13 前世・聖女と現世・新城さんの罪
「……レイ君、何を言ってるの?」
新城さんはすぐに顔の強張りを消して、困惑の表情を見せる。膝の上に置かれた手が小さく震えているのは、陽斗と玲の怒りに怯えているせいか、動揺の現れか。
玲が答える前に口を開いたのは陽斗だ。温度を無くした声で淡々と告げる。
「俺とレイは、対話が終わった後も、皆が諦めた後も『リコ』を探し続けた。魔獣の森を隅から隅まで、何日も、何年も、探したよ。そして、やっと見つけた。……深い、谷の底で」
乾いた土と石の中に交じっていた、小さな白い骨の欠片。
魔獣に食い散らかされ、風化してボロボロになりながらも残った、ほんのわずかな残骸。
それが『リコ』のものだと気付けたのは、近くに落ちていた二つの石のおかげだ。
二人が『リコ』にあげた耳飾りについていた、青い石と赤い石。
小さな白い欠片と黒い染みで薄汚れた石は、残酷な事実を告げていた。
そうして魔王ジークハルトと勇者ヴォルフレイは、すでに彼女がこの世界にいないことを知ったのだ。
どうして『リコ』が死んだのか。
魔王も勇者も、犯人の目星はついていた。
リコが行方知れずとなってからタイミングよく現れ、異様に接近してきた聖女。彼女の態度や言動でうすうすと勘付いたが、すでに遅かった。
聖女が魔族の国に立ち入ったことで多少の魔族から反感を買ったものの、対話後は人間の国も魔族の国もかつての平穏を取り戻し、秩序が保たれている。今さら『リコ』のことを持ち出したところで、争いの火種――より大きな戦になる原因を作るだけだ。
『リコ』が今まで頑張って繋いできた平和への道を踏みにじり潰すことは、二人にはできなかった。
気付けば『リコ』のことは関係者以外の者達には知らされることなく、『聖女』によって救われたという話が世間には流布されていた。神殿の後押しが強かったこともあるのだろう。『聖女』は国を救った英雄として人民から称えられていた。
もはや為す術もなく、大切なものを失った二人はただ絶望した。
やがて勇者は人の国を去り、魔王も王座を譲り、二人は魔獣の森へ人知れず姿を消した――
陽斗の冷たい目線を受けた新城さんは、心外とばかりに抗議の声を上げる。
「でも、『リコ』は崖から落ちて死んだのよ。私は別に何もして…」
「なあ、新城さん。俺は一言も“崖から落ちた”なんて言ってないんだけど」
「え…」
「俺は“谷の底で見つけた”って言っただけだ。なんでお前が『リコ』の死因を知っているんだ?」
「っ!」
陽斗の指摘に、新城さんははっと焦ったように口を押さえる。
語るに落ちたというべきか。言葉のあやだと誤魔化すこともできたのだろうが、全員から疑い交じりの冷たい視線を受ける新城さんの旗色は悪い。
陽斗に変わるように口を開いたのは、玲だ。
「まあ、結局は前世の事だし、何の証拠も無い。リコの前世の記憶があれば事実がはっきりしたんだろうけど、残念ながら全く覚えていないみたいだしね」
「……」
理子が前世の記憶を覚えていれば、新城さんを断罪することができたのだろうか。
だが、玲の言う通り、結局は前世の話だ。
新城さんは前世に『聖女』だったかもしれないが、『聖女』自身ではない。例え『聖女』が『リコ』を手に掛けたのが本当だとしても、それは新城さんが負う罪ではなく、前世の聖女が負う罪だ。前世で裁けなかったからと、現世の彼女に罪を押し付けるのは駄目なような気がする。
理子が玲を見やれば、彼もそれは分かっているようだ。にこりと落ち着いた笑みを見せる。
うん、わかっているようだが――いかんせん、やはり笑顔が怖い。
「まあ、前世はとりあえず置いておいて……今のリコに手を出したのは、許せないな」
玲の一言に、新城さんは首を横に振る。
「私は何もしてないの。本当よ。ちょっとよろけて、手がぶつかっただけで…」
「……」
ぽんぽんとよく嘘が出てくるものだ。さっきは助けようとしたと言っていたのに、と理子が呆れていれば、そこで生徒会長と風紀委員長が動いた。
いつの間にかノートパソコンがプロジェクターに繋げられており、室内の電気が落とされてスクリーンにぼんやりと光が浮かぶ。パソコン画面には動画ソフトが開かれており、再生ボタンが押された。
『とぼけないで。いつもいつも、ジークハルト様とヴォルフレイ様の側にいて、私の邪魔をしているじゃないですか!』
甲高い声が、室内に響く。
『リコ、リコって、いつもいつも、ヴォルフレイ様は……ジークハルト様だって、私に見向きなんかしなくて…』
『ちょ、ちょっと…』
あ、私の声だ。
鮮明になったスクリーンに映っているあのおかっぱ頭の後ろ姿は、私だ。
その前にいるのは、ふわふわ茶髪の美少女の新城さんで、鬼気迫る表情で理子に迫っている。
『あなたがいなくなれば、御二人の縁は切れるわ。そうして敵対したヴォルフレイ様とジークハルト様を救うのが、私の役目なのよ』
このやり取りは、先ほどの理子達のものだ。
過去の一部を切り取った映像が、スクリーン上で再生されている。
反論する理子に、新城さんが顔を歪ませる。
『やっぱり、そうやって邪魔ばっかり…!』
逃げようとする理子。
追いかけた新城さんが腕を伸ばし、その背を意図的に、一欠けらの迷いもなく、どんっと強く押す。
理子が画面から消える。
そして階段の上で一人佇む新城さんは、勝ち誇ったように――嗤っていた。
そこで、照明がぱっと点く。
光が邪魔をして見えづらくなったスクリーンでは、きっとその後のやり取りが展開されているのだろうが、誰一人目を向けていない。
全ての目線が、新城さんへと向けられていた。
「あ……」
新城さんの顔色も旗色も、ますます悪くなっていく。
実際に落とされかけた理子の証言を潰そうとしても、撮影されていた映像を前にしては、もはや言い訳もできない。生徒会長が「様子を見るために」と言っていたのは、この映像を撮って新城さんが言い逃れできない証拠にするためでもあったのだろう。
「新城さん。君はリコを突き落とした」
「……」
「俺達のためにと言っていたけど、勘違いもいいところだ。現世の俺達は、別に君を必要としていない。ここは前世の人間と魔族の国じゃない。ただの学校で、俺達はただの高校生だ。勇者でも、魔王でもない、ただの人間だよ。今さら、『聖女』はいらないんだ」
玲や陽斗、生徒会長や風紀委員長。瀬里に結衣、生徒会役員や風紀委員達。皆、いがみ合う必要のない、同じ学校の普通の生徒だ。
玲の拒絶の言葉に、新城さんの目に涙が浮かぶ。噛み締めた唇は青ざめて、小さく震えていた。
「君は、君自身のために、身勝手な理由で一般の生徒に害を加えた。俺達は、それを許さない。それだけだ」
突きつけられた真実に、新城さんは俯いた。膝の上で固く握った拳に、ぽとぽとと涙が落ちる。
「……違うわ、違う。こんなの、だって、私は『聖女』で、皆から愛されて、必要とされて……私は、『聖女』なのよ……『リコ』さえいなければ、全部、うまくいって……どうして、みんな、ひどい……私は、悪くないのに……」
ひっく、としゃくりあげながら呟く新城さんに、慰めの言葉をかける者はいなかった。