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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
104/214

4-5-4.村の秘密

記念すべき「双黒のアルケミスト」100話目。そしてその投稿日が私の誕生日です。

いぇい。

 小雨が肌を冷やす。ひんやりと、じめっとした、肌にこびりつくような冷たさを袖で拭う。

 フェミルの姿はすぐに見つかった。

 村人らを手当てした療院の裏。希少と云われる彼女の翡翠の髪は良くも悪くも目立っていた。

「いたいた。どうしたんだよ、急にいなくなるもんだから」

「……さっきから感じる」

「うん。嫌な気配はすごく感じる。それで?」

「メル……ここの村、変」

「そりゃー……変だろ」

 なにを当然のことを。しかしうまく伝わっていない様子にじとりと彼女はにらむ。自分のとらえ方が違うとすぐに察した。


「……この村自体が怪しいってか」

 こくり、と相変わらずのうなずきで返答するが、フェミルの目は鋭くなっていた。

 彼女の視線の先。黒ずんだ木組みの家はほかの民家と変わりない。一回りも二回りも大きなことを除けばの話だが。


「ぽつんと建ってるな」

「いやなにおい……する」

 彼女がそういうならば、メルストの感じている嫌な予感もそこから発しているのだろう。ハイエルフの霊的な感知能力は他の種族よりも一際優れている。

 軒の前には人が立っていた。衛兵と思える身を纏い、この建物の中にあるものを守っているように見える。療院の陰から身を出したメルストは、その男に尋ねた。


「どうしたんです? 何か御用でも……」

「いえ、魔女の使い魔のことを調べようとしてまして」

「あぁなるほど、そういうことでしたか」

 弱り切り、おびえ切った被害者たちと違い、この若い男は余裕の表情を浮かべている。疲れ切っているような目元を浮かべているも、それなりの実力があるのか、まだ襲われていないゆえの恐怖を知らないのか、メルストには解らなかった。


「だけど今はやめたほうがいいですよ。いつどこから襲い掛かってくるかわからないのですから」

「倉庫の番ですか?」

「ええ。こういうときだからこそ、備蓄している食料や資材を奪われないように守っているんです」

 これ以上話しても仕方ないと思うメルスト。適当に会話を済まし、フェミルの元へと戻る。


「あそこ倉庫だってさ」

「あの人……隠してる」

「え、そう?」

「警戒の目、してた」

 振り返って様子を見る。薄暗くてわかりにくいが、じっとこちらへと顔を向けており、少しばかり背筋が凍った。咄嗟に門番の視線から逸れるように建物の陰に隠れた。


「侵入……する?」

「いやそんな物騒なことしなくてももっといい方法は……なんか楽しそうな目してない?」

「べつに」とつぶやくフェミルの目は輝いて見えなくもない。こういうスリルは楽しむタイプか、とメルストは理解できない様子。

「忍び込むとしても、あの衛兵をどうにかしないと中に入れないだろ。見たところあの倉庫、窓も別の入り口もなさそうだし」


 そう言うと、フェミルはあたりを見回した。傍の酒樽と一緒に転がっている空の酒瓶を拾うのを見て、すぐにメルストはなるほどと察した。

「よし、その酒瓶を投げて相手の気を逸らそう」

「うん……加減がんばる」

「おう、がんばって……ん? 加減?」


 ぶん、と風を切るいい音がしたかと思えば――パァン! と軽く、そして重い何かがはじけた音が近くで聞こえた。「ふぇ?」と間の抜けた声を出し、メルストが音の聞こえたほうへと目を向けると衛兵が横たわっていた。

「メル……気、逸らせた」

「まぁ……確かに気はどっかいっちゃったね」


 衛兵をまたぎ、倉庫――資材置き場――へと足を踏み入れる。板を繋げたような大きな扉をゆっくりと開け、盗賊のようにこそこそと歩を進めた。

「中は思ったより広いな」

 加工された木材の山、人と同じくらいの大きさをした吊り干し肉、重たそうな木箱が積み重なっている。床には少しばかり穀物や干し草が散乱している。天井は広く、カンテラが吊るされていた。

