盤上の探り合い
第四章 火宝のありか
真昼の陽神市中央区の駅前は、今日も凄い人出だ。
夏休み初日だし、当たり前と言えば当たり前なんだけど……。
駅前の温度計は、三十度近くを示している。
これから午後に掛けて、さらに暑さは増していくことだろう。
こんな日は家でのんびり過ごしていたかったんだが、どうやらそうもいかないらしい。
せっかく、濡れ衣が晴れて警察から解放されたというのに……。
俺は今、人通りの多い駅前を力なく歩いていた。
すれ違う人すれ違う人、ジロジロと俺に不思議そうな目線を向けてくる。
しかし、その目線は俺に向けられたものではない。俺の前を行く、白い陰陽師に向けられたものだ。
怪盗・青玄
下駄の音を鳴らしながら、優雅に歩くその姿は、まさに異常だ。
こいつ、こんな服装で暑くないのだろうか。
「おや、どうしました暁斗さん? あまり元気がなさそうですが……」
「……おい、あまり俺に話しかけるな。たくっ、恥ずかしくてかなわないぜ……」
端整な顔立ちをした青玄は、周りの目を気にする様子もなく、ニコリと笑みを浮かべながら俺に話しかけてきた。
俺が無視すると、青玄は扇を扇ぎながら再び前を向いて歩き出した。
陽の光に輝く綺麗な黒髪が、扇の風でひらひらと棚引く。
「……で? 一体どこまで行くつもりだ。火宝伝説に関する話を聞かせてくれるんだったよな?」
「まぁまぁ、そう慌てずに。それにしても……今日は暑いですねぇ……」
「おい、いい加減にしろ! こっちはこれ以上無駄な時間を過ごしたくないんだ! 暑いし、お前のせいで目立つし……」
「おやおや、せっかちですね暁斗さんは。分かりました。では、こちらへどうぞ……」
そう言うと、青玄は少し早足になり、人通りが少なそうな裏道に入り込んだ。
俺も、青玄を見失わないように急いで後を追いかける。
まったく、イライラするぜ……。
とにかく、こいつに関しては分からないことが多すぎる。
このまま帰ったら、再び疑問だらけで夜眠れなくなるだろう。
仕方なく、青玄に付いて行くしかないのだ。
裏道は駅前と違って、まったくと言っていいほど人通りがない。
薄暗くゴミが散らかっている細い道を、青玄は優雅に、まるで泳ぐように進んでいく。
それにしても、駅前にこんな細い裏道があるなんて初めて知ったな。
なぜ、青玄はこんな道を知っていたのだろうか……。
俺も知らない道を知っていたということは、このあたりに土地勘があるということだ。
なら、青玄は陽神市の出身なのだろうか。
それに、こいつが男なのか女なのかも分からないし……。
まぁそれらも合わせて、青玄には色々質問させてもらうとするか。
「ところで暁斗さん、お腹が空きませんか?」
「……うわっ! びっくりした……おい、急に話しかけるなって言っているだろ!」
「おっと、これは失礼……お腹が空いているのなら、わたくしが御馳走して差し上げようかと思っていたのですが……」
「いや、確かに腹は減っているが、今はそんなことよりお前の正体や、火宝伝説の情報を知る方が先だ。一食抜いても、死ぬ訳じゃないからな」
「ほほほほ! 食欲よりも好奇心が勝りますか。しかし、張り切るのはいいですが、腹が減ってはなんとやら……このままでは、推理が捗りませんよ? ほら、あそこで少し御食事にしましょう」
青玄はパチリと音を立てて扇を閉じ、前を指し示した。
いつの間にか裏道を抜け、少し開けた場所に出たみたいだ。
裏道を抜けた先には、白い外装の建物が一軒だけポツリと佇んでいた。
扉の横には古ぼけた看板が掛かっていたが、文字は一部しか読む事が出来ない。
あれは……“将棋”……? この建物は、将棋クラブが何かなのだろうか?
