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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
エミリー編
25/28

25.Case Emily 08

「リオ、急いでください。HV(ホバービークル)がまもなく到着します」


 セラフの落ち着いた声に促され、リオは一階へ向かおうと寮の階段へ向かったが、彼は静かに制止した。


「違います。こちらです」


 セラフが止まったのは三階の渡り廊下。柵の向こうはそのまま外へと開けている。


「そこ何もないよ。飛び降りろってこと?」

「いいえ。来ました」


 低く重い駆動音が空気を震わせ、ひとつのHV(ホバービークル)がゆっくりと降下してきた。ホテルで使った軍用型とは違い、小型の外務省向けに近い。機体が滞空状態に移ると、側面の扉が横にスライドして開いた。


「飛び乗ってください」

「無茶言うよね……」


 文句をこぼしつつも、リオは柵をよじ登り勢いよく飛び移る。ナノマシンにより強化された身体能力があれば造作もない距離だが、怖くないわけではない。胸の奥が握られたような感覚がした。


 リオがHV(ホバービークル)内に着地し、セラフも軽やかに機内へ入り扉が自動的に閉まった。


 HV(ホバービークル)は加速しながら高度を上げ、巡航モードへ切り替わる。無人らしく操縦席を覗き見ると、操縦桿(そうじゅうかん)はひとりでに動いていた。


「約三十分で現地です。ミール室長たちの最終ブリーフィング音声を流します」

「わかった」


 シートに腰をおろした瞬間、緊張が遅れて押し寄せる。心拍がまだ早い。機内スピーカーからゴースト部隊隊長のアリーヤの声が流れ始めた。


『――旧ヘリウム3の工業用搬入口から宇宙港内に突入します。正面入り口には現地のSPDが定期的にパトロール中。これらの警戒態勢が変われば追跡が露見する可能性が高いので、我々の突入は正面を避けます』


 聞き慣れた声が問い返す。ミールだ。


『確証はあるの? そこに同盟の工作員がいるという』

『あります。第四スペースゲートの一角に、停泊中の船籍不明の輸送船を偵察ドローンが発見。エンジン発光スペクトルからユーラシア同盟製と推定されました。また何箇所か旧宇宙港内の監視システムが作動しておらず、ホテルで使われた同盟のジャマーに似た痕跡があります』

『状況証拠としては十分か』


 淡々と進む会話に、作戦の緊迫が滲んでいた。


『現在も使用可能なスペースゲートは他と合わせて三つ。偵察したのは一つのみですが、残り二つにも脱出用輸送船がある可能性があります』

『これ以上の偵察は?』

『中止しました。一つ目の偵察で工作員の存在が濃厚となったため、これ以上の追加偵察は露見リスクが高いと判断した次第です。我々は三つのルートからほぼ同時に制圧を行います。宙域側は国際的な目があるため利用不可。最悪時用のHAF(軍用フレーム)は離れた位置で待機中ですが、問題があります』


『それは?』

『はい。近辺の民間カーゴ船の往来が想定以上に多く、同盟軍艦が境界宙域を彷徨(うろつ)いています。HAF(軍用フレーム)の光学迷彩を見破られる可能性があり、撃墜すれば証拠が残る可能性が出てきました』


 ミールの短いため息が音声越しにわずかに聞こえた。


『なら、突入を成功させるしかないね』

『同感です。プランBは予定よりリスクが格段に上がりました』

『最高評議会から人員補充の連絡があった。A級超能力者を一名派遣するって』

『助かります。これで部隊を三隊に分け、それぞれに超能力者を配置できます。超能力者の優れた直感や空間把握能力があれば、相手の発見確率も格段に上がるでしょう』


「私、そこまで自信ないけど……」


 リオの心配をよそにアリーヤの声は続く。


『相手はジャマーがあるとはいえ、ある程度は施設監視網を避けて回り道をせざるを得ないでしょう。こちらは関係なく進むことで先回りできる可能性が高いです』

『決まりだね。じゃあ最終調整に入ろっか――』


 音声はそこで途切れた。


 リオは息をつき、窓の外へ目を向ける。セランの都市の夜景は状況に関わらず美しかった。様々な大型空中ディスプレイには企業の広告が流れ、そのうちの一つがニュースを映していた。