 静かだ、とつぶやいたそばからフェミルに頭をガッと下げられる。小さくゴン、と音が鳴ったが、聞こえてはいないようだ。


「……人。いる。気を付けて」

「おう。人の首の扱い方にも気をつけてな。頭がもぎ取れるかと思ったよ」

 物音を大きく立てなかっただけでも偉いと自画自賛したメルストは首をさすり、麻布に覆いかぶされた何かの物陰に隠れる。

「なーんでわざわざ中にまで見張りをつけてるんだか」

 3人ほどの番人が徘徊している。夜勤だからだろうか、いずれも目が淀んでいるようにも見える。

 どっかのステルスゲームで見たような、と前世の記憶を想起させた隙に、それをぶち壊す行動をフェミルは起こす。ぶん、と投げた体勢を見た時にはもう遅かった。

 いちばん遠くにいるひとりの後頭部にジャムの入った瓶がさく裂する。


「っ、なんだ!?」と音の鳴った方へ視線を向けた時には、既に背後にフェミルが駆け――疾風の如き速度で残りの見回りを気絶に追いやった。

 精霊族、それも風の精をつかさどる女王護衛騎士ならではの瞬発力だろう。メルストの動体視力でもその移動はとらえきれなかった。

「メル……仕留めた」

「これマイラさんが見たらとんでもないことになるだろうな……いやグッドサインじゃなくてね」

 どことなく嬉しそうなフェミルの様子に、息をつく。これで何もなかったら罪悪感しか得られないだろう。現に、あたりを見た限りでは、これといった怪しいものはない。


(けど、念のため)

 メルストは手のひらを床にぴたりとつけ、目を閉じる。パチン、と手の甲からプラズマが漏れた。

("組成鑑定(マテリアルオピニオン)"……"波動解析(カイザースキャン)")

 その手から遠赤外~近赤外領域の光に匹敵するエネルギーを広範的に発し、固い地面に隣接するすべての物質――を構築するありとあらゆる分子の振動エネルギーを高めた。

 それは物質の構造とその状態・量・そして情報を視る組成鑑定と、触れた物質の構造を自在に組み替える物質構築能力の発動原理を理解した上で為した複合術だった。


 一か所、局所的に大きく違和感を抱いた領域を検出(かんち)する。手を床から離したメルストはそれがある方向へと歩を進める。複数個の木箱をどけると、その下に石材の床とは違う、半ばさびついた鉄の板が埋め込まれていた。寄ってきたフェミルが「ここから風がみえる」と普通の人間が言うとしたら詩人以外いないであろう種族特有の台詞を発し、これが鉄扉であることを悟らせる。


「厳重な地下だな」

 床の鉄板をその手で融かし、こじ開けた。すぐさま冷やし、穴の開いた――地下へと続く入り口を作る。

 降り、続く階段を下っては古い木の板の扉が見えた。先ほどの鉄扉とは打って変わり、手で押すなりすんなりと侵入者を受け入れてくれた。

 狭い通路から広がった空間。設置された発光石が怪しく照らすその場所は、メルストにとってなじみ深いものが目に飛び込んでくる。


「錬金工房……?」

「何かの研究をしてたみたいだな」

 大きな木材のデスクにはメルストの良く知るガラス器材と薬品瓶が理路整然と置かれている。前世のものと比べれば独特な形状をしているがおそらく蒸留装置とカラムクロマトグラフィーだろう。どれも物質の精製に必須のツールだ。


「ここの世界の錬金術師はこういう実験してるんだな」

 フェミルが物色しているのを横目に、そうつぶやく。

 冷たい炉にくべられている並んだ果実(ナス)型フラスコに蒸気式の油回転真空(ロータリー)ポンプ……装置(デバイス)をみてはどういう研究をしていたのかをメルストは推測する。


 ――天然物から何かを抽出し、何かを合成しようとしている、あるいは天然物全合成の試みか。

 棚に整頓された書類と本を手にとっては目を通す。推測通り、植物から何かしらの目的物を生合成するつもりのようだ。文献を読む当たり、医療用麻酔だろうか。手当たり次第に書類を読み通す。文献のほかにこの村の人のことが記録されているカルテや日誌、他国の書物等……じっくり読まずとも、大体は把握できた。

