超能力者の問答―解決編―
夜の校舎は、やはり不気味なものだ。
ぼんやりとした蛍光灯の白い光が、廊下を照らし出している。
だが、教室にも廊下にも、俺以外に生徒は誰も残っていない。
まぁ、テスト期間に残っている方がおかしいんだけどな……。
俺は今、手品部のある西校舎一階の廊下を歩いていた。
その目的は、手品部の部長、月岡竜大に会って、雪子の手紙を奪い取る……もとい、貰うことである。
手品部は、廊下のいちばん奥にあるらしい。
窓の外には、大きな月が輝いている。
時間は……もう七時を過ぎているのか。
「……まったく、なんで俺がこんなことを……」
ため息が出るのも、無理はない……。
本来なら、俺が手品部に行く必要はなかったんだ。
恵介と加々島が月岡竜大の出した謎を解いていれば、今頃は帰路に就いていたのに……。
まぁ恐らく、月岡竜大はまた手品の種明かし勝負や、謎解き勝負を仕掛けてくるだろう。
謎解き勝負はいいとして、問題は手品の種明かし勝負と、ダーツ勝負だ。
俺が陽神調査委員会のメンバーだと分かれば、奴はさっきとは違った手品を見せてくるだろう。
その手品を暴いたとして、ダーツ勝負はどうするべきか……。
俺だって、ダーツなんかやったことはない。
負けると分かっている勝負を、わざわざ挑むのは時間の無駄だしなぁ……。
ここは、一勝一敗で最後の謎解き勝負に賭けてみるか……。
そんなことを考えているうちに、どうやら手品部に到着したようだ。
しかし、手品部には明かりが点いていない。
「あれ……? まさか、もう帰ったのか? おいおい……勘弁してくれよ……」
いや、そんなはずはない……。
わざわざ自分から勝負を仕掛けてきたぐらいだ。奴には、相当な自信があると思っていいだろう。
逃げ出したとは考えにくい。
とにかく……中に入ってみるか。
手品部の扉に手を掛け、ゆっくりと開けて中へと足を踏み入れる。
窓から射し込む月の光だけが、唯一の明かりだ。
しかし、部屋の中は薄暗く、人の気配を感じない……。
まさか……本当に帰ってしまったのか?
「ようこそっ! オレ様の手品部へ!」
その時、突然暗闇の中から甲高い声が響き渡り、ボッ、ボッと音を立て、四方の壁に取り付けられていたたいまつに、火が灯ったのである。
さらに、部屋の蛍光灯にも明かりが点いた。
いきなりの変化に、俺は驚いて顔を手で覆い、周りを見渡してみた。
「……くっ、なんだ? 一体何が起こったんだ……?」
「それにしても、今日は来客の多い日だな……」
その声の主は部屋の中央に座り、部屋に入ってきた俺をジッと見つめていた。
口元には、ニヤニヤとした不敵な笑みを浮かべている。
「よう! オレ様は月岡竜大……手品部の部長にして、偉大なる超能力者さ!」
「あんたが……月岡竜大……」
髪は金髪で短め。耳には星形のピアスをし、服装は金と銀に彩られたスーツのようなもので、とても派手だ。
まさしく、マジシャンだな……。
さっき、一瞬でたいまつや蛍光灯に明かりを灯したのは、遠隔操作によるトリックだろうが……。
それにしても、さすがは手品部の部長、やることが大掛かりだ。
部室の中にはいくつもの棚が並び、その中には様々な手品道具などが入っていた。
壁には、ダーツの的もいくつか掛けられている。
「ねぇ、君……この部屋に見とれるのは結構だけど、まずは扉を閉めて、椅子に座りなよ」
「えっ? あ、ああ……そうだな」
男なのか女なのか分からない中性的な声が、優しく俺に語り掛ける。
扉を閉め、近くの椅子に座りながら、もう一度月岡竜大の顔を見た。
こいつ……本当に女なのか?
