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04.電脳化

 ミールって男なの……?


 トイレから出てきたミールを見た男子学生たちは、一瞬ギョッとした顔をしたがすぐに落ち着きを取り戻した。その様子からミールが男性であるという事実はすでに周知されているのだろう。


 ミールの服装は黒いストッキングにリオと同じようなショートパンツ、天然素材のようなニットに白衣を羽織っていた。


 いや、無理がある。その顔と服装で少女以外に見えるわけがない。


「お待たせ。どうしたの?」

「いや、その……ミールって――」


 もしかして、これはデリケートな話なのでは? 下手に聞いたら失礼になるかもしれない。


 リオが口ごもると、目の前の少女のような生き物はニヤつきながら言った。


「……あ、やっと気づいた? リオ、明らかに僕のこと女の子だと思ってそうだったからね。でも別に隠してないし、深い意味もないよ。性嗜好も普通に異性が好きだし。僕はただ自分の好きな見た目でいるだけ」

「ああ、そういう感じなのね……」


 自身を理想のビスクドールにしてるということだろうか。真剣に考えて損をした気分だった。さすが寮のマシナリーに侍女服を着せるだけはある。


 リオにとって衝撃ではあったが、こうした例は地球でも珍しくはない。高価なナノマシンやサイバネティクスを駆使して、理想の容姿を実現したり性転換を行う人もいる。ただミールのような超次元の美を実現するには、天文学的な資金と月面級の技術水準が必要なはずだ。リオの感覚では彼の見た目は──どれだけ金を積んでも得られる気がしなかった。


 それでも彼の容姿が天然ではなく作り物だとわかると、リオの中で奇妙な満足感が芽生えた。


 あれほど惹かれておきながら、人工だと知って安心する自分を小さく感じた。


 自己嫌悪を覚えながらもリオは気を取り直す。


「そろそろお昼だし、ご飯食べておいで。僕は少し用事があるから離れるけど――食事が終わったら研究室に戻ってきてね」

「わかりました」

「あと、これ。今年度の奨学金。生活費も兼ねてるけどあんまり派手に使わないようにね」


 ミールはリオの瞳を見つめながら言った。その瞬間、彼の星空のような瞳がより光を帯びた。リオはそれが直接送金の合図だと理解した。


 視界に現れた通知を確認して受け取りを許可すると、口座残高が一気に跳ね上がった。


「え、ちょっと待って!? 多くない? 学費込み?」

「何言ってるの。学費は免除だから全部君の自由なお金だよ。じゃあ、またあとでね」


 百万ディエム……桁がふたつ違うのでは?


 思考が追いつかないままリオは飲食エリアへ向かった。知らないブランドの店が多かったが、故郷で見たチェーン店もあり安心感を覚える。


「すごい……『共和国』や『NEU』の店まである。さすがセラン工科大学」


 宇宙一の大学は食にも妥協がないらしい。結局リオは慣れ親しんだ連邦のファストフードを選び、ハンバーガーを頬張りながら大型ディスプレイのニュースをぼんやり眺めていた。


『――三十分前、イーサ地区で発生した銃乱射事件は民間人二名の犠牲を出したものの――』

『――SPDの強制執行により――』

『――ガンシップからの精密照射で犯人は即座に処理されたと発表されました――』

『――共和国大使補佐官は個人見解で、犯人の人命軽視に苦言を――』


 もう事件は終わったらしい。映像にはモザイクが掛かっていたが、通りでライフルを振り回す大男が上空のガンシップからのレーザー照射で上半身を吹き飛ばされる様子が映っていた。どんな加工をしても何が起きたかは明白だった。


 普通に流すんだ……


 セランの報道コンプライアンスはかなり緩いらしい。リオはため息をつきながら冷めたポテトをジュースで流し込んだ。視界の片隅でナノマシンのアップデートが八十%で止まっていることに気づく。そのとき頭の中でミールの声が響いた。


