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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
エミリー編
24/28

24.Case Emily 07

「いっぺんに話しすぎたかな?」


 処理しきれない内容に固まったリオに、VT(ヴィーティー)の姿を借りた「何か」が語りかける。その声にリオの意識はゆっくりと現実へ戻ってきた。


「大丈夫……整理がつかないだけ。で、あなたのことはなんて呼べばいいの? 議長閣下とか?」

「議長でも、エメスでも、月の女王でも。呼びやすい呼び方でかまわないよ」

「じゃあ議長で。本物か知らないけど……」


 相手が本当にセランの最高評議会議長なのかは不明だ。あくまで自称であり、証拠もない。だがリオは直感で「多分そうなのだろう」と感じていた。ただあまりにも得体が知れなかった。


「警戒してるね」

「当たり前でしょ。本当にあなたが議長だとして、私に直接接触する意味がわからないし」


 その言葉に議長はわざとらしく顎に手を当てて、悩むポーズを見せた。


「興味本位半分、お節介半分といったところかな?」

「何それ」

「言葉どおりさ。ミールたちが何に関わっていて、彼らが何をしているのか……知りたくないかい?」

「それは……」


――知りたい。知れば少しでもミールに近づける。同じ景色が見られるはずだ。


 あの日――ミールのことを何も知らないと気づいた日から、その思いはずっと胸にあった。議長ならその答えを教えてくれるのかもしれない。そう期待してしまった自分を自覚しながら、リオは拳に力が入った。


「教えて。OSIってなんなの? ミールは何者なの?」

「教えてあげよう。ただし、一つ条件がある」


 タダなわけがないか……。


 何を求められるのかと、リオの背筋がこわばった。


「私の専属部下となってOSIに所属してもらおうかな」

「え……」


 リオにとってそれは思ったほど無茶な条件ではなかった。むしろミールに近づくためにも、エミリーを助けるためにも、どうOSIに近づけばいいか考えていたくらいだ。彼女にとって渡りに船と言える条件であった。


「どうする? 詳細不明の組織に所属するのはそれなりにリスクでしょ? 君の好きにするといい」

「……わかった。あなたに従う。だから教えて」

「話には聞いていたけど決断力ありすぎだね」


 議長は苦笑した。おそらく以前から監視されていたのだろう。リオの性格や思考パターンを把握しているようだった。


 直後、リオの視界に一つのメッセージが割り込んだ。発信元は「セラン最高評議会議長」。リオ自身のセキュリティプログラムは、その電子公印が本物であると判断している。開くと誓約書であった。


「そこに君の電子署名をすれば、正式に私の直属の部下となる。誓約を破っても罰はないが、公的に「最高評議会議長の子飼い」としての記録は残る。それに……国の最高権力者との約束を破るのはおすすめしないよ」

「怖くて破れないよ。でも……具体的なことほとんど書いてない。あなたの部下になるだけ?」

「まあ、それくらい曖昧な方が使いやすいからね」


 本来ならば専門家に精査してもらってから署名すべきなのだろう。だが相手が相手だ。穴を突こうとしても無駄なことは想像がつく。なら前へ進んだ方がいい――リオはそう判断し、署名を実行した。


『セラン工科大学二年生、外務省臨時インターン職員リオを最高評議会議長専属の執務官として登録しました。行政ID発行。セキュリティ・クリアランスを高レベルで設定。執務官ライセンス発行。おめでとうございます! 本日より、リオ様は最高評議会のエージェントとなります。人類の未来のために、身を粉にして働いてください!』


 政府の犬となるサインをしたにしては、やけに軽い企業マスコットのような声が頭に響いた。視界右端では、顔のない銀色の三頭身のマネキンがくるくる回りながら喋っていた。意外とアットホームな職場なのかもしれない――と錯覚しそうになる。


「おめでとう。これで正式に君は私の部下となった。早速だが最初の命令はOSIへの出向だね」

「あくまであなたの部下であることが優先ってこと?」

「というより、私の部下にしておいた方が君の身の安全を守りやすい。ある意味VIP職員扱いになるからね」

「……わからないから、任せる」


 議長もミールと同じで自分に特別な便宜を図ってる? それとも利用しようとしている?


「じゃあ、続けて辞令書を送るよ。これで君も今日からOSI職員だ。出向だけど」

「届いた。……『室官』って書いてあるけど、これが階級?」

「そう。OSIの一般職員をそう呼ぶんだ」


 リオの視界に再び電子書類が展開された。議長の言ったとおりOSIへの出向辞令書だ。さっきまでくるくる回っていたマスコットはもう消えていた。


「じゃあ、約束どおりいろいろ教え――」

「いいよ。まずはOSIについて説明しよう」


 議長はリオの横をすり抜け、テーブルの正面に座った。足を組み、両手を膝の上に置く仕草は、VT(ヴィーティー)では絶対にしないものだった。その不遜さが乗っ取られている事実を明確に示す。


「OSIは機密情報室、『Office of Secret Intelligence』の略。最高評議会直属の特務機関のこと」

「諜報組織……でいいの?」

「厳密には違う。セランの諜報は情報省や内務省の仕事。OSIはあくまで既存の指揮系統を無視して使えることが存在価値。最高評議会が直接動かせる便利屋みたいなものかな。一応、A級以上の超能力者保護と、万が一の報復が主な仕事かな」


 まとめると最高評議会の私兵といったところ? ……結構物騒な組織かもしれない。


 リオなりに、なんとか言葉を噛み砕いていく。


「ゴーストも同じなの?」

「ゴーストはSPDの正式な指揮下。任務に応じて最高評議会の直接的な指揮下に切り替わるだけ。現場ではOSIの指揮下になることもあるけど、別組織だから強制力は弱いね」


