隣部屋の少女は魔法使い
・一部設定変更しました。
・誤字は適宜修正。
「こんにちわ」
部屋から外に出ると強い日差しに彼は目を細める。
既に7月下旬となり一段と暑くなってきた。
そんな天気の中、透き通るような可憐な声が彼にかかる。
彼の住んでいる町は海と山に挟まれた都会から少し離れている長閑な町だ。
今住んでいる場所は、駅近くの敷金礼金なしで家賃月4万円、1DKでそれなりに広いボロい2階建てのアパートなのだ。
町の特徴といえば1時間に数本の電車と、町の外れにある日本国防空軍の基地くらいだろうか。
今は涼しい海風が吹いているが、それでも一日毎に夏が近づいてきているのだ。
「こんにちは?」
――もう此処に来て早3ヶ月は経っている。
彼は、新卒で入った会社にこき使われて幾星霜。ついに4月頭に会社に辞表を叩きつけた。
今は何をやっているかというと……ゴミ出しのため部屋の外に出たのだ。
最近はスーパやコンビニと家の往復ばかりしていることを思い出す。
そろそろ次の仕事を探さないと、金銭的にも社会的にも不味い状態だ。
「こんちには」
「おい!そりゃ違うがな……」
彼は声をした方に顔を向けて突っ込みを入れる。
そこには、肩にかかる長さの茶髪に、うっすら赤みのあるぱっちりとしたお目目の、頭1つは低い美少女が立っている。
彼女は黒の長めスカートに白の長袖シャツを着ている。こんな強い日差しの中でも彼女の肌は真っ白だ。
「こんにちは!」
腕を後ろに組んで此方を覗き込みながら、笑顔いっぱい、元気いっぱいに少女は返事を返してきた。
――俺の住んでいるアパート隣の部屋には魔法使いが住んでいるらしい。
****
「何処に行くの?」
「ゴミ捨てだよ。そして寝る!」
「え~~~」
彼が事実を述べると少女は頬を膨らませる。どうやらご機嫌は斜めのご様子だ。
彼と少女はアパートの2階でお隣同士なのだった。因みに1階には大家が住んでいる。
「最近そればっかり!」
「うっ……痛いところを……」
彼は貯金を崩して生活しているが残金は十分とはいえないのだ。
辞表叩きつけて直ぐに、都会のマンションを離れ、都会近くの町のアパートに移り住んだくらいなのだから。
少なくとも、この夏が過ぎるまでには次の職場を見つける必要があるだろう。
もう30台は目の前に見えている。
「明日から本気出す!」
「……はぁ」
少女はため息をつく。このやり取りを繰り返したのは何回目であろうか。
少女の視線に彼は目を背け、ゴミ捨て場に向かったのだった。
「で、何で俺の部屋で大の字に寝てるのかな?」
「んふふ~」
少女はニヤつきながら返事を返す。
しかし、見かけ中学生程度の少女が……自称高校生らしいが、男の一人部屋に居るのは外聞が悪いと彼は考えた。
通っている高校の名前に聞き覚えは無いが、ここから少し離れたところだと聞いている。
「まぁいいよ。ところで夏休みの宿題とかは大丈夫なのか?」
「大丈夫!うん、大丈夫」
「何故2回言った……」
どうやら少女は夏休みの宿題を終えたとの事。
宿題で追い返し作戦は失敗だ。
「……そういえば親御さんは?こちらに来てから、未だに見かけていないけど」
「もう、何回言えば分かるの?親はちょっと遠くで仕事をしているの!」
「へー」
彼が彼女に聞いてもいつも同じ返事が返ってくるのだ。
何の仕事か聞いてもはぐらかされてばかりだ。
ちなみに大家のおばあちゃんにそれとなく聞いてみたが、やはり笑顔で流されている。
そして家賃や食費は大丈夫なのかと聞くと、同じ返事が返ってくる。
「大丈夫!私、魔法使いだから!」
――魔法使いって職業なんでっしたっけ?お金入るなら俺も魔法使いになりてぇな。
そんなことを思いつつ。彼は青空を見上げながらため息を付くのだった。
*****
「何食べたい?」
「ん~とね。ラーメン!豚骨醤油味がいい!」
「うわぁ……」
彼はゴミを捨てた後昼飯を食べに出かけようとして、外に出たのだが少女が付いてきたのだ。
美少女がラーメンをすする絵を想像する……以外に良いかもしれないと彼は思う。
「よし、いくか」
「おうよ~」
そして二人は駅前のラーメン屋に向かったのだった。
「食べたなー。でも油少し多かったかも……」