『回線番号交換しましたっけ?』

『渡したナノマシンの初期設定に僕との直通回線が登録されてるからね。どう? そろそろアップデートが完了する頃だけど体調に変化は?』

『特にないですけど、アップデートが八十%から進まないんです』

『ああ、それについては研究室で説明するよ。食べ終わったら戻ってきて』

『わかりました。もう食べたので戻ります』


 脳内での通信を終え先ほどのディスプレイに目をやった。すでにニュースは退屈な株価情報に変わっていた。


――――――――――


 研究室の前に立つとドアは自動で開いた。どうやらナノマシン認証は正常に作動しているらしい。


「おかえり。さて説明しようか。今日投与してもらったナノマシンは電脳化前提だから、残り二十%はその処理待ちだね」

「……え?」


 電脳化……最悪の気分だ。


「流石に電脳化はちょっと……」

「悪いけどアノマリー科の特性上、電脳化は必須なんだ。諦めてほしい」

「……はい」


 電脳化は普通は命がけだ。セラン製なら大丈夫だろうけど……その顔じゃなかったら、もっと抵抗していた。


「それと、これ。インプット用の端末。毎日ここに知識データを送信するから、家で起動して手をかざしてね。情報量が多いときは鼻血が出るかもしれないから、お風呂場でやるのをお勧めするよ」


 つまりこれは超小型の学習装置というわけだ。ハイスクールで使っていたソファサイズの旧式とは比べ物にならない技術(テック)。リオは改めてセランの技術レベルの高さを思い知った。


「ただし、それは電脳化した人にしか使えない。今日は電脳化に集中して。明日からインプット課題をこなしてもらうよ。他学科の天才達を目指さなくていいけど、恥をかかない程度の知識は必要だからね。電脳化は君のVT……マシナリーがサポートしてくれる」


 納得した。だから講義もテストもなく卒業が許されるのか。


 全てをカバンに詰め込みリオは帰路についた。正直、人権的にはどうかと思う処置だったが、金と容姿の力はずるい。人工の姿だとわかってもその美に翻弄される自分が情けなかった。


 寮の自室――新しい我が家に帰ると、朝も会った専属マシナリーがリオを待っていた。


「おかえりなさいませ。電脳化の準備は整っています。お風呂場へ向かい、衣服をすべて脱いでください」

「夕方だし、先にご飯にしたいんだけど……」

「電脳化の副作用に嘔吐例があります。窒息のリスクがあるため本日はお食事をお控えください」


 このマシナリーは自分専用だが、大学やミールの命令が優先なんだろうな。


「わかった。行くよ」


 カーテンを閉め、服と下着を脱ぎ捨てたリオは浴室へ向かった。その無造作な動作に無頓着さと諦めが滲んでいた。脱ぎ散らかった衣服を拾いながら、マシナリーは黙ってうしろをついていく。バスタブにはゼラチンのような液体が満たされていた。


「これ……なに?」

「工業用耐圧ジェルです。急激な圧力に反応して硬化します。スポーツ用スターファイターや、軍用機動兵器のパイロット保護にも使われています」

「これに浸かれってこと?」

「はい。電脳化時の不随意運動による脊椎損傷防止のためです。脚からゆっくり入ってください。粘性のある水のようなものです」


 用意が良すぎる。だがあまりにもやり過ぎであるとリオは感じた。


「大げさじゃない?  連邦じゃベッド拘束くらいだよ。ストリートの人なんて何もせずやってるだろうし」

「リオ様は特A級特待生つまり超能力者です。セラン工科大学も政府も、あなたを失うわけにはいきません」

「はいはい、わかりました」


 リオはため息をつきジェルに身を沈めた。不快ではないが心地よいとも言えない。ぬるま湯のような温度が逆に現実感を奪っていく。


「では、リオ様。電脳化を承認してください。承認後、五秒ほどで神経干渉が始まります。副作用は三十分ほど続きますが、多くの方は十秒前後で意識を失います。目が覚めればすべて終わっています」

「覚悟揺らぎそう……」


 リオは深呼吸を繰り返し、最後に小さく呟いた。


「――承認」


 視界の隅で止まっていたアップデート表示が再び動き出す。そして数秒後、全身が痙攣した。


「ア……ガァ……ッ!」


 声が出ない。目が――チカチカする。……頭が割れる……光が痛い。


 暴れようとした体はジェルの硬化によって完全に封じられていた。最後に見た光景は、ジェルの表面に散った自分の唾液と鼻血だけだった。


 リオの意識はスイッチを切るように暗闇へ落ちていった。


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