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姫様と蜥蜴の給仕係

非常に久し振りに続きを書きました。

 昼前から薄い雲が出てきて厳しい夏の日差しを遮ってくれる。

 この季節は昼間の暑さから逃れる為に、風通しの良い奥の離宮にある食堂で姫様は昼食をお取りになる事が多い。


 王都自体が森林地帯を流れる河と河に挟まれた地形にあり、王城はその大きな中州の中心に位置する。王城の端にある離宮の眼下は市街地で、窓を開け放つと河の流れにも乗った風が吹き抜けていく。


 お輿入れまで後二月までに迫った姫様は、今日もお元気そうにお食事をなさっているので、お付きの侍女一同は益々張り切ってお世話や準備に明け暮れている。


 式の近い普通の女性ならば、マリッジ・ブルーになりやすい時期。

 流石王族として政略結婚を是として受け入れていらっしゃると感心するところだが、姫様の場合は不安にさせるような男女館の話題を極力周りが排除しているせいもある。

 特別講師として招かれた公爵家夫人、現国王様の妹君にあらせられるお方も、おっとりと仰った。


「嫁ぎ先のマナーさえ抑えれば、何とか納まりますものよ」


「そうですわよね、伯母様。お父様だって、変なお相手をわざわざ宛てがうなんてこと、なさる訳もありませんし」


 良く似た面立ちのお二人は、食堂の大きなテーブルを挟んで笑い合った。


 男を、穢れを知らない森に囲まれた城で育てられたエスティリア王国の姫の事を、世間では『杜の乙女』と呼ぶ。

 一昔前の『杜の乙女』である公爵夫人と当代の『杜の乙女』である姫様。

 お二人はその名に相応しく、可憐で儚げな美しさを持ちながらも、天真爛漫で周りの皆を虜にしてしまう。

 穢れを知らず偏見を持たずに物事に接する、という見方もあるが、かなりの楽天家な家系とも言えるのかもしれない。

 但し、姫様の姉君である一の姫様のように非常に聡明で威厳に満ちたお方も輩出されているので、一概には言えない。

 一の姫様はその気高い美しさから、伝説のエルフ族になぞられ『杜の妖精』と呼ばれ、嫁ぎ先の隣国で伴侶である皇太子様を支えるご活躍をなさっているという。


「でも……」


 急に萎んだ声で言い澱んだ姫様は、憂いた視線をテーブルに並べた皿や花瓶に泳がした。

 皆が表情は変えずに、何事かと次の姫様のお言葉を待った。


「アディールでも、こんなオランジットを使ったお料理を、口にする事は出来ますかしら……?」


 姫様は、勢い良く顔を上げると眉を八の字に潜めた。


 我がエスティリアは大陸随一の農業大国と誇っている。

 地産地消をモットーに、また工業国への輸出で経済を潤し、その為の開発や研究に心血を注いでいる者も多い。

 私の実家である辺境の子爵家も果樹物の果物の生産に力を入れていて、父の子爵自ら農家の皆さんと熱い論議を交わしながら新種の開発やら農地改良を進めている。

 帰宅時には父と従者が泥だらけ、という事も珍しくなかったし、地方の下級貴族にはよくある話と聞く。


 それに対しアディール公国は大きな港を幾つも持ち貿易と優れた工業製品で栄えた国で、農業においては主食の麦や芋類は自国で賄えているが、それ以外は輸入に頼っていると聞く。

 今回のご婚礼においては、アディール公国へは食糧難時の援助の確約と、我が国へは農業における工業技術提供という公約がなされている。


 農作物の新鮮さではエスティリアに勝る所は無い。王国民はそれを自負しているのだ。


「そうだわ。蜥蜴さん、知ってる?」


 姫様がお声を掛けたのは、後ろで静かに配膳の準備を整えていた給仕係の男性だ。


 煌めく艶やかな金髪を長めに伸ばし、カールを活かしながら後ろで一つに縛り、まるで舞踊の踊り手のようなしなやかな体型で、優雅に給仕を行う様は舞を踊っているよう、と評される姫様専属の給仕係だ。

 彼が付けているのは蜥蜴の仮面。本物の爬虫類の革を使って創られた精巧な仮面は、彼の容姿や佇まいのイメージを覆す。


 お声を掛けられて、蜥蜴の給仕係は控え目に一歩姫様側に踏み出し、少し腰を折って頭を下げた。お話を伺う、という意志が姿勢から伝わる。

 姫様もそれを見てから頷いて。


「アディール公国には我が国の柑橘類は輸出されているとは聞いていますが、生食以外の使われ方はされているのかしら?」


 姫様は柑橘類が非常にお好きなのだ。お城に献上される様々な産地の柑橘系の果物を、農林水産大臣と共に試して食されるくらいに。

 気に入ると定期的にお取り寄せになるので、各領地が凌ぎを削る開発合戦が最近は起きている。

 残念ながら実家は柑橘類には適さない気候の為参戦はしていない。


 蜥蜴さんは顔を上げて頷いた。

 すると、今年入ったばかりで蛙の仮面を付けた給仕見習いの少年が蜥蜴さんの脇に素早く控え、無駄のない動きで蜥蜴さんにスケッチブックとペンを渡し、更にインク壺を取り出した。