『現在、セランとユーラシア同盟との境界宙域にて同盟の軍艦二隻が航行中です。同盟軍は目的を明らかにしておらず、安全保障省はこの動きに対してSPD警備部門の巡洋艦数隻を向かわせており、緊張が高まっています。次のニュースです――』


 リオは自身の電脳内のチャンネルを合わせ、音声に耳を傾けていた。


「さっきアリーヤが言ってたやつだ……」


 その呟きにセラフも隣で窓の外を見ながら反応した。


「同盟の軍艦の件ですか?」

「うん。ニュースにもなってる。これがきっかけで戦争になることも……あるのかな?」


 リオの心に浮かんだ不安が口から漏れた。エミリーを助けるためにもし戦争になんてなったら……考えるだけで手足が凍るようだった。


「なりません」


 セラフの声は冷静で揺るぎない。戦争が起こるとは微塵も思っていないように聞こえる。


「可能性はあるんじゃないの?」

「限りなくゼロに近い可能性も考えるならイエスですが、現実的には起こりえません」

「なんで言い切れるの?」


「セラン政府も同盟政府も、戦争を望んでいません。同盟の動きは焦りからの脅しであり、単なる示威行為です。また、同盟の『ボストーク級戦艦』はセランの『グラディウス級巡洋艦』に劣るため、偶発的な戦闘が起きてもセラン側がほぼ勝利します。軍事行動は合理性の塊です。相手の手札は乏しく、この行動自体がブラフなのです」

「そういうものなの?」

「はい。戦争は目に見えない力学の最終到達点に過ぎません。今のセランと同盟はまだそのような段階にありません。安心して任務に集中してください」


 リオはプロの分析官がそう言うのなら、信じて任務に向かおうと決める。あとから考えれば、セラフの言葉は気遣いでもあったのかもしれない。


「それに――」

「それに?」

「すでに外務省が同盟大使に対して、超能力者を使った接触を試みています。それにより相手の真意も把握済みです。向こうにとっても今の状況は不本意で混乱しています。拉致により軍を動かしていますが、統制が十分ではないのでしょう。偶発的な衝突はあっても全面戦争にはなりえません。それにセランの外交官たちは優秀で、状況をエスカレートさせない実力があります」


 小さく息をつき、窓の外の夜景を再び眺め始める。任務に集中するために心を落ち着けようとしていた。


「リオ、あと五分で着きます。準備はいいですか?」

「うん。特に何も用意することもないし。むしろ何をすればいいんだろう」


 手を開いたり閉じたりしながら、超能力による空間把握と精神感応(テレパシー)を意識する。頑張れば広い範囲で悪意や害意を察知できると思う。


 目的地に着く前に、リオはセラフに聞きたかったことを口にした。


「ねえ、セラフ」

「なんでしょうか?」

「セラン工科大学って、結局なんなの?」

「大学自体は宇宙一の教育研究機関です。技術開発の分野では常にトップランナーですね」

「本当のところは?」


 表向きの説明ではなく、議長を含めた裏の実態を知りたかった。


「そうですね。アノマリー科以外は先ほどの説明どおりです。アノマリー科は超能力者の育成科であり、将来的にOSIにスカウトする人材の誘致が目的です。有望な子は卒業時に声が掛かりますよ」

「やっぱり、そういう感じなんだ」

「ええ。OSIの裏方は別ですが、実働員には超能力や高度なナノマシン、さらに電脳化などが求められます。こういったことは卒業時に聞かされますよ」

「……私まだ二年生なんだけど。聞いちゃいけなかった?」

「もうOSI職員ですから問題ありません。着陸シーケンスに入りますので、準備してください」


 まだまだ知りたいことはあったが、一職員の彼に詮索しすぎるのは控えた方がいいだろう。ある程度知りたい情報を聞けたことにリオは満足していた。


 HV(ホバービークル)が静かに着陸する。外が見えるモニターには、扉の前で待機するミールやアンジェ、そしてゴースト部隊の面々が映っていた。


 ミールたちOSI側はリオより軽装だが、戦闘服のような装いであった。


 勝手に署名したこと……ミールと会ったら怒られるかな。


 リオはそんなことを考えつつ、自動で開いた扉から静かに地面に降り立った。

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