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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
エミリー編
27/34

27.Case Emily 10

「他からも連絡があった。向こうも道中で何体か遺体を発見したらしい。こちらと違って明らかな浮浪者らしいがな」


 回線による通信を終えたアリーヤが皆を見渡した。


「敵は目撃者も協力者も見境なく殺している。交渉の余地はないと判断する。接敵した場合、私の合図を待たずに発砲を許可する。……ただし要救助者には絶対に当てるな」


 その言葉にチームの隊員たちは無言で頷いた。


「宇宙港内の闇市側は今のところ騒ぎがないと報告が来ている。敵はかなり遠回りして、人気(ひとけ)のないルートだけを選んで進んでいるはずだ。我々は確実に目的地に先回りできる。そこで待ち伏せするぞ」


 方針は固まり、部隊が再び動き出した。リオもそのあとに続く。


 平和的な解決はもうない。戦闘の中でエミリーを助けないと……。


 少し先にあるであろう殺し合いの気配が、じわじわとリオの心を侵食してきた。恐怖とも緊張とも違う。胸の奥がざわつくような気持ち悪さだった。


 進んでいくと別方向から人の気配が漂ってきた。かつてターミナルの中心だった区画だろう。薄暗いながらも、明かりが所々に点いているのが見えた。


「何あれ……?」

「旧宇宙港は広大です。一部は不法占拠者たちに利用され、闇市が形成されています。裏社会では有名ですよ」


 近くにいたセラフが即座に答えた。


「追ってる相手があそこに紛れ込んでたりは?」

「先ほどアリーヤ隊長も言ったように、彼らに潜伏する余裕はありません。闇市の人々を全員殺すなど、流石に現実的ではないでしょう」

「……そっか」


 納得したリオはかつてスタッフ用だった通路を進み、目的地のすぐ近くに到着した。


 外が見渡せる厚い特殊ガラスの向こうに、「七番スペースゲート」が見えた。朽ちた宇宙船や壊れたコルベット艇に紛れて、ひときわ新しそうな輸送船が停泊している。小さく光が漏れており、生きている船だと素人のリオでもわかった。


「……当たり、あるいは当たりの一つだな」


 アリーヤが囁く。敵が近い可能性を考えてか、その声は自然と小さかった。


「見ろ。輸送船が搭乗用通路に接続されている。それに気圧もわずかに低い。古い設備を無理に動かしたんだろう。エアロックが不十分だ」


 アリーヤの言う通り、気圧センサーは正常よりわずかに低い数値を示していた。リオの視界にもシールドヘルメット展開の警告が出ていた。


 リオは無言で首元のスイッチを押した。光が歪むように揺れ、透明のヘルメットが展開した。


 搭乗用通路まで……五十メートルもない。


「これ以上近づけば輸送船に待機している敵に気づかれる。ここで待ち伏せをする。全員光学迷彩を起動しろ」


 アリーヤの指示で隊員たちは背景へと溶け込むように姿を消した。リオも遅れて迷彩を起動する。事前に受け取った敵味方識別コードのおかげで、隊員たちの位置は視界に表示されていた。


 全員が物陰に身を潜め動きを止める。


 このままだと……エミリーがいても銃撃戦になる。アリーヤたちが最初の奇襲で同盟の工作員を全員仕留められなかったら――


 ――エミリーはきっと死ぬ。


アリーヤもそれを理解したうえでここにいる。感情は一切揺らいでいなさそう。どんな結果になっても、彼女にとっては作戦の想定内。たとえエミリーが巻き添えで死んだとしても、敵に渡らなければ最低限の目的は達成される。


 どう転んでもエミリーが助かる確率が低すぎる……。


 リオはしゃがみ込み、他の隊員たちと同じく待機しているふりをしながら、ひたすらに打開策を探した。


 周りを見渡しスキャン機能を使う。かつて搭乗ロビーだった場所は埃を被り、捨てられたゴミが散乱していた。所々、真新しいゴミがあるのは違法な滞在者たちの仕業だろう。


 リオはさらに高深度なスキャンを実行した。視神経に痛みが生じ、瞳が揺れた。痛みから顔が歪み、脳が情報量に悲鳴をあげている。


 処理限界アラートが出てる……!


