09 前世・モブ(じゃないのかもしれない)の受難
魔王。勇者。
そして今度は聖女ときたか。
「……」
うわぁ…、とげんなりしながら理子は遠い目をした。
あーあー転入生まで前世とか言い出しちゃったよー、という心境だ。
できるだけ穏便に話を終わらせようと、理子は苦笑を浮かべた。
「ええと……今、そういう前世って流行っているのかな。私あまり知らなくて…」
「っ…とぼけないでください!」
理子の反応に、聖女――もとい新城優梨愛さんは笑みを消した。可愛い顔を顰めて、咎めるような目線を向けてくる。
「あなただって、彼らが勇者と魔王だから付きまとっているんでしょう?」
「いや、違うから」
単なる幼なじみでお隣さんだから。
そもそも付きまとっているわけでもないから。
むしろ前世が勇者とか魔王とか言う奴らと距離を置きたいと思っているくらいだから。
理子がすっぱり返せば、聖女さんは押し黙った。
それにしても、やっぱり聖女――じゃなくて新城さん……ああ、もう聖女さんでいいか――が言う『二人』は、陽斗と玲のことのようだ。
しかし何でまた、二人の自称・前世が『勇者』と『魔王』であることを知っているのだろうか。もしかすると、三人で話を合わせているとか……いや、それは無いとは思うが。
一人で黙々と考え込んでいれば、聖女さんは理子の反応が気にいらないようで、桜色の唇をきゅっと悔しげに噛んだ。
その表情もいちいち綺麗で見惚れてしまいそうだが、いかんせん会話の中身が。とても可愛いのに、なんだか残念な子だ。
理子が視線を向ければ、聖女さんはきりっと凛々しい顔をして言う。
「しらばっくれるのもいい加減にして下さい。だって、あなた……『リコ』でしょう?」
「へ…?」
『リコ』
その呼び方を、なぜ彼女が知っているのか。
……いや、違う。
彼女が言う『リコ』は、それじゃない気がした。
こんな違和感を、前にも抱いたことがある。
そう、陽斗と玲から、「覚えているか」と尋ねられた時と同じ違和感だ。
再びの既視感に理子が戸惑っている間に、聖女さんは両手を組んで胸にあてて、宣誓するように声を張り上げた。
「私は、諦めませんから。二人にふさわしいのは、あなたじゃない。前世から私だと決まっているんです!」
「あ、ちょっ…」
理子が呼び止める前に、聖女さんはスカートを翻して去ってしまったのだった。
さて、それからどうなったかというと――
「佐藤さん、どうなっているの?」
「佐藤さん、何とかしてくれない?」
「理子ちゃん、ちょっとあれは……どうにかした方がいいと思うよ」
一週間後。理子のいる二年五組の教室には、休み時間の度に女子が訪れるようになった。
理子に何故か寄せられる苦情の数々は、すべて幼なじみに関してのことだ。
内容は大体一致していた。
曰く、一組の転入生が久賀陽斗と鴻上玲の両方に付きまとっている、らしい。
転入生はとんでもない美少女なので、彼らと並んでも見劣りすることなく、当初は女子達も諦め半分な気持ちで眺めやっていたそうだ。
しかしながら、転入生がどちらか片方ではなく、両方どちらにも付きまとっていることに気づけば、さすがに女子の心中も穏やかではない。
どっちかにしろよ。
何ハーレムしようとしてんだよ。
と、一気に反感が生まれたようだ。
つまりは、以前の理子に向けられた敵意のようなものである。ただし、理子は二人にさりげなく触ったり、甘えたり、お弁当を作ってきたり…といった女子力アピールが全くなかったので、そこまで嫌われることは無かった。
なので、女子達の心中には、女子力全開な美少女転入生に今度はより明確に敵意が生まれて矛先が向けられたようである。
あ、これで私平穏な生活送れるかも、と密かにガッツポーズを取ったのは言うまでもない。
だが、束の間の平穏はすぐに無くなった。
転入生への苦情が、なぜか理子に寄せられるようになったのだ。
とんでも美少女の転入生に直接忠告できる度胸のある女子はおらず、また、忠告したことを陽斗や玲に告げ口されるのは困ると予防線を張っているようだ。
そこで、捌け口になったのが理子というわけだ。
陽斗と玲に一番近い(モブで無害な)存在であるので、こっそりそれとなく転入生を牽制しろ、というわけだ。
……わあ、なんて無茶ぶり。
引き攣った顔で苦情を聞き流し、ぐったりと机にもたれる理子に、中学からの友人である瀬里と結衣が苦笑する。
「大変ね、リコ」
「……ねえ、確か瀬里って風紀委員だったよね。風紀の方で取り締まったりとか…」
「さすがに恋愛事に関しての規制は無理だわ。何か問題でも起こさない限りね」
「結衣、生徒会の方は…」
「うーん、ちょっと無理かなぁ。ごめんね」
「うう…」
項垂れる理子の頭を、瀬里は撫でてくる。「相変わらず素敵な毛並みね」と言われても。結衣の方はといえば、楽しげにぷにぷにと頬を突いてくるのだった。