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帰宅部の探偵  作者: 黒岩京華
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放たれた矢―推理編―

 案の定、昨夜はまったく眠ることができなかった。

 あの暑いなか、全力で走り、相当疲れも溜まっていたはずなのに……。

 様々な疑問が頭の中に浮かび、一晩中考えているうち、いつの間にか朝になっていた。


 結局、答えは出ないまま。

 こんな寝不足な状態では、登校するのがやっとだった。

 夢と現実の狭間を行き来しながら、時間は、もう昼を迎えている。


「ふぁぁぁ~ッ………」


 人目もはばからず、大きなあくびを一つ。

 昼は、いつも教室で食べることにしている。しかも、つねに一人でだ。


 周りを見れば、数人の生徒たちがグループを作って机を囲んで弁当を食べていたり、ある生徒は、中庭でパンを一つだけ食べたりしている。


 昼の過ごし方は、人それぞれだ。俺がとやかく言うことではない。

 だが、やっぱり昼は一人の方が過ごしやすいと、俺は思う。


 会話をしながら、よく食事なんかできるものだと、いつも感心する。

 ガヤガヤ騒がしいと、食事に集中できないじゃないか。

 それに、一人の方が静かに過ごすことができ、何かを考えるにも都合がいい……はずなのだが……。


「くそっ、だめだ……眠ぃ……」


 やはり、頭がボォ~ッとしていて、考えなんかまとまる訳がなかった。

 それに、今日も真夏日になるらしい。

 疲れたこの体に、夏の暑さがさらに追い討ちを掛ける。


 食欲もあまりなく、箸がなかなか進まない。

 この状態は、さすがにちょっとまずいな……。

 早いとこ昨日の事件を解決し、元の生活に戻らなければならない。

 それにはまず、あの女の正体を確かめることだ。


 そして、女の正体以外にも、まだいくつもの謎が残っている。


 一体、あの女はどうやって俺や恵介の携帯番号を手に入れたのか?


 俺たちを神社に呼び出した理由は?


 石のステージを囲んでいた、あのいくつもの姿見は、一体どこから運んできたのか?


