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11 前世・モブ、受難は終わるも混乱来たる


 理子を受け止めたのは、下の踊り場から勢いよく駆けあがってきた茶髪の少年――陽斗はるとだった。

 片手で手すりを掴み、もう片手で小柄な理子の身体をしっかりと支えた陽斗は、軽く息を乱しながら尋ねてくる。


「大丈夫か?」

「……」


 無言のまま、理子はこくこくと頷くことしかできない。

 落ちるときの浮遊感に今さら恐怖を覚えていて、口がうまく開かなかった。


 陽斗が受け止めてくれなかったら、どうなっていただろう。

 良くて打ち身、悪くて骨折、最悪で――


 想像するだけでさっと血の気が引き、身体に冷たい汗が滲んだ。

 助かってよかった。助けてくれてよかった。安堵にへたり込みそうになる理子を、陽斗は心配そうに見つめてくる。

 一通り見て理子に怪我がないことを確認した陽斗は、安心させるように笑みを見せた。だが、すぐにその笑みを消して険しい表情で聖女さんを見上げる。

 陽斗の鋭い視線に、蒼褪めた聖女さんは弱々しく首を振った。


「ち、違うの、陽斗君。私、理子ちゃんが転んで落ちそうだったから、助けようと思って……お願い、信じて」

「……」


 …え。ええええ。

 いや、いやいやまてまて。

 突き落とした本人を目の前にして言うか!?


 聖女さんの言い訳に、理子は怒りを通り越して呆れるしかない。

 …いや、むしろ怖さを感じる。聖女さんの涙目で訴えかけてくる可憐で切実な表情は、突き落とされた本人さとこでさえ、真実を言っているように見えてしまうくらいなのだ。

 それはまるで、一連の決まりきった台詞をなぞっているようだった。聖女さんの言動が余計に不気味さを増して、理子は改めて恐怖と違和感を覚えた。

 理子の肩を抱く陽斗の手の力が強くなる。思わず横を見上げると、甘く朗らかな笑みが似合う彼の顔から全ての感情が消えていた。


 ――これは、本気で怒っているときの顔だ。


 理子に対して怒っているわけではないのだろうが、側にいればひしひしと冷たい怒りが伝わってくる。正直怖い。

 表情の消えた陽斗に理子が内心でびびっていれば、静かな声が階段に響く。


「嘘はいけないなぁ、新城さん」


 上から聞こえた声に、理子が階段の上を見やれば、聖女の後ろから一人の男子生徒が姿を見せる。ゆっくりと落ち着きのある足取りで登場したのは、黒髪の少年――れいだ。

 整った顔にいつも通りの涼しげな表情を浮かべてはいるが。

 一見笑っているようには見えるのだが。


 ……うん。彼もまた、相当怒っている様子である。

 正直に言おう。怖すぎる。

 

 離れている理子がびびってしまう程の煮え滾る怒りを感じ取れるくらいだ。さすがに聖女さんの顔も強張った。


「…あ、あのっ……玲く――」

「とりあえず、今はその口閉じててくれるかな?俺は陽斗と違って紳士じゃないんだ」


 一言でも言い訳したら、殴ってしまいそうだよ。


 笑顔で言い切った玲に、聖女さんどころか理子までも、思いっきり口を閉じたのだった。




*****




「助けるのが遅くなってごめん」

「リコちゃん、大丈夫?」


 生徒会室のソファに座らされて甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、理子は困惑していた。

 理子の腕や脚に傷が無いか念入りに見ているのは、風紀委員会に所属する友人である瀬里せり。そして温かいお茶を出してくれるのは生徒会に所属する友人の結衣ゆいだ。

 生徒会室には、陽斗を含む生徒会のメンバーと、玲を含む風紀委員会のメンバーが揃い踏みだった。


 部外者なのは理子と、もう一人。

 その一人は、理子から離れた位置の椅子に座らされている。風紀委員の強面の男子生徒に囲まれ、怯えた様子を見せるのは、聖女さんだ。


 聖女さんは縋るように、陽斗や現生徒会長の先輩をちらちらと見ているが、二人とも応えることなくデスク上のパソコンの画面を見やっている。ならば玲や風紀委員長の先輩を、と聖女さんは見ようとしたが、周囲を取り囲む男子から睨み下ろされて諦めたようだ。

 孤立する聖女さんに若干同情の念が湧きそうになるが、いかんせん、相手は自分を『邪魔』と言って階段から突き落とした本人だ。

 庇う気にはなれなくて、でも積極的に責めるのも気が引けて、理子はとりあえず結衣からもらったお茶をすすった。


 ああ、そう言えばちょっと気になることがある。


「ねえ、瀬里。助けるのが遅くなって、とか言ってたけど、どういうこと?」

「あ…」

「陽斗と玲も。…あ、ええと、まずは助けてくれてありがとう」


 ぺこりと頭を下げた後、直球で尋ねてみる。


「だけど、なんであんなタイミング良く来れたの?」


 理子の質問に、陽斗と玲は顔を上げて目線を合わせ、少し気まずそうに顔を顰める。

 そこに割って入ったのは、現生徒会長だ。


「すみません、佐藤さん。様子を見るために手を出さないよう、指示を出したのは僕なんです」


 優しげな風貌の生徒会長は席から立ち上がって、深々と理子に向かって頭を下げる。

 先輩からのいきなりの謝罪に、理子は戸惑うばかりだ。いえいえそんな気にしないで下さい、と聞き流せる問題でもない。


「……とりあえず、説明してもらえますか?」


 混乱を飲みこみつつ言った理子に、生徒会長は穏やかな笑みを乗せたまま、真剣な口調で答える。


「佐藤さんは、前世を覚えていますか?」

「……」


 生徒会長、あんたもか。

 

 ツッコミを無理やり飲みこんだ私の口は、何とも言えない形にひしゃげたのだった。


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