05 前世・魔王の告白は続く
二人の幼なじみに衝撃的な告白をされた休日の翌日の放課後。
理子が次に取った行動は、待機だ。
「あれ、帰らないの?」
「うん、ちょっとね」
ホームルームが済んだ後の教室で、本を開いた。先に帰る友達には、自主補習を行うと言ってある。
まあ、本当の狙いは下校時間をずらして、二人の幼なじみと顔を合わせないようにするためなのだが。
そう、理子は続けて実行していた。
前世が魔王だの勇者だの言い出した幼なじみと、距離を置く作戦を。
やっぱり関わらないのが一番、と授業中に改めて決心し、昼休みに図書室で珍しく本を借りた。
下校時はそこまで一緒にならないのだが、念を入れて三十分程ずらす。そうすれば、帰宅部の生徒も部活や委員会に入っている生徒もほとんど教室にいなくなり、帰路が穏やかになるはずだ。
慣れない読書は眠気を誘うが、頑張って続けてみよう。
果報は寝て待てと、言う……のだ、し――……
ぐぅ……
……誰かが頭を撫でている。
ゆっくりと、柔らかく。髪の毛を優しく梳いて、時折硬い指先が耳に触れる。
心地の良い、くすぐったい温かさに、ふっと目を開けた。
横目に映るのは黒い文字の羅列。どうやら、借りた本を枕に寝落ちしていたようだ。
しまった、涎出てないだろうか、と焦って身を起こせば――
「あ。おはよう、リコ」
「……」
前の席に座り、理子の机に肘をついて見下ろしてきているのは、栗色の髪に緑色の目の王子様のような少年――左隣の洋館に住む幼なじみの陽斗であった。
「へ?……なんで…?」
「生徒会の会議が終わって帰ろうと思ったら、リコが寝てたから」
「……」
うっそ、今何時?
生徒会の会議って一時間くらいはかかったはず……って一時間以上経ってるし。
あれだ、今朝早く起きたから寝たりなかったんだ、と今さらながら自業自得と言う言葉を思い出して、項垂れる理子であった。
枕にしていた本に涎の痕やページの折り目が無いことを確認し、いそいそと鞄の中にしまう。支度を終えて席を立とうとした理子だったが、陽斗が声を掛けてくる。
「ジークハルトだよ」
「へ?じーく?」
「ジークハルト。本名はジークハルト・アディス・オールウィン。それが前世での俺の名前らしい」
あ、やっぱりその話か。
伏せていた顔を上げて、おそるおそる陽斗を見やる
相も変わらず、陽斗の表情は至って普通に朗らかで、冗談なのか本気なのか見当がつかない。できれば冗談であってほしいのだが。
「えーと……昨日の話の続き?」
「ああ。昨日、途中で話を切られただろ。ちゃんと話しておこうと思って」
うげっ、陽斗にも普通に返された。
内心で思い切り身を仰け反らせる理子を、陽斗はじっと見つめてくる。
やばい、呆れているのが空気で伝わったか。怒ったかな。怒ると陽斗は意外に恐いんだよなぁ。
どうやって誤魔化そうと考える理子であったが。
「……なぁ」
ぽふ。
陽斗の大きな手が伸ばされ、理子の頭に落とされた。
「……」
「……」
なでなで。
「……どうしたの?」
「……」
頭を子供のように撫でられながら、理子は冷静に聞いた。
陽斗が理子の頭を撫でたり触ったりしてくることは、別段珍しいことではない。小さい頃から、陽斗は理子の頭が気に入っているようで、「つやつやしてる」「毛並みがいい」と時折ふいに触ってくるのだ。
とはいえ、高校に入ってからはとんと減ったものだが。
見上げると、陽斗は真剣な眼差しで見つめ返してきた。
「なあ、リコ。……覚えてるか?」
「……何を?」
小さい頃にこうやって撫でてきたことだったら、覚えているけれども。
陽斗が聞いているのは、そう言うことじゃないような気がして。
目を瞬きさせる理子に、陽斗は少し寂しそうに「何でもない」と笑ったのだった。
それからしばらく、なでなでわしゃわしゃと満喫していた陽斗を見ながら、理子は思う。
ジークハルト何たらと言う爽やかでかっこよさげな名前は、魔王と言うより勇者っぽいなあ、と。