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帰宅部の探偵  作者: 黒岩京華
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弓道部の変わった部員

第一章 放たれた矢

 いつ見ても、寝覚めの悪い夢だ……。

 ぼんやりとした意識のまま、俺はあの不思議な夢から目覚めた。


 いつの間にか、机に突っ伏したままうたた寝していたらしい。

 窓からは、夕焼けの光が教室に射し込んでいる。

 時間的に、もう放課後だろうか……。


 教室の時計を確認しようとして、俺は眼鏡を掛けていないことに気がついた。


「……っと、眼鏡は確か机の上に……」


 ぼやけた視界のなか、机に手を伸ばすが、どこにも眼鏡が見当たらない。

 おかしいな……確か、このあたりに置いたはずだが……。


「あっ、おはよう暁斗! やっと目が覚めたみたいだね?」


 聞き慣れた爽やかな声に、ふと目線を上げると、前の席に、何者かが座っていた。

 白い制服を着ているのは分かったが、何しろ眼鏡を掛けていないので、その人物の姿はぼんやりとした輪郭しか見えない。


 しかし、その人物が何者なのか、そして、なぜ前の席に座っているのか……俺には、容易に推測出来た。


「……おい、恵介。さっさと俺の眼鏡を返せ。持ってるんだろ?」

「あれ? 何で分かったの? 僕が君の眼鏡を取って、しかも掛けているって……」

「お前のやりそうなことは大体想像がつく。と言うか、人の眼鏡を勝手に掛けるな」


 俺は素早く手を伸ばし、恵介から眼鏡を取り返した。

 眼鏡を掛け、改めて前を見る。

 前の席には、恵介が爽やかな笑みを浮かべながら座って俺を見ていた。

 小学生の時からあまり顔は変わっていない、相変わらずの童顔だ。


「ごめんごめん! 暁斗があんまり気持ち良さそうに寝てたからさ、ちょっとイタズラしたくなっちゃってね!」

「気持ちの悪いことを言うな。たくっ、その性格は昔から変わらないな……」


 呆れてため息をつき、俺は改めて時計を確認した。

 時間は、五時半を回っている。少し、寝すぎたみたいだな。

 こんな時間に残っているのは、部活をやってる奴らぐらいだろう。


「ねぇ、暁斗。何か、怖い夢でも見た? 凄い汗かいてるけど……」

「ん……? ああ、ここのところ毎日、同じ夢を見ていてな」


 夏のうたた寝は控えた方がいいな。目覚めると、いつも体に汗をかく。

 そう言えば、この話はまだ恵介に言ってなかったな……。

 興味があるかどうか分からないが、一応話しておくか。


「その夢って言うのはな……」


 俺は、恵介に夢の大まかな内容を話し始めた。

 と言っても、恵介のことだ。返ってくる言葉は恐らく……。




「ふ~ん……何だか、不思議な夢だね! そんなことってあるんだ~」

「……って、恵介。お前、この話にあんまり興味ないだろ?」

「あっ、バレた? まぁ、正直……僕の好奇心にはあまり響かなかったかな」


 言われなくても、恵介の性格は分かっている。

 何せ、小学校からの付き合いだからな。

 恵介の興味を引くには、よほどのことがない限り難しいだろう。


「ふぅ……まぁ、いいや。それより恵介、お前、サッカー部に行かなくていいのか?」

「あっ、そう言えばそうだね! それじゃあ、僕もそろそろ行こうかな……」


 恵介は爽やかな笑みを浮かべながら、椅子から立ち上がった。

 恵介は、小中高とずっとサッカー部に所属している。

 認めたくはないが、サッカーの実力は本物だ。

 まさに、チームのエースストライカーと言っても過言ではないだろう。



「そう言えば、暁斗」

「ん? なんだ、恵介」

「高校生になって、もう一学期も終わりに近づいているけど……暁斗は、部活に入らないの?」

「なんだ、またその話か……。いい加減、しつこいぞ恵介」


 高校に入学し、恵介と同じクラスになり、もうこの話は何回目になるか分からない。

 俺が部活に入ろうが入るまいが、恵介には関係ないことだ。


「う~ん、もったいないなぁ。小学校の時は剣道部で、全国制覇を成し遂げた実力があるのに……今からだって遅くないから入りなよ? いい線、行くと思うよ?」

「アホ。剣道は、小学校卒業と同時に止めて、中学の時も何の部活もしてこなかったんだ。腕なんか、とっくになまってるよ」


 俺は自分で、熱しやすく冷めやすい性格だと自負している。

 小学生の時は、なぜか剣道に興味を持ち、いつの間にか全国制覇を成し遂げたが、それと同時に、俺の剣道熱は冷めた。

