12 前世・魔王と勇者と王様と大臣と…(以下略)は語る
「僕は人間の国の代表者というか……まあ、簡単に言えば『国王』でした」
そう言って、生徒会長が苦笑する。
「俺は魔族の国の王に仕えていた。『大臣』って肩書だったが、ほとんど王の代わりに仕事押し付けられていたな」
そう言って、風紀委員長が溜息を付く。
「私はね、魔王の城に仕えていた『侍女長』だったの」
「あたしは、その……人間の国の……『第一王女』」
「瀬里はお姫様だったんだよねー」
「姫言うな」
結衣と瀬里が交互に言う。
その後も、生徒会役員や風紀委員から、やれ人間の国の宰相だったの魔術師長だったの、やれ魔族の国の竜騎士長だったの魔獣使いだったの、出てくる出てくる前世の数々。どうやらこの部屋には前世云々の関係者が勢揃いしているようだ。
……きっとこれは、全員で何かのファンタジーなRPGゲームにはまっていて、それの設定なんだろうな、うん。
なんてことを考えて現実逃避しかけた理子に気づいたのだろう。
いつの間にか傍らに来ていた陽斗が、ぽん、と理子の頭を叩く。
「一応言っておくけど、ゲームとかの話じゃないからな」
「……」
「ついでに言っておくけれど、夢とか幻でもないから」
むに、と頬を摘んできたのは、反対側に来ていた玲だ。
うん、痛い。夢じゃなくて現実のようだ。
だったらいっそ、集団催眠とか……あるいは、考えたくはないが皆正気じゃない、とか。悪いけれど、やっぱり前世とか知らないし、なかなか信じられないし早々に受け入れるのは難しいものなのだ。
「……」
「うわ、相変わらず信じてないな」
「まあ、本人が全く覚えていないから仕方ないけどね」
顔を見合わせる二人に反応したのは、理子じゃなかった。
「やっぱり皆、覚えていたのね!」
期待と嬉しさを滲ませた可憐な声が、部屋に響く。
風紀委員に囲まれた聖女さん、もとい新城さんの声だ。
「どうして皆、黙っていたの?ねえ、私の事も覚えているでしょう?ユリア・イーリスよ。世界を救った聖女の――っ」
彼女の台詞の途中で大きな音を立てたのは誰だったのだろう。
机に掌を叩きつけた生徒会長か、上履きの踵で床を蹴りつけた風紀委員長か。テーブルの脚をお盆でぶん殴った結衣かもしれないし、救急箱をテーブルの上に思い切り置いた瀬里かもしれない
前世の自己紹介の際には和やかだった空気が、固く冷たいものになったのを感じ取る。
「……世界を救った、ね」
理子の頬を摘んでいた玲が、くすりと笑みを浮かべる。固い指の腹から伝わるのは、ぴりぴりとした静かな怒りと……何だろう、これは。遣る瀬無さと悲しみをない交ぜにしたような、複雑な色が黒い目に宿る。
「確かに、そういう結果にはなったね。だけど、そもそも君が世界を救う必要なんてなかったんだよ」
「俺達が築いていた世界を一度壊したくせに、救っただって?」
玲の言葉を引き継ぐように、鼻で笑った陽斗が怒りをあらわにする。理子の頭の上に乗せられた彼の手にも力が籠って、けっこう痛い。
玲と陽斗から敵意を向けられた聖女さんは、はっと息を呑み、その大きな目から涙を零す。
「そんなっ、だって、私は二人のために…」
聖女さんの言葉に、理子の両隣りにいた二人の気配が変わった。
「俺達の、ため…?」
「……リコを落としたのも、俺達のためだって言うのか」
ぞっと背筋が寒くなり、理子は咄嗟に二人の手首を強く掴む。
理子の判断は正しかったようで、聖女さんに向かおうとしていた二人の動きがぴたりと止まる。理子が掴まなければ、きっと二人は聖女さんに殴り掛かるか何かしていたに違いない。
焦ったのは理子だけでなく、二人を止めようと机から身を乗り出しかけていた生徒会長もだ。
「……ありがとう、佐藤さん。できればそのまま抑えておいてくれると助かります。久賀君、少し落ち着こうか」
「鴻上もだ。話が進まない」
生徒会長と風紀委員長に諌められ、ようやく二人の怒りの気配が鎮まった――とまではいかないが、とりあえず今にも殴り掛かりそうな雰囲気は失せたようだ。さすがに男子が女子を殴るという光景は見たくないし、二人にそんな真似はしてほしくないので、内心でほっとする。
理子は、生徒会長に視線を向けた。一番落ち着いて見えて、分かりやすく説明してくれそうな前世・王様もとい生徒会長は、淡々とした口調で話し始めた。
*****
とある時代、とある世界に、人間の国と魔族の国があった。
双方の国の間には恐ろしい魔獣が住む大きな森があり、互いの領域を犯すことなく、それぞれの暮らしを営んでいた。