言葉遣いは男っぽいが、顔には化粧を施している。
なんとも……不思議な雰囲気を漂わせた奴だな。
「それで? 手品部に何か用事か? 入部希望なら歓迎するけど……」
「……月岡先輩、単刀直入に言います。俺は、雪子の手紙を貰いに来たんです」
「ほぅ……雪子の手紙……ねぇ……」
俺の言葉を聞いた瞬間、月岡竜大の表情が少し固くなった。
「なるほど……君も、陽神調査委員会とかいう奴らの仲間って訳か。ははは、懲りないねぇ……さっき来た奴らもオレ様の超能力に負け、すごすごと退散して行ったというのに……」
月岡竜大は得意気になって話しているが、何も知らないというのは幸せだな。
加々島たちはお前の超能力に負けたんじゃない。わざと答えを言わず、すべてを俺に押し付けただけだ。
「奴らの仲間だったら、もう事情は聞いているな?」
「ああ。三回勝負で俺が二回勝てば、雪子の手紙を貰えるんだよな?」
「ははは、その通りだ。話が早くて助かるよ。それじゃ……さっそく始めるとしようか!」
月岡竜大はその場に勢いよく立ち上がり、懐から一組のトランプを取り出した。
最初は、手品の種明かし勝負か……。
「そうだ……一応、名前を聞いておこうか」
「俺か? 俺は、神奈備暁斗だ。一応、陽神調査委員会の副部長を務めている……」
「なっ! か、神奈備……だと?」
俺の苗字が珍しく、自己紹介をする相手はほぼ確実に驚くというのは、これまで何回も経験してきた。
しかし、月岡竜大の驚き方は、ただ単に苗字に驚いた訳ではなさそうだが……。
「ははは、なるほどな……君が、“先生”の言っていた神奈備家の末裔ということか」
「先生? おい、先生って……一体誰のことだ?」「いや、君には関係のない話だ。では、さっそくオレ様の超能力をお見せしようか!」
月岡竜大は言葉を濁し、箱からトランプの束を取り出して、慣れた様子でシャッフルを始めた。
くそっ、このタイミングで気になることを言いやがって……。
まぁ、先生とは普通に考えて、手品部の顧問のことだろう。
これ以上は余計なことを考えず、月岡竜大の手品に集中するんだ。
「さて、今回の超能力に使用するのは、この三枚のカードだ!」
そう言って月岡竜大が俺に見せたカードは、ハートのA、2、3の、合計三枚のカードだった。
やはり、さっきとは違う手品を見せてきたか。
月岡竜大は、三枚のカードを揃え、束のいちばん上に裏向きのまま置いた。
今、束のいちばん上はハートの3である。
「この三枚のカードを、今からテーブルの上に置いていくぞ」
慣れた手つきで、月岡竜大は束のいちばん上から裏向きのまま、カードを一枚ずつ並べていった。
左からハートの3、2、Aの順にカードが置かれたことになる。
「さぁ! ここからが超能力の始まりだ!」
そう叫び、月岡竜大は右にあるハートのAを手に取り、束のいちばん下に置いた。
「よく見てろよ、この状態でオレ様が指を鳴らせば、ハートのAが束のいちばん上に上がってくるんだぜ?」
月岡竜大が華麗に指をパチンッと鳴らし、束のいちばん上にあるカードをめくって見せた。
そのカードは紛れもなく、さっきいちばん下に置いたはずのハートのAである。
「ははは! どうだ、驚いたか! だが、まだまだオレ様の超能力は終わらないぜ?」
テンションが段々上がってきた月岡竜大は、次にテーブルに置かれたハートの2のカードを手に取り、今度は束のいちばん上に置いた。
「オレ様が指を鳴らすと、今度はハートの2が下がるんだ!」
再び華麗に指を鳴らし、いちばん下のカードをめくって見れば、それは、いちばん上に置いたはずのハートの2。
「さて、仕上げだ! 残るは、ハートの3のみ……」
机に残った最後のカードを手に取った月岡竜大は、そのカード、ハートの3を束の真ん中あたりに差し込んだ。
「指を鳴らせば、真ん中に入れたはずのハートの3が、上がってくるんだ……」
そろそろ飽きてきた月岡竜大の指鳴らしのあと、いちばん上のカードをめくれば、それは、真ん中に入れたはずの、ハートの3であった。
「くくく……カードを自在に操るこの超能力! さぁ、神奈備暁斗! 君は見破れるかな?」
そう、得意気な顔でビシーッと指を指されてもなぁ……。
というかこれ……超能力じゃなく、ただの手品だし。
そして、この手品の種は、案外単純なものである。
手品部の部長なのに、この程度の手品しか出来ないのか?