まさか、裏道を抜けた先に将棋クラブがあるなんて知らなかったな……。
「御食事と言っても、茶菓子やおにぎり程度ですがね。ささ、入りましょう」
青玄はなんの躊躇もなく、将棋クラブの扉を開け、ズカズカと中に入って行ったのである。
俺も、慌ててその後を追いかけた。
「お、おい待てよ! また勝手なことを……。住居侵入でお前と一緒に捕まるのはごめんだぜ!」
「ほほほほ! 暁斗さん、御安心下さい。今日は、ここを貸し切りにしてありますから。誰も来ないと思いますよ?」
貸し切りだって?
確かに、建物の中は人気がなく、シーンと静まり返っている。
受付と思われる場所にも、人の姿はなかった。
「暁斗さん、どうしました? さぁ、こちらにどうぞ」
青玄は、奥の座敷部屋に優雅に座り、笑顔で俺を手招きしていた。
青玄の前には、なぜか将棋盤が置かれている。
ちゃぶ台の上には、青玄の言う通り、茶菓子とおにぎりが置かれていた。
将棋クラブを貸し切り、すでに食事まで用意しているということは、最初から俺をこの場所に呼び出すつもりだったのか……。
警察署で謎解き勝負を仕掛けてきた時から、すでに先を読んで準備していた事になる。
さすがは、天下にその名を轟かせる怪盗・青玄だな……。
将棋盤を挟み、俺は青玄と向かい合って座敷に座った。
盤上には、将棋の駒が綺麗に並べられている。
「ところで、暁斗さん。将棋は嗜みますか?」
「な、なんだよ……藪から棒に。まぁ小学生の頃、父さんと少しはやったことがある程度だが……」
「そうですか。なら、将棋をしながらお話しましょう。先手は、暁斗さんからどうぞ」
「は、はぁ? な、なんでお前と将棋なんか……」
いきなり将棋勝負を挑まれしまった。
かと言って、青玄は俺が指すのをニコニコしながら待っている。
仕方ない……将棋を指しながら、こいつに話を聞くとするか。
ため息をつきながら、俺は将棋盤の駒に手を伸ばし、パシリと駒を動かした。
「ほほほほ! そう来なくてはおもしろくありません。では、わたくしも……」
青玄も、慣れた手つきで将棋盤の駒を掴み、パシリと音を立てて駒を動かした。
負けじと、俺も間髪入れずに駒を指す。
シンと静まり返った室内に、将棋を指す音だけが響く。
「暁斗さん、わたくしに質問したいことがあったのではありませんか?」
「……えっ? あっ! そういえば……」
「ほほほほ! 将棋に集中するのは良いですが、本来の目的を忘れては困りますよ」
気がつけば、将棋を数十手指していた。
こんなことをしている暇はない。早くこいつに質問し、疑問を解消しなければ……。
俺は将棋を指す手を止め、息を整えながら改めて青玄を見た。
「……それじゃあ、最初の質問だ。警察署でお前が見せたあの不思議な力は……マジックの一種か?」
「おや? そんな質問で宜しいのですか?」
青玄も将棋を指す手を止め、お茶を一口優雅に飲んで、扇をバッと広げた。
「その通り、あれはわたくしの得意としている火薬マジックの一つです。あらかじめ、会議室に仕掛けてあった火薬と煙幕を、遠隔操作で起動させたのです。窓を同時に開いたのも、特別な仕掛けによるものですね」
「なるほど。それじゃあ、お前はマジシャンということか?」
「ええ、その通りですよ暁斗さん。まぁ、元・マジシャンですがね……」
優雅に扇をパタパタと扇ぎながら、青玄は躊躇なく俺の質問に答えていく。
まぁ、これぐらいは想定出来ていたことだけどな。
「元々アメリカを中心に、青玄という名でステージマジシャンとして活躍していたんですよ。テレビにも出たことがありますし……御覧になったことはありませんか?」
「いや、残念ながらないな……。なら、なんでお前はマジシャンではなく、怪盗・青玄として世に名を知らしめているんだ?」
質問しながら、俺は再び将棋を指した。
青玄はニヤリと笑みを浮かべ、間を置かずに角を動かして、俺の陣地に突入させた。
角成り馬か……。少し分が悪いな。
「マジシャンを辞めた理由……ですか。そうですねぇ……一つ上げるとすれば、刺激が感じられなくなった……からでしょうか」
「刺激が感じられなくなった? 一体、どういうことだ?」
飛車を真ん中から突入させて歩を取り、王手を掛けた。
青玄は、慌てることなく、飛車の前に歩を置く。
「毎日毎日、観客にマジックを見せる……それもいいのですが、やはり人生には刺激が必要です」
「それで、選んだのが怪盗だったのか? 他にも色々あったと思うんだが……」
