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双黒のアルケミスト ~転生錬金術師の異世界クラフトライフ~  作者: エージ/多部 栄次
第一部四章 錬金術師の波瀾万丈録 王国侵略編
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4-5-2.雨宿り

「あれ、ここは?」

 精霊舞う幽玄な森はどこへやら、気が付けば森は深緑に塗られ、白濁とした霧がより一層暗く、閉じ込められたように見せる。昼間だというのにここの森はどこか夜の気配を漂わせていた。

 天を覆うようにみっしりと鬱蒼(うっそう)な葉を(しげ)らせた木々が自分を静かに見下ろしている。木々はまっすぐに天に向かって伸びていた。

 重く、暗い森。まるで巨大な生き物の腹の中にいるような、そんな気分だ。


「……しらない」

 不安げなメルストに対し、淡々と切り捨てたフェミル。感情はその表情とか細い声色からでは読み取れない。

「ちょっとこれってまさかの迷子ってやつ? いい歳して迷子になっちゃったやつ?」

 街中での迷子ならまだかわいいほうだ。ここは森でもただの森ではない。それは周囲を見渡せばすぐにわかることだ。湖面沿いに歩いていたはずなのに、最初からなかったかのように今は風すらも感じない。


「……こっち」

 一人勝手に先へと歩み始める精霊族のあとを追う。

(土地感覚はあるのか?)

 ここは精霊蟲(エレミン)の森。異常が起きようと、同種の因子を持つ精霊族ならわかるものがあるのだろう。


 頼もしいと思えたのも時がたつほどそれは薄らいでいった。

 エリシアらと別れてから迷ったに至る距離より数倍歩いたところでイシリー湖とは全く見当はずれな道を歩いていたことに気付く。

「ちがうじゃん!」

「……」

 立ち止まったフェミルは、考え込むように兜を目深に被る。


「これ完全にあれだよな。森に喰われたってやつ」とメルストは木々へと見上げる。「なんか……空が見えないというより、空が"ない"ように見えるのは気のせいか?」

 高く飛んだところで、果たして森の全容は見えるのか。どこまで飛んでも木々に囲まれるばかりだと、フェミルも無言ながらに同調したようで、


「じゃあ……吹き飛ばしてみる?」

爆弾魔(ルミア)的な考えは道徳的にも環境的にもよくない」

「……」じっと見つめる様子に、自分の心境を見透かされているようだ。

「あー、うん、俺がいちばん人のこと言えないよね」

 こくりとうなずく。「正直だなおい」と小言を漏らすもフェミルは上の空。というわけではなく――


「あ……くる」

「え、何が」

 そういったとき、頬に冷たいのが当たる。髪にも何か当たってるような――と思ったとき、


 ザァ――と、シャワーのような激しい雨が白く暗い森を瞬く間に青く灰色じみた冷たい世界へと変えた。

「うっわ、降ってきた。フェミル、いま創成(つく)って屋根作るし――」

 しかしフェミルは首を横に振った。森の奥へと指をさして、

「……あっちで、雨宿り、できる」


 霧で何も見えなかったが、雨で若干視界が晴れた先に、ぼんやりとだが、木々でもない、なにかの人工物が見えた。

「看板……?」

 こんなところに? 土砂降りの中、そこに駆けつけてみると確かに木の看板が立てられていた。しかしそれは斜めに歪み、何も書かれていない。だが、何が書かれていたかは先を見れば察しが付いた。


「うわぁ……」

 村だ、というよりも先に心情が口にこぼれてしまう。それもそのはず、荒れ地のように草が好き勝手に伸び放題で、荒涼とした無人の風景が目の前に広がっていた。ぽつりぽつりと建つ、古びた家屋からは人の気配が感じられない。


「まさかここで雨宿りをしろと?」

 こくりと首を縦に振る。

「無人なら、だいじょうぶ」

「理屈としてどうなんだろそれは」


 とはいえ、いつまでも雨に打たれるわけにはいかない。まるで村全体が招かれざる客を拒んでいるかのように、不気味なほど静まり返っている。

「あそこの家にお邪魔してもらおう」と向かったのはひときわ大きめの家屋。酒場か雑貨店か。掲げている看板があるも文字は爛れて読めない。まるでお化け屋敷だとメルストはためらいつつも古びた気のドアに手をかけた。ぎぎぃっと軋みながら開く音は不安をあおらせる。


「おじゃましま~す……誰かいませんか?」

「気配、感じない」

「そもそも人住んでるのか、ここ」


 中を見回す。思ったよりかは広くなく、物置のように雑多なものが置かれているところを見ると雑貨店のようだ。壁に立てかけられた釣り竿や錆びた斧、棚には古びた缶詰や瓶、隣には色あせた毛糸玉や布生地が並べられていた。


「しばらく止みそうにないな」

 大きな窓が震えるほどの大雨。冷え冷えとした様子は、こちらも寒気を覚える。

 ここで雨宿りする気になったのか、フェミルも窓越しを見眺めつつ、鎧を脱ぎ始めた。


 依頼とはいえ、今日は釣りと調査をしに来ただけ。鎧といえども軽装だ。その下、薄い布地だけを着ていた彼女の服はすっかり濡れて白い肌に張り付き、細いおなかや張りのある大きな胸が薄地を通して透けて見えている。


「なに……?」

 見とれていた視線に気付いたのか、フェミルは若干メルストから身を引いた。その目は睨んでいるような気がしないでもない。すぐにメルストは我に返るように視線を逸らす。

「あぁ、いや。……体、冷えないか?」

「……この程度で、わたしは屈しない」

(そうはいっても……)