 それからと言うもの、俺の興味を引くものは何もなく、今日まで平穏に過ごしてきた。


 何か一つのことに取り組むのを否定する訳ではないが、剣道をやっていて分かったことがある。

 それは、とても疲れると言うことだ。


「そっか……暁斗が剣道部に入れば、まりなも喜ぶと思ったんだけど……」

「おい、あいつを名前で呼ぶとお前、ギタギタにされるぞ? それに、南雲は関係ないだろ?」


 恵介に何と言われようと、俺は部活に入る気はない。

 強いて言うなら、今の俺は……帰宅部といったところか。

 とにかく、俺は平穏に高校生活を送りたいのだ。


 なるべく面倒なことには関わらず、ごく普通に、平和に人生を送りたい……。

 それが、俺のささやかな願いだ。


「はぁ~……。まぁ、あんまりしつこいのもよくないよね。それじゃ、今度こそ僕は部活に行くよ」


 まったく、ようやくあきらめたか。

 さて……帰宅部は帰宅部らしく、俺も早く帰るかな。


「あっ、そうそう! もう一つ、言うことがあったんだ!」


 教室を出る時、突然恵介が立ち止まってこちらに振り返った。

 何かを企んでいるような、不気味な笑みを浮かべている。


「なんだ? まだ何かあるのか?」

「うん! たぶん、暁斗も興味を持つ話だと思うよ?」

「ふ~ん……まぁ、一応言ってみろ。期待せずに聞くよ」


 俺はため息をつきながら、帰り支度を整えて椅子から立ち上がった。

 よほどの話でなければ、俺に興味を抱かせられないぞ。


「実はね……弓道部に、変わった部員が二人いるんだよ!」

「弓道部に……変わった部員?」

「そう! 一人は、二年の“加々島 琴羽”先輩。もう一人は、今年入った一年の“市川夏海”だよ。どこが変わっているかは、自分で確かめてみて! それじゃ!」


 恵介はそれだけ言い残し、教室を出て行ってしまった。


「あ、あいつ………意味深な言葉を残して行きやがって。これじゃあ、弓道部に行くしかないじゃないか……」


 せっかく早く帰ろうと思っていたのに……。

 仕方ない。たまには少し、寄り道していくか。







 恵介には、部活観察という少々変わった趣味がある。

 その趣味は、小学校の時から変わらない。

 たぶん今回も、最初からサッカー部に入ることは決まっていたのに、仮入部で弓道部に入り、人間観察をしていたのだろう。

 無論、他の部活でも人間観察をしていたに違いない。


 毎回、部活の活動状況や、所属している部員の名前など、一体、どうやって入手してくるのか、そこだけが今でも疑問のままだが……。

 とにかく、そんな恵介が変わった部員というぐらいだ。これで大したことなかったら、俺の貴重な時間を潰した罰として、その罪を償ってもらおう。



「それにしても……」


 弓道部に向かう途中、俺は立ち止まってため息をついた。

 この陽神ひのかみ高校は、とても変わった構造をしている。


 俺たちのクラスがある中央校舎、そして、東西南北にそれぞれ別の校舎があり、中央校舎と長い渡り廊下で繋がっている。

 弓道部や、南雲のいる剣道部などがあるのは、東校舎だ。

 この高校に入学して三ヶ月ほど経つが、いまだに校舎の移動は面倒で仕方がない。

 この校舎を設計した奴の感性を疑うぜ……。



 夕闇の迫る渡り廊下を抜け、東校舎や到着した。

 校舎のあちこちから、大勢の生徒たちの声が聞こえている。

 東校舎には運動系――主に、屋内スポーツ系の部活が集中しているため、この時間になっても、元気のよさそうな声が聞こえているのだ。


 校舎の左右に大きな体育館があり、その間に剣道部が活動する武道場がある。

 中にはもちろん南雲がいるだろうが……。

 挨拶ぐらいしてもいいのだが、南雲のことだ。また、しつこく俺を部活に誘ってくるかも知れない。

 剣道部はまたの機会にして、今はとにかく、弓道部へ急ごう。



 弓道部は、東校舎のいちばん奥にある。

 弓道場の隣には小さな中庭があり、そこから弓道部の活動を見学できるみたいだ。

 中庭には誰もいないみたいだし、わざわざ部室に入る必要はないだろう。


「さてと、弓道部の変わった部員はどこだ……?」


 中庭に設置された木の椅子に座り、弓道場の様子をしばらく眺めてみる。

 白い弓道着を着た十人ほどの生徒が、横一列に並んで矢を放つ。

 放たれた矢は、数メートル離れた的へ向かって次々に飛んでいき、ドスッと音を立てて突き刺さった。


「ふ~ん……それにしても、よくあんな離れた的に当てられるもんだ」