『セラフ』

『どうしましたか、リオ』


 声を出すわけにはいかないため、回線を使い脳内通信でセラフに声をかけた。


『高深度スキャンで得た情報を、そっちにそのまま送るから情報収集手伝って。私の技術(うで)じゃ、あらゆるものを観測しちゃう』

『おまかせを。生データのままでいいのでそのままこちらに流してください』


 リオはその言葉に従い、得た情報をそのままセラフに流し始めた。すっとパンクしかけていた脳が楽になる。うまく加減できなかったため、埃の一つ一つを観測してしまっていたからだ。


 数分が経った。隣にいたセラフから脳内に言葉が入る。


『リオ、あらかた周囲の情報を得られました。あなたの目的はエミリーの生存でよろしいですね?』

『うん。アリーヤはエミリーの生死に頓着してない。なら彼女を納得させるだけの対案を作らないと』

『受け取ったデータと、事前に調べておいたここの情報から作った周囲のマップを送ります』

『ありがとう』


 リオは受け取ったデータを吟味する。視界内で三次元的に表示されるそれを動かし、何かないかを探った。


 彼女はそこで気づいた。搭乗用通路の天井部に火災用の緊急排気ダクトがあることに。中は狭いが、リオの細身な身体ならそれなりに動ける大きさだ。エミリーも同じだろう。そこに希望を見出した。


 彼女はダクトの詳細データを見る。搭乗用通路の真上の一箇所に排気口があった。


 ここならいけるかも……。


『セラフ、通路の上のダクトに私が潜んで、エミリーを私の念動力(テレキネシス)で引き上げるのはどう?』

『ここのダクトの排気口からですか?』

『そう』

『大きさ的にも小柄なエミリーであれば引き込むことは可能でしょう』

『じゃあ!』


 そこでセラフが画像データを送ってきた。


『排気口の真下の床の画像です。パネルのいくつかが剥がれかけています。リオの能力で床のパネルごと引き上げればエミリーを安定して持ち上げられるはずです』

『重くない?』

『エミリーと合わせて五十キログラムもありません。あなたの念動力(テレキネシス)の最高記録は五十五キログラムと記録されています。全力でいけばいけます』

『コンディションが良いときの記録ね……』


 希望が見えてきた。あとは――


 ――セラフと計画を煮詰めたあと、アリーヤに回線を繋げ説明を開始した。


――――――――――


『悪くはない。だがリオ、このプランは失敗する可能性もそれなりにある。我々も全力を尽くすが……そうなればおそらく死ぬぞ?』

『わかってる……失敗する気なんてない』

『自信があるならいい。不確定要素はお前がダクトまでエミリー嬢を引き上げられるかだ』

『死ぬ気でやる。直前のノルアドも準備してる』

『意図的なホルモン分泌ができるのか。さすがだな。やり過ぎるなよ』

『うん』


 その後、アリーヤたちゴースト部隊とも打ち合わせをして作戦が決まった。当初の奇襲作戦から、リオが単独でエミリーを救出する作戦に。


 少し離れた場所で排気ダクトに潜り込めそうな場所を見つけた。


「入ればもう後戻りはできない……よし」


 深呼吸したあと、意を決してリオは体を入れダクト内を進んでいった。セラフは搭乗ロビーで光学迷彩を起動した。俯瞰的な視覚情報を共有しつつ、彼女のサポートに徹してくれるようだ。


 音をできるだけ立てないように慎重に進んでいった。数値データで見るよりも狭く感じる。肩はぎりぎり当たらないが、四つん這いでなんとか進んでけるくらいの狭さだ。目的の排気口付近に到着したタイミングで回線が開いた。