 など、疑問を挙げれば切りがない。

 とにかく、一度事件を整理しないといけないな……。

 証拠となる、この弓矢が、何か手掛かりになればいいんだが……。


「あっ! いたいた! どう、暁斗? 何か分かった?」


 証拠の弓矢を机の上に置いた時、恵介が教室の中へ入ってきた。

 どうやら、樹も一緒みたいだ。


「おい……何しに来たんだ? 俺の顔を見てみろ。解決できたように見えるか?」

「いや、全然。だから、僕たちも何かお役に立てないかと思ってさ!」


 まぁ、確かに。恵介には、小学校の頃から何かと世話になっている。

 その豆知識の多さには驚くばかりだ。

 今回も、謎を解くヒントになればいいんだが……。


「それ……あの時の弓矢だよね? 持って来てたんだ……」


 樹は机の上の弓矢を見ながら、隣の席に座り込んだ。

 恵介は相変わらずの笑顔を浮かべながら、空いていた前の席へ座り込む。


「ああ、ずっとにらめっこしているが、さっぱり謎が解けない……」

「でも、この弓矢は陽神高校の弓道部の物で間違いないと思うよ」

「まぁ、お前が言うんだから、それで合っているんだろうな……」


 部活観察をしてきた恵介なら、矢の種類を見極められるだろう。

 ならば、やはり犯人は弓道部に……。


 その時、ふと昨日のことが頭をよぎった。

 境内へ続く階段を下りてきた弓道部一年、市川夏海。

 まだ犯人だと決めつけた訳ではないが、今、一番怪しいのは彼女だ。


 あの時間、神社にいた理由が分からないし、この矢が弓道部の物だとするなら、なおさら怪しい。


 それに……。


「ね、ねぇ暁斗君……一度、市川さんに話を聞きに行ってみない?」

「えっ? ああ、そういえば、樹と同じクラスだって言ってたな」

「そうそう! 僕たち、それで暁斗を呼びに来たんだ! 今なら、教室にいるはずだよ」


 樹の言う通りだ……。

 様々な疑問が残っているが、今俺たちにできることはそれぐらいしかない。

 彼女から、うまく話を聞き出せればいいけど……。


「よしっ! 立ち止まっていても仕方がない。樹、市川夏海に会わせてくれるか?」

「う、うん! 分かったよ暁斗君!」

「あはは! やっとやる気が出てきたみたいだね、暁斗! 僕も、なんだかわくわくしてきちゃったよ!」


 恵介は嬉々とした表情を浮かべ、いの一番に廊下へ飛び出して行った。

 まったく、恵介は気楽でいいよな。俺の苦労も知らないで……。







「なぁ、そういえば恵介……一つ、聞いておきたい事があるんだが……」

「ん? なに、暁斗? なんでも聞いてよ!」


 一組の教室まで来た時、俺は今まで忘れていた疑問を思い出した。

 これだけは、恵介に聞いておかなければならない。


「お前、なんで俺に弓道部の話をしたんだ?」

「あれ? 弓道部を見に行ったんじゃなかったの? それとも、僕の言った二人の部員、見つからなかった?」

「いや、その二人は見つけたさ。だが、特にこれといって変わったところは見つからなかったぞ?」


 加々島琴羽に、これから会いに行く市川夏海。

 前者は他の生徒より弓道の腕がうまく、後者は弓を持つ利き手が違う。


 しかしこれだけでは、興味を抱くまではいかなかった。

 それゆえ、いつか恵介に文句を言おうとしていて、それをすっかり忘れていたのだ。

 恵介の返答次第では、俺の貴重な時間を潰した罰として、その罪を償って貰おうか。


「そうか……少し説明した方がいいよね。それじゃあまず、加々島琴羽先輩のことから。ねぇ、暁斗……この高校、弓道部が弱小だったって知ってる?」

「いや……ていうか、そんなもの興味あると思うか?」

「そういえば暁斗君って、昔からそんな性格だったよね。興味のないことには、とことん興味がないっていう……」


 そう。俺は、樹に呆れられるほど、興味のないことにはとことん興味がないのだ。

 別に、すべての事柄を知る必要はないし、そんな労力は時間の無駄だと、俺は思っている。


 小学校の頃から、その性格は変わっていない。

 必要のない情報を排除していった結果、転校するまで、名前の知らないクラスメイトや先生が何人かいたっけ……。

 まぁ、それで困ったことは特にないけど。


「それで? その加々島が、弱小弓道部とどう関係しているんだ?」

「それがスゴいんだよ! 加々島先輩が弓道部に入部した途端、弓道部全体のレベルが上がり始めたんだ! 加々島先輩も、いろんな大会で優勝しているらしいよ!」


 なるほど。確かに、彼女の正確な弓道の腕を見れば、その話は納得できる。

 それでも、まだ彼女に匹敵するような生徒は出てきていないように見えたが。


 まぁ、結局……変わっていると言っても、やっぱり他の部員より弓道の腕がうまいってだけじゃないか。

 これでは、まだ恵介の罪を許すことはできないぞ。


「それじゃあ、もう一人の市川夏海は何が変わっていたんだ? まさか、利き手が違うだけとか言うんじゃないだろうな?」

「あれ? なんだ、もう分かってるじゃん! その通りだよ、暁斗」


 まさか、本当にそれだけだったとは……。

 俺は、呆れて思わずため息をついてしまった。


「なんだよ、それ……ただ利き手が違うだけって、そんなの、どんなスポーツにもあることだろ? 何が変わってるって言うんだよ?」

「それが、違うんだよ暁斗! 弓道に関しては、利き手がちゃんと決まっているんだ!」


 恵介はそう言って、その場で矢を構えるポーズを取った。


「弓道の場合、弓は必ず左手で持って、右手で矢を射るっていうのが決まっているんだよ!」

「へぇ~そうなんだ。ボク、ちっとも知らなかったよ!」

 純粋な樹は、恵介の説明を聞いて感心しているみたいだ。

 しかし、なんで恵介はそんな知らなくてもいいことをこんなに知っているんだ?