 読んだ中に、研究ノートなる記録書もあった。乱雑に書かれていて読むのに苦労したが、図式やかろうじて読み取れる用語から推測はできる。最近の物ではないとわかり、すぐさまあたりを見回す――あった。

 中央の大きなデスクとは別の記録用の小さなデスク。そこの壁に数冊の記録書が立てかけられている。手に取り、適当なページをぱらぱらとめくる。ごく最近のだ。

 生憎、この世界ではいまだに物質の設計図でもある化学構造式の概念が未発達だ。混合物ですらひとつの元素のように扱われている――錬金術と呼ぶにふさわしい記号が綺麗な筆記で描かれていた。何の心変わりか、古い記録書より丁寧に記録されていたおかげで、目的物がどの容器に入っているかを特定することができた。


 窯型の分厚いガラス容器のふたを開けると、紙で中身が出ないように、しかし空気のみ出入りできるようにした小瓶がいくつかおいてあった。その中に印されている数字と記号。ノートをもとに特定し、中の粉末をそばにあったスパチュラですくいあげてはメルストの解析器官(手のひら)へと移した。

 組成解析(マテリアルオピニオン)が発動する。しかし、これをせずとも、彼の中では嫌な予感と共に推定していた。


(この構造……っ)

「フェネチルアミン系化合物……やっぱり麻薬を……」

 芳香族炭化水素(フェニル)基と短いアルキル鎖が架かった先端にアミノ基をもつ窒素含有天然有機化合物(アルカロイド)の一種。向精神薬としてよく知られる神経伝達物質だ。

「麻薬……?」

「アコードで取締られている危険な薬物だ。摂取すれば快楽を得る代わりに人としての生き方を失う……つまり脳を壊す作用がある」

「……」

 思うところがあったのか、フェミルは口を噤む。奴隷時代を送った事実がある以上、彼女の過去は語らずとも壮絶だったに違いない。

 改めて記録書を読み直す。そして原料が保管されている瓶を手に持って眺めた。


「この植物から作った……のか?」

 記録書をもとに、これか、と壺に入れられていた木本を取る。

「アンカリア……鉤のロープとして、使える……けど、食べられ、ない」

「文献じゃ害木扱いなのに、よく麻薬成分の原料(マテリアル)を見つけたもんだよな」

 食用じゃなければさほど関心がないフェミルに対し、植物の中身が新規物質の宝庫であることを知っているメルストは"組成鑑定"で次々と成分を自身の知識と同定していく。


(そうか。アカネ科に似た木本(これ)からカテキンを抽出して、乾溜することでカテコールに分離すれば、あとはメチル化で1,2-ジメトキシベンゼンを作れる。ここからよくジメトキシエチルチオベンズアルデヒド塩酸塩を……フェネチルアミン誘導体を作れたもんだな。硫酸ジメチルもメチルホルムアニリドも全部自分で合成(つく)ったのか……)

 既に用意された、恵まれた環境下で研究をし続けてきたメルストとは違って、ここでは試薬も器材も何もかも自分で一から用意しているのだろう。その行動力と熱量に、研究内容はどうであれ尊敬の意を覚える。


(じゃあ、あの消毒液(フェノール)ももともとは麻薬を合成するために検討した試薬の一つだったのかもな)

 壁際に転がっている瓶から漂う異臭に、メルストは推測する。

(メスカリン、いや、その誘導体か。あっちじゃサボテンとかに含まれているんだっけ。どっかの植物から抽出してたみたいだけど、多量生産のために人工的に合成しようとしてたみたいだな。やっぱり率は取れてないみたいだけど、よくこの世界でフェノールからトリメトキシベンズアルデヒドに導けたもんだよ)

 うまくはいっていないが、確かに理論上導き、実際にそれに近いものが低収率で得られている。最低でもアミノ酸のチロシンかフェニルアラニンから作るというのに、ここの錬金術師は相当の実力者だろう。