「おいしかった!」
二人はラーメンを食べた後は駅前の本屋によって新刊を見る。
彼は車・バイクコーナへ向かったが、少女の姿が見えない。
本から目を外して、店内を練り歩く。
「何処に行ったんだ?」
そして彼は見てしまった。少女が立っているのはオカルトコーナだったのだ。
読んでいる雑誌は月間マー、ある意味存在自体がファンタジーな雑誌である。
何とも残念すぎる美少女であった。
「何も買わなくて良かったのか?」
「うん!」
夕日が町を赤く染めていく。
彼の片手にはスーパの大袋が握られている。一方、少女の手にはスーパの小袋が握られている。
本屋から出るとスーパに寄り、夕飯の惣菜と飲み物とつまみを買っている。つまみは帆立貝ひもだ。
少女には適当におかしを買っている。
「帰ろ!夕方のアニメが始まるよ!」
「あ……あぁ」
笑顔の少女が彼の手をつかみ引っ張っていく。
彼の顔は赤い。夕焼けのせいではないだろう。
そう、悲しいかな。彼は無職童貞であったのだ。
そして二人手をつないでアパートに戻るのであった。
なお、アニメは魔法少女物であることを此処に記す。
「夕飯もしっかり食べること!じゃあね」
彼女はこれから魔法使いのバイトがあるというので、アパート前で別れることになった。
以前、どんな仕事をしているのか聞いたことがあるが、守秘義務があるという。
危ないことやエロイことか聞くと首を振られたのだが……。
――そして俺は夕焼けの町に消えていく、彼女の背中を見送ったのだ。
*****
「ん……んん?」
ぼんやりした意識の中、隣の部屋の扉が閉まる音がする。
どうやら今日の仕事が終わったらしい。
彼女の仕事は夕方や夜に始まり、深夜に戻ってくることが多い。どうも携帯電話で連絡をしているようだ。
魔法使いは夜シフトの仕事か。コンビニのバイトかね。
そんなことを考えながら、意識が闇に落ちていくのだった。
「ふあ。よく寝た……」
「もしもーし」
扉をたたく音と少女の声が部屋に響く。
彼が目覚ましを見ると、既に朝の11時を回っている。
少し寝すぎたかと彼は寝ぼけた頭で思いつつ部屋の鍵を開けると、笑顔の少女が立っている。
「おはようございます!」
「おはよ……」
今日も少女は元気いっぱいのご様子だ。
「でさぁ。俺は思うのよ」
「はぐはぐ……それで何を?」
彼は遅くなった朝飯を食べながら少女に語りかける。
既に時計は昼の12時を過ぎている。
炊飯器からご飯を茶碗に盛り、機能の余った味噌汁と漬物を食べている。
そして少女もちゃっかりと同じものを食べているのだ。
「昨日の夕方にアニメやっていただろ?魔法少女の……何だっけ。取り合えずあの主人公って黒髪ロングなわけさ」
「そうだったね」
「魔法使いってのは、やっぱり黒髪ロングなわけよ。あの可愛い主人公みたいにさー」
「むっ」
「どうした?」
「もう一回言ってください」
「魔法使いってのは、やっぱり黒髪ロングなわけ……」
「違います」
「黒髪ロングなわけよ。あの可愛い主人公みたいに……」
「むむむ……」
「大丈夫か?おい」
少女は深刻な雰囲気で下を見て何か考えているようだ。
彼は軽口をたたいてこの空気を吹き飛ばそうとする。
「あ~~茶髪で短い髪も――」
「……うん。決めた!」
「何を決めたんだ?」
「ちょっと待ってて!」
少女は声を上げて立ち上がり、彼の部屋を飛び出て自室へ戻る。
隣の部屋からはカサカサと音が聞こえる。
そして、その日少女が部屋に来ることは無かったのだ。
――あっけに取られた意識を戻す。既に冷めた味噌汁は味気ないものだった。
*****
少女が部屋を飛び出て2日後、部屋のドアを叩く音がする。
「はいはい。ちょっと待ってな」
「じゃじゃーん!」
「って!?」
目の前に、はにかみながら立っている少女の髪は、腰近くまである長い艶やかな黒色だ。
2日前までは、少女の髪は茶色のショートだったことを彼は覚えている。
「ふふん!魔法なのです!」
少女は両手を腰に当て、無い胸を張る。
そんな不憫な姿に彼は心の中で涙を流すのであった。
「えへへ…どう……かな?」
「黒髪、凄い似合ってるな!それに魔法すげぇ、超すげぇ!」
