22.Case Emily 05
あれから特殊部隊のような人たち以外にも、近隣から応援に駆けつけたSPDや救急隊が次々と現場に集まり、急速に体制が整っていった。
フルフェイスの集団は自らの所属を名乗らなかった。だがその装備の威圧感と、ただならぬ空気に圧されて誰も声をかけることが出来なかった。
彼らの中には医療担当もいるらしく、重症者には機械式インジェクターで何かを投与していた。投与を受けた者の呼吸が落ち着く様子から、それが高性能な治療用ナノマシンだと想像できた。
リオはそっと彼らに視線を向ける。今の自分のスペックならスキャンしても感知されない――そう判断し密かに実行した。
だが返ってきたのはノイズ混じりのデータ群。識別コードも所属情報もすべてが撹乱されていた。唯一読み取れたのは「セラン最高評議会指揮下」であることを示す一行だけ。
ジャマー……スキャンは対策済みってことか。
一般のSPD隊員や救急隊員たちは異様な集団に目を奪われつつも、慌てることなく自分の任務を遂行していた。SPD隊員の何人かはスキャンを試みたようだが、目を押さえて後退していく。ノイズでシステムが一時的に過負荷を起こしたのだろう。リオほどのマシンスペックを持っていても視界に干渉ノイズが走るのだ。一般的なナノマシンやインプラントでは処理しきれないのも無理はなかった。
――――――――――
遺体の山、負傷者の列、検証に走る作業員たち――現場は地獄のようだった。リオとアンジェは特殊部隊の隊員によって、重要参考人として隔離されていた。ふたりのIDからすぐに政府関係者だと判明したためだった。またこの部隊を要請したのはアンジェ自身らしく、彼女の視界データをもとに突入したらしい。
エントランスには即席のテントが並び、現場はまるで軍の司令部のような様相を呈していた。
射殺されたテロリストたちは整然と並べられており、その中には頭部が無傷な遺体もあった。ひとりの隊員がその無傷な頭を掴み何かの解析を始める。ナノマシンを介して脳内データの断片を抽出しているのだろう。掴まれた頭部の瞳がかすかに光を帯びていた。
「ゴースト」――現場に駆けつけたSPDのひとりがそう漏らしていたのをリオは聞いた。目の前にいる特殊部隊の名前だろうか。
「アンジェ……」
「何かしら?」
「この人たちって、SPDの特殊部隊で間違いないよね?」
「ええ。SPDの特殊戦術部隊よ。存在自体は機密でもなんでもないわ。ただ表に出てこないだけ」
「表に出てこない」とは……存在を認められていないという意味なのか。リオには言葉の真意が読み取れなかった。
「『ゴースト』って彼らの名前?」
「誰かがそう呼んでたのを聞いたの? 正式名称じゃないけど、今では彼らの代名詞みたいなものね。ここの警官たちにとっても、ゴーストの存在自体が半信半疑でしょうけど」
「SPDの人たちもよく知らないんだ……」
「特殊部隊なんてそんなものよ」
アンジェとリオは用意された椅子に座りただ待った。リオは焦燥を抑えられない。今すぐ消えたエミリーを探したほうがいいのでは? ――けれどこの場で素人の自分が動けば、ただ邪魔になるだけだとわかっていた。
隣のアンジェは落ち着いた表情のまま絶えず目を光らせていた。通信か、何かの処理か――やっていることはわからない。ただ彼女が「自分とは別の理屈」で動いていることだけは理解できた。
――――――――――
しばらくして、ゴーストの隊員のひとりがアンジェの近くにやって来た。
「OSI室長殿がまもなく到着します」
「わかったわ、ありがとう。そちらの隊長は?」
「出迎えに向かいました」
アンジェは短く答え、立ち上がって空を見上げた。
一機の軍用HVが上空で旋回し、エントランスホールの吹き抜けにある中庭へと着陸した。そこにはすでに一部のゴーストの隊員たちが整列しており、降り立つ人物を迎える態勢に入っていた。ドアの前に立つ人物――あれが先ほど言っていた隊長だろう。彼女だけがフルフェイスのヘルメットを外し腕に抱えていた。
HVの扉が開き、中からひとりの少女にしか見えない人物が降りてきた。小柄で見覚えのある容姿。いつもの白衣ではなく、時折着ている黒いトレンチコート姿のミールであった。
リオは思わず目を見開く。
なんで、ここにミールが……。
階段すらない軍用HVから降りるミールに手を貸すのは、背の高いアフリカ系の女性。アスリートのような体型で、髪の一部をドレッドにまとめている。その目つきは冷たく、下顎全体が黒く無骨なインプラントで覆われており、人間らしさより「威圧」の方が前に出ていた。
まるで機械だ――とリオは率直に思った。
「ミール室長、足元にお気をつけください」
「ありがとう、アリーヤ隊長」
