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07.フレンズ

 入学して半年が経過した昨日、リオは次の段階に活動内容を進めると告げられていた。その際「感応は今日で終わり」と伝えられ、彼女は正直かなり落ち込んだ。あの時間――ミールと気兼ねなく触れ合えるひとときが嫌いではなかったからだ。


 ここ一ヶ月は調子に乗って、ソファでミールの隣にぴったりくっついて感応訓練を受けていた。彼もまんざらでもないように見え、その表情も嬉しそうでリオはつい甘えてしまっていた。


 ミールも毎回嬉しそうだったし……


 研究室の教授相手にまるで恋愛ごっこのようなことをしている自分を痛くも感じる。それでもやめられなかった。最初は顔に惹かれたのかもしれないが、この関係にはなんとも言えない心地よさがあった。


 今日から感応のない日々を過ごすことに落ち込みつつ、いつもの食卓に用意された朝食の栄養ブロックを頬張った。相変わらずの美味しさですぐに無くなってしまう。VT(ヴィーティー)の方を向き残りのブロックをスープで流し込みながら、なんとなく前から気になっていたことを尋ねた。


「ねぇ、学内でミールの立場って……結構悪いの?」


 あのミナという女の話を聞いてから気になって仕方がなかった。


「今までミールが避けられているのは、容姿の良さと、アノマリー科の先生っていう異質さのせいかと思ってたけど……瞳の差別が原因なの?」

「概ね肯定いたします。ナノマシン過剰症の兆候である瞳に光点が出る症状は月では差別対象です。学内でもミール様に対して差別意識を持つ者は少なくありません」


 はっきり言われると自分のことではないのに胸がきゅっと痛くなる。


「星空みたいに綺麗なのに……」


 そう口にするとリオの胸の奥の痛みが少し引いた。あの瞳の美しさを理解できるのはきっと自分だけ――そんな優越感と満足感があった。


「残念ながら月育ちに星空への憧れは文化的に育ちにくいです。多くのセラン市民はあの光を醜いものと感じます。ただし一般的な過剰症では光点は一から二個が限界です」

「え? でもミールのは……」


 一個や二個では足りない。まるで満点の星空のような瞳だ。


「はい。彼の瞳の光点は複数あります。虹彩の色も合わせて――リオ様のおっしゃる星空に酷似しています。あの瞳になるほどのナノマシン保有量は月の技術水準で考えても致死量です。そのため差別と同時に畏怖の対象にもなっています」

「そっか……」


 疑問がひとつ溶けた。そして同時に自分しか理解できない彼の美しさを抱えていることに、得も言われぬ喜びを覚える。


――――――――――


 研究室の扉を開けると居たのはミールだけではなかった。見知らぬ男女がひとりずつ。リオはいつもの調子で入室してしまい、自身のテリトリーに他人がいることに一瞬ぎょっとした。


「やあ、リオ。今日は特別な日だからね。お客さんに来てもらってるよ」


 その瞬間、リオの中で空気が切り替わる。いつもの口調ではまずいかも――そう直感し思わず背筋を伸ばした。


「あっ……せ、先生。その……おふたりは?」


 普段なら馴れ馴れしく呼び捨てにしてしまうミールを慌てて先生と言い直した。初対面の視線が自分に集中していることに緊張する。


 男性の方は背が高く鍛え上げられた体つきに金髪。刈り上げた髪はさりげない遊びがあり、その立ち姿はどこか古典文学の騎士のようだった。


 対して女性の方は鋭い雰囲気を(まと)いながらも、黒髪の似合う冷たい美貌を持つ。タイトなスカートから伸びる脚はモデルのように長い。


 ふたりともリオやミールとは違う。オフィス街を歩いていても違和感のない洗練された装いであり、隙なくスマートに整えられていた。


「先生、私から自己紹介します。私の名前はマクシミリアン・エバーランス。気軽にマクシィと呼んでくれ。十年前にセラン工科大学のアノマリー科を卒業し、今は『自由連邦宇宙軍月軌道艦隊』所属で、セランにある連邦総領事館の駐在武官をしている。隣の彼女はアンジェ。同じ年に卒業した私の戦友だ」

「アンジェよ。戦友とかじゃない、ただの同期。今はセランの外務省長官補佐官として働いているわ。よろしく」


 情報量が多い。マクシィはいい人そうだけど、絶対私と住む世界が違う人種だ。アンジェはなんか雰囲気怖い――あと、ふたりとも肩書きの圧が強い。


「リオです。セラン工科大学アノマリー科の一年生です」


 慣れない丁寧さで名乗りながらリオはそっと一歩だけミールの側に寄る。初対面の人との空気が怖くて、よく知る相手の存在を確かめたかった。


「驚かせたね、リオ。この半年でアノマリー科の基礎的な超能力の訓練はほぼ終わったんだ。これからは大学に通う頻度も、家でやってもらってるインプット作業も減るよ。その代わり、このふたりに新たなことを学んでもらうから」

「何を……?」


 ただの元卒業生のお客さんではなく、自分にこれから関わってくる人たちだと知り身構えた。


「アンジェには実際の社会でどう超能力者が活躍してるか見せてもらう。いわばインターンだね。マクシィにはもっと本格的な訓練を担当してもらう。非常時での超能力の使い方は僕では教えきれない。軍人である彼の方が適任だ」


 意味は分かる。けど――


「ミール……先生じゃダメなの?」

「リオには可能な限り最高の環境を用意したいからね。僕のやり方では限界があるんだ。マクシィは軍人だけあって、実戦での判断力や瞬間的な対応力は僕より上だから」


 リオの声が少し震えていた。新しい環境への不安と少しの期待、ミールと過ごす時間が減ることに言いようのない不満が湧き上がった。


 正直嫌だ。軍事訓練もどきをさせられるってこと? ミールが薦めるってことは必要なんだろうけど……


「リオ、君の能力ならどんな状況でも通用するよ。自信持って」


 ミールが微笑む。その笑顔にリオの胸は少し温かくなるが、同時に寂しさがこみ上げた。


「マクシィとアンジェは忙しい中、時間を作ってくれたんだ。まず来週からマクシィの訓練があるからね。場所はあとで教えるよ」


 マクシィがにこやかに手を差し出してくる。リオは反射的にそれに応じて握手した。


「楽しみにしてるよ、リオ。先輩として君をどこでも生きてけるようにすると約束しよう」


 リオはアンジェの方も見る。彼女は目が合うと小さく頷くだけだったが、その視線にはどこか試すような鋭さがあった。


 来週からこの人たちと一緒に……? 大丈夫かな。


 リオは笑顔を無理やり作った。新しい一歩への期待と不安。そしてミールとの距離が離れていくような感覚が心の中で複雑に絡み合っていた。

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