もしくは、最後の謎解きに自信があるから、あえて手品は簡単なものを見せているのかも知れないな。
「……月岡先輩、トランプを貸して下さい。今から、手品の種を暴いてご覧に入れましょう」
「えっ!? も、もう種が分かったのか?」
驚きを隠せない月岡竜大からトランプを受け取り、手順通り三枚のカード、ハートのA、2、3のカードを相手に見せた。
「使うカードはこれに加えてあと一枚、適当なカードを用意したんですよね? 月岡先輩」
俺は、カードの束からジョーカーを一枚抜き出し、三枚のカードと共に束の上に重ねた。
これで今、順番として束の上からジョーカー、ハートの3、2、Aとなっている。
「最初、月岡先輩が俺にカードを見せた時、四枚目のカードを隠して三枚に見せてたんですよね? そして、このままカードを机に並べていくと……」
束の上から順番に、左から一枚ずつ机の上に並べていく。
月岡竜大は、どことなく動揺したような表情を浮かべ、その様子をジッと見ていた。
「さて、準備は完了だ。机の上に並べられたカードは左から順に、ジョーカー、ハートの3、2……。束の上には、ハートのAが残ったままだ。そして、相手にハートのAだと思い込ませている、実際にはハートの2を束の下に置いて、指を鳴らせば……」
指をパチンッと鳴らす……振りをして、いちばん上のカードをめくる。
当然、それはハートのAだ。
「相手から見れば、下に置いたハートのAがまるでエレベーターのように上がってきたと思うだろうが、仕掛けは単純なものだ」
ハートのAを机の上に置き、今度はハートの2だと相手に思わせている、実際にはハートの3を束のいちばん上に置いた。
「さっきと同じく、これで指を鳴らせば、今度はハートの2がいちばん下に移動したように見える。上がったり下がったり、まさしくエレベーターだ」
ハートの2を机の上に置き、最後のカード……相手にハートの3だと思わせている、実際にはまったく関係ないジョーカーを、束の真ん中あたりに差し込んだ。
「今、いちばん上はハートの3だ。真ん中に入れたのはまったく関係ないカードだから、指を鳴らしてカードをめくれば……」
いちばん上のカードをめくり、ハートの3を机の上に置いた。
相手から見れば、ハートの3が真ん中から上がってきたように見えるだろう。
「……とまぁ、これが今回の手品の種明かしだ。どうですか? 月岡先輩」
「は、ははは……正解だ、神奈備暁斗。先生が言っていた通り、相当な洞察力みたいだな」
先生が言っていた通りって……その先生は、俺のことを知っている人物なのか?
