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帰宅部の探偵  作者: 黒岩京華
3/30

鏡の間

 休日――。


 今日の日ほど、至福の時を感じられる瞬間はない。

 高校が休みで、やることなどは特にないが、まさにそれでいいのだ。


 小学校の時は剣道部に入っていたので、休みの日でも部活動をしていた。

 今思えば、なんであんなことをしていたのか不思議でしょうがない。


 天気は快晴――。


 ラフな格好で畳の上に寝転がり、テレビをボォ~ッと眺めているだけで、俺は充分幸せを感じられるのだ。

 この広い屋敷の中で、気楽な一人暮らし……。

 今まで、淋しいと思ったことは一度もない。


 今日も一日、平和に平和に……面倒なことは何も起こらず、穏やかに過ごしたいものだ。


「はぁ……それにしても……」


 まったく、テレビは相変わらずろくなことをやっていないな。

 どのチャンネルを回しても、内容は似たり寄ったり。

 たくっ、製作者はちゃんと視聴者のことを考えているのかねぇ……。


 まぁ、俺一人が愚痴をこぼしても仕方ないか。

 そう思って報道番組にチャンネルを合わせてみるが、ここも、数日同じ内容だ。


『アメリカ各地の美術館で相次ぐ盗難事件――。犯人は、現場にカードを残しており、そこには、“怪盗・青玄”との記述が……』


 怪盗・青玄……。


 アメリカ各地の美術館を中心に、絵画などの美術品を華麗に盗み出す。

 神出鬼没の怪盗で、警察が追い詰めても、その場から、まるで煙のように消えてしまう。

 まさに、平成の怪盗ルパンだ。


 まさか、本当にそんなものがいるなんて思いもしなかった。

 このニュースは、俺に興味を抱かせるのには充分すぎる内容なのだが……。


 なにせ、日本から遠く離れた海外の話だ。

 それに、怪盗なんていう摩訶不思議な存在に、中々現実味を持つことができない。

 それゆえ、俺は今日もテレビを消し、畳の上にゴロンと仰向けに寝転がるのだ。



 縁側から、涼しい風が家の中に流れ込んでくる。

 天井にぶら下がった電気の紐がゆらゆらと揺れ、とても心地がいい。

 縁側に吊るした風鈴がチリンッと音を立てる。


 そうだ……これこそ、夏の正しい過ごし方なんだと、俺は思う。

 怪盗なんて、アメリカの警察に任せておけばいいんだ。

 どうせ、俺には関係ないことだし、日本に怪盗がやってくるはずがない。


 さて……日頃の疲れを癒すため、今日も一日、ゆっくり寝て過ごすかな……。



 ピリリリリ……ピリリリリッ……。


 目を閉じて眠ろうとした時、突然テーブルに置いてあった携帯が鳴り響いた。

 俺は驚いて起き上がり、携帯に目を向けた。


 というのも俺の携帯は、高校入学と同時に買ったものだ。

 まだ、携帯の番号は恵介にしか教えていないはず……。

 それゆえ、滅多に掛かってこない携帯が鳴り響いたことに驚いたのである。


 一気に目が冴えてしまった……。


「な、なんだ……? まさか、恵介?」


 恵介からだって、今まで一度も掛かってきたことはない。

 携帯は、まだ鳴り響いている。

 俺は恐る恐る携帯に手を伸ばし、画面を開いてみた。


「……はっ? なんだ、これ……」


 携帯の画面に表示されていたのは、非通知の文字……。

 まぁ、恵介ならふざけて掛けてきそうだが、そうする理由が見つからない。


 恵介のいたずら……?

 それとも、ただの間違い電話か?