しかし、二つの国の秩序と平穏を揺るがす事件が起こる。
魔族が、人間を襲ったというのだ。
事件をきっかけに、人間の国では魔族への報復をと立ち上がる者達が現れ始めた。
争いを望まぬ人間の国王は、魔族の王との対話を望んだ。その親書を届けるために選ばれた使者が、勇者――国で開かれる武術大会で何度も優勝経験がある凄腕の若い戦士だった。魔族の国に行くためには凶暴な魔獣の住む森を通らねばならず、彼と騎士団の精鋭数人や魔術士、旅慣れた傭兵や冒険者で少人数の隊を組んだ。
勇者と一行は魔獣が住む森を無事に抜けた。しかし、魔族の暮らす土地には瘴気が満ちており、普通の人間が立ち入ることはできない。
そこで勇者は、ある者に親書を託したのだった――
*****
「……つまり、それが聖女さんってことですか?」
理子の問いに、しかし生徒会長は首を横に振る。
「確かに、神殿からは聖なる力を持ち瘴気を祓うことができる『聖女』が適任だと推されていました。でも瘴気を祓ったりすれば、そこに住む魔族にはいい迷惑です。僕達は戦争を仕掛けたいわけじゃないし、できるだけ反感を買う真似はしたくない。当初、僕達は『聖女』を勇者に同行させるつもりはなかった」
聖女さん――いや、新城さんに向かって生徒会長が言えば、彼女は目を見開き、悔しげに唇を噛む。
「まあ、これは前世でも言ったことだから、君も覚えていると思うけどね。……勇者が親書を託したのは、人間でも魔族でもない。どちらにも属さないものでした」
生徒会長が、視線を理子へと戻す。
「それが、『リコ』……前世のあなたです、佐藤さん」
『リコ』。前世の、私。
――と、言われても。
「はあ…そうなんですか…」
理子は曖昧に頷くしかない。
だって、そんな前世の記憶なんて持たないのだから。何やら重要な役目を負っていたらしいが、そんな風に言われても反応に困ってしまう。
困惑する理子に、生徒会長は「本当に覚えていないんですね」と苦笑してから、話を続ける。
「『リコ』は魔族の王に親書を届けました。本質的に魔族は人間よりは好戦的とはいえ、残忍でも無慈悲でもありません。特にその代の魔王は平和主義者でしたので、親書を受け取った彼はすぐに対話に応じました」
魔王は返書を『リコ』に託して、勇者の元へと返した。対話の場を設けるために、勇者と魔王で『リコ』を介して書のやり取りをしたそうだ。
「魔王も魔族も『リコ』を気に入っていたようですね。勇者も僕達も、重要な役目を負ってくれた『リコ』に感謝しました」
そうして魔獣の森に設置した中立地帯で対話をする日取りが決まり、人間の国王や宰相、そして魔族の王や大臣が一堂に揃うことになった。
しかし――
「その前日、魔王達を中立地帯に案内するはずだった『リコ』が、突然姿を消しました」
「え?」
「僕達は『リコ』を探しました。だけど、ついに見つからなかった」
人間も魔族も、動揺した。
二つの種族の架け橋となっていた『リコ』の失踪は、喪失の悲しみだけでなく、互いの種族への疑いも生んだ。
人間が何かしたのでは。
魔族が何かしたのでは。
『リコ』を亡き者にしたのでは、と。
芽生えた疑心は対話を中止に追い込みかけ、憎しみの心を抱く者も現れ始めた。人間の国王は悩み、そして決断した。
「戦だけは起こしてはならない。『リコ』の代わりになるものを探そうとしたのですが、とにかく時間がなかった。そして新しい使者となったのが、『聖女』でした。彼女は魔族の国に入り、再度魔王へと親書を届けました。その結果、戦だけは避けられましたが…」
「そ、そうよ。私は皆のために頑張ったの。『リコ』さんが無責任にいなくなったから、私が頑張って代わりを務めたのよ!だって私は『聖女』で――」
生徒会長の言葉に喜色を取り戻した新城さんが声を上げた時だった。
「黙れよ」
低い声は、一瞬誰のものか分からなかった。
理子の隣で声を発したのは、表情を消した陽斗だ。冷たい怒りに光る目は恐ろしく、玲に匹敵するくらい魔王の感じがした。
そして元祖魔王、じゃない前世・勇者であった玲も絶対零度の眼差しで新城さんを睨み下ろす。弧を描いた唇が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ねえ、新城さん……いや、ユリア・イーリス。『リコ』を手に掛けたのは、君だろう?」
「っ…」
新城さんの頬が引き攣ったのを、陽斗も玲も、そしてその場にいる全員が見逃すことはなかった。