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08.シャイアンへの招待状

「僕はアンジェと話があるから、奥の会議室でマクシィに訓練の説明を受けておいで」


 ミールはそう言って奥の部屋を指さした。リオは頷きながらも心の中で若干焦る。


 あの部屋って会議室だったんだ。ずっとお菓子置き場にしてた……


 扉を開けると、そこには狭い空間といくつもの簡易な椅子。使い古されたテーブルの上には、開けかけのスナック菓子の袋が散らかっていた。奥のダンボールにはリオとミールの私物が詰め込まれ、上には新品のお菓子が山積みだ。


「入るのは卒業以来だが……ずいぶん生活感のある部屋になっているな」


 マクシィが思わず苦笑する。リオは気まずげに目を逸らした。


「すみません。会議室って知らなくて」

「いや、私もこれくらい緩い方が気が楽だ」


 まるで掃除していない自室を見られた気分でリオは顔を赤らめた。そして恥ずかしさを誤魔化すように話題を変える。


「先生も言ってたけど、マクシミリアンさんの訓練って何をするの?」

「さっきも言ったがマクシィでいい。先生のことも普段はミールって呼んでるんだろう? 君がフランクな性格なことは聞いている。仮面はすぐ剥がれるんだ。普段通りで構わない」

「……わかったよ、マクシィ」


 リオは笑って椅子に腰を下ろした。マクシィも近くの椅子を引き寄せて座った。


「それで私は軍人にでもさせられるの? ミールの頼みでもそれはごめんなんだけど」

「そういうわけではない。だが、死なない程度には鍛えてもらう」

「……死なない程度?」


 軽口のようでいて冗談ではない響き。リオは思わず首をかしげた。


「なぜ、という顔だ。君が超能力を発現したのは今年だったな?」

「うん。今年に入ってから」

「発現の時期は人それぞれだ。赤子のときもあれば、君のようにある程度成長してからの者もいる。だが君は運が良かった。発現直後にセランの庇護下に入れたのだから」


 マクシィの声が少し硬くなる。


「ほとんどの国ではそんな幸運は稀だ。超能力が確認されれば本人の意思など二の次になる」

「……そんなに?」

「私たちの故郷――連邦はまだマシな方だよ。少なくとも形式的には意思確認がある。失礼ながら調べさせてもらったが、君のように天涯孤独な身だと行政も引き止める交渉材料を持たない。だからこそ簡単にセランに来れたのだろう」


 リオは小さく息をのんだ。


「他国ではもっと熾烈だ。報道されない誘拐や脅迫など珍しくもない」

「……つまり、私は危うい立場ってこと?」

「理解が早くて助かる」


 マクシィは微笑んだ。けれどその奥には氷のような冷たさが覗いていた。リオは曖昧に頷きながら、胸の奥に重たい息苦しさを覚える。


「じゃあ、超能力者って……普通には社会で生きていけないの?」

「無理だな。セランはまだ緩いが、それでも保護という名の監視がある。突出した力を持つ者は必ず囲い込まれる」


 自分程度の力なら……狙われない、よね?


