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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
103/214

4-5-3.魔女の災厄

半年ぶりです。若干の科学系描写がありますので、ご注意ください

 雨の中ぬかるんだ道を老人は急ぎ足で案内する。

 必死の形相で助けを求められたからには応えるほかないとメルストはフェミルを連れ、雑貨店で借りた傘を差しながら後についていく。入った先は教会だった。


 木材で組み立てられたそこは、やけにだだっ広い崇拝堂が、短い廊下を通じた先、開けっ放しの両扉より見ることができた。しかし目的の部屋はそこではなく、食堂へ続く階段の向かいにある扉の先だ。


 そこは療院だった。そうメルストが判断したのも、並ぶ固そうなベッドの上に苦悶の表情を浮かべた村人が数人寝込んでいたからだろう。


 詳細を詰めると、

「薬を切らしてるって……」

「非常にまずい事態なんじゃ。あんた見たところ錬金術師だろう。薬とか作れるんじゃないのか!?」

 一般庶民故の偏見か先入観か。錬金術師でも専門は医薬や医術ばかりではない。"秘教博士"であるメルストの専門は総合的な錬成学であり、新規素材の合成や物性・機能の評価を専門としている。ほかの錬金術師との違いは当然ながら扱う分野が新規であることに加え、扱う素材の幅広さにある。

 とはいえ、魔法術や医術などのこの世界でしか通用しない専門には特化していない。表面的な知識だけでの行動は無責任だと考えている限り、メルストの行動にためらいがあるのも仕方のないことだった。


(とはいえこれは……)

 放ってはおけない。せめて自分ができる限りのことは、と寝込んでいる人に顔を近づける。

「なんだよこれ」

 そこでやっと、彼らがひどいけがを負っているのが分かった。オイルのような泥に混じり、血もこびりついている。

 しかしそれだけではなかった。一部のけが人のみだが、彼らの傷口からみえた異様なものを怪訝そうに見つめた。


 まるでその血を糧としているかのように根を張り、細長い茎を生やしていた。それが原因か否か、流血も留まるところを知らない。

「魔女の花じゃ」

「魔女って……?」


 いてもおかしくはない。魔法技術が存在する異世界も手伝い、この村の景色を見れば納得はしないこともないが、まだ一度も会ったことないメルストにとっては、未だ存在の信憑性が薄い印象だった。

「この森には魔女が住んでいるんじゃ。ともかくその草は魔女によって植え付けられたものじゃよ」

 なんのために、とは聞かなかった。彼らの中の優先事項を進めることが先決だからだ。


(トンデモ奇病を患っているよりかは、怪我の方が重そうだけど……それに、この鼻につく(にお)いって……)

「まずは換気をしてこの淀んだ空気を外に出さなきゃ。フェミル、頼めるか」

 うなずくことはなかったが、さっそく行動に移す。

「"翠風の囁き(ド・ローウィン)"」

 槍の柄を立て、小さく唱えた彼女の周囲に風が生み出される。

 まだ歩ける村人らに指示を出し、窓すべてを開けたことで鼻の詰まるような臭いは徐々に消えていった。


 メルストは怪我人に寄り添い、血が止まらない傷口に手を当て、分子を操る力を発動する。手から発したのはプラス電荷だ。血液を凝固する作用を担う血小板はマイナス電荷を有するため、半ば強制的に引き寄せては凝固を促すという彼なりの算段だった。

 即効性の効果はあらわれたものの、時間が経てばまた血が流れるだろう。そう思わせるほど、根を張り、花を咲かしている傷口からあふれる血は完全なゲル状にすらならない。

(この変な植物から凝固因子の阻害成分が分泌されているかもな……早速"組成鑑定(マテリアルオピニオン)"を――)