「いえいえ。マジシャン時代に培った数々のイリュージョンを駆使すれば、刺激のある素晴らしい怪盗生活が送れると考えましてね。いやいや、思った通り、刺激のある素晴らしい生活を送れていますよ!」
飛車を逃がすと、今度は青玄が飛車を突っ込ませて来た。
歩を取り、飛車成り龍か。まずい……押されているな……。
「暁斗さんも、どこかわたくしと似ているのかも知れませんね」
「は、はぁ? 俺とお前が……似ているだと?」
「ええ。わたくしは、人生に刺激を求めて怪盗になりました。暁斗さんも、毎日の生活に飽きていたところに、火宝伝説の話を聞きつけて、陽神調査委員会に入ったのではありませんか?」
「ちっ、お前と一緒にするな!」
青玄の言葉を否定しながら、こちらも飛車を動かして成っていた角を取った。
青玄は表情を変えることなく、飛車を自陣に下げる。
「お前は自らの欲望を満たすために怪盗をやっているんだろうが、俺は違う。ただ、気になることがあると眠れなくなるから、仕方なく謎を解いているんだよ」
「仕方なく……ですか。わたくしには、楽しそうに見えますけどねぇ……」
飛車が下がった今なら、王を囲む時間が出来るな。
金を動かして王を囲むと、青玄は守りの薄い端に飛車を動かした。
少し冷静になりつつ、俺はお茶を一口飲んだ。
とにかく、こいつが元・マジシャンで、怪盗・青玄本人だということは分かった。
しかしそれだと、再び新たな疑問が浮かび上がってくる。
「……もう一つ質問だ。世に名を知らしめている怪盗・青玄が、なぜ陽神市の火宝伝説を調べているんだ? しかも、あるかどうかも分からない都市伝説みたいなものだぞ?」
「まぁ、それは……自分で言うのもなんですが、世界の絵画や美術品を華麗に盗み出す怪盗・青玄が、“地元の宝”を盗めていないとなれば、名が廃るというものでしょう?」
「地元の宝……だと?」
金と銀で守りを固めるなか、青玄は飛車を端に突っ込ませた。
なるほど……端から守りを崩すつもりか。
真ん中からも、銀と桂馬が攻めて来ている。
「……ということは、お前は、陽神市の出身なのか?」
「おや、言っていませんでしたか? そうですよ。わたくしは、陽神市西区の出身です。暁斗さんと同じ、陽神高校も卒業していますしね」
なるほど。どおりでこのあたりの土地勘がある訳だ。
しかし、この容貌からは、男だか女だか分からないけど……。
「ちなみに、怪盗・青玄の性別は秘密ですよ? その方が、神秘性があって良いですからね!」
「いや、そんなことは聞いてないから……」
たくっ、こいつは心でも読めるのか? もしくは、俺の表情を読み取ったか……。
ため息をつきつつ、さらに王の守りを固めた。
青玄は、待ってましたとばかりに桂馬を跳ねさせ、守っていた金を取ってきたのである。
くそ……置く場所を間違えたか……。
「高校卒業と同時に、マジシャンになるため、アメリカに渡りました。それから二年で、ステージマジシャンになれましたけどね」
「なるほど、天才なんだな……。お前なら、怪盗になっても不思議じゃないと、今思ったよ……」
桂馬を歩で取ると、青玄は何も利いていない場所に飛車を突っ込ませ、横を守っていた銀を取った。
「暁斗さん、王手ですよ?」
「言われなくても分かってるよ!」
俺は、王を安全な場所に逃がした。
青玄は、続けて飛車を横に伸ばし、香車を取った。自陣は、飛車のせいですでにボロボロだ。
まぁ、本気で将棋をやっている訳じゃないし、別にいいか。
とにかく、青玄は陽神市の出身だということが分かった。
火宝を狙う理由も明らかになったが、それならそれで、再び疑問が浮かび上がってくる。
「青玄、もう一つ質問だ。お前は、一体どこから火宝伝説の話を入手したんだ? まさか……ネットの掲示板とか言うんじゃないだろうな?」
「……惜しいですね、暁斗さん。ネットはネットですが、掲示板からではありませんよ」
王を新たに逃がすと、青玄はニコリと微笑みながら飛車をスッと自陣に下げた。
「掲示板じゃない? なら、一体どこから……」
「ほほほほ! 実に運が良かったですよ。妹のパソコンをハッキングしていたら、火宝伝説の話が入手出来たんですからね」
「ハッキングって……またとんでもないことを。いや、でも待てよ……なんで、妹のパソコンに火宝伝説の話が載っていたんだよ?」
「それはもちろん、わたくしの妹も陽神調査委員会に所属しているからですよ。暁斗さんも、すでに顔を合わせていると思いますが?」
それを聞いて、駒を動かす手が思わず止まった。
怪盗・青玄の妹が……陽神調査委員会の中にいるだって!?
