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月でつくる未来につき、  作者: 中本すい
エミリー編
18/21

18.Case Emily 01

「あいつは今頃、(そら)を飛んでるのかしらね」


 アンジェは手にしたアイスを舐めながら、セランを覆う透明な都市シールド越しに月軌道を見上げた。その向こうにはカーゴ船や各国の軍艦、そして無数の宇宙船が静かに軌道を描いている。隣のリオも同じようにアイスを舐めながら軽く声をかけた。


「マクシィがいなくなって、やっぱり寂しい?」

「いいえ。……ただ、ひとりしかいない大学の同期の動向はね、気になってしまうものなのよ」


 素直じゃないなあ……。


 リオは知っていた。アンジェとマクシィが時々ふたりで出かけていたことを。食事に行ったり、少し買い物に行ったり――甘い雰囲気はなかったけど、仲の良い友人関係には見えた。


「大学生のとき、アノマリー科って他の世代はいなかったの?」

「いなかったわ。入学したときも卒業したときも、私たちの代だけ」

「そうなんだ。じゃあ、私も後輩とかできないのかな」


 以前ミールから聞いた話を思い出す。アノマリー科への入学はセラン政府からの正式な招待が必要らしく、招待される以外に入学する方法はないらしい。だから何年も入学者がいないのは珍しくないという。


「そうかもね。私たちにとっても後輩と呼べるのは、卒業してから関わったあなたくらいよ」

「まあいっか。その分のびのび過ごせるし」

「ミール先生も独り占めできるわね」

「そうだね……」


 先日のこともあって、リオは少しミールの話題を避けたかった。嫌いになったわけじゃない。会いたくないわけではない。彼が自分の中で大きな存在であることには変わらない。

 

 ただ、あのとき見えた灰色がどうしても心に引っかかっていた。彼のことを理解できてない自分が嫌だった。


 アンジェがアイスを食べ終えるのを見て、リオも慌てて残りを口に放り込む。


「さあ、今日の仕事に戻るわよ」

「了解」


 ふたりはベンチを立ち今日の目的地へと歩き出す。それはセラン政府の「最高評議会」――この都市の中枢から直接降りてきた仕事だった。


――――――――――――――――――――


 外交補佐やSPDの事情聴取の手伝いとは違い、今回はアンジェの「特別補佐官」としての正式な任務。リオにとっては映画の中の秘密機関みたいで心が少し躍っていた。そういう部分はまだ年相応の少女らしさを残していた。


 最初の目的地はエリジウム区の大手銀行。ほとんどの金融機関がオンライン完結型の今、珍しく実店舗を維持していた。


「月にもこういう店構えの銀行があるんだね」

「本店クラスだけよ」

「目的の人はここに?」

「そう。融資担当のひとり。名前はブラン」


 今日の任務はセラン内で働く特定の超能力者の安否確認だった。それが最高評議会からの依頼と聞いて、リオの期待は少し(しぼ)んだ。


 地味……そんなの現地のSPDとかに任せればいいのに。


「ブランは企業融資の最終チェック係。相手企業のデータに嘘がないか、契約前に感情を読んで判断する。精神感応(テレパシー)でね」

「外務省の仕事とちょっと似てるね」

「そうね。リアルタイムで感情の機微を読めるのは稀有な能力よ。重宝されるわ。あなたも将来的にこういった道もあるのよ」


 銀行に入り、受付でアンジェが名を告げるとすぐに目的の男──ブランが現れた。アンジェは近況を定型どおりに確認し、データパッドに電子署名をさせた。すべて合わせて五分程度で終わり、ふたりは銀行をあとにした。


「一件目終了。あと九件」

「移動のほうが時間かかってるね」

「そんなものよ。安否と怪しい動きがないか確認するだけの仕事だもの」


 リオは少し考えた。セラン政府に属さなくても、こうやって社会で働く超能力者はいる。けれどこうして定期的に確認される。

 ――それが、この国の保護の形なのだと理解した。他の国家と比べれば扱いは穏当なほうなのだろう。だが、監視と庇護の間。その両方の狭間で生きていくということ。仮初の自由かもしれないけど、それほど悪くない気がした。


 その後、ふたりは街中を転々とする。超能力を隠して暮らす者、堂々と企業で働く者。生き方は様々だ。だがほとんどの超能力者が自分の特性を活かし、社会に溶け込んでいた。


「セランの超能力者は全部アンジェが見て回るの?」

「まさか。セランにいる超能力者の正確な数は私にも分からないけど、世界一と言われる規模よ。私ひとりじゃ到底追いつかないわ」

「でも特別補佐官ってアンジェだけなんだよね? 他の人は?」

「私の担当は最高評議会が直接リストに載せるほど有能な超能力者だけ。それ以外はSPDや他の行政のエージェントが定期的に確認しているわ。中には安否確認すらされない人もいるの」


 リオは少し安心した。さっき会った研究所の人は、分子を操作できるほどの精密な知覚能力と念動力(テレキネシス)が使えた。あんな化け物じみた人たちばかりであれば、自分のアドバンテージなんて大してないと思っていたからだ。


――――――――――


「さあ、次で最後。『超直感』のエミリーに会いに行くわよ」

「超直感?」

「会えばわかるわ。あなたとも年が近いし、友達になれるかもね?」


 茶目っ気を交えてそう言うと、アンジェは外務省専用のHV(ホバービークル)を呼び出した。四人乗りの小型機だが、登録IDが外務省なこともあって、SPDのガンシップも民間HV(ホバービークル)も自動で飛行ルートを譲る。


 滑らかに浮き上がる機体の中、リオは思った。


 空を飛ぶ車って何度乗っても不思議な感覚。


 外務省でのインターンを始めてから、リオは何度かHV(ホバービークル)に乗せてもらっていた。SPDでの事情聴取や外交の現場が遠いときなどは、アンジェが気軽に手配してくれる。


 けれど、ほんの少し前まで彼女にとってHV(ホバービークル)とは金持ちや大企業、あるいは政府高官の乗り物でしかなかった。だからこそこうして当然のように座っている自分に少しだけ優越感を覚えた。


 エリート気分だ、良くないけどね。


 苦笑しつつも、それを完全に否定できない自分がいた。


 車内はシックでありながら高級感に満ち、備え付けのドリンクサーバーから透明なグラスに液体を注ぐ。口をつけながら窓の外を覗くと、眼下の都市は地平線の果てまで続いていた。


 閉鎖空間の中にあるとは思えないほどの広がり――それがセランという都市のスケールを雄弁に物語っていた。


――――――――――


 リオがグラスの中身を飲み干す頃、HV(ホバービークル)は目的地に到着した。推進剤を使わず、セラン独自の技術で重力を感じさせないまま降下する。その動きはリオには原理がまったく理解できなかった。


『目的地、パラディム区――ノーサイドホテル前』


 自動運転AIの声が響きドアが開いた。アンジェとリオは足を下ろし、すでに人工の陽光が消えた夜の空気を感じた。


「ホテルなの?」

「エミリーはホテルのスイートを長期で借りて暮らしてるわ。今はここを拠点にしているそうよ」

「超金持ち……」

「そうね、否定はできないわ」


 目の前のホテルは見上げるだけでため息が出るほどの格式を放っていた。同年代の少女がこんな場所を拠点にしている――それだけでリオには現実味が薄かった。


 そんな人と友達になれるのかな……。


 ホテルに入る前、リオは手にした大して中身のないカバンを持ち直した。少しでも外務省のエージェント感を出すためのささやかな見栄だった。

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