 まったく、暇人なのか? 恵介は……。


「でも、彼女は弓を右手で持って、左手で矢を射るでしょ? だから、ちょっと変わっているんだよ」

「なるほど……利き手が決まっているなら、確かに少し変わった奴だな……」

「でしょ? だから、弓道部に利き手の違う部員がいるって、入部当初から話題になっているみたいだよ?」


 弓道部を見学している時、うしろでこそこそ話していた二人の生徒は、話題を聞きつけてやってきた野次馬だったのか。

 しかし、これでますます市川夏海が怪しくなってきたな……。


「そういえば、暁斗を襲った女の人も、利き手が逆だったんだよね?」

「あ、ああそうだな。そして、放たれた矢が陽神高校弓道部の物だとすると……」

「ますます、市川さんが怪しいね。ボク、市川さんを呼んで来るよ! 二人は、ここで待っててね!」


 樹はそう言って、教室の中へ市川夏海を呼びに行った。

 しかし、なぜかまだもやもやしている……。


 本当に、市川夏海が犯人なのだろうか?

 俺は、一つ大事なことを忘れているような気がする……。


 まぁそんな疑問は、直接彼女に問いただせば済む話だ。

 さて、市川夏海は教室にいるだろうか……。


「おっと、先客がいたようだな……」


 教室の前で待っていると、突然うしろから凛とした声が響いた。

 驚いて振り向くと、そこには一人の女子生徒が立っていたのである。


 鋭い目付きに、長い黒髪を一本に束ねたその女子生徒。

 なんか、どこかで会ったことがあるような気がするんだけど……。


「あれ? もしかして……弓道部の、加々島先輩じゃないですか?」

「ああ、そうだが? しかし、なぜ私の名前を?」

「あっ、突然すいません。僕、一年の百瀬です。こっちは、友人の暁斗」

「えっ? あっ……初めまして、神奈備暁斗……です」


 突然、恵介が振ってきたので、俺は慌てて自己紹介をした。


「ほぅ、神奈備……珍しい名字だな?」

「あ、まぁ……よく言われます……」

「そうか……おっと、名乗るのを忘れていたな。私は二年の加々島琴羽だ」


 どこかで会ったことがあると思ったら、彼女が加々島琴羽だったか。

 あの時は遠くで見学していただけだし、こうやって面と向かって話していると、さすがの威圧感が漂って来るな……。


「加々島先輩! この間、弓道部を見学させてもらいました! 噂通り、すごい腕前ですね!」

「はははっ! 何を言うか。私もまだまだ修行の身だ。誉められると、少しむず痒い」


 加々島琴羽は、恵介に誉められて豪快な笑い声を響かせた。

 弓道部を見学した時から思っていたが、まさに、女傑といった印象だ。

 弓道部の中心に立ち、全員を引っ張っているだけのことはある。


「ところで、暁斗……君たちは、この教室に何か用なのか?」

「あ、ああ……って、いきなり呼び捨てですか?」

「おっと、これは失礼した。私は、誰とでも気兼ねなく接したくてな。出会った者は、全員名前で呼ぶことにしているんだ」


 いくら気兼ねなく接したいからって、いきなり名前で呼ぶとは……。

 なんか、初対面の人間に対して親しげに話しかけてくるあたり、性格は恵介に少し似ているかも。


「僕たちは、市川さんに用があって、今呼んでもらっているところなんです」

「市川とは、市川夏海のことか? ははは、これは奇遇だな。私も、ちょうど彼女に用があって訪ねて来たのだ」

「そうだったんですか。もしかして、部活のことで何か?」

「まぁ、そんなところだ。それより、君たちは何の用で……」


「あっ、お待たせ二人とも!」


 その時、ようやく樹が教室から帰ってきた。

 しかし、樹のうしろに市川夏海の姿はない。


「あれ……樹、市川夏海はどうしたんだ?」

「それが……市川さん、ついさっき早退しちゃったらしいんだよ」

「そ、早退!? ま、マジかよ……」

 せっかく、彼女に話を聞けると思ったのに……。

 まさか、俺たちが来ることを予期していて、話を聞かれる前に逃げたんじゃないだろうか。

 まぁ、まだ彼女が犯人だと決まった訳じゃないし、俺の考えすぎかも知れないな。