「っ、おじいちゃん!」

 療院の入り口から聞こえた少女の声。あわただしい足音に合わせて揺れる金髪は、自然と視界にちらついた。

「外に出たら危ないって何度も――っ、その人たちは?」

「ちと店でな。旅人さんらや、この娘は孫のマイラじゃ」

 会釈を交わす。薄暗い部屋でも齢17に見える少女の可憐さは褪せてはいない。数秒まじまじと見ていたメルストだったが、フェミルの視線に気づき、すぐさま色を正した。


「そのバッジ、もしかして錬金術師(アルケミスト)――」

「まずは怪我をしている人の治療が先です。薬と包帯は確かにないんですよね」

「え、ええ、もう」

「なら今から創ろう」

「作るって……錬成、ですか?」

 錬成、と聞くとどうもしっくりこない錬金術師だが、異質な能力であることに変わりはないので、彼女の発言に水を差すようなことはしなかった。

「そう。止血剤と鎮痛消炎剤があればもっといいんだけど、創傷被覆材は必須だから、そうだな……」

 あれと、それにこれも……彼の頭の中で数々の候補成分の構造式が湧いては組み換えられていく。医者としての知識は乏しくても、治療の原理を追求すれば、彼のかつての専門分野にたどり着ける。


(とはいうものの、あの雑草を除去しない限りは止血も難しいよな)

「で、ですが錬成って何日もかかりますし、薬だって作るのに、純度はもちろんですけど量だって限られるんじゃ……それに原料だって」

「本来でしたらね。けどそんなに待てないでしょう」

「またあの魔法みたいなの、使うの?」

 フェミルが怪訝そう(に見えないこともない)にメルストをみる。自然では作られることのない、人の手で無責任に作られた、それこそ神の真似事で作られた贋作をあまり快く思っていないのはメルストも承知の上だ。

「使うけど……あくまで応急処置だ」


 この場にある材料と器具だけで作れないこともなかった。だが、患者全員分に使えるだけの収量、ましてや純度を考えるならば数日どころではないだろう。それを数分で済ませる能力があるなら使うほかない。

「単に怪我がひどいのもありますが、血が止まらないのは、血液を凝固するための物質(ファクター)がなんらかの原因で阻害されてしまっている可能性が高いです。その原因はおそらく、この草によるものかと」


 医者ではないので断言はできませんが、と付け足した上で、

「この雑草を放置してあるってことは、引き抜いたら死んじゃうとか、なんかそういう呪いとかかけられてるとか」

「得体のしれないものですのでわかりませんが……少なくとも、むやみに取ろうとした人は皆、息絶えたのは覚えています」

「マジか」

「……」

 思わず口にする。魔法が関わってくると何かと厄介だと思ったところで、マイラが口を開いた。


「決して、魔女に逆らってはいけないんです。この魔女の花ばかりは、私たちではどうにも……っ」

 今にも涙を浮かべそうな彼女に、メルストはたじろぐ挙動を抑えた代わり、焦りを覚える。

 人為的な外部刺激は最悪のケースに至るようだが、それ以外試していないような発言に思わず、

「即効性はありませんが、植物を枯らす方法は――」

「ダメです! それで万が一、死んでしまったら……」

 頑なに魔女の花に触れることを避けようとする。しかし無理はないかとメルストはすぐに折れた。


「わかりました。とりあえず、寄生植物が生えていない人の応急処置を優先します。あと、その消毒液を使うのはかなりまずい。綺麗な水で洗い流す方が断然、有効ですよ」

 卓上に置いてあった瓶を手に、メルストは鋭い目を向ける。

 え、とマイラは驚きを隠せないような声を小さく漏らす。今まで信じてきたものを否定された者がみせる表情だった。


「で、ですがこれが、"フェン"があったからみんな怪我しても悪化を防ぐことができたんですよ? 敗血症(セプシス)の発症率の低減だって資料に――」

 どこかで学んだのか。マイラという少女は、錬金術――いうなれば医学や化学について全くしらないわけではなさそうだ。

(Phene……この臭いと言い、やっぱりフェノールを使っていたか。けど乾溜する施設と石炭がこの村にあるのか? さすがにベンゼンから合成する技術水準には達してないだろうし)


 メルストの前世の歴史だったら、フェノールに消毒作用を見つけたことは世紀の大発見として知られている。しかしこの村はそれを先代の知恵として利用しているのだろう。

「確かに消毒作用はありますが、濃度が高すぎです。これじゃあ悪化する一方ですよ。中毒性もあるし、何より発がん――いえ、消毒すること自体が体に悪影響なんです。水で表面を洗い流す程度で十分ですよ」