誰だ……い、一体誰が青玄の妹なんだ?
動揺する俺の様子を見て、青玄はニヤニヤと笑みを浮かべながら扇で自分を扇ぎ出した。
「ヒント……と言うより、ほぼ答えですね。わたくしの本名は、“西沢ケイ”です。もう、お分かりですね?」
怪盗・青玄の本名は、西沢ケイ……。
その妹が陽神調査委員会に所属しているとなると、もうあいつしかいない。
それなら、こいつのハッキング能力も頷ける。
「ああ、御安心下さい。妹は、わたくしと協力している訳ではありませんから」
「……そうだろうな。だが、もしかしたらあいつは、すでにお前が来ていることを知っているんじゃないのか?」
「ええ、賢い妹のこと。怪盗・青玄がわたくしであること、わたくしがパソコンをハッキングし、火宝伝説の話を入手したことまですでに把握していると思いますよ。ほほほほ……そこまで分かっていながら、果たして妹はどう出てきますかねぇ……」
青玄は、この状況を楽しんでいるかのようにニヤリと笑っている。
やっぱり……“こいつも”おかしい奴だ。
「なるほど。それで? お前は月岡竜大に近づいて、奴を利用しながら火宝を探しているという訳か?」
「利用だなんて、人聞きが悪いですねぇ、暁斗さん。彼女とわたくしは、互いの利害が一致したため、協力関係を結んでいるのですよ。火宝が手に入った暁には、二人で山分けすることになっているのですから」
協力関係と言っているが、こいつは何を考えているか分かったものじゃない。
狡猾そうだし、月岡竜大だって、いつ裏切られるか……。
というか、月岡竜大といい、青玄といい、俺の周りにはなぜこうも変な奴らが集まってくるんだ?
性格もそうだが、どっちも中性的だし……。
あっ、南雲や加々島からして女なのに男勝りな性格だし、類友ってやつなのかねぇ……。
「それで、先程の話なのですが……」
「……ん? 先程の話?」
「ええ。あなたにも、火宝探しに協力して欲しいというお願いですよ」
「そのことか……さっきも言ったが、俺は犯罪に加担する気はないぞ。火宝なら、月岡竜大と二人で勝手に探すんだな」
「おや、それは困りますねぇ……では、暁斗さんは火宝伝説に関する新たな情報を知りたくはないのですか?」
「ぐっ……そ、それは……」
確かに、陽神調査委員会も知らない情報が何なのかは気になる。
しかし、犯罪に加担する訳にもいかないしな……。
「暁斗さん、心配することはありませんよ。貴方は、わたくしに情報を提供してくれるだけで良いのです。そうして下されば、暁斗さんにも火宝を山分けしたいと思っているのですよ?」
「ギブアンドテイクという訳か……。しかし、それだと陽神調査委員会を裏切ることになりそうだな……加々島を怒らせたら、何をされるか……」
「ほほほほ、心配性ですねぇ、暁斗さんは。では、この将棋でわたくしが勝ったら、協力するというのはどうでしょう?」
「は、はぁ? また勝手なことを言って……」
「さぁ、そうと決まれば再開しましょう! ほら、次は暁斗さんの番ですよ」
ほぼ強引に、将棋を再開させられてしまった。
仕方ない……取り敢えず、王を逃がすとするか。
「はい、王手ですよ」
「な、なに? くそっ……」
王の頭を香車が狙っている。仕方なく、王の前に歩を置いた。
「はい、また王手ですよ」
「なっ? これでどうだ!」
「ほほほほ、またまた王手です」
どれだけ王を逃がしても、青玄は素早く王手を掛け続けてくる。
いつの間にか、王が端まで追い詰められているな……まずい、このままでは……。
「……はい、これで詰みですね」
「えっ……あっ……」
飛車と銀を利かせ、最後は金を王の頭に置かれ、あっという間に詰みとなった。
青玄は、得意気な様子で扇をパタパタと扇いでいる。
「ほほほほ! 言うのを忘れていましたが、わたくしは将棋四段なのですよ」
