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05.ライフワーク

 突然電源が入るようにリオは目を開けた。意識が戻った瞬間、直前までの激痛が嘘のように消えていて強烈な解放感があった。


「喉乾いた……」


 ベッドの上? 服もパジャマに替わってるし、汗臭さもない。


「おはようございます。痙攣(けいれん)終了後に身体の洗浄および咽頭の吸引を行いました。現在、電脳化から十三時間が経過しています。痛みや不快感はありませんか?」

「だいじょぶ。ありがと」


 リオは毛布をめくりゆっくりと起き上がった。視界の端にはアップデート完了と、バイタルチェックの正常表示がポップアップしている。


 全て正常(オールグリーン)。ひとまず電脳化で人生終了コースは回避できたみたい。


 安堵しながらリオはマシナリーが用意した朝食の席へ向かった。


 今朝のメニューは昨日と違い、地球でもよく見るような一般的な朝食だった。フォークで口に運びながらふと思う。目の前の彼女──マシナリーにはまだ名前がない。


「ねえ、あなたに名前をつけるにはこの端末に接続して宣言すればいいんだよね?」

「はい。コントロール端末に手を当て簡易アクセス状態で宣言すれば正式な愛称として登録されます」


 名前か……特に思いつかないな。


「うーん……VT747だから、VT(ヴィーティー)でいいや。さすがにテキトーすぎ?」

「いいえ。当モデルにおける愛称ランキングでは『VT(ヴィーティー)』が第四位にランクインされています。むしろメジャーなネーミングです」


 リオは思った――お金持ちって意外とテキトーなんだなと。


「じゃあVT(ヴィーティー)、ご飯食べたら大学行ってくるから留守番お願いね。買い物とかも任せられるの?」

「はい。リオ様が不便を感じないよう、生活物資の補充なども完璧にこなせます」

「じゃあお金は自由に使っていいから、よろしく」

「いってらっしゃいませ」


 VT(ヴィーティー)に手を振り、リオは寮の自室を出た。


 アノマリー科の研究室に入ると、奥にいたミールが振り返った。


「おはよう、リオ。バイタル情報は逐一見てたから心配はしてなかったけど、顔色も悪くなさそうだね。電脳化も無事済んだみたい」

「おはようございます。……バイタルデータって、ミールのとこに常に送信されてるんですか?」

「うん。僕には自分の科の超能力者の健康と安全を守る義務があるからね。バイタルは常にモニタリングされる設定になってるよ」


 とんでもないプライバシー侵害だ。あの長い同意書のどこかに一応書いてあるんだろう。


「バイタルって見てわかるものなんですか?」

「データとしての知識はインストールしてあるけど、医者の真似事はできないよ。あくまでソフトが自動で解析してくれてるだけ」

「ふーん……」


 何人分も見てるのか……先生って大変だな。


 リオの体感でも今までのナノマシンとは明らかに違っていた。常に体の隅々までスキャンされているような感覚で、バイタルを含む全データが逐次解析されている。まさに至れり尽くせり──便利すぎて逆に怖かった。


「今日は何をすればいいんですか?」

「今日から基本的に、午前は僕と一緒に超能力の座学と感応による実践レクチャー、午後は自由。好きな講義を聴講してもいいし帰ってもいい。ただし、家では寝る前までに課題のインプットを忘れずにね」

「わかりました」

「じゃあ、まずは手を出して」


 言われるままに手を差し出すと、ミールがその上から自分の手を重ねた。


「今から僕の能力で君の五感に干渉する。それを具体的に感じとって。超能力に対する感覚を鋭くする訓練だよ」


 手、やわらか……


 リオは頷きながらもミールに触れている手に意識がいっていた。


 リオの全身を奇妙な感覚が走った。地球から大気圏を抜けるような浮遊感──意識が遠のきながらも、何かの輪郭を掴みそうな手応え。誰かの声が聞こえる――聞き覚えのある女性の声。次の瞬間、現実に引き戻された。



「どうだった?」

「どうって……なんか、すごい不思議な体験でした」

「これが『感応』だよ。より熟練した超能力者が体内から刺激を与えることで、感覚が鋭敏になり超能力の扱いが上達するんだ」


 リオは頷いた。確かに超能力の輪郭のようなものを掴めた気がする。主観的には一瞬のようだったが、時計を見るとすでに二時間が経過していた。心拍数も上がり、全身が汗だくだ。体内モニタが軽微異常を知らせている。


