20.Case Emily 03
エミリーに会った第一印象は不思議ちゃんだった。
寝起きなのか、長いプラチナの髪はボサボサ。服もキャミソールに室内用のショートパンツで、明らかに「今起きました」という格好だった。
彼女はどこか虚ろで寝ぼけ眼のまま、テレビを見つつこちらに手を振っていた。
「エミリー、久しぶりね」
「半年ぶりだっけ? アンジェ」
「『今日訪問する』ってメッセージ送っておいたはずだけど?」
「ごめんね。お昼寝したら起きれなくて」
「はぁぁ……」
アンジェはため息をつきながら、近くの椅子に腰を下ろした。ふたりのやり取りはエージェントと保護対象というより、旧友のようであった。リオから見てもその距離感はどこか親しげに映ったため、思わず口を開いた。
「ふたりって仲いいの?」
「別に……他の保護対象者と同じよ。ただ、エミリーがセランに来たときに私の担当だったから、もう三年の付き合いね。同性なこともあって最初の頃、この子の生活の立ち上げを手伝ったの」
そこそこ深い仲じゃん。
アンジェの答えに、エミリーはなぜかピースサインを作って、立てた指を開いたり閉じたりしながら笑った。
「あのときは右も左も分からなかったから助かったよ、アンジェ」
「感謝してるならホテルに話くらいつけておきなさい」
「ホテルの人に説明するの面倒だったんだもん」
「面倒くさがりは相変わらずね」
なかなかの問題児だ……。
リオも自分が品行方正なタイプとは思っていないが、エミリーの奔放さには少し呆れた。
「で、その隣の子が相棒?」
「そう。私付きの外務省インターンのリオよ。あくまで実習生なんだから、変なことはさせないで」
「しないよ。でも安否確認って別に外務省の管轄じゃないでしょ?」
「だから私付きなの。あくまで外務省は形式的な話」
「ふーん」と気のない声を出しつつ、エミリーはリオを見た。
「私はエミリー。超能力者。能力的にほとんどやれることはないけど、ひとつだけ誰にも負けないのが直感かな?」
「リオ、超能力者……です。インターンで今回同行してます」
「気楽によろしくー」
いろいろ軽い感じだ。彼女が言うだれにも負けない直感。それがアンジェの言っていた「超直感」なのだろう。
「ならエミリーって呼んでもいい?」
「いいよ。同い年くらいでしょ。自己紹介もしたし、これで私たちお友達ね?」
「じゃあ、聞いてもいい? その直感って、何がそんなに特別なの?」
「アンジェから聞いてないの?」
「ううん」
エミリーはアンジェをちらりと見て首を傾げる。
「せっかくだし、直接見せてもらえばいいと思ったのよ」
「私は出し物じゃないんだけどなー」
そう言いながら、エミリーはテーブルの上にあったコースターをくしゃくしゃに丸めリオに渡した。
「それを私に見えないようにして、右か左の手に持って」
「こう?」
「右でしょ?」
「あたり……」
二分の一なら当たってもおかしくはない――
だが、それは一度きりではなかった。エミリーの指示で二十回連続で試してみたが、彼女はすべてを当ててみせた。
直感というにはあまりに鋭すぎる。まるで未来視だった。
「この子は私の手を離れてすぐに力を生かして、トレードで生計を立てはじめたのよ。今では湯水のようにお金を使う生活を送ってるわ」
「え、羨ましい……」
なるほど、この年でスイート暮らしをしている理由がわかった。自分も多少は超能力者らしく勘の働くほうだ。だが、彼女の直感は他の超能力者とは比較にならないレベルだ。
「なんでもわかるわけじゃないけどね。一歩先のことしか感じれないし、複雑なことはわかんない。思考が入ると直感じゃなくなるしね」
万能ではないようだが、一瞬先を確実に当てるその力は、万人にとっては夢のような力だろう。
――――――――――
「じゃあ、エミリー。一応確認していくわよ」
「はーい」
そこからアンジェは今日の他の保護対象者にも行った定型質問を始めた。リオは隣でデータパッドに情報を入力していく。ナノマシンを介したアクセス端末のおかげで思考操作ができ、簡単な作業であった。
「まったく、住所不定だと確認事項が増えて面倒なのよね。毎回ホテルも違うし」
「ごめんねー」
にへらと笑うエミリーの顔には反省の色はほとんどなかった。きっとこの先も転々とホテル暮らしを続けるのだろう。
「はい、じゃあここにサインか電子署名でもいいからしてちょうだい」
「わかった」
その言葉を合図にリオは端末の表示を切り替える。白い入力画面が浮かぶと、エミリーは手のひらをかざした。端末のアクセス要求を彼女が許可すると署名が完了した。データパッドの画面にも手続き完了の文字が表示された。
「とりあえずこれで終わりね。次はまた半年後よ。忘れないで」
「気をつけるよ」
これで今日の最高評議会からの任務は終了した。気づけばそれなりに時間が経っている。リオのお腹が小さく鳴り、静かな部屋に音が響いた。
「こんな時間になったの、私のせい?」
リオのお腹の音に気づいたエミリーが、少し申し訳なさそうに言った。
「いいえ。裏技は使ったけど、あなたにかけた時間は他と大差ないわ。かかったのは移動時間くらいね」
「そっか。でも面倒なことさせたみたいだし、お詫びさせてよ」
「あなたにそんな甲斐性があったなんてね」
