14.フェデラルフットボール
マクシィの訓練とアンジェのインターンが始まって随分時が経った。
毎日の走り込みは慣れすぎて、すでに大した負担になっていなかった。実弾による訓練は、防弾ガラスに隠れて機関銃を撃たれたり、発射される艦砲近くで立たされたりと、相変わらず常軌を逸したものが続いていた。
それでも初めの頃とは違う。何度も繰り返すうちにリオはもう脚が竦むこともなく、射撃が止む一瞬の間隙を狙って隣の障害物へと走り出せるようになっていた。
艦砲の衝撃では、軽い体がいまだに地面を転がるほど吹き飛ばされるが、今では受け身も取れるようになっていた。内臓の損傷も自己修復システムが即座に追いつくようになった。
めちゃくちゃな訓練で痛いし辛かったが、確かに効果は出ていた。
初めは泣くほど怖かった。けれど、今では恐怖を押し殺して一歩を踏み出す――その胆力を間違いなく手にしていた。
――――――――――
「フットボール?」
「そうだ。大学から遠くないところで素人の草試合がある」
今日の訓練を終え、濡れたタオルで血と砂で汚れた体を拭いていたリオにマクシィが話しかけてきた。
乙女が体を拭いてるところに来ないで欲しいんだけど……。
リオは内心で呟いた。
「その試合、私と何か関係あるの?」
「リオ、この数ヶ月で君は素晴らしい能力を身につけた。民間人としては最高レベルの度胸だろう」
「……あれだけばかすか撃たれればつくでしょ」
「度胸とは中々付けられるものではない。誇っていい」
こんな態度のリオだが、マクシィにはちゃんと感謝をしていた。もしかしたら、セラン政府やミールに対価を貰っているのかもしれない。だがそれでも自分のために時間をつくり、真剣に鍛えてくれているのは事実だったからだ。
しかし、血反吐を吐かされながら、感謝を素直に表現できるほどリオは大人ではなかった。
「君にあと足りないのは実戦経験だ。そのためにこの試合に出てもらう」
「本気で言ってる?」
「本気だ。フットボールは丁度いい対人経験となる」
この人は何を言ってるんだろうか。
フェデラルフットボール――自由連邦では最も人気なスポーツだ。連邦統一前は現地の名をとってアメリカンフットボールと呼ばれていた。危険度は高く、油断すれば大怪我もありうる。
「私の体格で試合に出たら無事じゃ済まないと思うけど」
「所詮素人の草試合だ。テレビで見るような激しい試合にはならん」
「ルールあんまり知らないよ?」
「ルールくらいインストールすればいいだろう。一通りのプレイのやり方もこのチップに入れてきた。今日帰ったらインプットしてくれ」
気楽にマクシィは言ってきた。インプット端末による知識のインストールは痛みを伴う。リオはそれを想像し顔を顰めた。
「草試合ってリミテッド級だよね?」
「いや、アンリミテッド級だ」
「私、死ぬんじゃない?」
アンリミテッド級――身体改造無制限のレギュレーションだ。観戦する側なら見応え抜群だが、やる側になれば戦慄するほど危険であった。
「プロリーグじゃないから参加者はただの民間のサイボーグたちだ。インプラントがないものも大勢参加している。君のナノマシンなら民間のサイボーグなど相手にならんよ」
本当だろうか? 流石に無理な気がするが……。
マクシィの言葉に若干安堵しつつも、リオはまだ半信半疑であった。自身が保有するナノマシンがとんでもない代物なのは理解している。それでも怖いものは怖かった。
――――――――――――――――――――
翌日、リオはマクシィに連れられて、隣の行政区にあるフットボール場に来ていた。今回は参加予定のチームと顔合わせが目的。ついでに軽く練習もしてみるらしい。
素人の草チームとはいえ、完全な初心者の自分が混ざることに気が引けていた。急に放り込まれた足手まといの自覚があった。
「よお、マクシミリアン。久しぶりだな。で、そこの嬢ちゃんが助っ人外国人か?」
「ああ、この子はリオ。私の大学の後輩だ。リオ、この人はロッツォ。私の古い知り合いだ」
「よ、よろしくお願いします」