「超能力の強さそのものは変わらないけど、使い方の熟練度で結果は大きく変わる。だから半年間は毎日のように感応を行ってリオの能力を底上げしていくよ」


──こうして私のそれなりに忙しい学生生活が始まった。


――――――――――――――――――――


 朝、目が覚める。管理された天候を持つこの都市は、毎日の空気が地球よりずっと快適だ。ダイニングからいい匂いが立ち込めていた。


「おはようございます。今日の朝食は――」


 いつものルーチンだ。VT(ヴィーティー)の作るご飯は基本的に全部美味しいし、必ずと言っていいほど私好みの味付けだ。


「相変わらず美味しいね」

「ありがとうございます。リオ様の食事嗜好は概ね把握済みですので、最高の食事提供をお約束致します」

「どうやってリサーチしてんだか……」


 最後のぼやきは聞こえているのか、聞こえていないのか。VT(ヴィーティー)は返事をせずただ美しい笑みを返すだけだった。


――――――――――


「おはよう、リオ。今日は座学からいこうか」


 自分の居場所みたいになってきた研究室で、ふたりきりの毎日のお勉強が始まる。さすがにこの数ヶ月で彼の顔を見ても照れなくなってきた。でも時々目で追ってしまうし、ふと近くに来られると顔が熱くなる。



「――ってことで、超能力は基本的に──」

「――数万人に一人しか発現せず、先天的発現はほぼなくて──」

「――多くは数グラムの物を動かしたり、相手の感情を感じ取りやすくなる程度──」


 今日の座学は基本的なことばかり、こんなの連邦でも知ることのできるレベルの内容だ。退屈であくびが出てしまう。


「リオ、基礎の基礎すぎて退屈なのはわかるけどちゃんと聞いてね」

「でもミール、今さらそんな内容聞いてどうするの?」

「今までの座学は念動力(テレキネシス)のコツとか、超能力使用のアドバイスばかりだったからね。こういった基礎知識の復習や常識のすり合わせも大切なんだよ」

「ふーん」

「はぁ……入学したての君はもう少し真面目なふりしてたのにね。続けるよ?」


 毎日のようにふたりきりで話しているからか、自分でも少し馴れ馴れしくなってきたと思う。でもミールも若い女に懐かれてるんだから役得でしょ。外見的には私より若く見えるけど。それに――砕けた態度になっていくにつれて、彼も嬉しそうな感情を見せるし……まあ、いいよね?


――――――――――


「今日はお昼、何食べよう……」


 大学内のお店はほとんど網羅してしまった。共和国風のご飯は美味しいけど胃にくるし、連邦風のご飯はもう飽きた。


「外、行くか」


 大学の敷地を抜けて多くの店が並ぶ通りへ。都市の中心に近いこのあたりは、物もサービスもとにかく充実していた。他の植民惑星や月都市ではここまで豊かじゃないらしい。


 ふと路地裏が目に入った。ミールに「基本的に路地裏は立ち入るな」と言われていた。以前興味本位で入っていったときには、VT(ヴィーティー)から通信で即座に引き返すよう警告された。


 望遠機能を起動して奥を覗き込むと、路地に座り込む人が何人か見えた。おそらくホームレスだ。月でもああいった存在が生まれるのかと思うと言葉にできない感情が流れた。


――――――――――


 今日もこの時間が来た。夕食を終え、服を脱いでお風呂場へ向かう。念のためVT(ヴィーティー)も付き添ってくれている。インプット用端末を起動し、深呼吸してから今日の課題データのインストールを開始した。


「んっ……!」


 データ転送が始まった。電脳化された神経回路に情報が流れ込んでくる。少し頭痛がするが、いつも通りすぐ治るだろう。


「一日のやることでこれがいちばん嫌だなあ」

「お疲れ様です。バイタルも正常なことを確認。出血もなさそうですね」

「最近は鼻血も出なくなってきたし、体も慣れたのかな?」


 初めの頃は毎回鼻血が出ていた。毎日学習装置を使うこと自体が、医学的にも金銭的にも非常識ではあるが。


「今回の内容――拳銃とか携帯火器の知識なんだけど。いるの、これ?」

「自らの身を守るために、自らを害する可能性のあるものを知ることは大切です」

「言わんとしてることはわかるけど……」


 月の治安が地球に比べて圧倒的に安全、というわけでもないことはリオもわかってきた。このデータが何かあった時の備えであろうことは理解できる。


 しかし、素人の自分がそんな状況になってできることがあるのだろうか。


「疲れたしシャワー浴びてもう寝るね」

「わかりました。では家事業務に戻ります」


 VT(ヴィーティー)を見送ってからリオは湯船に浸かった。


 ベッドに行けばまた朝が始まる。なんだかんだ充実してるのかも。お湯の温かさが心地いい。

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