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16.ブルーゴールド

 ――試合当日。


 関係者席にはミール、アンジェ、そしてマクシィも来ていた。試合はいつも練習で使っているフットボール場だが、今日は様子が違っていた。キッチンカーや出店が立ち並び、すでに勝敗を賭けた賭博も始まっていた。リオはロッツォとチームの荷物をほどきながら周囲を見渡す。


「草試合の盛り上がりに見えないね……」

「ああ、今日の敵チームは『サイコジェット』だからな。観客も多い」

「そんな人気チームなの?」


 『サイコジェット』――リオはあまり知らなかった。セランに来てからは大学と寮と外務省を行き来する日々で、スポーツ観戦などする暇がなかったのだ。ただ言われてみると、そのチームのポスターを街で見かけた気はする。そのぶっ飛んだチーム名だけが(かす)かに頭の中に残っていた。


「この辺りの区ではぶっちぎりで人気だ。スポンサーもついてるしな」

「プロじゃん」

「まあ強いからじゃなくて、ただ人気なだけだが……」


 どういうこと。スポーツチームは強いと人気が出るものじゃないの?


「不思議そうな顔だな。あそこを見てみろ。サイコジェットのリーダーが観客席の前でパフォーマンスしてるだろ?」

「何かしてるね。というかすごい煽ってない? ゴミ投げつけられてるよ」


 試合開始までまだ時間があるのに、サイコジェットの選手たちは観客に向けてマイクや物を使い、挑発的なパフォーマンスを繰り広げていた。それも暴言すれすれの挑発だ。派手な防具を含め、見た目は完全にフィクションの悪役集団のようだった。


「あいつらはああいう派手な格好でヒール役を楽しんでるチームだからな。客を煽ってゴミを投げられるまでがいつものパフォーマンスだ」

「そうなんだ。じゃあ演技ってこと?」

「まあ、身も蓋もない言い方をすればな。『第三宇宙港労働者組合』が母体のチームだ。普段は真面目な労働者集団で、アウトローってわけじゃない。よく仕事を一緒にするが、公務員みたいにクソ真面目なやつらが多い」


 パンクな見た目ではっちゃけている向こう側に、真面目な労働者たちの姿を重ねるのは難しい。けれどエンターテイメントとしては確かに楽しそうだった。


「観客もほとんどが第三宇宙港関係者だ。身内チームだから総出で応援に来てる。俺たちはアウェーだ」

「でも……こっちの観客席もそこそこ埋まってるよ」

「サイコジェットはヒール役だからな。あいつらのファンが敵チームを応援することも多い」


 ――つまり、敵の観客も味方の観客もみんなサイコジェットファンってこと? 人気すごすぎでしょ……


「さて、嬢ちゃん。今日のお前の仕事は練習してきた通りランニングバックだ。細かいことは気にするな。うちのチームはクレバーな戦い方じゃなく、勢いでいく。ボールを渡されたらほかの連中が道を開く。行けるところまで走り抜けろ」

「がんばる……!」


 近くにいた攻撃側のメンバーが、リオに親指を立てて笑顔を見せた。彼、彼女らがリオをサポートしてくれる予定だ。


 試合だからかチームメンバーのひとりの女性が、いつもかけているサングラスを外していた。その目にはミールほどではないが一つの光点があった。――ナノマシン過剰症の特徴だ。その女性の背中を軽く叩きながらロッツォが言う。


「今日はチョウが嬢ちゃんのサポートにつく。ほかの連中だとインプラントが重くて、嬢ちゃんのスピードに追いつけねえ。だがチョウなら見ての通りインプラントは少ないし、そこそこのナノマシンで強化されてる。嬢ちゃんに多少なりともついていける」

「リオ、後ろは任せな」


 大柄な女性のチョウは頼もしかった。昨晩の前夜祭で彼女はミールによく絡んでいた。きっと目のことで親近感を持ったのだろう。そしてチームの誰もチョウの目に嫌悪感を見せていない。仲間だから、というのもあるのだろうが――ミールに対しても誰もそんな感情を持っていなかった。