『リオ、エミリー嬢が宙に浮いた瞬間にこちらも発砲を開始する。制圧射撃を兼ねて弾が飛び交うが気にするな。お前は役割のみに集中しろ。敵は我々が片付ける。もしここのスペースゲートがハズレで、ターゲットのエミリーが確認できなければ待機してろ。我々で自由にやる』

「了解……」


 あとはここで来るのを待つだけ。もしいなかったら、ミールやアンジェのチームがなんとかしてくれると信じよう……。


 リオはそう思いつつ不安をかき消すために、左腕にはまったブレスレットを防具ごしに触っていた。


――――――――――


 リオは目の前の格子上の排気口の蓋を外し、下を眺めつつ待っていた。


 しばらくして、(かす)かな機械音や空気の流れの音しかない中、足音と人の気配がし始めた。


 セラフの送ってくる映像にも数人の人影が見えた。六人の大柄な人影と、ひとりの小さな人影だ。


 当たり、エミリーだ……!


 このスペースゲートが本命なことが確定した。真ん中を歩かされるエミリーは、完全な拘束はされていない様に見えた。しかし、腕と足に大きな輪っか型のデバイスがついており、口にも何かしらのデバイスがついてた。


『手足のあれ何?』

『手錠の一種です。対象が抵抗しようとすると電気が流れて動きを抑制する単純なものです。リオがエミリーを引き上げた瞬間、私がクラックして外しますのでご安心を』

『わかった』


 見るかぎりそれ以外にはエミリーに目立った怪我などはなさそうであった。服装もホテルの血塗れの格好から変えられていた。


 拉致だがある程度は丁重な扱いなのかもしれない。乱暴されてなさそうで良かったとリオは感じる。


 そして予定の位置に一行が来るのを息を潜めて待った。代謝をできるだけ落とし、呼吸数も減らす。(はた)から見れば瞬きもなくなり、まるでマネキンのような様子であった。


 リオは目の前に全ての神経を注ぐ。念動力(テレキネシス)のタイミングを間違えれば、パネルからエミリーが落ちるかもしれない。エミリーだけを持ち上げても人体を持ち上げるのはバランスが難しい。失敗は許されない。


 遂にそのタイミングが来た。フルフェイスかつ、ゴースト部隊よりも厳つめのアーマーをつけたふたりが眼下を過ぎていく。同盟の工作員の一員だろう。まるで軍隊だ。


 次に同じような格好をした別のふたりに挟まれる形でエミリーが通る。


 エミリーが真下のパネルを踏まなかったら、無理やり引き上げないと……。


 そんな不安を抱えながらも、リオは下げていた代謝を戻した。事前の計画どおりノルアドレナリンが分泌された。彼女の集中力が極限まで高まっていく。音が遠く、しかしクリアに。視線の先のエミリーの動きが何もかも追えた。


 エミリーの歩幅が乱れた。隣の工作員が小突くように注意する。その小突きに対してよろめくように、リオが予定していたパネルの真ん中にしっかりとしゃがみ込んだ。まるでそこにいくことが正解だと知っていたかのように。


 ――今だ!


 リオは両手を前に出して超能力を行使した。超能力行使に体力は関係ない。しかし、それでも精神的な負荷が肉体を蝕む。目は充血し、汗が止まらない。そして――


「なんだ……!?」


 エミリーの隣にいた工作員たちの驚きの声ともに、彼女がパネルごと勢いよく上に飛ぶ。まるで間欠泉の上の岩のように。あまりの勢いにエミリーは顔を引き攣らせながらも、かろうじて落ちないようにバランスを取っていた。


 三メートル近い高さを飛び、リオが手を伸ばすダクトの穴にエミリーが飛び込んできた。必死に互いの手を繋ぎ、ダクト内に引き込む。入りきらないパネルは勢いよくダクトに当たったせいで弾かれ、床で砕け散った。