 そういいながら、右手から純水を創成し、空の桶に流し込む。その光景にマイラとその祖父は驚く。

「水魔法……!」

 加えて、両手を合わせる。一瞬の熱と蒸気が両手から湧き出た。

(確かカルボン酸はヘモグロビンと親和性が高いから、それを表面にブラシ状に貼れれば……やっぱり酸化セルロースは必須だ。そこにポリアクリル酸を付与させよう)

 それままるで木組み。イメージに伴い、手の内で創造される元素は分子という複数の原子核と電子雲のブロックへと固め、型に当てはめていくように電子の凹凸を結合させていく。


 そして重合という、分子(モノマー)を連結していく反応をもその手の中で仕掛けていく。開いた手のひらから白い繊維が紡ぎ出された。

 まさに魔法のようだっただろう。人々の目から見れば、無から出てきた素材がひとりでに大量の帯へと形成されていくのだから。


「少し湿っていますが、止血作用を促す包帯です。まずはその水で表面を洗い流してください」

 なにがなんだか、という少女と老父。早く、という催促にやっと我に返る。

「止血ができればあとは湿潤療法(モイストヒーリング)で傷を乾燥させないように保護することを徹底してください……ですがあくまで応急処置です。時間を稼いだにすぎません」

 もって一日か。電荷的な治療を施すにしても、時が流れれば出血は再発するだろう。そうなってしまえば、患者の体力も限界を迎える。そうなる前に……という思いでメルストはマイラに伝える。


「この花をどうにかしない限り根本的な解決はしませんが、その間にこちらでなんとか原因究明をしますので。……魔法療法ができればこの花のこともなんとかなったと思いますけど、この程度のことしかできなくてすいません」

「い、いえ、とんでもありません! 他所から来てくださった見ず知らずの方ですのに、ここまでしていただけるなんて」

「あぁいえいえ、放っておけなかったといいますか、困ったらお互いさまといいますか」

 距離が近いような気がしてならないメルストは、迫る精一杯の誠意に思わず目をそらす。若干のにやけ顔に、フェミルは無表情にほんの少しだけの呆れを含めた。


 大方、二十人ほどの村人の治療を終える。一刻ほど時間が経っただろうか、しかし外の雨模様は一向に顔色を変えない。

「ところで、あのひどい怪我もやっぱり魔女の仕業ですか」

 恐る恐る、彼女はうなずいた。「魔女が放し飼いしている使い魔に襲われたんです。今日のような、空が暗くなって雨が降る日に決まってこの村を徘徊するんです」

「なんでも、その獣は姿が見えないようでのぅ」と老父。「見えない?」とフェミルが関心を抱くようにつぶやく。


「それでは、あの植物を植え付けられた理由はご存知ですか」

「それは私にも……魔女のことですし、何かの薬の調合に使うんだろうと思うのですが」

「わかることは、この花は人の傷口に寄生して、血を吸って生きているということぐらいじゃ」

 それはその通りだけど、と思うメルストは怪訝な目で魔女の赤い花へと向ける。「そうなんですね」ととりあえず生返事をした。


「ところであなたたちは……?」

 先ほどの逸脱した魔法を見せられた以上、気にならないわけがない。


フェミルと目を合わせようとしたが、ふいと逸らされる。仕方なく自分


の判断で、名乗りを上げた。

「僕はメルスト・ヘルメス。それでこの娘はフェミル。アーシャ十字団という小さな組織に――」

「あなたたちアーシャ十字団なの!?」

 驚愕の声が話を割る。あっけとられたメルストは、目をぱちぱちとさせた。

「知っているのですか?」

「当然じゃない! 数々の問題や襲撃を次々と解決しているアコード王国の"最後の砦"よ。知らないわけないわ」

「まさか、御神の使いが我々を救済しに来るとは……」

 誇張が激しいと感じつつも、世間では神、つまり大賢者に慕える使徒だという認識があるのだろう。これまで数々の大きな事件を解決し、大小含め多大な功績を上げてきたてきた実績が、こうして辺鄙な村にまで知られる結果へとつなげてくれた。