 恵介の言っていた変わった部員の一人は、すぐに確認することができた。

 大勢の部員の中で、ひときわ目立つ女子部員がいたのである。


 長い黒髪をうしろで一本に束ね、鋭い目付きで的を睨み付けているその女子部員。

 オレンジの光が、彼女の白い肌をキラキラと照らし出し、周りに幻想的な雰囲気を漂わせている。


 空気がピンッと張りつめるなか、彼女は左手で和弓を取り、右手で矢を弦に掛けた。

 キリキリと弦がしなり、瞬間、矢が的に向かって勢いよく飛んでいき、真ん中に突き刺さったのだ。


 二発目、三発目を次々に放つが、そのすべてが正確な射撃であり、輪を描くように、矢がすべて的の中心に突き刺さっている。

 こう言ってはなんだが、他の部員の射撃があまり正確ではなかったので、彼女の腕がより目立ったのだ。


「す、すごいです加々島先輩! 尊敬します!」

「相変わらず、正確な射撃だな加々島……」


 後輩の女子部員からも、男子部員からも称賛されている彼女こそ、恵介の言っていた変わった部員の一人……加々島 琴羽だ。

 しかし、弓道の腕が他の部員より少しうまいだけで、それ以外に変わったところはなさそうだが……。


 仕方がない……とにかく、もう一人の変わった部員とやらを捜してみるか……。


「おおっ……!」

「す、すごいよ先生!」


 もう一度弓道場へ目を向けた時、生徒たちの間から何やらどよめきが上がった。

 どうやら、誰かが的に向かって矢を放ったらしい。

 矢は、見事的の真ん中に突き刺さっている。


 大勢の生徒たちに囲まれ、照れたように頭をかくその女性。

 あの人は確か……俺たち一年三組の担任である、“白羽深雪”先生だったかな。


 いつもは肩まで伸びている黒髪を一本に束ね、弓道着に身を包んだその姿は、どこか神秘性のようなものを感じる。

 目は赤く輝き、入学式の時から印象に残っていた。

 まさか、先生が弓道部の顧問だったとは知らなかったな……。

 それに、弓道に関してはかなりの腕前らしい。


「そ、そんな……私なんてまだまだだよ。皆の方がよっぽどうまいって……」

「またまた、先生ったら謙遜しちゃって!」


 顔を赤く染めて照れている先生に向かって、他の生徒たちから突っ込みが入る。

 弓道部の皆からは、慕われているみたいだな。


「さあ! もうすぐ大会も近いんだから、皆、練習に戻って戻って!」


 先生が手を叩くと、今まで先生の周りに集まっていた生徒たちが素早く元の場所に戻り、何事もなかったかのように練習を再開した。

 全員から慕われているだけではなく、弓道部全体の統率もうまく取れているみたいだな。



 全員が矢を放って練習しているなか、一人だけ、先生の隣に立つ生徒が少し気になった。

 黒く、綺麗な前髪が右目にかかり、どこか妖しげな雰囲気を漂わせているその女子生徒。


 先生から小声でアドバイスを受けた後、彼女は弓を構え、矢を弦に掛けた。

 きりきりと弦をしならせた後、矢はまっすぐ的に向かって飛んでいく。

 惜しくも的の中心からずれてしまったが、それでも、弓道の腕前はそこそこある。


 気になったのは、彼女の弓の構え方だ。

 加々島 琴羽に先生、さらには他の部員たちは全員、左手で弓を持ち、右手で矢を持って弦を引いているのに、彼女だけが他の部員とは利き手が逆だったのである。


 まぁ、だからなんだという話だが……。

 もしかして、彼女がもう一人の変わった部員か?


「おい、見たか? やっぱり噂通りだっただろ?」

「あれが、今年入った一年の市川って奴か……。本当に、利き手が逆なんだな……」


 いつの間にか、俺のうしろに二人の男子生徒が来ていた。

 どうやら、俺と同じく弓道部を見学に来ているみたいだが……。


 まぁ、これで彼女が市川夏海だということが分かった。

 しかし、利き手が違うことが、そんなに珍しいのか?

 弓道のルールなどはまったく知らないが、彼女は普通に矢を放っている。


 恵介の言っていた変わった部員の二人、加々島 琴羽と市川夏海……。

 大げさに言っていた割りには、あまり興味を抱くほどではなかったな。


「ちっ! 恵介の野郎……思わせ振りなこと言いやがって」


 時間は、すでに六時を回っている。

 日が長くなったとはいえ、空はだんだんと暗くなっていく。


 時間を無駄にしたな……。

 今からサッカー部に行って、恵介に文句の一つでも言いたいところだが、今はそれすらも時間が惜しい。


 さて………俺も帰るかな。

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