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2-1-1.工房は今日も蒸気の音を奏でる

第二章「十字団結成編」はじまりました。よろしくお願いいたします。

 決意を固めてから数日が経った。メルスト・ヘルメスの考えていた異世界生活は、いろんなところに冒険して、前世では見たこともないようなモンスターと出会って、ときにはそれらと戦って、レベルを上げるように強くなって、装備や戦闘・職人の技術(スキル)を身につけて……そんなゲームのようなライフスタイルを僅ながら夢見ていた。


 しかし、今のところその前兆すらない。当番制で家事炊事に買い物と、平穏な生活だ。とはいえ、自然や町の風貌、そこに住まう人々や文化……どれをひとつとっても彼にとっては新鮮そのものだったといえよう。大学院生時代に一度経験した短期留学や国際学会で海外に赴いた際も、まるで別世界に来たみたいだと目を輝かせていたと懐かしむ。事実、ここは別世界そのものだが。


 ルミアの言う通り、少なくともここ「ルマーノの町」では自分の髪色と瞳を持つ人が一切見当たらない。何人か黒髪の人物を見かけたが、瞳は彩りあるものだった。


 不思議なことはほかにもある。異世界に来たにもかかわらず難なく言語を使いこなしていることだ。

 文字の読み書きや会話で行き詰まることはなかった。気持ち悪く思えるほどに、見たことも聞いたこともない言語の形と音を難なく受け入れ、当たり前のように理解しているのだ。


 おそらく、脳を含む彼の肉体がこの世界で生きていた者だからだろうと、憶測の域だが彼はそう仮定した。もし前世の自分そのものがここに転移すれば、まさに言葉が通じない国に放り出される感覚を味わうことになるだろう。それだけならばまだやさしく、最悪、この世界の大気成分や魔法の存在が前世の世界の人間にとって毒性が高いという可能性も捨てきれない。


 説明できない精神や脳信号、魂の存在が入り込んでも尚、心が壊れることなく、その上かつて死者だった肉体の脳も問題なく使える。自身の精神に対し拒絶することなく思考できることに、改めて奇跡をメルストは感じていた。より一層、あの神様の為し得たことの凄まじさに舌を巻く思いだ。


 その恩恵もあって、家の書斎に大量に置いてある本や資料から、この世界について多少なり勉強することが楽しみになってきている。魔法生物の生態や医薬、文化、歴史等は近似したものがあれど、前世で学んできたものと異なる点が多い。確かにここはどこの国でもなく、世界そのものが異なる場所にあると改めて自覚した。最も、エリシアのような蒼い髪と紅い瞳を有した絶世の美女などがいる時点で、前世の世界ではないと確信に近いものを抱いてはいたようだが。


 ともあれ彼自身、美女ふたりと共同生活をしているだけでも満足はしている。魔法のような不思議な力も身に着け、容姿も前世より良くなって万々歳だった。


 ただ、家族や実家、数少ない友人にもう二度と会えない寂しさを感じなかったといえば嘘になるだろう。慣れ親しんだ生活や築き上げてきた人脈の断絶は、一人になったときに胸に虚空を作る。もう戻れないのかと憂鬱に空を眺めたり、帰りたいと懇願し帰る方法を考えた夜もあった。だが、急いだところでどうにもならない。


 過去は過去だ、未来に希望を持てばいい。そうだ、なるようになるんだ。二度目の人生は自分で切り拓くと決心しただろう。そう信じて、まずは今の与えられた環境でしっかり生きればいいと自分の心に鞭を打つ。


 そう考えているのもあり、多少ふたりの仕事を見て学んでは手伝うものの、自分だけ無職のように何も仕事をしていないというのはいささか問題だと頭を悩ませていた。


 まだ日は経ってないし焦る必要はないとエリシアに励まされるが、何者にもなれていないことに罪悪感と劣等感を感じるメルストにしたら焦燥感が募るばかりだ。


「ルミア、この台みたいなのは?」

「それはフライス盤だね。元の形を削って金属を加工するの」

 一階の生活スペースと隣接しているルミア専用の工房は想像以上に広く、独創的だった。


 熱気を浴び、目の前に広がる蒸気機関スチームエンジンや電気モータの数々。天井も床も壁も、無数のケーブルやパイプが覆っている。どこからか歯車の回る音が耳にリズムを与える。定期的に聞こえる、蒸気の吹き出す音。所狭しと並ぶ、複雑そうな機械の数々。