 下ではエミリーを取り返された事態を把握した敵が、ダクトに銃口を向けようとしていた。だが手筈通りにアリーヤたちの一斉射が始まり、そこにいたふたりは血飛沫(ちしぶき)をあげながら風穴を開け倒れていった。


 これでふたり減った。あとは……。


 セラフから送られてくるロビーの映像では、激しい銃撃戦が始まっていた。輸送船側から敵のひとりが駆けつけており、さっきより数は増えているが、リオたちの方に敵意が向いていない。ダクト側に意識を裂けていないようであった。


 エミリーの口についたデバイスを無理やり引きちぎり、セラフのクラックで機能を停止した手錠のようなデバイスを念動力(テレキネシス)で無理やり潰して壊した。


「良かった、エミリー無事で。本当に」

「ありがとう、リオ。でもここからどうすればいいの?」


 不安そうな表情でエミリーが聞いてくる。下は膠着状態になったのだろう。リオは自分たちへの敵意を感じ始めた。映像でも敵がダクトに向けて発砲している。


『セラフ、お願い!』

『了解しました。口を閉じてエミリーを掴んでください。舌を噛まないように』


 そのセラフの通信に対して、リオはエミリーをがっしり掴んで抱きついた。


「リオ?」

「ジェットコースターって知ってる? 動かないでね。危ないから口閉じてて」


 直後、ダクト内にジェットエンジンのような轟音とともに風が起きた。リオたちはすごい速度でダクト内を吸い込まれるように移動していった。ダクトの壁にガンガン当たりながら進むため痛みがあるが、自力で移動するよりもはるかに速かった。先ほどまで彼女たちがいた場所は、すでに銃弾の雨が下から蜂の巣を作っていた。


 あと少しで向こう側にいける。


 予定の場所まであと数メートル。そこで爆発音と共にリオたちの真下の部分が弾け飛んだ。老朽化したダクトが排気システムの稼働に耐えられなかったようだ。弾けるように穴が空き、ダクトの破片と共に彼女たちは落ちていった。


 お、落ちる――「エミリー!」


 エミリーが怪我をしないように抱えていた力を強くした。強力なナノマシンと防具があるリオがクッションになった方がマシだと思ったからであった。しかし――


 軽い音とともにリオが弾かれた。腕の中のエミリーがリオを蹴飛ばしたのだ。大した力ではないが、不意の力は容易に拘束する力を緩ませ、エミリーは地面に叩きつけられるように転がった。リオも受け身を取れず地面に落ちた。


「――ガッ。息が……」


 胸への衝撃で呼吸がしにくい。なぜエミリーがそんなことをしたのか。振り向くと落ちるはずだった場所には、ダクトの大きな破片が鋭く天を向いており、あのまま落ちていたら串刺しになっていたことがわかった。


 そうか、エミリーはこれを察知して――


 少し離れたところでは、エミリーが咳き込みながら上半身を起こしていた。見た目の割に案外丈夫らしい。火星出身は伊達ではないようだ。


 アリーヤたちとの合流地点は、もう少し進んだ先のダクトの出口付近であり、まだ十メートル以上も離れていた。リオとエミリーは敵と味方の間に落ちた状況であった。


 彼女たちを辛うじてロビーのベンチや柱などが銃弾から守っていた。しかしその頼りない盾は長くは持たないだろう。銃弾が当たる度に破片を飛び散らしている。


 リオとエミリーは離れてしまったとは言え、その距離は三メートルほどしかない。とにかく物陰にしっかり隠れないと。そう伝えようとリオはエミリーの方を向いた。


 そしてその時、リオは考えるよりも先にエミリーの方に駆けた。そうしなければならない、ただその直感に従い全力で左腕を伸ばした。まだ咳き込みながら横腹を抑えているエミリーを突き飛ばす。


 そのあとリオが見たのは、眩い光であった――

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