 いい人たちだ。あらためてそう思った。


「そうだ、これを嬢ちゃんに渡さないとな」


 ロッツォはそう言いながら、巨大なスーツケースのようなものをチームの簡易机の上に置いた。


「何これ?」

「嬢ちゃんの先生様と、マクシミリアンが用意した防具だ」

「練習のときに使ってたのとは違うんだ」

「あれはリミテッド級の通常防具だ。あんなんでアンリミテッドの試合に出すわけにはいかんだろうが」


 ロッツォは体が大きすぎて通常の防具は入らないらしい。代わりに体のあちこちに追加プレートを固定しているだけだった。そちらの方がよっぽど無防備じゃないかと思い、リオは苦笑いを浮かべた。


「生体認証で開くと聞いてる。モニターに手をかざしてみろ」

「こう?」


 触れた瞬間、個人情報のアクセス許可が求められた。電子署名はミールだったため、リオは疑問も抱かずに承認した。


『生体認証……セラン工科大学アノマリー科リオと確認。ロックを解除します』


 堅苦しい人工音声のあと、ケースが開いた。白い冷気が漏れ、内部からは明らかに高度な技術(テック)で作られた装備が姿を現した。


「これが私用? スポーツに使っていいの、これ?」

「動力がなけりゃ防具は何を使ってもいいルールだ。……まあ、これはギリギリセーフってとこだな」

「セーフなんだ……」

「これが仕様書か」


 ロッツォは中にあった電子仕様書を展開し、ざっと目を通しはじめた。


「自由連邦の最新暴徒鎮圧装備に、『HAF(軍用フレーム)』の装甲……頭部は展開式のナノマシンシールドヘルメットか。性能はそこそこだが――軽いな、まるで服みたいだ」


「……軍用どころか、これって――」

「まあ、セランの最先端技術の塊だな。サイズも嬢ちゃん用にしっかり調整されてるし、職権乱用ここに極まれりって感じだ。愛されてるな、呆れるぜ」


 周囲のメンバーが「金かけてんなー」と呑気に野次を飛ばしていた。リオとしてはありがたいが、やりすぎだと思った。これではひとりだけ場違いなハイテク装備だ。


 リオは防具をケースから取り出し観客席に目を向けた。そちらではミールとマクシィが親指を立てており、アンジェが額に手を当てていた。何を言っているかまでは聞き取れないが、アンジェの反応が正しいのだろう。


 そうこうしている内にパフォーマンスが終わったのか、ジュース塗れのサイコジェットのリーダーがこちらにやってきた。


 自分たちにも煽りパフォーマンスをかますつもりか?


「よお、ランスパックの諸君。俺たちに倒されに今日は来てくれてありがとう。いい試合にしようじゃないか」

「ああ、よろしく頼む」


 小憎たらしい声色で、馬鹿にしたような挨拶をしてくる相手に普通に返すロッツォ。


「おい、乗ってくれてもいいだろうが!」

「悪いが俺たちまでパフォーマンスに巻き込まないでくれ。演劇は素人なんだ。お前たちと違って」

「お? 嫌味系の煽りか? やるじゃねぇか」

「今のはただの本音だ」


 微妙に噛み合わない会話だ。リオは眺めていたら、サイコジェットのリーダーと目が合った。


「おい、お前たちはハイスクール生をチームに入れてるのか? ……一応聞くがあの子は普通のプレイヤーとして扱っていいのか?」

「インプラントこそねえが、それなりのナノマシンで強化されてる。その辺の選手よりも動けるし丈夫だ」

「なら大丈夫か? ……まあ、いい。じゃあ試合開始までもうすぐだ。覚悟して神にでも祈っとくんだな」


 途中小声でこちらを気遣うような言葉が聞こえてきた。本当にパフォーマーなんだと感じさせる一幕だった。


「相変わらずのやつらだ、とりあえず嬢ちゃんはその防具に着替えてきな」

「わかった」


 リオはそう言いながら簡易更衣室に向かった。専用の特殊繊維の下着を着て、防具を装着する。着心地はそれなりによく重さを感じない。首の近くのボタンを押すと、透明なシールドヘルメットが展開される。囲まれてるのに圧迫感もなく、全方位の視界が妨げられない。軽く頭を叩くとしっかり硬い音が響いた。