ふたりはどうやら顔見知りらしい。ただ、そのやり取りには温かみはなく、仕事の関係以上のものは感じられなかった。アリーヤの方がわずかに気を遣っているようにも見える。
ミールとアリーヤはテントへ向かった。その際にアンジェやリオと視線が交差するが、彼は特に反応せずアリーヤとの会話に戻った。
「今回はうちの職員の救援要請に迅速に応じてくださり感謝します」
「いえ。我々もアンジェ殿の情報のおかげで、民間人の犠牲を最小限に抑えて制圧できました」
背後には遺体袋がいくつも並び、入りきらない犠牲者もまだ残っていた。「犠牲が少ない」という言葉には違和感があったが、おそらく突入時のことだけを指すのだろう。
「部下がテロリストの脳内から読み取ったデータと、彼らの装備、所持品、生体情報、ID、犯行時の音声データからの検証結果はこちらです」
アリーヤの言葉に従い、ひとりの隊員が極薄の電子パッドをミールへ手渡した。
「『管理外区』にいるカルトを母体としたテロリストか……詳細まではわからないの?」
「残念ながら証拠不足と時間の制約でこれ以上の特定は困難です。ここ数年で頻発している銃乱射事件との関連性も疑われます。使用武器とインプラントの水準が、彼らの身なりや出自に対して不自然に高い点が共通しています」
「正体不明のテロリストがそれなりの武力を持ってるのは恐怖だね」
リオはただ聞くしかなかった。ミールとアリーヤの会話は映画の中のようで現実味が薄かった。昨日までテロなんて画面の向こうの話でしかなかったからだ。
「ミール室長。今回のテロが彼らカルト集団によるものと見て間違いないでしょう。犯行動機が金持ちへの報復でも、世間への反逆でも、教義によるものであれ。これ以上の詳細な分析は一般のSPDでも可能です」
「そうだね、アリーヤ隊長。ここで議論しても仕方ないか」
「我々の最優先案件は『特A級エスパー』であるエミリー嬢が拉致されたことです。――映像を」
やっぱりエミリーは攫われてたんだ……!
アリーヤの指示で中央の大きなモニターに映像が投影される。斜め上からの視点で、リオとエミリーとアンジェが固まり、周囲にはしゃがみ込む生存者たちが見えた。
映像の中でいくつかの顔にモザイクがかかっていた。その中にはリオが救出した負傷者を預けた医師も含まれていた。
「画面でもわかる通り、ホテル客の中に高度な認識ジャマーを使用している者が複数います。ジャマーの性能が高く、顔認識は不可能です」
説明役の隊員が続けた。
「録画データからの完全解析は困難ですが、ジャマーのデータ改竄パターンに『ユーラシア同盟』政府製プログラムとの類似が多数確認されました。よって映像の人物らは同盟の工作員である可能性が高いと判断します」
映像は照明が消え閃光と煙で乱れる。そしてノイズのあとに再び明るくなった。そこには先ほどモザイクがかかっていた者たちと、エミリーの姿が消えていた。
「見ての通りです。犯行の瞬間こそ捉えていませんが、ほぼ確実に彼らの仕業です。今回のテロの混乱に乗じて、エミリー嬢の拉致を行ったと我々は判断しています」
推理は納得ができる。だが、それでエミリーの行方が分かるわけではない。
リオは隣のアンジェに小声で尋ねた。
「エミリーって追跡用のアンカーとか付けてないの?」
「付けてる保護対象もいるけど、任意よ。強制は人権的にも無理だもの。エミリーは嫌がってたわ」
「そっか……」
リオ自身はVTやミールに居場所を把握されても構わないので「問題ないのでは?」と一瞬思った。しかし自分が気にしないからといって、他人にも適用できる話ではないと思考を止めた。
そのときホテルスタッフのひとりが、隊員によって乱暴に床へ投げつけられた。仕立てのいい制服は破れ、顔には青アザ。金属製の拘束具で手足を固定され、指も数本折れているように見えた。
「ここノーサイドホテルは同盟企業グループのリゾートホテルです。生き残ったスタッフは全員拘束し、すでに尋問済みです」
アリーヤの言葉にリオはつい小さく呟いた。
「関係国の人だからって……拷問したの……?」
誰に向けた言葉でもなかったが、アリーヤの耳に届いたらしい。
「それがどうした? 同盟傘下のホテルで、同盟の工作員が我が国の重要人物を拉致したんだ。スタッフが無関係なわけがない。事実こいつは情報を吐いた。このホテル客の個人データは全て本国当局が閲覧可能だったそうだ。エミリー嬢の情報は最優先で送られマークされていたのだろう」
それって結果論であって、無関係な人を拷問した可能性もあったのに……。
そうリオは思うが、彼らはただの警察ではなく特殊な組織――正規の法手続きに則る存在ではないだろうことは推測できた。それと感情が納得するかは別であった。