 普段なんとなく工房の内部を見ていたメルストだったが、せっかく住んでいるならと、工房を使いこなしているルミアに案内等を頼んだ結果、これ以上ないと言わんばかりの嬉しそうな顔を輝かせて、内部に引きずり込まれたのである。


 ルミアの熱弁より、蒸気機関を駆動させている燃料はコークスやこの世界独特の鉱石がすべてではない。この町のゴミや排泄物を集め、彼女独自で製造した焼却炉で燃やして、生じた高熱を利用している……いわばサーモルリカバリーだ。坑道とかで採集するより楽でしょ、とルミアは言う。メルストは信じられない顔をした。


「あそこは部品を作る金型プレスブース、その隣はプラズマトーチとかスポットを使う溶接ブース。で、その隣の小部屋はカンナ盤とかルーターとかがある木材加工ブース。あと、そこの先は簡易的だけど製鉄ブースね。あの机で設計とか基盤とか作ってるにゃ」


 ルミアはどこに何があるのか、嬉しそうに説明をしてくれる。機械に疎いメルストにとってはどれも新鮮で、なんとなくすごい装置なんだろうなと関心する。


(町の文化と比べると、一風変わってるよな……異世界だからなのか、単にルミアがすごい人だからか)


 見渡す限り、この世界は何も中世~近世に留まらないとメルストは汗をぬぐい、これまでの推察と先入観を見誤る。

 蒸気機関故のごたごた感があるも、簡易的な電動機器もあり、油圧装置まである。ただ照明は電球ではなく、眩く発光する鉱石が吊るされている。熱気と湿気で反応するようだ。


「いろんなものあるんだな。ぜんぶルミアがひとりで取り扱ってるのか?」

「もちのろんろん。故郷から全部持ってきたやつね」

「へぇー、持ってきたってどうやって……え、何これ!? めっちゃエレベーターっぽい!」


 工房の端にある、内部が露出した簡易的な昇降機が目につく。そこの天井や床下は空洞であり、二階や地下へと繋がっている。


「おおっとそこに気づくたぁ、流石あたしの一番弟子!」

(いつから師弟関係になったんだろう)

 心の中で浮かべた冷静な疑問は何気に表情に出ている。


「それ荷物用エレベーターで、遅くて安全性低い蒸気機関式から最近改良したんだにゃ。ガバナマシンの設置と蒸気発電による電動式のやつに……ってよくエレベーター知ってたね。故郷あたしと一緒?」


 その"故郷"の技術は前世の近代並に進んでいるのだろうかと驚きあきれる一方で、改良したという彼女の発言にも耳を疑う。


 ルマーノの町やアコード王国には、ほとんど蒸気機関が普及していないという。紡績機や脱穀機など、多少なりの手工業装置は広まっているも、それ以上に魔法の応用による卓越した技術が普及している。ここまでの機械技術は、少なくともこの町ではルミアだけが取り扱えた。


「どうだろう。それあるってことは二階とか地下に行けるってこと?」

「ザッツライト! 地下は鋼材や廃材とかある倉庫だけど、二階は錬金工房で、エリちゃん先生がちょいちょい使ってんのよ。ゆうても先生の分野的に魔法系ばっかりだけどにゃー」


 半ば呆れたような声色だが、その顔は感心していたような。

「あたしはさっぱりだけど、先生のことは尊敬してるさね」とつぶやきを残して、次の部屋へと続く階段へと案内される。薄暗く、かろうじて人二人分は通れそうな木板のそれにゆっくり足をかけ、軋みを立てながら上っていった。


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