 そう言い聞かせるように息を吐いた。だがマクシィの視線は違うと告げているようだった。


「本当は私の職場も見せたいところだが……一応私は自由連邦軍の人間だ。今の君は国籍こそ自由連邦だが所属はセランだ。簡単には連れて行けない」

「でもセランって自由連邦の自治領でしょ? それでもダメなの?」

「建前上は、な。事実上は完全に別の国だ。母校とはいえ私がここに来ることを良く思わない者も多い」

「……大丈夫なの、それ」


 思わず口にするとマクシィは少しだけ笑った。その笑みにはどこか疲れの色が(にじ)んでいた。


 悪い人じゃない。けど……能力でも感情があまり読めない。ミールもだけど、それ以上にマクシィは感情が読みにくい。


 それに彼は当然のように「名字」を名乗った。この時代に名字があるのは珍しく、何か厄介ごとがあることを示しているようなものだ。大体は偏屈な性格なだけだが――


「これを君に渡しておく」


 マクシィは机の上に小さなデータチップを置いた。


「指先で触れれば内容がインストールされる。ここの地下施設へのトークンだ」

「地下? エレベーターにそんなボタンなかったけど」

「このトークンを持つ者だけに階層が表示される。全員が認証されて初めて動く」


 促されるままリオはチップに指先を触れた。微かな刺激が指先をくすぐり、トークンの中身が読み込まれた。


「これで君も地下に行けるようになる。私の訓練はそこで行う」


 マクシィが立ち上がる。リオも続いて立ち上がったそのとき――外から(かす)かな声が聞こえた。


「――と指揮には適性がある――」

「――乗っ取ってもらっても――」

「――知らないことが多すぎます。――教えてくれるのですか?」

「僕に選択肢はないかな?」


 ミールとアンジェの声だ。ところどころしか聞き取れないが、甘さの欠片もない事務的なやり取り。元教え子に居場所を奪われる心配はなさそうだ。


「やあ、リオ。話は終わったかい?」


 会議室から出るとミールがこちらに気づいて笑みを向けてきた。その声にはさっきまでの冷めた感じはない。リオは小さく頷き彼の隣に並んだ。


――――――――――


 案内に従い皆で研究棟内のエレベーターに乗ると、トークンが反応し「−1」の文字が浮かび上がった。静かな駆動音とともに扉が閉じる。どこまでも下へ、下へと動き始めた。


 やがて扉が開いた。広がるのはいくつもの通路に無数の照明、行き交うどこかの職員たち。大学の地下にこんな巨大な施設があるなんて――想像もしなかった。


「ようこそ。政府直轄の複合地下施設『シャイアン』へ」

「ここ、大学の地下なの……?」

「いや、正確には『民間層』を超えた『メンテナンス層』だよ。大学の下というより、この都市そのもののずっと下だね。レイヤーが違うんだ」


 ミールの声が静かに響いた。リオは息を呑む。国が関わるとスケールが違う――それを肌で感じた。


 すれ違う職員たちは皆ミールに軽く頭を下げる。敬礼する者もいる。誰も彼を蔑んだ目で見ていなかった。


 差別なんて……全然。むしろ敬意と、畏れ?


「大学での差別はわざと放置されている。その方が都合がいいからだ」


 リオの不思議そうな顔に気付いたマクシィが静かに言った。


「先生やアノマリー科を忌避してもらった方がこの施設を隠す手間が省ける。だが、ここにいる者たちは違う。あの目の意味を理解している。あれほどの光を宿してなお生きている――それが意味することを。圧倒的な力には尊敬と畏怖が集まる」


 星空のような瞳。それはリオにとっては美しさであり、ここでは力の象徴だった。


「大げさだなあ。人よりナノマシンが多いだけだよ」


 ミールが笑うとアンジェが冷たく言い返した。


「それが普通でないことくらい理解してください」


 仲が悪いわけではなさそう。これくらいの軽口を言い合う関係性なんだろうな。


 アンジェは途中で用があるからと別の通路に消え、残った三人は奥へと進んだ。たどり着いたのは地下とは思えないほど広大な運動場だった。屈強な人々が走り込みや筋トレに励んでいる。


「明日から毎日ここに来て必ず十キロは走るように。途中で歩いても構わないができる限り走れ。週末は私の訓練がある。その日はここで待機していてくれ」

「ちょ、ちょっと待って!? 私、十キロも走れないよ!」

「それは、月に来る前の君の話だろう? その体には軍用モデルを超えるナノマシンが満ちている。この程度の運動は造作もないはずだ」

「……」


 マクシィの反論に何も言い返せない。リオは助けを求めるようにミールを見ると、彼は笑顔でスポーツウェアを差し出した。いったいどこに隠し持っていたのか。


「はい、これ。好みかはわからないけど、性能は折り紙付きだよ」

「……ありがとう」


 受け取った服は黒地にパンク調の差し色。たまたまだろうが好きなデザインだった。それだけで少し嬉しくなる。


「その顔、気に入ってくれたみたいだね。よかった」


 不意に心が温まる。服を貰っただけなのになぜか胸が弾んだ。


「では、今週末にまた来るからランニングを忘れないように」

「頑張ってね、リオ」


 ふたりの声に現実へ引き戻された。リオは軽く息を吐いて気持ちを整える。


 今日はとりあえずいっぱい寝よう。明日からまた違う日々が始まるのだから――。

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