 くそっ! 気になる……。


 仕方ない……誰だか知らないが、出てみれば分かるだろう。


 着信を止め、俺は謎の非通知電話に出た……。


「……お、おい。お前は……誰だ?」

「………………」


 しばらくの沈黙――。


 外からは、蝉の声がうるさいほど聞こえている。

 さっきまで心地よかった風は感じられず、いつしか額からは、汗が溢れ出していた。


《……神奈備かんなび……暁斗だな?》

「な、なっ!? お、お前……なんで俺の名前を……」


 携帯の向こうから聞こえてきたのは、知らない女性の声だった。

 この状況でも一切取り乱すことはなく、その女は透き通るような冷徹な声で、さらに言葉を続ける。


《……お前の力を試したい。陽神神社で待っている……》

「お、おい待てっ! どういうことだ? お前の目的は一体……」


 会話は、そこで途切れた。

 こっちの質問に一切答えることはなく、その女は一方的に要件を伝え、勝手に切ってしまったのだ。


「……あいつ、俺のフルネームを知っていた……。一体、何者なんだ……?」


 なんてことだ……せっかくの休日だっていうのに。


 陽神神社か……。


 そこに、謎の女が待っていると言うのなら、もうこれは……行くしかないじゃないか。






 陽神神社は、裏山に建てられている小さな神社だ。

 俺は今、神社に続く長い坂道をゆっくりとした足取りで登っている。


 外に出た瞬間、モワッとした生暖かい空気が襲い掛かり、一気に俺の体力を奪いにきた。

 アスファルトからの照り返しが強い。

 くそっ……なんで俺は、せっかくの休日にこんなことをしているんだ?


 神社へ行く途中には、陽神小学校がある。

 よくもまぁ、毎日毎日この坂道を登り、こんな小学校まで何年も通っていたものだ。

 今考えると、とんでもない運動量だったんだな……。

 あの頃の俺に、賞状を贈りたいくらいだぜ。


 もちろん、小学校も休日だ。校舎にも、校庭にも、子供たちの姿はない。

 それどころか、こんな暑いなか外を歩いている奴は、俺しかいないだろう。

 本当は、俺も家の中で涼しく過ごしていたいのだが、そうもいかない。


 あんな電話、無視すればいい話なのだが、俺にはそれができない。

 恵介の時もそうだが、一回そういった話に興味を持ってしまうと、俺は夜……眠れなくなってしまうのだ。


 それゆえ、俺は普段から、面倒な話には耳を傾けないようにしている。

 しかし、恵介の話と、今回の非通知電話はうかつだった。


 だからこそ、今夜ゆっくり眠るため、俺は神社に行って、真実を確かめなければならない。

 そして、呼び出した内容が大したことなかった場合、俺の休日を潰した罰として、その女には、罪を償ってもらおう。




 小学校を通り過ぎれば、神社まであと半分の道のりだ。

 山の上だからか、爽やかな風が吹いている。

 周りは森に囲まれ、風が吹くたび、木々がサァーッと音を立てて揺れ動く。


 ようやく、涼しくなってきたか……。

 神社までもう少しだ。さて、一体誰が待っていることやら……。


 それにしても、あの非通知電話は訳の分からないことだらけだ。

 まず、なぜ俺の携帯番号と名前を知っていたのか……。


 携帯の番号は、恵介にしか教えていない。

 番号が洩れるとすれば恵介しか考えられないが、あいつがそんな勝手なことをするだろうか。


 この非通知電話が間違い電話だと仮定する。

 それは、残念ながら考えられない。

 間違いなら、相手がすぐ切るだろうし、そもそも、あの女ははっきりと俺の名前を呼んだ。


 さらに、呼び出した場所が裏山の陽神神社ということ。

 このことから、あの女は俺が神社のすぐ近くに住んでいると分かっている。


 俺の携帯番号、名前、住んでいる場所……。


 まさに、俺の個人情報があの女にすべて渡っているということだ。

 すべての情報を掴んだ上で、奴は俺を呼び出した……。


 とまぁ、あの女の分析はこんなところだろう。

 気が付けば、境内へ続く長い階段の前まで来ていた。


 陽神神社は、夏祭りでもなければ普段は近寄る場所ではない。

 俺の他に人気はまったくなく、森の中からうるさいほどの蝉の声が聞こえるだけ。


 この先に、謎の女が待っているのか……。


 少し息を整え、俺は境内へ続く階段をゆっくりと登り始めた。

 この光景……どこかで見たことあると思ったら、これはまるで……毎日俺が見る不思議な夢に似ている。


「おいおい……まさか、正夢ってやつか?」


 思わず、ぼそりと一人言が洩れる。

 それじゃあなにか? 神社で待っているのはあの女の子って訳か?