「俺たちも、意外と名前が知れ渡ってるんだな」

 こくりとうなずくフェミル。しかし何か言いたげな顔を浮かべていたが口を開くことも、メルストがそれに気づくこともない。

「おじいちゃん、やっぱり私たちはまだ神に見捨てられていなかったんだわ!」

「そうじゃのう……! じゃが、礼といえるものがこの村にはないのが問題じゃ」

「そ、そうよね……。あれだけの"奇跡"をお与えくださったからには、私たちもそれ以上の捧げものをお渡ししないと」

「いやそんな、大げさですって……」

 神格化されそうな流れに、とりあえず歯止めを利かせるメルスト。

「僕は神の使途でもなければ、医者でもありません。ただの錬金術師です。だからあの薬効包帯も綺麗な水も、方法次第で誰でも作れますよ」

(環境が必須だし、薬なんて研究室レベルじゃ収率もそこまでだけど……)


「で、ですが、それなりのお礼をさせてください。そうでないと私たちの気が治まりません」

「いやその気持ちだけで十分ですよ」

「何か食べたい……」

「普段もそのくらい大きく出てほしいよ」


 意図的だと思いたいくらい、フェミルのお腹から小さな虫の音が聞こえてきた。今度はメルストが苦笑ばりに呆れる。

「そうですね、お腹も空いておられますよね! ええと」

「マイラ、家の二階の部屋が空いておったろう」

「あっ、そうね。メルスト様、フェミル様、ひとまずお体を休める場所にご案内いたしますので、ついて

きてください」

 患者は老父に任せ、メルスト等はマイラに続き、雑貨店へと案内された。奥の軋む階段をゆっくり上り、廊下を進んだところに来客用の個室がひっそりと待っていた。

「みての通りこの村には大したものはございませんが、どうぞごゆっくりなさってください」

「いや悪いよそんな」

「いえいえ! あなた方は恩人ですから!」

 少し慌てるマイラに便乗するようにフェミルも珍しく口を開いた。


「メル、お言葉に甘えよ?」

「フェミルは食べたいだけだろ」

 こくりと強くうなずく。そういえば釣りをしていた時、自分も何も食べていなかったなと思う。二人のやり取りにくすりとマイラは微笑んだ。

「それでは、お料理を作ってきますので、ここでお休みになられてくださいね」

 深々と頭を下げ、部屋から出る。それを見届けたメルストは、花の香りと共に残る可憐さに惚けていた。エリシアやフェミルのような絶世の美女には程遠くも、女性としての魅力が、この荒れ果てた村には不釣り合いなほど輝いていたと彼は思う。

「やさしい人だなぁ、マイラさんって」

「……メルは、易しいんだね」

「?」

 ただ、そんな腑抜けな錬金術師に槍騎士は呆れているようにも見えたが。


 しばらくし、マイラと老父含めた4人は一階の食卓を囲んで食事と歓談を交わし、事の状況を相談した。

 メルストも十字団の一員として任務のことは把握している。それをマイラに伝えるなり、自分たちが不帰の森の被害に巻き込まれていることに絶句していた。自分の村のこと以上に、他所の村も同じような被害に遭っているかもしれない。やはり魔女が大きく関与しているだろうとメルストは推測を重ねる。口に運ぶじゃがいもとハドックのポタージュの塩味がやけに薄く感じた。


 昼か夜かもわからず、時の流れも歪んだような場所は、体内時計の感覚を狂わしていた。時計もくるっていたため、ここの村人の時間間隔に従うしかなかった。

 就寝の刻、ひとつだけしかない木組みの古く硬いベッドをフェミルに譲ったメルストはそれよりも湿っていて硬い床に寝そべっていた。エリシアだったら一緒に寄り添って寝ても許容してくれただろうと思った一方で、今頃他の十字団はどうしているだろうかと心配になる。きっと探しているだろう……と信じたい彼であった。


 まずはこの村を襲う魔女を何とかしてからだと、疲れを知らない体を横にする。頭を休めようとしたところで、窓も開いていない部屋から冷たい風を感じる。隙間風だろうか。起き上がると窓が勝手に開いていて――。

「フェミル?」

 緑髪のハイエルフの姿が消えていた。


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