15.ランスパック
あれからマクシィにはいつものシャイアンでの訓練は休むよう告げられた。代わりに毎週フットボール場で、ロッツォのチームである「ランスパック」の練習に参加することになった。帰りが遅くなるとミールが車で迎えに来てくれるらしい。
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「嬢ちゃんはマクシミリアンと同じでエスパーなんだろ?」
「うん」
練習後で汗だくの頭に水を被っていると、さっきまで他のライン選手と押し合いをしていたロッツォが話しかけてきた。
「アイツから聞いてるかもしれないが、試合で念動力とかは使うなよ。アンリミテッド級にも不文律はある。スポーツとして問題だからな」
「やんないよ。どっちにしても物動かすのは苦手だし」
「そうか。だが感情を読むのはどんどんやれ。そうすりゃ相手の動きをある程度予測できるだろ? 誰が突っ込んでくるとかな」
リオは少し驚いた。超能力をスポーツで使うのはズルだと感じていたからだ。
「大学の訓練の一環だって聞いてる。なら使うべきだ。相手を直接超能力で攻撃したりするのは妨害だからやめとけってだけだ」
それならばチームの戦力としてもう少し役に立てるかもしれない。経験不足もある程度カバーできそうだ。
「相手の動きを先読みしてかわすのは皆やってることだ。嬢ちゃんはそれがちょっと上手いだけ。楽しめればそれでいい。バレなければ何でもありなのがアンリミテッドの良さだ」
悪そうに笑うロッツォにつられて、リオも思わず吹き出した。
ロッツォやチームメンバーとはほどほどに打ち解け始めていた。小柄で少女とも呼べる容姿のリオは、自然と可愛がられやすい存在であった。
初めのうちは、チームリーダーであるロッツォの知り合い枠として無理やりねじ込まれた足手まとい扱いだった。しばらく経つと皆の見る目が変わっていった。まず、思ったよりもちゃんと戦力になりそうな性能があったこと。そして、皆に懐いて楽しそうに練習する姿が好まれたようだった。
リオ自身もこれまでスポーツなど無縁だったこともあり、チームの一体感にのめり込んでいた。また自分の身体能力が想像以上に高く、チームの期待を感じられるのも嬉しかった。それがセランの先進技術による力であったとしても、リオにとっては確かな自分の力であった。
なによりこれまでの週末の訓練と比べれば、仲間と汗を流すこの時間は真っ当で健全な娯楽だった。
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「さあ、明日はついに試合だ!」
ロッツォの声が響き、練習場に熱がこもる。
「今回はリオというゲストがいる。彼女は一回限りのチームメイトだ。だからこそ、敗北じゃなく勝利を味わってもらおうじゃないか!」
チームの皆が掛け声と共に手を叩き、機械の手脚がかん高い音を響かせた。リオもその輪の中で胸が高鳴っていた。短期間とはいえ、もう彼女はこのチーム――ランスパックの一員としての自覚が芽生えていた。
練習後、そのまま離れの広場で肉や野菜を焼き始め前夜祭が始まった。
「明日は試合だ。酒は控えろよ!」
ロッツォの注意にあちこちからブーイングが上がる。それでもみんな楽しそうだ。
やがて車の駆動音が聞こえてきた。暗くなってきたのでミールが迎えに来たのだろう。彼の車は軍用車の払い下げ品らしくやたらゴツい。その車から降りてくる華奢な少女のような容姿に、ロッツォたちの顔が微妙に引きつったのは少し笑えた。
「愛しの先生様も来たようだな。この肉が焼けてる、持ってってやれ」
「ありがと」
ロッツォから皿いっぱいの肉を受け取り、リオはミールのもとへ持っていった。
「ありがとうリオ。盛り上がってるね」
「用意したのはロッツォだから、お礼は彼に言ってあげて。前夜祭なのに試合に勝ったみたいにみんな盛り上がってるよ」
「試合のあとはパーティーをやる元気なんて残らないんじゃない? 今のうちに楽しんでるんでしょ」
確かにそうかもしれない。けどイベントの理由なんてなんでもよくて、ただ騒ぐ口実が欲しいだけじゃないだろうか。
「リオが想像以上にここに馴染んでて、正直驚いてるよ」
「私も。スポーツって案外楽しいんだね」
「君は意外となんでもできるタイプだから。いろいろ経験しておくといいと思うよ」
ミールは時折、リオ自身よりも彼女をよく知っているようなことを言う。長年教師をしてきた彼には、人の適性を見抜く眼があるのだろう。