「そうか、彼女は留守か……ならば、無駄足になってしまったな」

「えっ? あ、あの……いつの間にか、一人増えてるんだけど、この人は?」

「ああ、さっき話してたでしょ? 彼女が、弓道部の加々島先輩だよ」

「ええっ! そうだったの!? は、初めまして……御堂島樹って言います!」


 樹は、加々島に向かって慌てて頭を下げた。


「ははははっ! そうかしこまるな。樹か……私は、加々島琴羽だ。以後、よろしく頼むぞ」

「は、はい! こちらこそ……よろしくお願いします!」


 おい、落ち着け樹……。

 お前は別に、弓道部に入部する訳じゃないんだから。


 その時、チャイムが廊下に鳴り響いた。

 そろそろ昼休みも終わり、午後の授業が始まるな。


「ふむ……いないのではしょうがないな。それに、そろそろ昼休みも終わりだ」

「ですね……それじゃ、俺たちもそろそろ帰るか」


 市川夏海がいないのでは、俺の疑問は解消されない。

 くそっ……こうなれば、何がなんでも今日中に謎を解いてやる!


「では、私もそろそろお暇するか。暁斗、恵介、樹! 縁があればまた会おう!」


 加々島琴羽は豪快な笑い声を響かせながら、きびすを返して廊下の奥へと消えていった。

 まったく、まるで宝塚女優みたいな人だったな……。







 結局……放課後になった現在も、いまだ謎は解けていない。

 オレンジ色の光が窓から射し込む、誰もいなくなった教室で、俺はずっと考え続けていた。


「やっぱり、市川夏海が犯人だよ! 樹も、そう思うでしょ?」

「う、うん! 弓道部の中で唯一利き手が違うのは、市川さんだけだもんね!」


 俺の隣では、恵介と樹が犯人を市川夏海と決めつけ、さっきから意気投合しているみたいだ。

 確かに……現状では、市川夏海が犯人の最有力候補なのは間違いない。


 しかし、まだ何か引っ掛かる……。

 本当に、市川夏海が犯人なのか? 俺は、何か大事なことを忘れているんじゃないだろうか……。


 くそっ!


 やはり、この暑さでは頭が働かない。

 机の上には、犯人の残した弓矢がある。

 警察が調べれば、そこから指紋が出るだろうし、もう、それしかないのか……?


 いや、だめだっ!


 そんなことをしたって、時間が掛かるだけ。

 俺は、なんとしても今日中に謎を解かなければならない!

 さもなければ、俺は今夜もゆっくり眠ることができないじゃないか!

 そんなのは、絶対にごめんだ!


 俺は、スッと静かに目をつむり、恵介たちの会話を完全にシャットアウトした。

 考えを整理するには、これが一番なのだ。


 さて……少し、冷静になってこれまでの状況を整理してみよう。


 まず、犯人は俺を神社に呼び出した。

 しかし、俺や恵介の携帯番号は、どこから入手したんだ……?


 一人考えられるとすれば……あいつぐらいだが、なぜ、あいつは犯人に携帯番号を教えたんだ?

 あいつと、犯人の接点は……恐らく……。


 そして、俺を弓で襲った犯人の利き手だ。


 確かに、犯人は弓を持つ利き手が逆だった。

 いや、よく思い出せ……。

 境内には、あそこには、何があった?


 俺の推測が当たっているならば……犯人は、恐らくあいつだ。

 しかし……あいつを犯人だとする、証拠がない……。





 いや、ある!


 あいつが、矢をわざと外したのなら……!


 そして、あの時……あいつは、明らかにおかしな発言をしていたじゃないか!



(なるほど……そういうことか……)


 閉じていた目を静かに開け、俺はその場に立ち上がった。


「ん? どうしたの、暁斗君?」

「恵介、樹……帰るぞ。その前に、少し寄り道していくがな」

「暁斗……もしかして!」


 間違いない。犯人はあいつだ!

 さて、よくも俺の睡眠を妨げてくれたな。


 待っていろ! 必ずお前を犯人と特定し、その罪を償ってもらうからな!

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