「じゃあ、ミールは?」

「彼はOSIの『室長』。つまり一番上。アンジェは最近『副室長』になって、実質的な指揮はほぼ彼女がとってる。ここ一年近くはミールが君にかかりきりだから。他にも身近なのだと……マクシミリアンも所属しているよ」


 ミールがトップなのは想像していた。しかし思わぬアンジェの地位の高さには驚きを隠せなかった。


「今みんなは何してるの? エミリーの救出準備?」

「そう。ゴースト部隊と合同で部隊編成中。ブリーフィングも始まってる。作戦開始は……あと三時間後ってとこかな」

「そっか……」


 事態は容赦なく進んでいた。リオはOSIに所属したものの、何ができるのか未だわからない。


「どうする、リオ」

「どうするって……私に何ができるの」

「君はOSIの一員だよ。私の命令があれば作戦に介入できる」

「それは……」


 議長の権限なら造作もないだろう。しかし――自分の我儘でそんなことをしていいのか。


「何を悩んでるの? 情報だけ手に入れて満足?」

「違う……」

「あとは君の意思次第だ」


 自分は……何がしたい。どうしたいの。


 ――ミールを知りたい。エミリーも助けたい。置いてかれたくない。でも、どう動くべきかわからない。答えは霧の中だった。


「リオ。先人としてのアドバイスだ。時にはやるべきことより「やりたいこと」だよ。君はどうしたい?」

「私は……行きたい。ここで待っているのは嫌。何もできないなんて、気持ち悪い」

「わかった」


 頭ではなく感情から言葉を吐き出した。それに議長は即答した。


「今、正式に作戦への君の参加要請を出した。ミールたちには補充人員が向かうと伝えてある。迎えが来るから準備して」


 ……事態の進みが早すぎる。


「何を準備すればいいの?」

「フットボールの試合でもらった防具があるでしょ? あれを着て。実戦でも十分使える。今の君の権限なら光学迷彩も解禁されてるはず」


 リオはクローゼットの奥から防具を取り出した。フィッティングを開始すると、派手な試合カラーがまるでディスプレイの様に切り替わっていき、黒を基調とした色へと再構成されていく。


「本当に光学迷彩機能がアクティブだ……やっぱりこれ、スポーツ用じゃないじゃん」


 呆れながらも口元には小さな笑みが浮かぶ。準備を整えダイニングに戻ると、VT(ヴィーティー)の姿の議長が軽く頷いた。


「いいね。新人エージェントって感じ」

「新人感はあるんだ」

「人は若く見られる方が嬉しいんじゃないの?」


 軽口を交わしていると部屋のインターホンが鳴った。


 こんな時間に誰?


「ちょうどいいタイミングだ」


 議長が微笑む。その口調はまるで、招いた客が到着したと言っているようだった。


「あなたが呼んだの?」

「そう。出てみるといい。危険はないよ」


 リオは警戒しつつドアを開けた。だがそこには人影はなく、リオの顔より少し大きい、一つ目のセンサーを搭載したドローンが静かに浮かんでいた。中央のセンサーアイが鮮やかな緑色に輝いていた。


「……ドローン?」

「いいえ。あなたの先輩ですよ」

「え?」


 唐突にドローンらしきものが男性の声で喋った。AI特有の機械的な癖がまるでなく、滑らかな声色にリオは思わず眉をひそめた。


「誰かの遠隔操作(プロキシ)?」

「いいえ。私はここにいます。初めましてリオ。月の女王から話は伺っています。私はセラフ、OSIの分析官です」


 ここにいる? どういう意味なのか理解できず戸惑っていると、背後から議長が付け加えた。


「言葉通りだよ。彼――セラフはドローンの形をしているが自我がある。正式に市民として登録されている」

「市民? ……どういうこと。自我のあるAIなんて存在しないはずでしょ?」

「そのとおり。自我を持つAIは歴史上、一件も確認されていない。彼はAIじゃない。脳だけをドローン素体に組み込んだ人間だ」

「な……!」


 イカれてる。出そうになった言葉を喉の奥で潰した。そんな体で正気を保てるはずがないと、彼女の常識は訴えていた。


 人型のマシナリーならまだしも、こんな小型ドローンに……信じられない。


「驚くのも当然ですが、事実です」


 セラフが静かに言う。


「ですから私はドローンではありません。理解していただけたなら、セラフと呼んでください。今日からあなたのバディになります」

「……わ、わかった。よろしく、セラフ」

「では急ぎましょう。旧宇宙港へ向かいます。今出なければミール室長たちの作戦開始に間に合いません」


「議長、彼についていけばいいの?」


 玄関を出る前に振り返ると、VT(ヴィーティー)の身体で頬杖をついている議長がリオを見ていた。


「そう。あとは彼が全部案内する。私はそろそろ本来の体に意識を戻すよ。……じゃあね、リオ。君の働きに期待してる」

「……うん」


 リオはブーツを履き、セラフのあとへとついていった。扉を閉める直前、自然とくちびるが動いた。


「……いってきます」


 今はVT(ヴィーティー)ではないとわかっていても、言わずには出られなかった。


 扉が閉まる。その向こう側で、緑色の瞳のまま議長が小さくつぶやいた。


「いってらっしゃい……期待してるよ。君には本当に」


 次の瞬間、VT(ヴィーティー)の瞳を染めていた緑の光がふっと散り、元の色へと戻っていった。

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