ふとリオの視線は彼の皿に向いた。
食べるスピードが早い。山盛りのお肉がもうないじゃん……
彼の意外な一面を見た気がした。そういえば研究室でお菓子や軽食をつまむ姿は見ても、ちゃんと食事をしているところは見たことがなかった。
「あ……いや、僕って燃費が悪いんだよね、ナノマシン量が多すぎて。だから勢いがつくといくらでも食べられちゃうんだ」
珍しく照れたように笑っていた。
「恥ずかしくて人前ではあまり食べすぎないようにしてるんだ。普段は高カロリーブロックで補ってる」
「だから昼食のとき、私を誘わずどこかに行ってたの?」
「うん。リオに変に思われたくなかったから」
そんなことで変な目を向けるわけがない。でもリオは少し心配になる。本当はいつも空腹で辛かったのではないかと。
やがてチームメンバーたちがミールにも絡み始めた。場慣れしていない彼は、苦笑いを浮かべながら次々と差し出される肉や飲み物を口にしていく。可愛らしい人形のような顔立ちで、無限に食べるその姿が皆には妙にウケていた。
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ロッツォは何人かの仲間と楽しそうに話しながら、ひたすら肉を焼き続けていた。牛何頭分になるのかわからないほどの量の肉が、彼の後ろに積みあがっていた。
そんな中、リオの目がふとロッツォのつけているゴツい工業用エプロンに止まった。擦れたロゴが見える。
「EVERLANCE」
小さく掠れた文字だったが、確かにそう書かれていた。
エバーランス――確か、マクシィが名乗っていた名字だ……
リオは好奇心を抑えきれず、肉を焼くのに夢中なロッツォに声をかけた。
「あのさ、ロッツォ……」
「どうした嬢ちゃん。肉が足りねえならもう少し待っててくれ。いいリブがもうすぐ焼ける」
「いや、違くて」
「ならどうした?」
ロッツォと話していたチームの仲間たちは、リオの何か言いたげな雰囲気に気づき、話しやすいように距離を取ってくれた。「向こうで大食い勝負が始まってるから行こうぜ」と言い残し、その場を離れていった。
「そのエプロンのロゴの文字ってどういう意味?」
「このエプロンか? よくロゴを見つけれたな。使い古しすぎて擦れてるのに」
ロッツォはそう言いつつエプロンの襟口を乱暴に引っ張り、自分でも胸元のロゴを見られるようにしていた。
「このロゴは俺が昔勤めていた会社の名前だ。エバーランスっていう小さな機器メーカーさ」
「セランの?」
「いや、他の月面都市――連邦の『デルタポイント』ってところだ」
たしか……半世紀以上前に造られた古い都市だっけ?
「マクシィもそこ出身なの?」
「よくわかったな。あいつ……エバーランスについて何か言ってたのか?」
「マクシィが名字にその社名を名乗ってた」
「なに?」
リオの言葉をロッツォはすぐには理解できない様子だった。その反応からマクシィが「エバーランス」という姓を名乗る理由は、ここではわからなさそうだとリオは感じた。
「嬢ちゃんはマクシミリアンのやつがエバーランスを名乗ってるのが気になったんだな。悪いが俺もなんであいつが社名を使ってるのかは知らん」
「そっか。ちょっと疑問だったから……」
「まあ、わからんでもない。名字を名乗るような奴はだいたい変人で訳ありだしな。でもあいつは変な主義者とかじゃない。本当にわからん」
ロッツォは少し困り顔だ。何か隠している様子はなく、リオの疑問に真剣に答えようとしていた。純粋な興味で彼を困らせてしまったことに、リオは少しだけ罪悪感を覚えた。
「その会社でマクシィとロッツォは知り合ったの?」
その問いになんと答えようかロッツォは少し考え込んでるようだった。
「そうだな。俺とマクシミリアンはエバーランスで出会った。そこそこ古い馴染みだ。そのあと、ここ――セランで再会したってわけだ。……ただ、これ以上はあいつの生まれや個人的な話になる。嬢ちゃんとアイツが無関係とは言わねえが、俺がここで過去をペラペラ喋るのも良くねえ。これ以上は言えないな」
「ごめん。変に聞き過ぎたかな……」
「気にするな。さあ、これ喰って明日に備えな」
ロッツォは少し気まずくなった空気を変えてくれるためか、焼けたリブを山盛りにした皿を渡してきた。ご丁寧にほぐしてある。
あまり知人の過去を探るのはよくなかったと反省しつつ、リブを咥えてミールたちのもとに戻っていった。