「人は成長するんだよ。ディナーを奢らせて」
エミリーの言葉にアンジェは疲れたように目頭を揉みながら答えた。そしてエミリーの瞳が淡く光り、どこかと通信しているようだった。
「ビュッフェにアンジェたちを追加するよう頼んだよ。テーブルの用意があるから、十五分くらい待ってほしいって」
「席空いてたの?」
「外からのお客さんにも人気らしいから、いつもは満席だよ」
「スイート客の特権ね」
割り込みのような形で席を確保したらしかった。リオは申し訳なさを感じつつも、金持ちはやっぱりすごいと小市民的な感想を抱いた。
VTに言っておかないと。
『VT?』
『はい、リオ様。どうかされましたか?』
『今日アンジェとご飯食べていくから、晩御飯はなしで』
『わかりました。お楽しみください』
脳内での通信を終えると、気づけばエミリーが隣に椅子を寄せて座っていた。
「リオは超能力は何が得意なの?念動力? 精神感応? 残痕観測?」
「感情を読むのが得意ってよく言われるから、どちらかといえば精神感応系かな?」
「すごいね。私、相手の心なんてなんもわかんない」
質問されるままに答えながら、ふたりの会話は好きな食べ物や出身地など、他愛もない話題へと広がっていった。エミリーが火星出身だと知ったときはさすがに驚いた。
「火星出身って……月までよく来れたね?」
「この能力のおかげかな。運良くセラン勢力圏の宇宙港まで行けて、そこからここまで来れたの」
「火星」――人類が最初に地球外で本格的な植民を試みた惑星。だが宇宙での秩序が定まる前に国家同士の衝突が起こり、いまも百年近く紛争が続いている。
あの地で生まれ、月にまで辿り着くなんて奇跡のような話だ。彼女の能力があったからこそ成し遂げられたのだろう。
リオは目の前の少し抜けたような少女が、壮絶な人生を歩んでここまで来たのだと思うと、人は見かけによらないものだと改めて感じた。
少し病的に細身で小柄なエミリーの体つきを最初はただの不摂生だと思っていた。それが紛争地帯で育った幼少期の苦労が刻まれたものなのかもしれないと勝手に推測してしまう。
そんな憐憫を含んだ視線に気づいたのかエミリーは少し笑って言った。
「私の能力さっき見たでしょ? 子供の頃に超能力に目覚めたから火星でもそこまで苦労はしなかったよ」
「あっごめん。変なこと考えて」
「ううん。みんな私が火星出身だって知るとそんな顔するんだよ」
慣れているようだった。同情は上から目線になりがちで、あまり良くないとわかっていたはずなのに。両親のいないリオはそれを自分がやってしまったことに少し恥を覚えた。
空気を変えるようにエミリーが話題を切り替えた。
「まだディナーの準備ができたって連絡来ないし、少し面白いことしよっか?」
「何をするの?」
「感応ってやったことある?」
「ある……」
ミールとの感応はしばらくやっていないが多少は慣れている。ただし、いつも力を底上げしてもらう側で、自分が誰かにやったことはなかった。
「私がリオの直感を鍛えてあげるから、代わりに感情の読み方を教えて?」
「感応ってそんな便利に鍛えられたっけ?」
「わかんない。やったことないし」
「ええ……」
「いいじゃん。とりあえず手をつないで相手の中に力を送り込めばいいんでしょ? なんか念じればいけるでしょ」
あまりにもアバウトだがお遊びならそれでもいいだろう。ソファでくつろいでいるアンジェが何も言わないあたり、危険はないと判断しているはず。
「はい、手」
差し出された手にリオは自分の手を重ねた。
ミール以外と手をつなぐの初めてかも。
瞬間、リオの内側がざわめいた。エミリーからの干渉だろうか。初めてのはずなのに意外と上手くできているようだ。
リオも感覚を探るようにエミリーの内へと意識を向け、何かを念じた。
これ、ちゃんと出来てるの?
ミールとの感応のように深く意識が沈むことはなく、微かに体が暖まる程度だった。
肩を叩かれ意識が現実へ戻った。
「はい、おしまい。もう十五分も経ったわよ。エミリーが返事しないから、さっき部屋の電話に連絡が来たの」
そんなに経ってたんだ……。ミールのときほど意識は飛んでないつもりだったけど。
エミリーは初めての感応のせいか、少しふらつきながらぼんやりと虚空を眺めていた。
「付け焼き刃の知識でよくやるわね」
「エミリー大丈夫かな?」
「感応で害があることなんてないから、感覚に酔ってるだけよ」
「私、ちゃんとやれたんだ」
「側から見た限りじゃ上出来だったわよ」
アンジェの言葉にリオは安心しつつ、感応の成果があるか少し気になった。そんな彼女の様子に気づいたアンジェが、ポケットから小さな金属片を取り出した。
彼女が少し集中するように目を細めると、金属片は音もなく潰れ薄い円盤状へと変形した。表面には簡単な模様が刻まれていく。まるで昔のコインやメダルのようだ。
「模様があるほうが表ね」
そう言ってアンジェは親指でコインを弾き、落ちてきたそれを手の甲に乗せて反対の手で覆った。
リオは内にある力を意識し、思考ではなく自然と頭に浮かぶ言葉に従う。エミリーの直感のように。降ってくる何かを掴み取るように。
「表!」
アンジェが手を離した。
「裏よ」
「あれ……?」
リオに「超直感」の片鱗は移っていなかったようだった。