(けど、わかるのはそこまでだ。誘導体(モノマー)からノートに書いてある"目的物(プロダクト)"を得るにはどうしても副反応が起きる。どうやって収率を落とさず最終生成物(これ)を得たんだ)

 そう考えこもうとした矢先、凛とした声が割り込んだ。

「メル……これ」

 棚を開けたフェミルが指した先、メルストの瞳孔が大きくなった。

 真っ赤な液体で満たされた瓶に活けられていた数本の植物。それには見覚えがあった。


「魔女の花……? どうしてここに、いや待てよ……っ、もしかして」

 花を一本抜き、花弁をちぎり、茎を折り、わずかに染み出る液に指を触れる。頭の中に流れ込む膨大な情報。それは閃きと共に電流として流れていった。

「そうか。こりゃおもしろいぞ……だから魔女の花を育てていたのか」

「メル……これ、みて」

 メルストの話に関心を抱くことなく、フェミルが何かを見つけたようだ。カタリ、と手に持ったそれを受け取る。


「あのおじいさんの……写真?」

 この村に入って最初に出会った雑貨屋の老父。今と比べるとやつれておらず、まだ壮年に相応しい顔つきをしていた。他に映っている人たちは息子や孫だろうか。

「じゃああの人って錬金術師だったってこと?」

「……みたい」と一緒に写真を見ていたフェミルの目つきが鋭くなる。まだ確信に至ったわけではないが、メルストも疑い始めてはいた。

「……ん?」

「どうしたの……?」

「いや、なんでも」

 それよりもなにか違和感が。引っかかりを覚えつつ、とてもこの村で育ったとは思えないような、明るい笑顔がそこの過去に眩しく写されていた。


「たぶん、家族のために研究をしていたんだな。だけど」

 ある日を境に、彼の研究方針が切り替わっていた。

「憑りつかれたようにやっていることが変わっている。……ってことは、魔女の正体って――」

(まこと)を知ってしまったか」


 ふと聞こえた足音。そして老父のか細い声。唯一の出入口をふさいだように、その錬金術師は立っていた。

「雑貨屋の……いえ、錬金術師(ジェフ・マッキーニ)さん」

 写真を置き、メルストは体を向けた。彼が元凶かどうかは定かではないにしろ、この村の裏を握っていることは確かだろう。


「言いたいことは解る。だが、今はそれどころではない」

 額に浮かぶ滲み汗が、カンテラに照らされる。彼の表情は冷静を繕っているが、その皮一枚はがせば余裕がないことがすぐにわかった。

「逃げるんだ。今すぐこの村から逃げてくれ」

 出ていけではなく、逃げろ。その言葉にふたりは疑問を抱く。

「……?」

「逃げるって、どうして」

「とにかくだ。今ならまだ間に合うかもしれん。療院に寄らず、誰にも何も告げずにこの村から出ていくんだ。なるべく遠くへ」


 ――彼じゃない。

 そう確信に至り、そして唯一の引っ掛かりが取れた。

「あんたらはこの村で唯一自由に動ける希望じゃ。頼む、わしの言うことを信じてくれ」

 まだわかったわけではない。しかしメルストはひとつの仮説を信じ、それを飲み込む。ゆっくりと口を開き、

「わかりました。……信じましょう」

 言葉を受け入れた。老父はただ哀しそうな目を向け、うつむくばかりだ。

「すまない。償いはいくらでも受ける」

「その必要はないです。……あなたは十分に闘いましたから」

 そう告げ、メルストは立ち尽くす老父の横を過ぎる。

「あなたの研究を無駄にはしません」とつぶやいて。


 地上の倉庫内部へと昇り、メルストはぽつりと話す。

「フェミル、療院に行くぞ」

「どうして……? 忠告、無視するの?」

 後からついてきたフェミルは、あまりわかっていないような声で問いかける。

「希望って言われたなら、それに応えなきゃなんねぇだろ」

「……そもそも、出られないだろうし」


 倉庫の扉を開け、迎え入れるような月光がメルストらを照らす。それはこの村を救う光か、あるいは皮を剥がされた夜の正体か。

「そうだな。もう引き返せないとこまできてしまったわけだ」


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