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06.ディスコード

 リオはいつものように大学の飲食エリアにあるカウンター席で食事をしていた。サンドイッチを頬張りながら視界の端には、自由連邦が発信するニュース番組「ニュース21」を浮かべていた。傍から見れば頬杖をついて遠くを眺めながら食事をする、気だるげな少女にしか見えないだろう。


「ねぇ、ちょっといい?」


 近くに来たアジア系の顔立ちの女性にリオは声をかけられた。意識をニュースから現実に引き戻す。ここで知らない人に話しかけられるのは初めてだった。少し驚きながらもリオはその女性に顔を向けた。


「なんですか?」

「あなた最近よく見るけど、もしかしてノゼ――アノマリー科の特待生でしょ?」

「そうですけど……」


 強めの白いファンデーションを塗った肌がその女性の色白さをさらに際立たせていた。綺麗ではあるが少し化粧の匂いがきつい。五感を強化したリオには不快だった。派手めで綺麗――工科大学では珍しいタイプ、そんな印象だ。


 共和国出身の留学生のミナ。三年生……つまり先輩。SNSは……派手な投稿が多いタイプか。


 リオはしれっと新調したスキャン機能を起動していた。セラン到着初期にSPDにバレて以来その反省から彼女は奨学金をつぎ込んで、高価なソフトウェアを片っ端からナノマシンにインストールしていた。


「あなたのこと気になってたの。お話ししたくて。隣、いい?」


 リオが許可する前にミナは隣の席に腰を下ろした。


 苦手なタイプだな。それにこっちを見下してる……嫌な感じ。


 半年の訓練でリオの超能力はより精密になっていた。相手の悪意が具体的に輪郭を持って感じ取れる。(いぶか)しむリオをよそにミナは勝手に喋り始めた。


「――でね、最近の研究では――」

「――私の研究室の――」


 適当な話題づくり? 専門的すぎてなんの話かはよく分からない。相槌だけで満足してるならいいか。


「すごいね。生物系の研究ってことしか分からないけど」

「ああ、ごめんなさい。アノマリー科のあなたの専門外よね。あそこって基礎講義も出られないんでしょ? ずっと研究室にこもってて。『ダストアイ』の相手も大変ね?」

「……? ダストアイ?」


 聞き慣れない単語。感じる感情から――何かの蔑称?


「知らないの? ダストアイ。ナノマシンを許容量以上に保有した人間の成れの果て。過剰なナノマシンが目の奥で光る、醜い病気よ。月では愚か者で矮小なものの象徴。あの先生、せっかく見た目は綺麗で愛らしいのに、あの目がすべてを台無しにしてるわ。あなたも大変ね?」


「は?」


 リオは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。相手から読み取れるのは、優越感、ミールへの微かな情欲と蔑み、そして本気の同情――。


 この女は本気でミールと関わることが不幸だと自分に同情している。しかも悪気が感じられない。


 共和国出身のミナが月の差別意識を本気で持っているとは思えなかった。彼女のダストアイという蔑視感は所詮は上っ面の真似事。地球ではナノマシン過剰症なんて稀な病気だ。目が光るほど地球製のナノマシンを投与したら多くは死ぬ。差別文化なんて生まれようがない。それが成り立つのは月の技術力があってこそだ。


「別に……先生の目に嫌な印象はないけど」

「そう? でも周りはそう見ないわよ。あなたも下に見られるかもしれないわ。気をつけなさい」


 プライドが高いタイプね。反論したら終わらなさそう。流そう――


「今度、友達とノースエリアのカジノに行くんだけど来ない? 知り合いになった記念に」

「いきなりね。あんまり興味ないけど」

「超能力使えるんでしょ? ちょっと使えば一晩でかなり稼げるわよ。私も囮くらいはしてあげる」


 ああ、これが本命か。派手な留学生……ってことは金欠か。お勉強できても俗っぽいな。


 怒りはまだ収まっていなかったが、リオはむしろ憐れみを覚えた。会話を流しつつ頭の中でミールに回線を繋げた。


『今、大丈夫?』

『うん。どうしたの?』

『カジノに誘われたんだけど、超能力使ったらバレる?』

『間違いなく監視に超能力者がいる。SPDに突き出されるか路地裏で消されるかだね。絶対行っちゃダメだよ』

『了解。ありがとう。もうすぐ戻る』


 回線を切り、ミナに向き直った。


「ごめん、遠慮しとく。スケジュール埋まってるんだ」

「そう。無理には誘わないわ。――じゃあ、午後の講義があるから」


 ミナは作り笑いを浮かべて立ち上がった。去り際に余計な一言を残しながら。


「案外、度胸ないのね。『ノゼマ』って」


 最後まで嫌な女……。


 ノゼマ――ミツバチにつく寄生生物の名前。他科のエリートたちがアノマリー科を蔑むために使う言葉だ。

 

 だがリオはあまり苛立たなかった。確かに名誉ある大学に便乗してるだけの自覚はあった。その呼び名で天才達の溜飲が下がるならいいと思ってきたからだ。ただ――親しい人への蔑みは別だった。


 あんたが悪いんだから。


 リオは去り際のミナの個人端末にアクセスした。少し前にVT(ヴィーティー)に怒られながらも、裏路地で仕入れたハックツールを脳内で起動する。自身のナノマシンスペック任せに、仕組みはわからずとも防壁を突破して個人データを抽出した。


 電脳化で得た莫大な計算リソースをツールに貸し与えるだけでよく簡単であった。


 得た情報の一部を追跡されないように適当な通信データに混ぜて世界中に拡散。明日にはミナの端末に嫌がらせが届くだろう。


「悪い遊びの前に端末を更新しとくべきだったね」


 途中の自販機で買ったスナック菓子を片手に、研究室に戻ってソファに転がった。


「まるで自宅だね。あとスカートで脚をソファに乗せないで」

「ミールしかいないし、いいじゃん」

「苛立ってるね……さっきの友達のせいかな?」

「そうかも。でも、もう終わった」


 バリバリと菓子を噛みながらリオは無理に明るく振る舞った。ミールに当たるような言い方をして少し罪悪感が芽生える。菓子を口に放り込みながらその気持ちを誤魔化した。


「気が済むまで好きにしてていいよ。ここには君の味方しかいないから」


 ミールがそう言ってくれるのは嬉しい。でも――


 ミナみたいなのがひとりだけとは思えない。ミールが避けられているのも、自分に話しかける人が少ないのも――やっぱりアノマリー科と他学科の間には思ったより深い溝があるのかもしれない。


 この研究室以外に月での居場所が見つけられる日は来るのだろうか。リオにはそれがわからなかった。

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