ロッツォ――マクシィの知り合いらしいが、まったく違うタイプの雰囲気だ。腕も脚も太く、恰幅の良い大男。髭面は不潔ではなく、むしろ彼の粗野な雰囲気を完成させていた。捲った腕の見た目は明らかに金属製で、機械部分が目立つ。ただ立っているだけで、大柄なサイボーグである彼は威圧感を放っていた。
ロッツォに続いて近くにいた屈強な男たちと、少数ながら女性のチームメンバーも自己紹介をしてきた。ただ全員そろって体が大きく、女性でさえリオの太ももよりも腕が太い。
「早速だが、嬢ちゃん。お前がどれだけ動けるか見てみよう」
「普通のスポーツウェアで来ちゃったんですけど、防具とか貸してもらえるんですか?」
「試合じゃねえからいらん。そのままでいい」
ロッツォは手を腰に当てて言う。
「全力で俺にタックルして来い。タックルが難しけりゃパンチでもキックでも構わん。どれだけ馬力があるか見てやる」
「……いいんですか?」
「それとな、下手くそな敬語もいらねえ。好きに話せ」
「じゃあ、遠慮なく……」
リオは昨日、マクシィに言われた言葉を思い出す。
自分のナノマシンなら、民間のサイボーグなんて余裕で吹っ飛ばせるはず……そうだよね? マクシィ。
数メートル下がると、全力でロッツォの腹にタックルを決めた。昨日インストールしたばかりの付け焼き刃の知識だったが、体はうまくトレースして動いてくれた。
「――痛ったあ!」
彼女の突進は助走の短さに反して凄まじい速度だった。並の人間なら文字通り吹っ飛ぶような勢い。しかしロッツォの体を数センチ押しただけでリオが地面に転がっていた。
「やるな。正直、舐めてたぜ。見た目にインプラントはねえのにな。最高レベルのナノマシンの身体ってやつ、恐れ入った。それに俺に躊躇いなく突っ込んでくる度胸も気に入った」
周囲から拍手や口笛が飛んだ。だがリオは鉄の壁に突っ込んだような衝撃で、肩を中心に全身が痛かった。ナノマシンによる痛覚遮断と靱帯修復を進めているが、回復しきるまであと数分は悶絶必至だ。
「全然、勝てないじゃん……」
「当たり前だ。どれだけ重量差があると思っている。壁役のライン選手と真向勝負して勝てるわけがないだろ」
マクシィが呆れた声で言った。
じゃあ昨日の「民間のサイボーグなんて相手にならない」って何だったの……。
「文句ありげな目だな」
「だって話が違うし……」
痺れが引き、動けるようになったためリオは立ち上がった。視界には「修復完了」の文字が浮かんでいた。
「君の身体は規格外のナノマシンで満たされていて、その肢体からは想像できない膂力と耐久性を持っている。だが象に勝てるわけではない。しかし一瞬ならば耐えられる」
「それで?」
「わからないか? ロッツォはライン選手だ。ボールを持って走るわけではない。だが君はここにいる誰よりも速く動ける。動体視力も電脳処理で最高クラス、怪我をしても即修復できる。そしてロッツォ級のサイボーグと力比べができる程度には強い」
そう言われてみると確かに悪くない気がしてきた。
「嬢ちゃん、何か自信を砕かれた顔してるがな。パワーしか取り柄のない俺が力比べで負けたら、それこそ立つ瀬がねえ。むしろこの俺をこれだけ押したんだ。胸を張れ」
ロッツォは褒め上手だ。おだてられると、本当に自分が有能なフットボール選手の卵になった気がしてくる。マクシィとは違い、言葉に熱があるのがそう感じさせるのだろう。見習ってほしい。
「突っ込むスピードが尋常じゃないな。よし、いろいろ試してみよう。おい、みんな手伝え」
ロッツォの一声でチームメンバーたちが次々にリオの能力を確かめに来る。アームレスリング、四十ヤード走、ボールのキャッチ……多種多様なテストが始まった。
数時間後――
「走るのはめちゃくちゃ速い。パワーも、ライン選手相手でなければ充分やっていける。だがボールの扱いは経験不足だな、はっきり言って下手だ」
「はあ……疲れた……」
ロッツォがテストの総まとめを告げリオも納得した。
「ランニングバックかラインバッカーが妥当か……」
「それって?」
「ああ、嬢ちゃん。お前の仕事はとにかく走って突っ込むことだ!」
こうして、私の一試合だけのフットボールライフが始まった。




