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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
エミリー編
26/32

26.Case Emily 09

 リオが地面に降り立つと、そこにいた面々の視線が一斉に集まった。アンジェは目を丸くし、アリーヤは淡々と観察するような視線を向けた。そしてミールはわずかに険しい表情を浮かべ、深い溜息を吐いた。


 ふわりと浮いたセラフがリオより前に出て宣言した。


「最高評議会議長より本作戦への参加を命じられました。OSI分析官セラフおよびOSI室官リオです。着任許可いただけますか?」

「……許可します」


 ミールの短い返答。場の空気はまだ固く、重い。リオは居心地の悪さを覚えた。


 「ドローンか?」とアリーヤが問う。


「いいえ。脳をドローン素体に移した人間です。あらためてよろしくお願いします、アリーヤ隊長殿」

「……なるほど、初めて見る。ぶっ飛んでるな」


 皮肉とも感嘆ともつかない声。特殊部隊の隊長から見てもセラフは異質な存在なのだろう。


「それと――そっちはホテルで会った子か。『月の女王』の差し金か? スカウトして即実戦投入か。権力者の考えることはわからんな」


 その言葉にリオの胸はきゅっと縮む。やはり素人が作戦にねじ込まれたことをよく思っていないのだろう。ミールがすかさず口を開いた。


「リオは学生とはいえ半年以上実戦寄りの訓練を積んでいる。それにゴーストより高性能なナノマシンも持っている。OSIエージェントとして最低限のスペックはあるよ」

「……だといいのですが」


 アリーヤは納得していない様子だが、一応引き下がった。だがミールはそこで終わらなかった。今度はセラフに鋭い視線を向ける。その目は普段の穏やかさとはかけ離れ、責めるように冷たかった。


「セラフ、あなたが同行するということは――リオの安全に全責任を持つ。そう理解していいんだね?」

「はい。私は議長の命により、リオのバディとして全力でサポートにあたります」

「……そう。なら議長によろしく伝えておいて」

「ええ、もちろん」


 ふたりの間に漂う緊張は、リオにもはっきりと感じられた。


 ミールの態度はセラフにだけ明らかに厳しい。彼女が半ば強制的にOSI入りさせられたことに苛立っているのだろうか。なぜ現場の一職員であるセラフにここまできつく当たるのか。リオには理由がわからなかった。


 ミールはリオに向き直る。


「リオ、君はもう正式にOSI所属として登録されている。無意味だから追及はしないよ。でも――ここからは戦場じゃなくても戦場と同じくらい危険なんだ。それはわかってる?」

「うん……わかってる。いや、ごめん。多分ちゃんとはわかってない。でも……私は私のために、エミリーを助けたい。ミールにも置いていかれたくない。待ってるだけは嫌だ」


 正直すぎる言葉にミールは目を見開き、唖然としたあと、ふっと表情を緩めた。


「……君はそうだったね。仕方ないか」


 ミールは困ったように、それでもどこか嬉しそうに笑っていた。


「話はまとまりましたか? 作戦開始予定時刻まであと十分です」


 アリーヤが促した。


「そうだね申し訳ない。こっちの都合で引っぱってしまって」

「構いません。変なしこりで作戦の成功確率を下げられるよりもずっと良いですから」


 淡々とした言葉。だが、どこか気遣いも感じられる声音だった。ミールは苦笑し小さく頷いた。


 その頷きに反応し、アリーヤがその場にいる全員に聞こえるように声を張り上げる。


「予定通り部隊を三隊に分ける。アルファチームはミール室長と共に第一ターゲットの四番スペースゲートへ。ブラボーチームは私が率いる。第二ターゲットの七番スペースゲートへ向かう。チャーリーチームはアンジェ副室長と共に第三ターゲットの十二番スペースゲートへ。追加要員であるリオおよびセラフは、私と共に『ブラボーチーム』についてもらう。指揮は私がとる、いいですね?」


 最後にミールの方へ視線を向け確認を取った。彼は軽く頷くことで答えた。


 アリーヤは抱えたヘルメットを被り、複眼センサーが不気味に光った。


「状況開始!」


 その言葉とともに、それぞれのチームが移動を開始した。


「リオ、お前はOSIのエージェントで、我々のような戦闘員ではない。とりあえず私たちに付いてきてくれ。光学迷彩はつけてるな?」

「はい、ついてます」

「よし。常時起動はエネルギー消費が多い。使用する際は指示する。あと、お前たち超能力者は感覚が鋭い。他者の感情を読むことで居場所すらわかることがあるのだろう? もし工作員の気配や痕跡がわかったらすぐに教えてくれ。いいな?」

「わかった。あ……いや、わかりました」

「ふっ。お前は私の部下じゃなく外様だ。気を使いすぎるなよ」


 そう言うとアリーヤはリオの背中を軽く叩き、先に進んだ。続く隊員のひとりも振り返り親指を上げる。素人のリオを少しでもリラックスさせようという配慮のようだった。


――――――――――


 工業用搬入口から入り十五分ほど経過した。ブラボーチームは早足ながらも落ち着いた雰囲気で進む。特殊部隊らしい無言かつ洗練された動きで、各ポイントを着実にクリアしていく。リオはアリーヤの指示に従いただひたすら付いていった。