「すご……仕組みもわかんないや」


 ハイテクさに驚嘆しつつ皆のところに戻った。ほかのメンバーも防具や追加装甲の用意は終えており、ほとんどの準備が完了していた。


 場の空気が試合に近づいてきたのか、冷たい緊張感で張り詰めていく。リオの心臓はうるさいほど高鳴っていた。初めての試合というものに緊張が極限まで高まっているようだった。


――――――――――


 ホイッスルと共に試合が始まる――


 間近で見る本気の重量級サイボーグ同士のぶつかり合いは、まるで自動車同士の衝突事故のような音を奏でていた。


 初めはリオの見た目から、遠慮がちなブロックしかしてこなかったサイコジェットの面々だが、何度かの衝突で彼女が大した怪我もなく立ち上がり、すぐに次のプレイに移る姿を見て、遠慮が不要だと悟ったのだろう。以降はほかのメンバーと同じように、全力でリオのランを防ぎに来た。


 側から見れば、大柄なサイボーグたちに吹き飛ばされてもケロッとしている少女に見えるだろう。観客たちは防具の性能、彼女の体内インプラント、ナノマシンの力に依るものかと、それぞれ好き勝手な考察をしていた。


 全身が痛い……視界がアラートまみれだ。何か所か骨が折れている。


「リオ! 立てるか!? もうすぐで十ヤードだ、一旦下がっても――」

「大丈夫。もう治る」


 隣のチョウの言葉を遮りリオは立ち上がった。ヒビの入ったヘルメットは表面が一度光ると、新品のように更新されていった。


 リオは痛みも引いてきており、苦しいが楽しくて仕方がなかった。


 その後、ランスパックの仲間たちと共に試合の最後まで走り抜けた。リオが自らタッチダウンを決めることもあって、相手チームは何度引き倒しても次のプレーで復活してくるリオに、賞賛と共に恐怖を覚えた。


 観客もそのあまりのゾンビプレーぶりに「ゾンビガール」と呼び始め、試合が進むごとに彼女のプレイで盛り上がりを増していった。


 そして――


 試合はランスパックの勝利で終わった。僅差ではなく、堂々たる快勝だった。フィールドにはインプラントパーツが散乱し、敵も味方も血まみれだった。リオは展開されたシールドヘルメットを解除した。


「ボロボロだな、嬢ちゃん。だが、楽しかったろ?」

「まあね。これで最後なのが惜しく思うくらいには」

「一応頼まれてたのは一試合だけだからな。だが、お前ならいつでも歓迎だ。なあ、みんな!」


 ロッツォの声に、ランスパックの面々がそれぞれ肯定の声を上げた。リオは不思議と心が満たされた。ひとときの仲間関係ではあるが、大切な絆のような感覚があった。


 楽しかった。いつかまた参加してみるのも悪くないかも……


 そんな余韻に浸っていると、後ろからタオルを頭にかけられた。振り向くと、アンジェがタオルで汗を拭いてくれていた。その後ろにはミールとマクシィの姿もあった。ミールはリオの怪我具合を見て、少し眉をひそめていた。


「もお、こんなになるまで頑張って。オフェンスのとき全部出る必要はないでしょ?」

「だって、私が走ったほうが一番進めるし」

「だからって……あなた、今日一日で何回大男たちに吹き飛ばされてたと思ってるの」


 アンジェは呆れながらも、まるで姉のような口ぶりでリオに苦言を呈していた。リオはその言葉を素直に受け入れ、大人しく汗と血を拭かれていた。


「リオ、今回はいい経験になっただろう。君自身の身体能力の高さを存分に理解できたろうし、スポーツとはいえ本気の戦いの中で得た経験は貴重だ」

「まあね。楽しかったよ。銃弾よりは何倍もマシだったし」

「骨を折ってもそんなことが言えるとは……逞しくなったな」


 マクシィの言葉に返事をしながら、リオはアンジェに甲斐甲斐しく世話をされ続けていた。


 その後、チームの何人かはインプラントパーツのメンテナンスや病院行きとなり、今日は解散となった。あのロッツォですら左腕を完全に破損しており、数日は修理が必要らしい。リオは己の修復速度の異常性をあらためて実感していた。


