侍女とおしゃべりな同僚
少し太陽が傾いてきた時間。相変わらず蝉の声が病まないこの季節、多少日が傾いたり陰ってもなお暑い。
御昼食を召し上がった後、姫様はアディール国への赴任経験がある外交官夫人を講師に、文化や作法に付いての講義を受けていらっしゃる。
講義中は、侍女長にして姫様の乳母である侯爵前夫人が付いている為、他の侍女は講義後のお茶の仕度をしつつ、休憩を取っている。
侍女長は侯爵だった御夫君に先立たれ、まだ幼かった嫡男である上の御子息を爵位に立て、生まれて間もない下の御子息を抱えて王城で姫様の乳母をしてお家を守ったという強いお方だ。
二人の御子息共成人され後は姫様の婚礼を見守るのみ、と言いアディール国への同行を志願なさった。
嫁ぎ先にはあまり多くの侍女を連れて行く訳には行かず、こうして侯爵夫人以外が侍女の残留が決まったのだ。
「侍女長のお小言を聞くのも、後少しかあ」
私と共にお茶の用意をしていた同僚の侍女が、かくも感慨深いと言わんばかりの声を上げた。
今は私と彼女しかいない為、大分砕けた言葉遣いとなっている。
「何よ。いつも『同じ事ばかり言ってもううんざり』ってぼやいてた癖に」
私は笑いながら同僚を見やると、少し頬を赤くして唇を尖らせる。
「私だって、そこまで薄情じゃないですよ」
私より三年遅れて姫様付きの侍女になった彼女は私の一つ年下とあまり変わらない歳であるが、私のことを先輩として立ててくれる。
明るく表裏のない彼女の事は愛嬌があり、同僚としても友人としても好ましく思っている。
「でも、姫様と侍女長が発たれたら、やっと解禁になるんですよね。仮面が」
既に粗方準備も終わったので、二人して部屋の隅にあるソファーに腰掛けると、同僚は目をきらめかせながら言う。
「先輩はどうするですか? 噂だと解禁祝いのパーティーもあるそうですよ」
噂好きな彼女は、そういった情報に敏い。どこでどう知り合ったか分からない女官や侍女から色々聞いてきては教えてくれる。私の自分源はほぼ彼女だ。
「どうするって、それより次はどこの仕事就くか、そっちの方が重要だし、それ次第じゃない?」
長らく姫様付きだったので、侍女以外の受け持ちになったら一から仕事を覚えないといけないかもしれず、杞憂となっている。
彼女は残念そうに眉を寄せて声を上げようと息をすっと吸ったが、ここがどこか思い出したのか、小声に切り替えた。
「信じられない。先輩、本当に女子なんですか? 羽根騎士さん達の顔とか気にならないんですか? それとも既に縁組が決まってて余裕なんですか? どこで捕まえたんですか? それとも捕まったんですか? どうやったらそうなるんですか?」
流石王族付きの侍女、場を弁えて大きな声を出さずに堪えたか、と感心したのだが。
大きく吸った息は無駄なく活用され、小声ながらも一気にまくし立てた。
「あ、いや、私が全く実家に帰ってないのは知ってるわよね? そんな相手を決める時間なんてないわ」
鼻息を荒げて迫ってくる勢いの彼女に面食らいながら、宥めるように手を彼女のほうに向ける。
「じゃあ、何でそんなに落ち着いてるんですか?」
まだ鼻の頭に皺を寄せて訝しんでいる。
彼女もまた北の田舎貴族の末娘で、色が白く数年前までそばかすが目立つ鼻をしていたが、いつの間にか化粧で誤魔化さずとも綺麗に消えてきたのだと気づいた。
「羽根騎士の皆さんなんて、騎士の中ではエリート中のエリートでしょう。畏れ多いし、姫様付きでなくなったら、はいさようならー、結局どこの誰だか分かりませんでしたがー、って事にどうせなるでしょう?」
なんせ顔も声も分からず、甲冑で体型すら見えないのだから、兜と甲冑を外した状態で会っても分かる訳がない。
見分けがつく方法があるなら、既に23560君と再開出来ていておかしくない。
「あの方々は縁談が一杯来るんじゃないですか?幾ら姫様付きなんて最高の行儀見習いをさせていただけましたが、私達みたいな田舎貴族に箔が付いたくらいではエリート様は無理。普通の人の目に留まるのが精々よ」
同僚の夢を叩き割るようで申し訳ないが、でも忠告はせねばと私がそう言うと、同僚は思ったより薄い反応をしつつまた鼻に皺を刻み込んだ。
「分かってますよー」
と唇を尖らせながら「でもあの人なら相当……」などとぶつぶつと呟いているが、誰の事を言っているのかは分からない。
「でも万が一にも、羽根騎士さん達が独身者向けの解禁パーティーに来たらどうします?そうしたら最後くらいお話したいじゃないですか」
確かに彼等とて長く同じ場所で働いてきた同僚でもあるのだ。
これまでの事を共有して懐かしんだり、実は……というような裏話を聴くことが出来るのは確かに魅力的だ。
そう思ったのが顔に出たのか、それを見た同僚は一瞬にやりと笑う。
「ねー、先輩、だから行きましょう?解禁パーティー。ドレスとか一緒に準備しましょうよー」
軽く私の袖を引っ張りながら強請ってくる同僚に困ってしまう。
実は、全く縁談話がない訳ではないのだ。
釣書を見に実家に帰ってこいと言われているのを、長い休みが取れる訳がなく蜻蛉返りになりそうなので帰ってなかったのだ。おかげで可愛い弟には長年会えていない。
お役を離れれば当然一度帰ってこいと言われるでしょうし、そうなると婚期ももう終盤と差し掛かった私には両親が見合いをせっせとセッティングするだろう。
恋愛結婚じゃなきゃ嫌だ、という訳ではない。少しは憧れはあるが。一度くらいはときめくような想いもしてみたいが現実的には見合いを受けるしか無いだろう。
さもすれば、私は二度とお城に上がることはなくなるかもしれない。
姫様や同僚に侍女長、23560君に、これまで出会ったおかしな仮面の人々との思い出の詰まったここから離れるのは寂しい。
「そうね。最後くらい、出ましょうか」
私がそう答えると、同僚は喜んで私の腕に抱き付いてきた。
パーティーの後お休みを貰って実家に帰れば済むことだ。但し、今年秋から弟が王都の学院に入学する予定なので、弟とは入れ違いになるかもしれないが。すれ違いになったら今度こそ私は泣くかもしれない。
同僚とは別々に休みを取ることになっているので、各々休日に街で良い店はないかチェックして報告し合おうという事になった。
仕立てるのが一番良いが、時間もお金もそれほどないので、既成のドレスをサイズ調整することにした。
やがて互いにどんな色やデザインが似合いそうか話をしていると、侍女長が講義が終了したと伝えにやってきた。
慌ててお茶を運ぶ準備を始める中、同僚が少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべながら呟いた。
「いつか、若い頃白様や黒様の間近でお勤めしてたとか、自慢したり懐かしんだりするんでしょうね」
同僚が憧れる白い羽根と黒い羽根の二人の羽根騎士。
顔も声も分からずで彼女の想像による人物像ばかりが先走るが、二人の行動を見て一喜一憂してきた彼女が二人と何か思い出が作れるといいなと心から思いながら、茶器を載せたワゴンを押して姫様のお部屋へと向かった。
羽根騎士は、赤羽根隊長、青羽根副隊長、黒羽根隊員、白羽根隊員、黄羽根隊員(新入り)の五名体制です。
やっとこれで本文で名前だけ出揃いました。