 蜥蜴さんはペンの先端をインク壺に付けると、流れるような手付きでスケッチブックにしたため、書き終わると姫様や公爵夫人に向けてお見せした。


 カリグラフィー……。

 如何に文字を美しく見せるか極められた技法。

 この短時間でこの文字数を書いたのか。


『最近はオランジットを使った焼き菓子、冷菓が街中にも出ているとお聞きしました。

 まだ料理に使われている例は余り無いようなので、本日のような肉料理にも合うオランジットのソースのレシピを、料理長からアディール公国のシェフに引き継ぐよう申し伝えます。』


「まあ、嬉しいわ」


 幾ら仮面の掟があると言えど、常識外の素早さで正確無比且つ美しい書を易々と書き上げた給仕係に、同僚である私達侍女やその他の侍従は、無言と平静を何とか保ち続けた。

 それに対し姫様は、動じず素直に喜びを表した。

 ……若干読みにくい気もするのですが、それは見事な手で、蜥蜴さんを美意識の高さが窺える筆跡だった。


 お食事も終盤になり、そろそろお茶をお出しする頃合いが近づいてきた。

 相変わらずお茶は私にお任せさせて頂いているが、お茶請けについては給仕係の二人にお願いしている。

 私はお茶の用意の為にそっとドアに向かいつつ蛙の給仕係見習い君に近づき、私より少し背が低い彼の近くで小声で問い掛けた。


「今日はスミレの花の砂糖付けを添えるので良かったかしら。ではお茶は西の島産の円やかな香りのものにしておきますね。蜥蜴さんにもお伝えしてもらえます?」


 もしかしたら砂糖付けを紅茶に入れて楽しまれるかもしれない。

 そうなれば、あまり香りの強いものより、スミレの香りも邪魔しない茶葉の方が良いだろう。


 蛙君は後ろポケットから巻物状にした紙を取り出して広げ、筆でさっと書き上げた。


『御意』


 広げた巻物の紙一杯一杯に力強い筆裁きで大きく書かれた文字を見て、蛙君の真面目というか律儀さがよく伝わってきた。

 頷いてくれるだけでも構わなかったのに。


 私は頷いてみせてそのままドアに向かうと、振り返って姫様と公爵夫人に一礼してからドアノブに手を掛けたが、いつものように外側からドアが開けられていく。

 礼の姿勢のまま廊下に出ると、やはり青羽根の副隊長殿がドアを閉めてくれた。


「ありがとうございます」


 お礼を述べつつ長身の副隊長殿を見上げるが、夏場に甲冑姿は非常に気の毒に見える。

 共に姫様をバックアップする同志ですもの。万全を尽くしていただきたいものだ。

 そのような訳で今日も差し入れを用意しましょうか、と思いついて。


「後でお茶をいつものように冷やして置きますから、召し上がって下さいね」


 副隊長殿が頷くと、兜が軋む音がした。

 私はそれに対して笑顔で一礼して応じると、離宮内の調理場に向かう事とした。


 そういえば。

 お茶を差し入れすると、茶器が一組しか使われていない事が多い。

 まさか、副隊長殿が独り占めしている……?

 いや、まさかそんな子どもじみたことをする?

 というか、副隊長殿って幾つくらいなのだろうか?


 仮面の掟に倣って一切兜を取らず鎧も人前では脱がない為、羽根騎士の面々の年齢はいまいち分かりづらいのだ。


 調理場でお湯を沸かしつつ、運搬用のワゴンや茶器や茶葉を用意していく。

 調理場の皆さんが小皿にスミレの砂糖漬けを盛っていく。白磁の皿に紫色が良く映えて美しい。


 それを見ながら、先程の蛙君とのやり取りを思い出す。

 可愛かったなあ、蛙君。初々しいったらありゃしない。


 もう何年も実家に帰っていないのだが、弟がちょうど蛙君と同じ位の年齢で、恐らくお父様の身長から考えると、弟も蛙君と同じ位の身長かと思う。

 4つ離れた弟は、小さい頃から何をするのでも私の後を追ってきた可愛い子で、私は人目を憚らず溺愛していた。

 それを危ういと思った両親は、お父様の親友である宰相閣下の持ってきたお城での侍女の求人話にさっさと乗ったんだと思っている。


 蛙君を見ていると弟を思い出して仕方がない。

 それに加えて何なのでしょう、あの仮面は。

 ぷっくぷくの艶っつやで、触ってみたくて仕方がない謎の材質で出来たほっぺ。

 そしてデフォルメされた、お目目がくりんくりんの可愛らしい顔つきの蛙。

 ああ、触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい……


 はっ。いけない。


 気を取り直してお茶の準備を進め、ワゴンに載せると、また元来た回廊をワゴンを押して戻っていく。


 他にもいたのだ。あれ位の身長の男の子が。

 但しそれは、もう6年も前の事。

 今ではもう大人らしい体つきに代わってしまっていることだろう。


「何してるのかなあ、今頃。騎士見習いの23560君は」


 そんな私の呟きも、再び顔を出したお日様の光に溶けるようにその場で消えていった。


 そうしてまた食堂の扉の前に控えていた副隊長殿に扉を開けてもらい、今日も姫様にお茶をお入れするのだ。

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