「リオ……アリーヤ隊長たちには、彼女たちなりの理屈とルールがあるんだ。一見違法に見えるかもしれないけど、僕らも彼女らも最高評議会から権限を一任されている。だから法的にも問題はないよ」
初めてミールがこちらに目を向け柔らかく言った。だがそれは「口を出すな」という穏やかな警告でもあった。
「スタッフの中で諜報活動に関与していたのはこの支配人の男だけでした。他のスタッフは治療の上、後日記憶処置して解放します。これについては我々に一任していただけますか?」
「構わないよ」
「助かります」
許可を求めているようでいて実質は通告だ。ミールも特に反対する様子はない。リオは人権の軽さに眩暈を覚えた。
「OSIの承諾も得た。ガンシップに積み込め」
隊員たちは男を荷物のように運んでいく。
「急がないと。でも特A級エスパーの救出とはいえ、セラン中の宇宙港を閉鎖したり、カーゴ船すべてを臨検するわけにもいかない。今は少しでも情報を絞りたい」
ミールの呟きにアリーヤが反応した。
「支配人の端末からいくつかの廃棄宇宙港区画のマップデータを発見しました。その中で現在も行政の手が入っていない旧宇宙港がここです」
彼女はテーブルに立体地図を展開し、ひとつの点を指すとそこが拡大された。かつて栄華を誇ったが、今は放棄された古い宇宙港が映し出される。
「旧宇宙港エリアは順次解体されていますが、このパラディム区近くの旧ヘリウム3採掘運搬用宇宙港だけは、工業複合施設ゆえに手つかずのままです。入り組んだ構造で犯罪者や浮浪者の溜まり場となり、工作員の出入りにも適しているでしょう。宇宙への脱出路としても主要航路が近く、出航されれば追跡は困難です」
「ゴースト的には出航後の捕縛は絶対に無理?」
「不可能ではありません。近隣のSPDの巡洋艦を動かせば可能です。しかし主要航路のため国際的な目があり、同盟の船を公然と臨検すれば外交リスクが高いです。外縁部で他国都市も近く、軍艦を動かすのは非現実的です」
「なるほど、厳しいね」
「そのため救出が宇宙港内で失敗した場合は、宇宙港出口に潜伏させたHAFによる即時撃沈を提案します。最悪、同盟船の単独事故として処理は可能かと」
「こちらとしてはエミリーを無事に回収したいけど……そこまで行ったら仕方ないね。どうせもう最高評議会の承諾は得てるんでしょ?」
「ええ」
エミリーを助けず、まとめて殺す……? リオは思わず立ち上がりかけ――アンジェの手に膝を抑えられた。
アンジェの焦りと後悔がリオの能力を通して伝わってくる。
そうだ、アンジェの方がエミリーと長い付き合いだ。私が先に取り乱すなんて、お門違いだ……。
「航空手段を持たない工作員がそこまで移動するには半日はかかる。一旦解散して互いの準備を。アンジェはリオを連れて帰ってから僕のところに戻ってきて。アリーヤ隊長も救出部隊の編成をよろしく。集合地点はあとで送るよ」
「了解しました。聞いたなお前ら、準備にかかれ」
リオの意思とは関係なくすべてが決まっていく。彼女は蚊帳の外に置かれ、さらにその外へ押し出されていった。
ゴースト部隊は散り、アンジェとミールに続いてリオも歩き出した。
ミールが乗ってきたHVの前に着いた。アンジェが乗り込み手を差し出すので、リオもその手を掴んで飛び乗った。無人ではなく、パイロットや他のスタッフも乗っていた。外務省のHVとは異なり実用的な内装だ。
「ミール、私……」
「リオ、ここからは僕らの仕事だ。今の君はまだ一民間人。これ以上は関わらせられない。エミリーのことは任せて一旦帰って。明日の夜にはすべて終わってるから」
その言葉でリオには反論する余地がないと悟った。不安の視線をアンジェへ向ける。
「ごめんね、リオ。あなたがエミリーを心配してるのも、動揺してるのもわかるわ。でも、これ以上は関わらせられないし、まだあなたに伝えられないことも多いの……ごめんなさい」
彼女の罪悪感が能力を通して直接リオに流れ込んできた。
ハッチが閉まり、HVは高度を上げた。外務省のものとは違い、窓のように景色を優雅に眺める機能はなく、小さなモニターにしか映らない外の様子を見る気にはなれなかった。
「セラン工科大学の特別寮に向かって」
アンジェの言葉に従いパイロットが操縦し、しばらくして寮前の道路に着陸した。
「リオ、あなたのおかげでエミリーは撃たれずに済んだ。あなたが助けた人もいた。だから今日は何も考えずに寝なさい」
アンジェはリオの頭を優しく撫で、HVとともに飛び去っていった。
その気遣いは理解できる。だが「庇護対象として扱われる感覚」が、「部外者として外に押し出される感覚」が、喉の奥に焦りとも罪悪感ともつかない、不快な塊を残していった。