 冗談じゃない……俺としたことが、何ともばからしいことを考えてしまったな。

 あんな非現実的なことが、そうそう起こってたまるか!

 とにかく、今はさっさと境内へ行き、呼び出した奴の正体を確かめることだ。



 階段を登りきると、目の前には、夢で見た小さな社が建っていた。

 当たり前だが、そこにはたいまつもなければ、太鼓や笛の音も聞こえてこない。


「……見たところ、人気なしか。まさか、これは恵介の手の込んだいたずらだったんじゃ……」


 そんな考えが頭の隅をよぎり、ふと俺は右に目を向けた。


「……! えっ? あ、あれは……なんだ……?」


 そう言えば、この神社にも石のステージがあることを思い出し、たまたまそちらに目を向けたのだ。

 そこには、なんとも不思議な光景が広がっていた。


 巨大な石のステージを取り囲むように設置されていたのは、無数の姿見だ。

 木漏れ日を浴び、姿見がキラキラと光輝いている。


 石のステージを見下ろす観客席、さらには、ステージから離れたところにも、いくつもの姿見があった。

 なぜ神社に姿見が無数に設置されているんだ……?

 しかも、すべてが規則正しく……まるで、儀式でもおこなうかのように……。


「……な、なんだよこれ……まるで本当に、俺が見ている夢みたいじゃないか……」


 とりあえず、石のステージには誰もいないみたいだ。

 こうなったらステージに近づいて、とことん調べてやる!



 夏祭りの時は、この石のステージで、様々な催し物が繰り広げられる。 しかし、こんなにも姿見を使用した催し物は、やった覚えがない。

 一体、誰がこれだけの姿見をこんなところに設置したのか……。


 ステージに上がって気付いたが、結構な大きさの姿見だ。

 一人や二人では、到底運ぶことは出来そうもない。

 無数の姿見には俺の姿が映り込み、合わせ鏡のようになって、不思議な空間が出来上がっている。


「ふぅ……たくっ、訳の分からないことだらけだ。変な奴には呼び出されるし、神社には無数の姿見があるし……」

「ふふ……気に入ってもらえたかな? この趣向は……」

「だっ、誰だ!?」


 突然、俺の一人言にかぶさるように、静かな境内に女の声が響き渡った。

 慌てて周りを警戒し、声のした方に振り返る。


「待っていたぞ。お前が、神奈備暁斗か……」


 再び響く、女の声……。

 しかし、俺はその女の場所を特定することができなかった。

 なぜならその女は、無数に設置された姿見の中にいたからだ。


 能面をかぶり、白い弓道着を身に付けたその女。

 その右手には、和弓が握られている。

 その女は身動き一つせず、ただまっすぐ、俺の姿を見据えているだけだ。


(ど、どこだ……? 女の本体は……一体、どこにいる?)


 無数の姿見に女の姿が映り込み、まるで分身しているかのようだ。

 どこだ……? 女は……一体どこから俺を見ている……?


「もう一度聞く。お前が、神奈備暁斗か?」


 再び、女は俺に問い掛ける。

 くそっ、考える間も与えないつもりか……。


「……ああ、俺が神奈備暁斗だ。と言うか、お前が、俺を呼び出した犯人だな?」

「ああ、その通りだ」


「たくっ、せっかくの休日にこんな場所まで呼び出しやがって……。お前には、聞きたいことが山ほどある。さっさと、姿を現しやがれ!」


 ヒュッ――――!


 ガシャンッ!



 一瞬、風を切って何かが俺の頬を通り抜けた。

 その直後、うしろでガラスが割れる音が響く。


「………えっ?」


 慌てて振り向くと、そこには、矢の突き刺さった姿見があった。

 見事、矢は姿見の真ん中に命中し、蜘蛛の巣のようにひび割れている。


 鏡の中の女は、右手に持った和弓を構え、もう次の矢を弦に掛けていた。


「神奈備暁斗……では、さっそく試させてもらうぞ? お前の力が、どれほどのものか」


 きりきりと音を立てて弦はしなり、矢の先端は、まっすぐ俺に狙いを定めている。


「……お、おいおい……じょ、冗談じゃねぇぞ……」


 女の表情は、面をかぶっているため、確認することができない。

 しかし、そのはっきりとした殺気だけは、ピリピリと痛いほど伝わってきた。


 無数の姿見に矢を構えた女の姿が映り込み、まるで、俺が弓矢を持った兵士たちに囲まれているかのような錯覚を覚える。


 瞬間、左手で引き絞った矢が、俺に向かって放たれた。

 姿見に映った無数の矢は、どこから飛んでくるのか分からない。


 ヒュッ! と風を切る音と共に、放たれた矢は俺の足元に突き刺さった。

 矢は、深々と地面に刺さっている。


 間違いない……こいつは……本物だっ!