 もう一度、フェミルの方へ目を向ける。冷たい雨だったから無理もない、わずかに震えているのが目についた。

 息を吐き、着ていた白い外套を被せる。


「……余計な、お世話」

「え、そうか……はは、やっぱりお節介だったか」

 じっと睨みつつも、フェミルは脱がなかった。黒い下地のシャツのみとなったメルストは隣に立つ。

(思えば、あまりふたりきりで話すことなかったな)

 人見知りな性格もあるだろうが、奴隷だった彼女にとって、男性は嫌悪と畏怖の対象だ。メルストでさえも、話す機会はたかが知れていた。

 ここは友好を深める機会だ。飽くことなく雨を見続けているフェミルに向けて口を開く。


「なんか、はじめてじゃないか? フェミルとこうやって話すの」

「……うん」

 体育座りしては口元を両ひざで隠しつつ、彼女はそう頷いた。

「今はもう、俺とかと話すことに抵抗はなくなってきた?」

「それなり、には」

「そりゃあよかった」

(っていう割には距離があるけど)


 一歩分の間。女々しいといえどメルストもトラウマの対象である男であることに変わりはない。しかし男性の中では最も信頼を置いてもらっていることは本人も自覚はしていた。

「フェミルのいた故郷ってさ、どんなところ? やっぱり妖精とかたくさんいたりとか?」

「……」

「俺もいつか行ってみたいなって思っててさ、なんかフェミルの好きな景色とか食べ物もそこにあるんだろうなって。あ、ご家族はいるの? ご両親とか、兄妹とか。あと、友達とか」

「……」

「ええと、女王護衛騎士やってたときはどんな感じだった? フェミルみたいな強い人がたくさんいるのかな」

「……」

「あ、そうだ。フェミルの夢はなにかあったりする? ちなみに俺はー……あっはは、なんだろうな。錬金術師として、この不思議な世界の真理を知りたいとか、錬金術でこの先の未来を明るくしていくことの一助になりたいとか」

「……」

「でも、なんだかんだ、さ。ルマーノの町で十字団の皆といつまでもバカやって平和に暮らしていきたいというのが一番だったりするんだよな」

 ふと、沈黙を貫いていたフェミルがメルストの方へと顔を向けていた。その黄金色の瞳は、確かにメルストを見ていた。

 だが、その感情はまるで読み取れない。つまらなかったのか関心を示したのか。悲観的な思考に走りやすいメルストは、その瞳を見て申し訳なくなった。


「あぁ、いや。その、話題作りが下手だった。こんな話しても失礼だよな、ごめん」

 フェミルの曇る顔を見て、察したメルストは謝る。ふい、と窓の景色を眺めては、

「……別に」

 またも訪れる沈黙。会話の仕方がわからないのか、無関心か。彼女の意図を読み取れないメルストは気まずいと思うばかりだ。


「メルが……羨ましいよ」

 ぽつりと。

 聞き逃してしまうくらいの小さな声で、そうつぶやいた気がした。

 どうしてそんなことを言ったのか。彼はわからなかった。

「フェミル?」

「……なんでも、ない」

 聞き返しても、気のせいだったようにはぐらかされる。独り言だったのだろうか。

 またも沈黙。聞いても彼女のためにはならないだろうと判断した彼はごまかすように話題を変えた。


「ええと、"穢れ"はだいぶ清められた?」

「……それなり、には」

 今度は返事がきた。心身の"穢れ"さえ浄化しきれば、彼女は帰国できる。それまで十字団で預かるという条件だったということをメルストは再確認した。

 科学的にそれがなんなのか、どのくらい蓄積されているのかすらわかっていないが、ともかく魔法が存在するように、呪いや穢れという曖昧な概念も具現化していると認識するしかない。


「よかった。シェイミン国に帰れるようになるまで、もうひと踏ん張りってとこだな」

 ニッと笑ったメルストに、相変わらずフェミルは表情を変えない。だが、少しだけうつむいては、


「……でも、帰ったところで」


 だが、メルストはそれを聞き取れず、

「ん、どうした?」

「……なんでも、ない」


 そう一瞥し、雨空を眺める。その瞳は暗い景色が映りこんでおり、雨と霧で光が隠されていた。

 突如、ガタリと小さな物音がどこからか聞こえた。肩をびくりと震わせたメルストはとっさに後ろを振り向く。それに続くように、フェミルもゆっくりと背後へと横目を向けた。

 だが、狭くとも暗い店内を前に何も見えない。ネズミか何かか? と思ったとき、


「あ、あんたら旅の(もん)か!?」

「うおぁ!」と失礼ながらにも叫んでしまったメルスト。急に声をかけられたとはいえ、びびりすぎだろうと思っていそうな目をフェミルは向けつつ、カウンター前にいた白髪頭の小柄な老人に身を構える。

「え、えっと、すいません、勝手にお邪魔して――」


 言葉をさえぎったのも、老人がふらついた足でメルストの両肩を掴んだからだろう。全体重がのしかかった重みは、老人の迫った言葉とともに感じた。

「頼む、助けてくれ!」


次回(仮)「魔女の災厄」


おさらい(自分用含める)

○フェミル・ネフィアとの出会い:メルストが十字団に加入して少し日がたった頃、依頼より奴隷市場を制圧したときに奴隷オークションの目玉商品として無残な姿で彼女と出会った。治療、看病するも、"穢れ"という因子に心身が毒されていたため、穢れを嫌う妖精国には帰ることができなかった。そのため、穢れを浄化するまで、大賢者がいる十字団とともに暮らすことになった。今では傭兵の依頼を主に受け付け、人嫌いを克服中。

売り出される前は妖精国の女王の護衛騎士を務めていたが、どういう経緯で奴隷になったのか、騎士の頃はどうだったのか、過去や身内のことは一切誰にも話してないため、実のところ素性は不明。


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