「もっと褒め称えよ!はっはっはっ!」
少女は不安な顔で彼に問いかけるが、彼の返事を聞くと満面の笑みになる。
そんな笑顔を見て、ここぞとばかりに煽てて、煽てて、煽て上げまくるのだった。
彼は少女のちょろさに心配になりつつ、頃合を見て質問する。
「ははぁ~魔法使い様。俺の髪も伸ばしてください。最近髪の毛がちょっと……」
「それは無理……かな……?」
笑顔から一転、少女は悲しい顔をして俯く。彼は悟った。
――神は死んだのだ。そして、髪も死んだのだ。
部屋に少女を招きいれた彼は髪を伸ばした理由について質問するが、少女はそっぽを向いて何も答えない。
なので彼は話を変える。お題はこの前の続きになるのだった。
「黒髪ロングはクリアだ!次に魔法使いと言えば――」
「魔法使いと言えば?」
「やっぱり、とんがり帽子に黒いマント。木の箒に黒猫かな」
「それはちょっと難しいかも……」
「じゃあ、今の魔法使いはどんな格好なんだ?」
「えっとね。魔法使いの格好は、ヘルメットにプロテクターを付けて――」
「いやいや……」
「防弾コートに"しーえふぴーあーる?"の箒に乗って――」
「おいおい……」
「ついでに言うと、箒には"あいえふえふ?"ついてるらしいです」
「ひでぇ。魔法使いのイメージが崩れるぞ」
そう、少女の話を聞くたびに、彼の魔法使いのイメージが崩壊していくのだった。
アニメの魔法使いなんて幻想だったんや……と。
小首を傾げて少女は聞き返す。
「……そうなの?」
「そうなの!」
「ふーん……でも珍しいね?魔法使いに興味なかったとばかり思ってた」
「俺も魔法使いに就職できないかなと思ってさ」
「もう、魔法使いも大変なんだよ?」
そして、少女は珍しく仕事の話をしてきたのだ。
上司があーだ、同僚がこうだ、と何だかんだで話したかったようだ。
他の人には秘密にして欲しいらしい。彼はそういう設定だと理解する。
その話の中で、少女は魔法を使って姿を消し風圧を受け流すことで、隠密かつ高速飛行できると説明する。
どうやら魔法使いの服装は決まっているらしい。
「魔法使いの仕事は色々ありますが、メインは哨戒と要撃。つまり"ばーきゃっぷ?"……です?」
「は?」
「次に偵察です?」
「何故疑問系だ……」
「そして最後は夢を与えるのが仕事です!」
「おいおい……」
「なんちゃって。えへへ……」
少女ははにかみながらお茶らける。
彼は大人をからかうなら、もっとリアリティのある話にしろと注意するのだった。
――しかし、自衛隊が国防軍になり早数年。
近隣諸国の軍事行動について最近は目に余るものが多く、新聞でも数多く取り上げられている。
直近では西の大陸国のUAVが領空侵犯したため、国防軍が撃墜したばかりだ。
魔法使いの仕事ではないだろうが、軍事的な意味では変にリアリティがある説明だった。
*****
月は既に8月に入り、うだるような暑さに突入してきた中。少女も部屋へ突入してきた。
彼女は黒ミニスカートに白の半そでシャツに変わっている。
シャツの袖から見える脇がたまらない季節がやってきたのだ。
「というわけで、大きな仕事が来ました!」
少女はテーブルの上に立ち、手を振り上げ宣言している。
尚、見上げる形となっている彼の目先はスカートの中が見えているが、中身は黒のスパッツだった。
「それで?」
「頭を撫でてください!」
「はい?」
「撫でてください!!」
少女はジャンピングアタックで腹に飛び込んだ。
体当たりされた方はたまったものではないが。
「ぐふっ……死ぬ……」
彼は腹を押さえもだえ苦しむ。
不幸な悲しい事件だったのだ。
彼が回復するまでに30分はかかったという――。
「……はいはい。ナデナデナデナデ……」
「んふふふふふ……」
さらさらとした髪を撫でると、美少女の顔が崩壊する。
とても人前には見せられないだろう。
「にやけ顔、気持ち悪いぞ」
「ひどい!」
ふくれっ面の少女が顔上げ威嚇する。
そんな少女の頭を彼は撫で続けるのだった。
そんなだらだらとした平和な一日が過ぎて夜になり、少女は仕事に行く準備をするという。
「それでは、行ってきます!」
「いってらしゃい」
少女は額に手を当て敬礼する。