「くそっ! こいつ、マジか!? マジで……俺を殺そうとしている!」


 こんなところで、訳の分からない女に殺されてたまるか!

 力を試すだかなんだか知らないが、俺は、漫画の主人公じゃない。

 長居は無用だ。なんとか、この場所から離れないと……。


 あまり、考えている余裕はないみたいだ……。

 女は、もうすでに次の矢を構え始めている。


 俺の頬をかすめた矢は、前方から飛んできた。それは間違いない。

 なら、正面にあの女がいるのは確実だろう。


 女に背を向ければ、その瞬間に射抜かれる。

 女の動きに注意しつつ、素早くステージから降りなければならない。


 額には、じわりと汗が浮かんでいる。

 女は、身じろぎ一つせず、矢を弦に掛けた。


 その瞬間、女の目線が俺から外れた。この隙を……逃してたまるか!


「よしっ!」


 素早くその場から離れようとした、その時だった。

 でこぼこで、あまり整備もされていない石のステージ。

 浮き上がっていたブロックに、あろうことか、俺は足を引っ掛け、その場に転倒してしまったのだ。


「し、しまっ……!」


 間一髪、受け身を取ることに成功したが、その隙を逃す女ではなかった。


「どこへ行くつもりだ? まだ、試練は終わっていないぞ?」


 女は和弓を構え、再び俺に狙いを定めた。

 きりきりと弦が音を立てて引き絞られ、今にも俺に向かって矢が放たれそうだ。


 くそ、うかつだった……。


 思えば、非通知で謎の女から電話が掛かってきた段階で、油断するべきではなかった。

 こうなることが分かっていたなら……得物を用意して来たのに……。


 今さら後悔しても無駄か……。

 もう、あの矢から逃れることはできない……。


 覚悟を決めて目を閉じたのと同時に、ヒュッ! と風を切り、女の弓から矢が放たれた。



 ガシャンッ!


 その直後、俺のすぐ横で響いた激しい音。

 恐る恐る目を開け、音の響いた方向に目を向けた。


 矢は、またしても俺をかすめ、すぐ横の姿見を貫いていたのだ。

 女は、矢を放った状態のまま、身動き一つしようとしない。


 額に脂汗がにじみ、喉はカラカラだ。

 心臓の音が、はっきりと脈打つのが分かる。


「な、なんだ………?お、俺は……助かったのか?」


 それにしても、あの女は一体どういうつもりだ?


 俺に情けを掛けたのか……?

 それとも、あの女……あまり、射撃が正確ではない?


 でなければ、地面に座り込んだ的同然の俺を、簡単に射抜いていたはずだ。


 一発目と二発目も、そういった理由で外したとしたら……。

 だが、まだそうだと決まった訳ではない。

 下手に動けば、あの矢に射抜かれる。


 くそっ、何か突破口はないのか……?


「暁斗――ッ!! 伏せて――!!」


 突然、背後から響く聞き覚えのある声。


 ガシャンッ! ガシャンッ!


 響いた声と共に背後から飛んできたのは、サッカーボールであった。

 二枚の姿見を破壊しながら、サッカーボールは、女がいるであろう正面に向かって一直線に飛んでいく。


 サッカーボールを素早くかわしたのか、女の姿が姿見から消えた。


 あの聞き覚えのある声に、この正確なシュートを放てるのは……。


「暁斗、大丈夫? 助けに来たよ!!」


 やっぱりそうだ!!