「なっ!? 有段者かよ! ずるいぞ、俺が勝てる訳ないじゃないか!」
「ほほほほ! それでも、勝負は勝負です。さぁ、約束通り……火宝探しに協力して貰えますよね?」
こいつ……もう、数手で俺を詰ませられると知っていてあんなことを言ったんだな。
そんな約束をした覚えはないが、このままではいつまで経っても火宝伝説の情報を話してくれそうにない。
「はぁ……分かったよ、お前と協力すればいいんだろ?」
「ほほほほ! 承諾して下さいますか! これは、心強い仲間が加わりましたね」
青玄は満面の笑みを浮かべ、扇をパチリと閉じた。
協力するとは言ったが、それはあくまでも表面上だけ。
陽神調査委員会での活動を優先し、先に火宝を見つけてしまえばいいのだ。
手に入れた情報も、青玄に伝えなければいいだけだしな。
少しずるいとは思うが、青玄も目的のためなら手段を選ばない奴だし、これでおあいこだと思えばいい。
「……それじゃ、協力すると決まった訳だし、さっそく火宝伝説に関する情報を話して貰おうか?」
「ほほほ、それもそうですね。でも、その前に……わたくしからも一つ、宜しいでしょうか?」
「なんだ? 今度はお前から質問という訳か」
「ええ。聞いたところによると、火宝伝説の話に現実味を持たせるため、仮説を立てるそうですね?」
「……ああ、その通りだ。今日の夕方、雪子の手紙の解読結果が届くことになっている。そしたら、火宝の隠し場所が分かるだろ……」
まさか、そんな情報まで漏れていたとは……。
委員会の管理体制は、本当に大丈夫なのか?
「神奈備家の末裔である暁斗さん。そして、雪子の残した手紙……。伝説とは言っていますが、その昔、本当に起きた出来事なのではと、わたくしは思っています」
「まぁ、確かに。火宝伝説が真実であるという証拠が、次々に見つかっているからな」
「そこで、暁斗さんに御聞きしたいのですよ。その昔、この陽神の地で何が起きたのかを……もう、ある程度は仮説が出来上がっているのでしょう?」
もう、そこまでお見通しだったか。
確かに、八割ほど仮説は完成している。
本当は、最初に加々島たちに話すはずだっだんだが……仕方ない。
今は、話を前に進めるとするか。
「……分かった。ただし、まだ途中までしか出来上がってないからな」
「ええ、構いませんよ。聞かせて下さいませんか?」
お茶を飲み干して一息つきつつ、俺は火宝伝説の仮説をゆっくりと青玄に語って聞かせた。
「……とまぁ、俺の立てた仮説はこんなところだ」
「ほぉ……さすがは暁斗さんですね。よく、あの火宝伝説の話を聞いただけで、そこまでの仮説を立てられるものです」
黙って俺の仮説を聞いていた青玄は、感心した様子で扇を再びバッと広げた。
「あとは、この仮説に雪子の手紙の内容を組み合わせれば、火宝のありかが分かるだろ。さぁ、次はお前の……」
「……しかし、惜しいですね。その仮説は、五十点です」
「はっ、はぁ!?」
青玄は扇で自分を扇ぎながら、涼しい顔でいきなり俺に言い放った。
「おい! 俺の仮説が五十点とは、聞き捨てならないな。自分で言うのもなんだが、この仮説がいちばん理に適っていると思うぞ? 内容に、矛盾はないと思うが……」
「ほほほほ! 落ち着いて下さい、暁斗さん。何か、忘れていませんか?」
「忘れている? 一体何を……」
「これからわたくしが話そうとしている、火宝伝説に関する新たな情報ですよ」
そうだった……。
青玄の情報によっては、俺の仮説が根底から覆る可能性がある。
青玄が五十点と言ったのも、頷けるか。
「わたくしがこれから話そうとしている情報は三つ。それらを組み合わせて、仮説を立て直してみて下さい。恐らく、今話した仮説が間違っていると気付くはずですよ」