その姿に、少女なのに妙に様になっていると彼は思ったのだった。
そして少女は深夜に部屋を出て行く音が聞こえる。
彼はいつものことだと判断し、寝床に入るのだった。
*****
「もうそろそろ9月か」
彼はカレンダーを見て呟いた。
――気づけば8月が終わっていく。少女が部屋を出て既に3週間が経っている。
そして、夏が過ぎ彼は就職することになる。
就職活動は彼女を見かけなくなった1週間後に始めたのだ。
彼女の姿はあれから見ることは無い。
大家さんに聞くと、家賃の振込みはされているため、当面はそのままにするそうだ。
「どうしたってんだ……」
彼は曇り空を見上げため息を吐く。
あれから、探偵を雇って少女の通っていた学校や少女の手がかりを探したが、結局少女のことは何も分からなかったのだ。
彼は再び都会に出ることを決意する。
つまり、このアパートを去ることになるのだ。
――そしてアパートを出る日がやってくる。駅に行く道の途中、一度だけ振り返る。
「年末年始どうするよ?」
彼は職場の同僚に話しかけられる。
もう季節は12月。そろそろ年末が見えてきたのだ。
「ちょっと用事がありまして」
「コミフェスタか?」
「えっ」
確かに年末の一大イベントだが何故それを出すのかと彼は思う。が、顔には出さずに笑顔でスルーする。
「実家に帰ります」
当然、返事は嘘なのだが。そして、あの町へ行く予定を立てるのだった。
*****
「久しぶりだなぁ」
彼は駅を出て呟く。
コートにカバンを背負って歩く。吐き出す息は白く、はじめて町に来た日とは大違いなのだ。
「まずは飯だな」
久しぶりに町に戻ってきたので、まずは腹ごなしをかねてラーメン屋に彼は行った。
もちろん注文は豚骨醤油ラーメンだ。そして次に向かうは本屋になる。
「行きたいような、行きたくないような……」
本屋を出て彼は曇り空に呟いた。
彼のカバンには本屋で買った、月間マーが入っている。
そして、いつもの道を通ってボロアパートへと向かうが――。
「おい……」
彼は呆然とした顔で突っ立っている。
そこに立って既にどのくらいの時間が経ったのだろうか、日が傾き既にあたりは暗くなっている。
――そう、俺の目の前には更地になっているアパート後があるのだった。
「おばあちゃんねぇ。いい歳だったから、アパートを取り壊して更地にして売って。親戚の家に行ったとか聞いたがね」
更地を見ながら、お爺さんが返事をする。
彼は気を取り直し、アパート後付近を歩く人に声をかけてみたが、良い情報は手に入らない。
そして時間ばかりが過ぎて行く。
「帰るか……」
あたりを歩く人は誰もおらず、辿り着いた駅の待合室は彼一人で薄暗い。
唯一の手がかりであった、大家の幾重も分からないため、意気消沈したまま電車に乗り込む。
「……はぁ」
彼は肩を落として駅を出て、住んでいるマンションへ向かう。
駅から徒歩15分。家賃は月6万だ。しかしあのアパートほどは広くない。
既に深夜というのにも関わらず、都会の町は明るく歩く人も多い。
住んでいるマンションの道は広く明るく、あの町とのギャップに笑いが出てしまう。
――あの日々は夢だったのだろうか?
「ははっ。こんなことを考えている何て疲れているなぁ」
明日は12/31。無駄に時間のある年末年始。
本来はアパートへ行って大家に会って少しでも話を聞けたらと、彼は考えていたのだ。
しかし、もう大家は居ない。
彼の部屋へ向かう足取りは重い。住んでいる部屋は2階なのだが、それだけが原因ではないだろう。
「ただいま……」
この休みが過ぎれば、又いつもの日常が始まる。
扉を開け、暗い部屋に入り玄関の電気のスイッチを探す。
そして、彼はいつも通りスイッチを押して電気をつける。
「お帰りなさい!」
狭い部屋に声が響く。明るくなった部屋の中、彼以外にもう一人立っている。
彼は目をいっぱいに開けて凝視する。
そこには、元気いっぱい、笑顔いっぱいの、とんがり帽子に黒マントの黒髪ロングの少女が立っているのだった。
「ただい……ま?」
――そして目線を下に向けると、少女の足元には長さ2m超・幅30cm・高さ60cm程度で一部が窪んでいる黒四角のゴツイ謎の物体が転がっているのだった。