました」

「だとすると、分解されずに本来の薬効が人体に現れるということですか?」

「大まかに言えばそういうことになります」


 なにか訊きたそうな表情をしてなくもなかったマイラ。錬金術に触れているだけ、学術的な疑問は残るのだろう。それに対してちゃんとした、それこそ現代的な説明をしたくてもこの世界の人には決して伝わらないだろうという歯がゆさに苛まれながら、メルストは次の理由を話す。


「そして。それを研究している錬金工房を見つけました」

 彼女の目が丸くなる。一瞬、落胆を覚えたような、裏切られたような視線をメルストは感じた。

「――っ、見たの、ですね……おじいちゃんの工房を」

「勝手に行動したことは謝ります。それにしても、いろいろな麻薬……幻覚剤をご検討されていたようですね。植物からいかに強い、というよりは制御の利く薬物を合成(つく)るかで。合成方法(メソッド)もすべてわかりました。本当に尊敬するべき研究だと僕は思います」


 ただ、と続ける。

「村人に使用されていたあの成分……僕にとっては視たこともない、それこそ新規物質だと思いましたが、あんな複雑な目的物(プロダクト)を得るにはどうしても保護基をつけないと副反応……過剰な反応が起きて収率を得られない。打開策はあるにはありますが……設備が必要です」


「……」

 専門に触れた化学者の会話に、女性二人は沈黙を続けるが、知識のあるマイラはただ真摯に耳を傾けていた。フェミルに至っては上の空だったが。


「あの花にはそれを防ぐ生体触媒(エンザイム)が含まれていました。組成鑑定(ぶんせき)してみたんですが、特定の成分の一部分を包括して固定化するはたらきがみられる"活性部位(サイト)"が確認できまして……まぁ、部位(サイト)を麻薬成分で防ぐことで、その分子と生体触媒の活性を落とすんです。触媒というよりは阻害剤といった方がいいかもしれませんが、とにかくこれを抽出して溶解性の粉末として得られれば、常温で、それも人工的に困難で複雑な反応への選択性を高められます。有機溶媒の経費削減(コスパカット)もできますからね」


「……触媒、ですか」

「あとは熱で酵素は分解できると思うので、そうすれば目的物のみを得られやすくなります。この分子(せいぶん)って簡単に熱によるなにかしらの反応はしないと思いますので、都合がいいものです」

「つまり、幻覚剤を作るために魔女の花を人の体で育てていたということですか……?」


「そういうことになりますね。あの花は血で……恒常的な熱と二価の鉄やカルシウムを栄養として育っていますから。血液の凝固がされていないのも、おそらく凝固因子を阻害する成分が根から放出されていたからかと」

(そもそもカルシウムイオンが栄養として根に吸着されては血小板因子からトロンビン、つまり線維素(フィブリン)という血小板を固める網を作ることができないけどな)


「……魔女は、何のために幻覚剤の研究を」

 少しの沈黙の後、先ほどより少し落ちた声でマイラは訊いた。それに対応するように、メルストも落ち着いた声で諭すように話す。


「それは"魔女"本人に訊いてみないとわかりませんが、麻薬として利用するならそれ相応の経済効果を生みますし、精神病の治療に貢献する可能性がある話も聞きます。このご時世、宗教的な事柄に対して需要が高そうだと考えますが、ただ単に研究らしく人体と幻覚の関係と仕組みを追求したいという知的好奇心が理由というのもあるといえばありますね。何か心当たりでも?」

「いえ、特には……」


「先ほども仰いましたが、マイラさんのおじいさんは錬金術師のようですね。彼は元々医師で、治療の際に伴う激痛を抑制するべく、麻酔の研究をされていたと記録書より拝承させていただきました」

「ええ、おじいちゃんは大きな手術が必要だったママや村の人たちのために錬金術に手を付けました。救える命なのに、激痛のあまり死んでしまうことがないようにと……」

「ただ、違和感があったんです。ある時を境に、彼の研究スタイルが変わった。筆跡もそうですし、実験(チャート)の導き方も、結果(データ)の出し方も……考え方も。まるで人が変わったようでした」

「……おじいちゃんは魔女に憑りつかれた、とでも言いたいのですか?」

「おおよそは近いが違います。彼は正常でした。この村の中の誰よりもね」


 メルストは気づかなかったが、フェミルの目が鋭くなり、マイラを見つめていた。マイラの表情は何一つ変わらなかったが、彼女の何かが揺らいだのだろう。それをフェミルは察知した。


「あそこの部屋に飾られていた写真を見て、さぞご家族を大切にされていると感じましたが、その写真にあなたの姿が入っていませんでした。孫の代まで映っている写真なのに、と気になってしまって。たまたま映ってなかったのですか?」

「ええ……その日は病で家から出られなかったので」


「言い忘れていましたが、ある日を境に研究方針が麻酔薬から麻薬――幻覚剤に変わっていたと言いましたよね。その日は……この森に入った人が消えたと報告された日とほぼ同じでした。そして雑貨屋に置いてあったこの村の、カレット村の名簿も目を通しました。ここ数日までの、最近のものです。おそらくカルテとして村人全員の容態をチェックしていたんでしょうね。あなたのおじいさまは……マッキーニ先生はこの支配された村の中で生き抜いて尚、仕事を全うされたようですね」

「……ええ、まぁ」

「そこにあなたの名前はありませんでした」

「あの、メルスト様は何をおっしゃいたいのでしょうか」


 不審がるマイラの立場を考えれば戸惑うのも無理はない。しかしメルストの考えに、そのような配慮はなかった。

 どうも推理染みた真似は苦手だ、とメルストは息をつく。すでに彼の中で答えは出ていた。

「そもそも、おかしいと思ったんです。ここには、あなた以外の健常者が見当たらない。普通に装っていますが、その目は誰もが死んでいるように感じられました。そして、あなたほど異質な目をした人は他にいない」


 そう吐き捨てた錬金術師の瞳こそ、普通の人のそれじゃなかった。マイラが一瞬、目をそらしたのも、深淵とも例えられる彼の黒い眼に呑み込まれていくような気がしたからだ。

 すでにフェミルは槍をその手に召喚している。彼女も確信を抱いたようだ。

 風向きが変わる。木の葉が石畳を転がり、より一層静寂さを奏でていた。


「マイラさん。……あなたは一体、誰なんですか」


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