「ほぉ……それじゃあ、さっそく話して貰おうじゃないか」
青玄はニヤリと笑みを浮かべながら、扇を閉じて俺にグッと顔を近づけてきた。
俺は、慌てて青玄から顔を離す。
「まず、一つ目の情報です。火宝伝説では、神奈備雪子が白羽家と黒羽家の両家に呪いを掛けたと語られていますが、まずそこが間違っています」
「……はぁ? 一体どういうことだ? 火宝伝説の、最初の最初じゃないか……」
「わたくしが入手した情報によると、神奈備家がこの陽神の地に来る二年前から、白羽黒羽両家には、すでに呪いが掛かっていたそうですよ? これを、どう考えますか?」
「………その話だと、神奈備家は最初から陽神の地に住んでいた訳じゃないということになるな。なら、なぜ神奈備家はこの陽神の地に……?」
一つ目の情報で、もう俺の仮説は崩れ去った。
これだと、北条の言っていた通り、神奈備雪子は伝説で語られているような人物ではないことになる。
そして、新たに浮かび上がった疑問。
白羽黒羽両家に呪いを掛けたのは、一体誰なんだ?
そして、神奈備家がわざわざ陽神の地に来た理由は……。
「二つ目の情報です。この地には、神奈備家が来る以前から、“八咫烏一族”という、別の陰陽師が住んでいたようですよ」
「や、八咫烏一族!? それに、別の陰陽師ってことは……」
白羽黒羽両家に呪いを掛けたのは、その八咫烏一族だということか?
しかし、火宝伝説の話には、八咫烏一族の八の字も出てきていない。
なぜだ……それに、神奈備家が陽神の地に来た理由は……。
八咫烏一族と、神奈備家……二つの陰陽師の関係性を考えれば、答えは導き出されるか……。
「ほほほほ! 真剣に考えておられますね。わたくしの情報は役に立っていますか?」
「……ん? ま、まぁな……。しかし、お前は一体どこからこんな情報を? 掲示板にも書いていなかったことだぞ?」
「それは、直接お話を御聞きしたからですよ……陽神市に住む、黒羽家の末裔にね……」
「なっ!? 黒羽家の……末裔だと……」
こいつ……一体、いくつ情報を隠し持っているんだ?
こうも次から次へと情報を出されては、整理するのも時間が掛かって仕方がない。
白羽家の末裔は、恐らく弓道部の顧問であり担任の白羽深雪で間違いないだろう。
しかし、黒羽家の末裔が誰なのか、今の俺には分からない。
「ほほほほ! 悩んでいるようですね。黒羽家の末裔は、貴方のすぐ近くにいるかも知れませんよ?」
「お、俺のすぐ近くだと? も、もしかして……陽神調査委員会のメンバーの中に……?」
「さぁ、どうでしょうか……無論、もう姓は変わっていますがね……」
青玄は、ニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべて話をはぐらかした。
くそっ……これでは考えが纏まらない。
とにかく、今は黒羽家のことは後回しだ。
青玄の最後の情報が、すべての鍵を握っている。
「それでは三つ目、最後の情報です。ですが、この情報はあまり役に立つかどうか分かりませんが……」
「なんだ、もったいぶって。何でもいいから、早く言え」
「ええ、では。神奈備雪子が処刑された場所なのですが、伝説では神社の境内となっていますが、実は社を越えた先の丘の上で首をはねられたそうですよ」
「社を越えた先の……丘?」
「はい。憶えていませんか? 小学生の頃、よく丘の上までちょっとした遠足に行ったことがあるじゃありませんか」
なるほど、そういえばそんなこともあったような気がする。
社を越えた先の、丘の上か……。
『見つけて下さい……』
その時、昨夜見た夢のことを思い出した。
あの時、神奈備雪子は、光となって社の奥に消えていったよな……。
“見つけて下さい”ということは、その丘が火宝と関係があるのだろうか。