 爽やかな笑顔を浮かべながら俺に駆け寄ってきたのは、エースストライカーの恵介だった。

 さらにそのうしろから、もう一人、見覚えのある男が駆け寄って来た。


 白い半袖の、夏らしい服を着たその人物……。 その男が息を切らしながら俺のそばまて来たその時、ようやく俺は、名前を思い出すことができた。


「い、いつき? お前、樹か!?」

「はぁ、はぁ……。久しぶり、暁斗君! まさか、こんな所で出会えるなんて、思ってもみなかったよ!」

「お、俺もだよ樹! 懐かしいなぁ~! お前、なんでここに……」


「暁斗、再会を喜ぶのは後にした方がいいと思うよ? まずは、ここから離れないと……」


 恵介に言われ、俺はハッと我に返った。

 そうだ、まだ脅威が去った訳ではない。

 またいつ、あの女が襲い掛かって来るか分からないからな。


「よ、よしっ! まずは、この場から離れよう!」

「で、でも……どうするの暁斗君? 正面には、まだあの女の人がいるかも知れないし……」

「大丈夫だよ、二人とも! こんな時は、裏道から逃げればいいのさ!」


 恵介の言う通りだ。

 この神社には階段の他に裏道があり、その両方から登って来られる。

 そうと決まれば、ぐずぐすしていられない。


 俺は、とっさに足元に突き刺さっていた矢を引き抜き、素早く裏道に向かって駆け出した。

 恵介と樹も、慌ててその場を離れる。


「ね、ねぇ暁斗君! その弓矢、どうするの?」

「証拠として持っていく! もしかしたら、何かの手掛かりになるかも知れないからな!」

「さすが暁斗! 抜かりないね!」


 ステージを降り、無数の姿見の間を駆け抜けていく。

 悔しいが、この状況だ。今はとにかく……逃げるしかない。






 とにかく、ここまで逃げれば安全だろう。

 境内から遠く離れた場所で、俺たちは息を整えていた。

 あの女が追いかけてくる気配はなし。


 それにしても……今日は厄日だ。

 なんでこんな暑いなか、謎の女に呼び出され、全力で走らなければならないのか。


 全身汗だくだ。喉もカラカラに渇いている。

 下手したら、熱中症で倒れちまうぞ……。


「はい、二人とも! これ、飲む?」


 その時、恵介が鞄の中からスポーツドリンクを二本取り出し、俺たちに投げ渡した。


「っと! 助かったぜ恵介……随分用意がいいな」

「いや~、それほどでもないよ~」


 恵介は、爽やかな笑顔を見せながら、自分のスポーツドリンクを鞄から取り出し、グッと一気に飲んだ。

 俺と樹もそれに続き、ドリンクを一気に喉の奥へ流し込む。



 だが、なぜ恵介はこの神社に来たんだ?