――――――――――――――――――――


 帰りの車の中でミールとふたりきりになった。フットボール場のシャワー室で汚れを洗い落とし、服もすでに寝巻きのような格好に着替えていた。


「試合すごかったね。リオが何度も飛んでったのは肝を冷やしたけど」

「ハハ。私も何回か目の前が真っ白になった」

「もう怪我は無い?」

「うん。アラートも全部消えてるし、異常はないかな」


 リオは試合後、何度か体内のフルスキャンを実施しており、会場にいたボランティア医師のメディカルチェックも受けていた。医師はリオの回復力に目を見開いていたが。


 車がリオの寮の前に停まる。大きすぎるミールの車は路肩に停めてもかなり邪魔だが、時間的に人通りは少なく問題はないだろう。


「送ってくれてありがとう、ミール」

「どういたしまして」

「また、明日ね」


 そう言って車を降りようとしたリオをミールが引き留めた。


「あ、待ってリオ」

「なに?」

「これ。試合に勝った記念のプレゼントだよ」


 そう言ってミールは高級感漂う小さめの紙袋を差し出した。


「貰っていいの?」

「君のために買ったものだからね」

「私たちが負けたらどうするつもりだったの?」

「……そうしたら敢闘賞としてあげたよ。勝っても負けても、渡すつもりだったんだ」


 笑いながら答える彼の言葉にリオは思わず頬を緩めた。胸の奥で小さく心が弾んでいた。


 紙袋の中を覗くと小さな箱が入っていた。


「開けていい?」

「どうぞ」


 中から、暗く深い蒼色の金属製のブレスレットが現れた。ところどころに金色の点が散っており、まるで夜空のようだった。


「これ……『ブルーゴールド』?」

「そうだよ。よくわかったね。大きさもリオに合うようにしてあるから、サイズ調整も不要のはずだよ」

「ありがとう。大事にする」


 リオは早速つけてみた。金属特有の重さはあるが、手首の動きを邪魔するほどではない。繊細にデザインされており、つけ心地もよかった。


「リオは普段アクセサリーとかつけないからね。ブレスレットなら華美にならないかなって思ったんだ」

「いい感じ。見た目も好みだし」

「それは良かった」


 どこか嬉しそうで、どこか寂しそうなミールの表情を見ながら、リオは名残惜しくも別れを告げ車を降りた。試合で体はクタクタだ。帰りの途中で食事も摂ったが、フル稼働したナノマシンは彼女から大量のエネルギーを奪っていた。睡眠を取らなければ今にも倒れそうなほどに。


「お帰りなさいませ、リオ様」

「ただいま、VT(ヴィーティー)。今日はご飯もお風呂もいいや。このまま寝るね」

「わかりました。荷物をお預かりします」

「ありがと」


 玄関の扉を開けるとVT(ヴィーティー)が待っていた。事前に連絡してあったため、食事の準備などはされておらず、すぐ寝られるように部屋も暗めに調光されていた。しっかりと寝る前のいつものビタミン剤も用意されている。


 リオは寝る支度をしてベッドに転がった。横になったまま左腕を掲げ、貰ったブレスレットを眺めた。


「『ブルーゴールド』か……」


 月でしか生成できない特殊な合金。工業的な用途は乏しく、主に装飾品として扱われる。地味な見た目ゆえ人気とは言い難いが、決して安い代物ではない。そして――


 それはリオの数少ない好みな貴金属のひとつだった。趣味嗜好や経済的理由から、普段アクセサリーは付けていないが、それでも「欲しいな」と思う品は彼女にも存在する。ネットや広告でしか見たことのないこのブルーゴールドはまさにそのひとつだった。誰にもその思いを話したこともなく、心の片隅で思っていた程度の気持ちだった。


 なんでミールはこれが私の好みに合うと分かったんだろう。たまたま? でも……


 おそらく違う。ミールはたぶん知っていた。セランは私の好みも含めてどこからか情報を得ている――。


 それでも本当は嬉しかった。ミールから貰ったプレゼントだから。でもVT(ヴィーティー)の料理も、今まで貰った服も、毎回全部自分の好みにぴったりだった。どう考えても偶然じゃない……


 嬉しいのに、目に見えない何かの意図を疑ってしまう。偶然かもしれないのに、リオはどうしてもそこに何かを感じ取っていた。


 そのまま彼女はブレスレットを撫でながら静かに眠りについた。

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