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光の距離  作者: 鈴音サラ
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11/12

11またあした

 気がつけば雨もあまり降らなくなってきて、美化委員の花壇の水やりも復活した。

 もうすぐ期末テストがやってくる。

 俺は中村部長の件を怜に言うか迷って、結局言わないまま時間だけが過ぎていた。委員会の仕事で怜と部長が一緒にいるのを見る度に心が痛む。

 昼休み、人気が少ないことを確認してこっそり怜に確認してみた。


「今まだ部長と会ってる?」


 怜はうつむき「テスト前だから」と答えた。


「そっか。なら終わったら会えるんだろ?」

「約束はしてないから今度お願いしてみるよ」


 弱々しく聞こえたのは間違いではないだろう。怜と中村部長の距離感が透けてみえてしまった。


「さすがに酷くないか?」

「お願いだから、そんなこと言わないでよ」


 怜が唇を噛んでいるのが見えた。こんなこと俺が言っちゃいけなかったことだ。


「ごめん」


 胸の中がモヤモヤして俺も俯いた。


 


 テストも終わったある日。怜が学校を休んだ。

 最初は普通に先生の言う通り、ただの体調不良なんだと思っていた。しかし次の人も、その次の日も来ない。さすがに心配になって、スマホにメッセージを送ってみた。けれど、既読スルーされてしまう。

 いくらなんでも、読んでおいて無視するなんてしないはずだ。

 俺は、部活終わりに怜の家に行ってみることにした。遅い時間なので不安だったが、怜のお母さんは気にしなくていいから大丈夫よ、と優しく言ってくれた。

 お母さんの話だと、ここ数日食欲もないし、頭が痛いといって部屋から出てこないのだそうだ。病院に行こうとさせても拒否されて困っていたらしい。

 俺は怜の部屋の前に立った。ノックをして「俺だけど入ってもいい?」と声をかけるが返事はない。仕方ないのでそのまま中に入る。

 いつもと変わらず綺麗な部屋だが、ベッドの上には謎の塊があった。どう見ても中に人が居るその塊に向かって俺は話しかける。


「部長と何かあった?」


 俺の言葉に布団が揺れた。

 そして無言が続いたあと、また布団が揺れはじめ鼻をすするような音が聞こえた。


「泣いてるのか?」


 返事はない。

 静かな部屋に、怜の鼻の音だけが響く。

 こうやって立ち尽くしていると 、一生出てこないんじゃないかという気さえした。

 綺麗に整理された例の部屋。見慣れたはずの景色なのに今は無性に寂しく感じる。

 俺は覚悟を決め、息を吐いた。

 布団の端を引っ掴むと、有無を言わさず布団を引き剥がした。


「な、何するんだよ!」


 パジャマのままうずくまる、目を赤く腫らした怜が声をあげた。


「怜が返事しないからだろ。なに一人で不貞腐れてんだよ」

「陽介には関係ないっ」


 お互い睨み合っていると、怜の目元から涙の塊がボロリとこぼれ落ちた。 怜は慌てて俯く。


「ほんとに何があった?やっぱ部長になにか言われたのか?」

「別れた」


 怜はぽつりと呟く。

 やっぱりそうか。以前図書館で見た光景が浮かんだ。


「僕が女子みたいだから平気だと思ったけど、やっぱり無理だって」

「え?」


 大塚さんが原因じゃないのか? 

 理不尽な話に奥歯が鳴った。


「なんだそれ、そんなどうにもならないこと今さら言うなんて……俺が部長にもう一回聞いてくる」

「陽介、無理だから。もういいよ」

「そうは言ったって……」

「最初から中村先輩はそういう人じゃないってわかってたんだし。ただ…もしかしたらって、期待しちゃった僕が悪いんだよ」


 確かに怜は強引なところがあったかもしれない。だけど女の子扱いして付き合うのを了承しておいて、さすがに自分勝手じゃないのか。

 

「それでも言い方ってもんがあるだろ?」


 怜は静かに首を振った。

 納得いかない。けれど怜はこの休んでいる間に散々苦しんだだろう。俺には何もしてあげられないし、本人が望んでないなら仕方がないのかもしれない。

これ以上俺が何か言っても、怜を追い詰めるだけな気がした。


「わかった、ごめん」


 何を喋ったらいいのか急に分からなくなって黙り込む。

 部屋が静寂に包まれた。

 

「でも、そんな風に言うなら怜も切り替えろよ」


 俯いて動かない怜の肩に手を置いた。

 