まぁ、とりあえずこれで一勝だ。
手品のレベルが、この程度で助かったな……。
「だが、いい気になるなよ。勝負はまだ始まったばかりだ! さぁ、次の勝負を始めるぞ!」
月岡竜大は、机の上に置いてあったトランプを片付け、今度はダーツの矢を数本取り出した。
思った通り、ニ戦目は自らが得意なダーツ勝負を仕掛けるつもりか。
「……何を隠そう、オレ様はダーツをたしなんでいるのだ。ということで、今度はダーツで勝負と行こうじゃないか!」
そう言ったかと思うと、月岡竜大は指の間に四本の矢を挟み、そのままの姿勢で腕をスッと後方へ引き、壁に掛かっていた的に向かって一斉に矢を放ったのである。
矢は見事、四本ともすべて的に突き刺さった。
さすがは、大会で優勝するだけのことはある。恐ろしいほどの命中率だ。
その姿は、まるでクナイを投げる忍者のよう。
これは……とてもじゃないが素人の俺が勝てる相手じゃなさそうだ。
「はははは! 見たか、オレ様の腕前を! さぁ、今度は君の番だよ! うまく、的に当てることが……」
「あっ、すいません月岡先輩……。俺、この勝負棄権します」
言葉を遮られた月岡竜大は、俺から放たれた意外な言葉に驚きを隠せない様子で、ポカンとした表情を浮かべた。
「はっ? 棄権? それはつまり……オレ様の不戦勝ということでいいのかな?」
「ああ、そういうことだ。とてもじゃないが、月岡先輩には勝てそうもないんでね」
わざわざ、負けると分かっている勝負をしているほど暇ではない。
ここはさっさと負けて、次の謎解き勝負で決着を付けるんだ!
「は、ははは! そうかそうか。どうやら君は、身の程をわきまえているようだな。せっかくおもしろい勝負を期待していたんだが……棄権ならば、仕方がない。これで、一勝一敗だな」
月岡竜大はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、スッと懐に手を入れた。
「……それじゃあ、最後の勝負と行こうか。勝負内容は……もう分かっているだろ?」
「ああ。お前の心の中を読むことが出来れば、雪子の手紙を渡してくれるんだよな?」
「おっと、態度が変わったな……そう、その通りだ。見事、オレ様の考えていることを当てられれば、こいつをくれてやる!」
月岡竜大が懐から取り出した一枚の古ぼけた紙切れ。
あれこそ、俺の先祖である神奈備雪子の残した、火宝に関する手紙か……。
やれやれ……ようやくあの手紙を手に入れて、家に帰ることが出来る。
「……一つ、確認させてくれ。俺がお前の考えていることを当てたら、本当にその手紙を貰えるんだな?」
「ああ、それは約束してやる。まぁ、そう簡単には当てられないだろうがな!」
俺はニヤリと笑みを浮かべ、その場に立ち上がって月岡竜大を睨み付けた。
月岡竜大も、負けじと睨み返してくる。
「さぁ! 今、オレ様が何を考えているのか……当ててみやがれ!」
「ああ、当ててやるさ! 今、お前が考えていることは………」
校舎から出て、夜空に浮かぶ月を見ながら、大きく深呼吸をした。
今夜は爽やかな風が吹くな……なんとも、清々しい気分だ。
まぁ清々しい気分なのは、やっと帰れるからなんだけどな。
無事、月岡竜大から雪子の手紙を貰うことが出来た。
それにしても、相当な年代物だな……。
手紙は一枚で、文字もあまり書いてなかったが、その文字が……なんというか、古文、というのだろうか?