 見たところ制服姿だし、大きな鞄にスポーツドリンクが入っていた。

 さらに、先ほど放ったサッカーボール……。

 どう考えてもこれは、部活帰りにしか見えないのだが。

 まぁ、そのことはおいおい聞くとして……。


 ドリンクを飲み干した俺は、フッと息を吐き出しながら、隣でドリンクを飲む樹に目を向けた。

 今日一番のサプライズは、やはり、樹に再会できたことだろう。


 樹とは、小学校からの友人だ。

 生まれつき体が弱く、学校も休みがちで、よくイジメを受けていたっけ……。


 そんな樹に恵介が声を掛け、俺と樹は友達になった。

 しかし、樹は五年の時、転校してしまった。

 確か、東京に引っ越したって言ってたかな。


 そのすぐ後、俺もある都合で隣町に転校することになり、そこから、樹とは一切疎遠となった。

 高校生になり、再びこの陽神市に戻って来て……まさか、また樹と会えるなんて、思ってもみなかったな……。



「どうしたの、暁斗君? そんなまじまじとボクのこと見たりして……」「えっ? あ、いや……なんでもねぇよ。ただ、少し昔のことを思い出していただけで……」


 いつの間にか、自分の中で回想していたようだ。

 らしくないな。この暑さのせいで、どうかしている。


「もっといいこと教えてあげるよ、暁斗。なんと、高校も僕たちと一緒なんだよね~!」

「ええっ!? 本当か樹? お前、何組だ?」

「ボク、一組なんだ。暁斗君たちは、三組だよね? ボクもつい最近、百瀬君に再会して分かったんだ」

「あ、あの樹? そろそろ、僕のことも名前で呼んでくれていいんだよ? 小学校から、ずっとその呼び方だよね?」

「あっ、ごめんね百瀬君。この呼び方がしっくりすると言うか、なんか懐かしくて……」


 樹と恵介のやり取りも、昔となんら変わっていない。

 これから、また樹と高校で、昔のように他愛もない話で盛り上がったりできるんだな。

 そう考えると、何も刺激がなかった高校生活も、少しは楽しくなるか……。


「でも、帰ってきたなんて全然知らなかったよ。樹は、どこに越してきたんだ? 俺や恵介と同じ、北区か?」

「ううん、ボクは西区だよ。また、この街に戻って来ることができて、しかも、百瀬君や暁斗君とも再会できて、ボク、すっごく嬉しいんだ!」

「ああ、それは俺たちも同じだ。これからまたよろしくな、樹!」


 俺と樹は、互いに握手を交わした。

 普段、こんなにもテンションが高くない俺だが、どうも今日は気分が高揚している。

 やはり、この暑さのせいだな……。



「さて……そろそろ、聞かせてもらおうか、恵介……」

「ん? 一体なんのこと、暁斗?」

「とぼけるな。その格好は、どう考えても部活帰りだろ? なのに、お前はこの神社にいる……その理由を、教えてもらおうか」


 俺に、ごまかしは一切通じない。

 あの女のことも気になるが、まずは恵介のことだ。


「あらら……やっぱり、暁斗はごまかせないね。実はね……僕、謎の女に呼び出されたんだよ」

「は、はぁ!? な、なんだよそれ……俺と同じじゃないか! まさか、樹も?」

「ううん。ボクは、たまたま百瀬君の部活を見学していて、その時、変な電話が百瀬君に掛かってきたんだ」

「そうそう、しかも非通知でね。陽神神社で待っているって……」


 話を聞けば聞くほど、まさに俺の話と瓜二つ。

 一体、どういうことなんだ……?


「それで、急いで神社に来てみたら、暁斗が変な女に襲われていたって訳さ」

「でも、百瀬君がサッカーボールを持っていてよかったよ。もしも、あの女の人を追い払えなかったら……」


 あの女は俺だけではなく、恵介まで呼び出していた。

 一体、なんのために……?

 そもそも、女の目的はなんだったんだ?


 だめだ……暑さで、考えがまとまらない。

 とにかく、一度家に戻ることだ。

 あの女の放った矢は手に入れたし、なんとかここから謎を探っていければ……。


「あっ! ねぇ、暁斗! あの人って……」


 恵介の声で、ふと我に返った。

 よく見ると、恵介が境内に続く階段の方を指差している。


「あ? 一体どうしたんだよ恵介。暑くて、これ以上何も考えたくないんだが……」

「じゃなくて、ほら、よく見てよ! 境内から誰か下りてくる!」


 恵介の言葉を聞き、俺は慌てて階段に目を向けた。

 階段からは、恵介の言った通り、駆け足で階段を下りてくる何者かの人影があったのである。


 遠くからだったので顔は確認できなかったが、髪は長く、女性だということがなんとか分かる程度。

 しかし、あの女の服装、どこかで見覚えが……。


「あれ? あの人の服……陽神高校の制服じゃない?」

「えっ? ああ、そう言えば……そんな気もするようなしないような……」

「そ、そうだよ! 間違いないよ! それにあの人……同じクラスの市川さんかも知れない……」


 樹の言った市川という言葉……最近、どこかで聞いたような……。


「市川さんって……あの弓道部の市川夏海のこと?」

「うん、同じクラスなんだ。遠くからだったから、はっきりとは分からなかったけど、たぶんそうだと思う……」


 市川夏海


 あの、利き手の違う弓道部員か。

 しかし、もしそうだとして……なぜ、彼女が神社にいるんだ?


 まさか……彼女が、俺たちを呼び出した犯人なのか?


 くそっ、訳の分からないことばかりだ。

 とにかく、今日はもう帰ろう。


 まぁ、恐らく……今夜はぐっすり眠れないだろうけどな。

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