 工業区画から宇宙港区画に差し掛かると、地面に多くの血痕が残されているのが目に入った。チームの足が自然に止まる。


 血だ……それも、かなりの量。


 リオは無意識に視線を血痕へと辿らせ、濃い血だまりが広がる方向へ首を向けた。そこには左肩から上腹部まで深々と裂けた誰かの体が転がっていた。左腕は千切れて床に落ちている。


「……っ!」


 声にはならなかったものの、息が詰まる。ホテルでの惨劇もひどかったが、これはさらに(むご)たらしい印象をリオに与えた。顔はかろうじて残っているものの、脳があったはずの部分は溶けたように消失していた。


 アリーヤが部下に指示を出した。


「酷いな。ドム、解析できるか?」

「確認します」


 ドムと呼ばれた隊員が遺体に近づき、何かの機材を体に差し込んで調査を開始した。


 数秒後、彼は首を振る。


「ダメです。脳の大部分が破壊されています。読み取れる記憶は皆無ですね。残った脳幹部のナノマシン密度から電脳化済みだと推測されます」

「そうか。電脳持ちならただの浮浪者とは思えんが」

「身元はあとでDNA照合すれば――」


 電脳化は一般的なナノマシン所有者と比べて、神経接続密度と深度が違うだけだ。それでもその処理性能は折り紙付きだ。ただの浮浪者が持てる力ではない。


 その持ち主がこんな廃棄された宇宙港にいたこと自体が不審であった。ギャング崩れのような服装から、なんらかの犯罪者なのではとリオは見ていた。


 電脳があるなら仕事も選び放題なはずだ。こんな所で何をしていたのか……。


「私に任せてください」


 そう言いつつセラフが遺体へ近づく。それをアリーヤが顎で促した。


 セラフのカメラアイから青白いライン状のスキャン光が放たれ、その全身をなぞった。ドムは機材を引き抜き一歩下がる。


 短いスキャンのあと、セラフが結果を述べ始めた。


「コール、男性、ユーラシア同盟出身、セラフ市民権なし。十二年前にセラフへの入国記録がありますが、ビザ失効後の消息不明」

「また同盟か……リオ、死の直前の『感情』は辿れるか?」


 予期していなかった指名にリオの肩が小さく跳ね、慌てて返事をした。


「強い感情なら、少しは。時間が経ってると無理かも……」

「構わん。やってくれ」


 リオは遺体の右側――比較的血の少ない部分に膝をつきそっと触れた。触れることで少しでもわかりやすくするためだ。痕跡から感情を読むことは慣れていないので、彼女は深呼吸をして備えた。


「……ごめん」


 自然と口に出た。死者の最後を暴く行為がなんとなく後ろめたかった。瞬間、胸が冷たい何かに満たされた。


 ――喪失。後悔。恐怖。


 最後に刻まれた強い感情だけが(かす)かに伝わってくる。体験ではない。だが、自然と胸がざわつき、涙がこぼれた。


 大きく息を吐くリオにアリーヤが近づく。


「大丈夫か? 痛みもトレースされたか?」

「大丈夫。そんな深く読み取れないから。でも、少し気分悪い」

「何を感じた?」

「喪失感、後悔、それから……強い恐怖。でも、殺されるときって……普通そんなもんだよね? ごめん、あまり役に立たないかも」


 アリーヤは腕を組み、数秒だけ沈黙した。


「いや、重要な収穫だ」

「え?」

「こいつは『死ぬと理解し、恐怖を味わうだけの時間』があったということだ」

「それって?」


「気づかれないよう無力化するのが基本だ。相手がプロの工作員ならな。だがこの男は恐怖を感じた上で左腕を落とされている。咄嗟に腕を前に出したんだろう。つまり――真正面から、気づける距離で突然攻撃された」


「じゃあ……会話してたとか?」

「推測だがそんなところだろう。同盟側の民間協力者か、他の諜報員か……何にせよ、状況から同盟の手先の可能性が高い」


 リオが息を呑む。


「協力者を……殺したの?」

「追い詰められてる証拠だ。証拠隠滅のために切り捨てたんだろう。だから脳を焼いてる」


 リオが考え込んだ瞬間、セラフが低い声を発した。


「危険です」

「どうして? 追い詰められてるなら、チャンスなんじゃ――」


 リオの言葉に、セラフが器用に空中で左右に小さく体を振った。


「いいえ。現地の協力者を殺して逃げようとしているうえ、隠蔽も杜撰(ずさん)です。頭部の破壊も不完全。死体も隠されていない。これは拉致任務を請け負うほどの工作員が、まともに死体処理もできていないほど精神的に追い詰められてる可能性があります」


 アリーヤが続けた。


「追い詰められた工作員は危険だ。ターゲットを奪還されるくらいなら殺す――同盟であればやりかねない」


 リオの顔が蒼白になった。


「エミリー……」

「可能性は十分にある。我々の接敵の仕方次第だ。誤れば救出を試みた瞬間に殺される。可能ならば交渉で終わらせたかったが――」


 アリーヤは遺体の裂け目を覗き込み呟いた。


AF(フレーム)用のプラズマカッターか? こんなもので生身を……相手の理性には期待できなさそうだな」


 リオの頭に焦りが満ちていく。早く行けば相手はエミリーを殺すかもしれない。遅ければ拉致が成功してしまう。


 どうすれば……?


 彼女は答えのない問いに、胸を締めつけられたまま立ち尽くした。不安から袖越しのブレスレットを掴んでいた。

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