いや、それはあくまでも夢の話だ。信憑性はまったくないと言っていい。
しかし、この情報は頭の隅に置いておこう。あとで、何か役に立つかも知れないからな。
「以上が、わたくしからの情報です。いかがでしたか? では……再び仮説を立て直してみて下さい」
そう言うと、青玄はその場にスッと立ち上がり、フワリと空中に浮かび上がった。
そして、青玄はゆっくりと将棋盤の上に着地する。
「お、おい……もう行くのか?」
「ええ。わたくしの話は終わりましたし、まだやることが残っているので、今日はここまでにしましょう。暁斗さん、わたくしとの約束……くれぐれもお忘れなきよう……」
青玄が扇を勢いよく扇いだその瞬間、部屋中に白い煙が充満した。
徐々に青玄の姿が見えなくなり、部屋の中で爆発音と共に、火柱がいくつも上がっているのが確認出来る。
「くっ! また火薬マジックか……」
「では、御機嫌よう暁斗さん! またいずれ、お会いしましょう!」
青玄の声と共に、部屋の中に激しい突風が吹き抜けた。
それと同時に、部屋中に充満していた白い煙が一気に晴れたのである。
煙の晴れた部屋を見渡してみるが、もうそこに青玄の姿はなかった。
「……行ったか……。まだ、何か隠していそうだったんだが……」
気になることはいくつかあるが、何はともあれ、新たな情報は入手出来た。
あとは、加々島からのメールを待つだけだな。
それにしても、怪盗・青玄か……。
また、厄介な奴が現れたもんだぜ。
その日の夕方。
家の縁側で夕陽を眺めながら、火宝伝説の仮説を纏めていると、突然加々島からメールが届いた。
雪子の手紙の内容だな。最後の情報を組み合わせれば、俺の仮説は完成する。
さっそく、携帯を開いて内容を確認してみた。
『事件は解決したか? これより、手紙の解読結果を送る。内容をよく読んで、自分なりの仮説を立ててみてくれ』
その下に、さらに別の文が書かれていた。
『それと、突然で悪いのだが、明日、火宝伝説について話し合いたいと思っている。集まる場所は、暁斗の家で問題ないな?』
「なぁ!? ま、また勝手に決めやがって……」
『私は、女子メンバーに連絡する。暁斗は、男子メンバーに連絡をしておいてくれ。頼んだぞ』
なんとも、加々島らしいきっちりとしたメール文だな。
今さら加々島に言っても、明日の予定は変わらないだろう。
仕方がない……とりあえず、あとで恵介と樹と南雲に連絡するとして……。
俺は、その下に書かれていた雪子の手紙の解読内容を確認した。
『私がすべて悪かったのです。彼ら両家に深く関わらなければ、こんなことにはならなかったのに――罪滅ぼしのため、我らの宝――火宝を残します。火宝は、我が生涯最期の場所に――』
ん? 少し……解読内容に違和感があるが……。
まぁ、いいか。とにかく、これで情報はすべて揃った。
あとは、これらの情報をすべて組み合わせて仮説を立てれば……。
携帯を閉じ、目をつむって仮説を纏めてみることにした。
神奈備家がこの地に来る二年前から、白羽黒羽両家には、すでに呪いが掛かっていた……。呪いという言葉に現実味を帯びさせれば……。
そして、この地にはもう一つ……八咫烏一族という陰陽師がいた。神奈備家が、この地に来た理由は? そして、八咫烏一族との関係性……。
さらに、神奈備雪子が処刑された場所は、社の奥にある丘の上……。雪子の手紙に書かれている内容から、火宝が隠されているのは……。
(なるほど……そういうことか……)
これで、仮説は完成した。
明日、加々島たちの前で発表して、異論がなければ、火宝伝説の謎はすべて解けるだろう。
しかし、そう簡単に火宝が手に入るとは限らない。
怪盗・青玄が関わっているのだ。
油断は禁物だな……。
何事もなく、終わってくれればいいが……。