このままでは、内容を確認することが出来ないな……。
とにかく、手紙は手に入れたんだ。まずは、加々島たちと合流して……。
「おっ! アッキーが戻ってきたぞ! おーい、アッキー!!」
手紙を眺めながら歩いているうちに、校門へ着いたようだ。
南雲が真っ先に気が付き、東と共に俺の所へ駆け寄ってきた。
そのうしろから北条と恵介、さらに加々島と西沢が続く。
「あれ? 樹がいないみたいだけど……」
「ああ、樹なら先に帰ったよ! 樹も、相当疲れてたみたい」
そりゃそうだろ……俺だって疲れてるんだ。
樹も眠そうだったし、早く帰れて何よりだな。
「ふふふ……その様子だと、雪子の手紙を手に入れたようだな、暁斗」
「ああ、ここにあるよ。たくっ、お前たちのせいで二度手間になっちまったぜ……」
ため息をつきつつ、雪子の手紙を加々島に手渡した。
その瞬間、南雲と東が加々島の周りに集まってきたのである。
「ヒューッ! さっすがアッキーだぜ!」
「ホントホント! 暁斗は頼りになるわねぇ~!」
「それにしても、よく雪子さんの手紙を入手出来ましたね、暁斗さん……。どうやって、月岡さんの心を読んだんですか?」
手紙を眺めながら、北条が不思議そうな表情を浮かべ、俺に尋ねた。
「いや、別に月岡の心を読んだ訳じゃないよ。そんなことが出来たら、本物の超能力者だ」
「それじゃあ……一体、どうやって雪子さんの手紙を?」
「ポイントは、月岡の考えていることを当てるんじゃなくて、奴が必ず手紙を渡さなきゃいけない答えを言うことなんだよ」
「手紙を渡さなきゃいけない……答え?」
「そう。俺が月岡に対して言ったことは……“お前は、俺に雪子の手紙を渡す気はないと考えている”」
俺の答えを聞いて、北条はさらに不思議そうな表情を浮かべ、首をかしげた。
南雲と東も答えの意味が分かっていないようだな……二人とも、揃って首をかしげている。
「つ、つまりだな? お前は手紙を渡す気がないという答えが合っていたら、当然手紙を貰えるだろ?」
「は、はい……」
「だが、もし手紙を渡す気がないという答えが間違っていたとする。そうすると、月岡は手紙を渡す気があるということになるだろ? 結局、どちらにしろ俺は雪子の手紙を貰えるんだ」
しばらくの沈黙が続き、北条たちはポカンとした表情を浮かべた。
そして、やっと俺の言った意味が分かったのか、南雲と東がお互いに向き合って笑顔を浮かべた。
「な、なるほどぉ~! そういうことだったのか!」
「な~んだ! 月岡って奴は、本物の超能力者じゃなかった訳ね? ちょっとガッカリかも……」
たくっ、昔から南雲と東はこういう謎解きが苦手だったよな。
二人とも、武道の腕は役に立つのに……。
「でも、よく月岡さんの出した謎が分かりましたね! わたし、全然分かりませんでしたよ!」
「まぁ、冷静になってよく考えれば分かる問題だ。そんなに難しいものじゃない……そうだよな、恵介?」
「うん、まあね! 僕も、一瞬で解けちゃったよ!」
だったら、俺に任せずに自分で解けっての……。
「でもよ~……この手紙、まったく意味不明だぜ?」
「そうね……恐らく、江戸時代……ううん、もしかしたら、もっと昔に書かれた手紙じゃないかしら?」
「そうだな……まずはこの手紙を解読しなければ、火宝の隠し場所は分からないだろう。優衣、解読を頼んでもいいか?」
「ええ、問題ないわ」
加々島は、雪子の手紙をそのまま西沢に手渡した。
西沢の奴……古文の解読まで出来るのか。
「では今後の活動について、私から一つ提案がある」
「今後の?」
「ああ。さっき皆とも話をしたんだが、これから期末テストも待っているし、手紙の解読もしなければならない。そこで、期末テストと手紙の解読が終わった段階で、私が皆に集まる場所をメールで知らせる。暁斗も、それでいいか?」
「ああ、俺は別に問題ないぜ」
加々島も一応、期末テストのことを考えていたか。