「お母さんたちも心配してるだろ?」


 俺が言わなくてもわかってることだろう。でも言うしかなかった。

 怜は固まったまま、目をぎゅっとつぶる。

 ゆっくりうなずいた。

 静まり返る部屋。俯く怜を、このまま放って帰る気にはなれなかった。少しでも気分を変えてあげたくて提案をしてみる。


「なあ、少しだけ気分転換に散歩でも行かないか?」

「こんな時間に?」


 すでに19時近くなっていた。俺のうちは問題ないけど、怜のお母さんはいいと言うだろうか。

 俺は一階のリビングにいる怜のお母さんに確認をしてみた。事情を話すと、20時までには帰ってきてねと言って了承してくれた。

 別にそんな遠くに行くつもりはない。俺たちの住んでる坂の上を、さらに登っていくだけだ。

 俺たちは人通りのない閑静な道を歩く。


「坂キツいね。僕こっちの方来たことないや」


 怜は息を切らしている。


 今登っている坂は住宅地しかないので、用がなければ普通は来ない場所だ。俺はこの坂を登りきった反対側の学校に通っていたからよく知っているだけだった。


「着いたぞ」


 俺は、少し離れた場所をまだゆっくり登っている怜に伝えた。俺に遅れてたどり着くと、そのまましゃがみこむ。


「ほんと体力ないのな……」


 情けない姿に呆れてしまう。怜は睨みながら立ち上がった。


「こっちこっち」


 俺は無視して歩き出す。この場所は住宅街の中にある駐車場で、車がかなり停めてあるが坂の頂上なのでとても見晴らしがいい。車の間を抜けて奥の柵で足を止めた。


「綺麗だろ?」

「へー!」


 俺の後ろにいた怜が驚きの声を上げて、目を輝かせた。窪地になっている街や反対側の山に連なる建物が一望できた。身近な夜景スポットに怜が感嘆している。


「こんなのあったんだね。全然知らなかった」


 ゆっくり辺りを見回しながら「すごいなぁ」と呟いている。 


「下に住んでると気づかないよな」

「カメラ持ってくれば良かった」


 指でフレームを形取る。


「近所なんだしまた来ればいいじゃん」

「今しか撮れないよ」


 確かにな、と納得。

 しばらく無言で夜景を見つめていた怜が、静かに声を出した。


「なんか、辛いことっていっぱいあるよね」


 抑揚なく喋る怜を見ると目元が光った気がした。また泣いてるのか?と目を凝らしたらら、夜景が反射しているだけだった。


「そりゃそうだろー」


 嫌味ったらしい親戚や、怪我したことが浮かんだ。


「明日から来れそう?」

「うん」


 怜は返事をしたけれど、そこに感情は乗っていない。怜が学校に来れそうで良かったけれど、部長のことを考えると心の奥が重苦しくなった。


「明日一緒に行くか?」

「ありがとう、そうしようかな」


 怜は俺を上目遣いで見ると少しだけ笑った。



 

 翌日、約束通り一緒に登校する。数日休んでいたからか怜は緊張しているように見た。でもクラスメイトはそんなに気にしている様子もなく、優しい子は「治ってよかったね」と、声をかけてくれていた。

 クラスでは問題なく過ごせたが、今日は放課後に委員会の会議がある。


「なあ、今日行くのか?」

「行くよ」


 俺がよっぽど心配そうな顔をしてたのか「大丈夫だから」と怜は苦笑いした。

 本人の言う通り、委員会での怜はいたって普通だった。中村部長の様子も変わりない。部長は大塚さんと付き合うのだろうか。同じ高校を目指しているなら、怜よりずっと現実的な相手だ。


「北河原、そこの花もう枯れてるから取っちゃって」

「分かりました、ゴミ袋いいですか?」


 二人ともちゃんと当たり前に話したりしていた。怜は聞き分けのいい後輩として終始接していて感心してしまった。俺だったら多分できない。



 怜はこれからも、こうやって色々なことを飲み込んでいくのだろうか。

  


 俺と怜は相変わらず、土日のどちらかは遊んだりしていた。今日もおやつをご馳走になりながら、自分の家かのようにのんびり過ごしている。


「高橋彼女できたらしいよ」 

「ふーん」


 怜は興味無さげだが俺は気にせず続けた。


「西岡のやつそれでブチ切れててさ。怜にも突っかかって来てたけど、あいつどんだけモテたいんだよな」

「はは」


 気を使わず、取り留めのないことを話したりして過ごせるこの時間が心地よかった。 

 クッキーをかじりながら、怜の部屋をぼんやり眺めているといつものカメラが目に留まる。

 

「そういえば、俺が借りたカメラっていつまで借りてていいの?」


 使ったり使わなかったり、なんだかんだで数ヶ月も借りっぱなしだ。


「飽きるまでいいよ」


 別に飽きたりはしていない。部活がなければ、もう少しちゃんとやりたい気持ちはある。


「飽きなかったら?」

「自分の買うまでいいよ」


 買うまでって、一眼レフはものすごい高いんじゃなかったか。少なくともバイトできる歳にならないと無理だ。俺に買えるのか?


「買わなかったら?」 

「ずっと貸してあげる」


 漫画に視線を落としたましれっと怜は答えている。もし俺が五年も十年も返さなかったらどうする気なんだろう。


「なんだそれ。怜ってホント変なやつだな」

「僕が変なら陽介はもっと変だよ」


 俺のどこが変なんだ。明らかに怜の方が変わり者だろう。


「絶対ないわー」


 俺は手の汚れを拭き取ると、怜と同じようにまた漫画を手に取る。


 


 俺たちはいつも噛み合っていない。

 でも上手くいっている。

 こうやって一緒に笑っていられる友達がいれば、また明日も頑張れる気がした。

 怜と一緒に過ごしたこの時間は、これからもきっと、俺の中に残るだろう。

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