確かに手紙の解読が終わるまで、火宝伝説の謎は追えないだろうな。
正直、俺も少し休みたいし……。
「うむ……皆、今日は夜遅くまでご苦労だったな。本日の活動は、これにて終了とする。家に帰って、早めに休んでくれ!」
加々島の一声で、陽神調査委員会は解散となった。
やれやれ、今日は一日長かった……。さっさと帰って、早めに眠るとしよう。
一つ気になっているのは、月岡の言っていた先生という人物が、なぜ俺のことや神奈備家のことを知っていたかということだが……。
しかし、さすがに今日は疲れていてこれ以上頭が働かないな。
まぁ、そんな真剣になって考えることでもないか……。
「くそっ! くそっ! あの野郎……よくもあの手紙を!」
暁斗がいなくなった手品部でたった一人、月岡が髪を乱しながら暴れていた。
自らの鬱憤を晴らすため、机や椅子に八つ当たりし、部室はすでに荒れ放題となっている。
「あの問題は、先生に教わった最高に難しいもの……なぜ、神奈備はいとも簡単に解いてしまったんだ!」
再び床に転がっていた椅子を蹴飛ばそうとした時、月岡の携帯が突然鳴り響いた。
月岡は、息を切らしながら携帯に出る。
「なんだ!? 今、オレ様は機嫌が悪いんだ! つまんねぇ用事だったら……」
《おやおや、随分と荒れてますねぇ……。その様子だと、神奈備暁斗に、手紙を取られたようですね》
「あっ、先生……す、すいません!」
声の主が先生だと分かった途端、月岡は急に態度を改めた。
電話の向こうからは、優雅に笑う先生の声が聞こえてくる。
《ほほほほ! 思った通り、神奈備暁斗は、あの謎を解き明かしましたか》
「わ、笑い事じゃないっすよ先生! あいつは、先生の教えてくれた最高に難しい問題を、いとも簡単に解いちまったんですよ? それに、手紙は持ってかれるし、散々っすよ!」
《ああ、あの問題ですか? あんなもの、冷静になって考えればすぐに解ける問題ですよ。そんなに、難しいものじゃありません》
「うぇ? む、難しい問題じゃ……ない?」
月岡は、思わず素頓狂な声を上げた。
《ええ。神奈備暁斗が雪子の手紙を手に入れることは、初めから想定済みです。まぁ、第一試練……合格といったところでしょうか》
「な、なんだ……ただ、神奈備の奴を試しただけだったんすか? もう、先生も人が悪いなぁ! それならそうと、最初に言っておいて下さいよ!」
月岡はホッと胸を撫で下ろし、倒れていた椅子を直して腰掛けた。
《あれくらいの問題、解いてもらわなければ困りますからね。ああ、そうそう……。月岡さん、よく雪子の手紙を書庫から持ってきて下さいましたね。礼を言わせてもらいますよ》
「いやいや、大したことねぇっすよ先生! ただ……書庫の鍵を無断で開けたことがバレれば、厄介なことにならないっすかねぇ?」
《ほほほほ! 月岡さんあなた、意外と心配性ですね。大丈夫ですよ。あとの処理は、すべてわたくしがやっておきますから》
「そ、そっすか……それなら、一安心すよ、先生……」
心配していたことが解決し、月岡は深い息を吐き出した。
「それで、これからどうするんです? 雪子の手紙は神奈備の奴に取られましたし、火宝の隠し場所は、まだ分からず仕舞いっすよ?」
《ほほほほ! 火宝の隠し場所は、陽神調査委員会が解いてくれるでしょう。わたくしは、盗むのが専門です。隠し場所が分かったら、彼らより先に、火宝を頂けばいいんですよ》
「なるほどぉ~! そいつは楽でいいっすねぇ! あっ、でもでも……約束通り、火宝が手に入ったら山分けですよ、先生」
《ええ、約束しますよ。ただ、神奈備暁斗の実力をさらに試したいので、再び月岡さんに協力を求めたいのですが……よろしいですか?》
「もちろんっすよ! きっと、また面白いことを考えているんでしょ、先生!」
《ええ……神奈備暁斗にも楽しんで頂きましょうか。このわたくし……“怪盗・青玄”の遊戯を……》
第二章 超能力者の問答 完